2018年07月15日

【X-MEN2】My Cinema File 1948

X-MEN2.jpg

原題: X-MEN2
2003年 アメリカ
監督: ブライアン・シンガー
出演: 
ヒュー・ジャックマン:ローガン(ウルヴァリン)
パトリック・スチュワート:チャールズ・エグゼビア(プロフェッサーX)
イアン・マッケラン:エリック・レーンシャー(マグニートー)
ハル・ベリー:オロロ・マンロー(ストーム)
ファムケ・ヤンセン:ジーン・グレイ
ジェームズ・マースデン:スコット・サマーズ(サイクロプス)
レベッカ・ローミン=ステイモス:レイブン・ダークホルム(ミスティーク)
アラン・カミング:カート・ワグナー(ナイトクロウラー)
アーロン・スタンフォード:ジョン・アラダイス(パイロ)
アンナ・パキン:マリー・ダンキャント(ローグ)
ブルース・デイビソン:ケリー上院議員
ブライアン・コックス:ウィリアム・ストライカー
ケリー・フー:デスストライク
ショーン・アシュモア:ボビー・ドレイク(アイスマン)
ケイティ・スチュアート:キティ・プライド(シャドウキャット)

<映画.com>
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人気アメコミを原作に、前作と同じ監督&キャストで描く続編。今回はミュータント撲滅を企てる元陸軍司令官が登場。その陰謀を阻止するため、思想的に対立する2つのミュータント陣営=プロフェッサーX陣営とマグニートー陣営が協力する。前作のキャラは総出演、新たに、瞬間移動するナイト・クロウラー、ウルヴァリン同様の爪を持つデスストライク、冷気を操るアイスマン、炎を操るパイロが登場し、それぞれの能力を発揮するシーンがある。
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スピンオフも含めて何作も創られている『X−MEN』シリーズの第2弾。前回観たのはもう10年以上前であり、ほとんど内容も忘れてしまっている。ちょうど昨年、『X-メン』を観たことところでもあり、再度観ることにしたもの。

冒頭、ホワイトハウス。見学客に紛れてある男が見学エリアを離れて奥へと向かう。慌ててSPが阻止しようとするが、男は消えたり現れたりしてSPを次々になぎ倒してとうとう大統領に向けてナイフを振りかざす。実はこの男は、ナイトクロウラーと称する瞬間移動の能力を持つミュータント。大統領は辛うじて難を逃れる。そして、この事件を知ったプロフェッサーXは、ナイトクロウラーの居所を得意の能力を使って割り出すと、ジーンとストームに彼の保護を任命する。

『X-メン』の事件後、マグニートは逮捕されプラスチック製の特殊牢に入れられている。監視するのは、ミュータント対策本部のストライカー。ストライカーは、ミュータントを操る薬品を使い、マグニートからプロフェッサーXと「セレブロ」のことを聞き出す。そしてミュータント抹殺の計画を考える。

一方、本シリーズの主人公でもあるウルヴァリンは、「恵まれし者の学園」を訪れる。しかしその夜、ストライカーの率いる部隊に襲撃され、なんとか学園の子供達を逃がすも何人かの子供達は捕まってしまう。同じ頃、マグニートはミスティークの手引きで、重監視の牢獄から脱獄に成功する・・・

 このシリーズでは、ミュータントたちは様々な特殊能力を持っている。普通ならそんな特殊能力を持っていたらヒーローになりそうなものであるが、ここでは普通の人間から疎ましく思われている。その根底には、自分たちと異なる者に対する差別意識とか、あるいは恐れなんかもあるのかもしれない(変身能力を持つミスティーの「地」は青色の醜い怪物だから、毛嫌いもあるのかもしれない)。そんな人類に前作では反発したマグニート派だが、今回はプロフェッサーX派と手を組む。

目的が一致したミュータント軍は、ストライカーがミュータント抹殺計画を進めるアルカリ湖の秘密施設へとやってくる。実はこの施設、ウルヴァリンとも関連が深いのだが、それは『ウルヴァリン:X−MEN ZERO』で描かれる。このあたり相互に補完し合っていて、単発で観るより面白い。

 そしてアルカリ湖の秘密施設でついにストライカーとミュータント軍団が戦うことになる。普通に戦えば人間に勝ち目はないのだが、ストライカーもそこはただ者ではなく、プロフェッサーXを操り、自身が作った「セレブロ」で対抗する。考えてみれば、普通の人間ながらミュータントに対抗していくストライカーも大したもの。スーパーマンに対するレックス・ルーサーもそうだが、ある意味ただ者ではないのである。
 
 観終わってみれば、シリーズを通して観たことで1回目には気がつかなかったことにも気が付いている。あるいはのちのシリーズ作品の「あのシーンの背景にはこれがあったのか」というのもあり、そうした新たな発見はなんとなく心地よい。リラックスして観ることができるし、何度でも楽しみたいと思うシリーズである・・・


評価:★★☆☆☆





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2018年07月14日

【黒い雨】My Cinema File 1947

黒い雨.jpg

1989年 日本
監督: 今村昌平
原作: 井伏鱒二
出演: 
田中好子:高丸矢須子
北村和夫:閑間重松
市原悦子:閑間シゲ子
原ひさ子:閑間キン
沢たまき:池本屋のおばはん
立石麻由:美池本屋文子
小林昭二:片山

<映画.com>
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原爆による黒い雨を浴びたために人生を狂わせられてしまった女性と、それを暖かく見守る叔父夫婦とのふれあいを描く。井伏鱒二原作の同名小説の映画化で、脚本・監督は「女衒」の今村昌平、共同脚本は「ジャズ大名」の石堂淑朗、撮影は「危険な女たち」の川又昂がそれそれ担当。
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タイトルを見て、「原爆の話だな」と思ったのは、井伏鱒二の原作をよんでなくてもその存在を知っていたからにほかならない。そしてその原作も随分前のものだし、この映画も白黒であることから、古い映画だと思っていたら、1989年の作品と知ってちょっと驚きである。30年前の作品を新しいとは思わないが、イメージとしては昭和20年代の映画という雰囲気が漂っていたのである。

物語は昭和20年8月6日に始まる。午前8時過ぎに原爆が投下される。爆風が人や建物をなぎ倒す。通勤途中であった重松は、爆風でひっくり返った電車内から辛うじて抜け出すと自宅に戻る。一方、市内から離れた疎開先でキノコ雲を見た矢須子は、叔父の重松とシゲ子夫妻の安否を確認するため舟で瀬戸内海を渡る。その途中、降って来た「黒い雨」を浴びてしまう。

叔父夫妻と合流した矢須子は、崩壊した自宅を後にし、重松が勤務している工場に避難することにする。市内では至るところに火の手が上がり、焼け焦げた人間の体が瓦礫と共に転がっている。皮膚が溶けた体の少年が兄に呼び掛けるが、兄は弟と判別できない。話に聞く地獄絵図。そしてこの避難の影響は後日判明する。広島市内には強い残留放射能に満ちていたのである。工場に到着し、ほっと息をついた矢須子達はそのことを知らない。

時は流れて昭和25年。矢須子は叔父夫婦とともに広島県福山市に住んでいる。矢須子は25歳になっているが、被爆したという噂が流れ縁談がまとまらない。重松は噂を払拭するため、医者に矢須子の健康証明書を出して貰い見合い先に送る。しかし、今度は「わざわざ証明書を出すのがおかしい」と言われてうまくいかない。この時代、今と違って婚期が意識されていただろうから深刻である。

重松は健康証明書に加え、矢須子の日記を清書して潔白を示そうとする。しかし、日記などは後でどうにでも改編できるから意味ないのにと心中思う。戦争により傷ついた人間は近所に他にもいて、エンジン音を聞くと戦車への突撃を思い出して、飛び出していく悠一は少し精神をやられている。重松の幼馴染2人もいつ発症するかと案じている。原爆症はいつ何時発症するかわからず、重松もシゲ子も気が気ではない。矢須子も例外ではなく、それを気にしないという青年が交際を申し込んでくるが、結局うまくいかない。そして結婚を諦める矢須子。

こうして物語は矢須子と重松夫妻とを中心に進んでいく。主人公の矢須子を演じるのは故田中好子。入浴シーンもあって、結構頑張っている。こんな映画に主演で頑張っていたなんてこれまでまったく知らないでいた。そんな田中好子演じる矢須子を中心に、ひたすら描かれていくのは被爆者たちの苦しみ。普通の爆弾がその場限りなのに比べ、原爆は後々まで深刻な影響を残す。矢須子たちと同じように苦しんでいる人も大勢いるはず。それは結婚にまで影響している。世の中が平和と繁栄を謳歌する中、苦しみ続けなければならない悲劇。

 映画はエンターテイメントであるはずであるが、この映画は原爆の悲惨さをビジュアルに訴えてくる。被爆直後の市内の様子が、『はだしのゲン』を読んで衝撃を受けたシーンと被っていて、かなりリアルであった。白黒で撮った意味もこういうところにあるのかもしれないと思う反面、カラーであった方が訴えるものは強かったのではとも思える。ただただ反戦を訴えるより、こういう映画にした方がインパクトはあると思う。
 
 田中好子の主演と相俟って、観る価値のある映画である・・・


評価:★★☆☆☆





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2018年07月13日

【わが母の記】My Cinema File 1946

わが母の記.jpg

2012年 日本
監督: 原田眞人
原作: 井上靖
出演: 
役所広司:伊上洪作
樹木希林:八重
宮崎あおい:琴子
南果歩:桑子
キムラ緑子:志賀子
ミムラ:郁子
菊池亜希子:紀子
三浦貴大:瀬川
真野恵里菜:貞代
赤間麻里子:美津
三國連太郎:隼人

<シネマトゥデイ>
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「敦煌」「天平の甍」などで知られる小説家・井上靖が自身の家族とのきずなを基に著した自伝的小説「わが母の記」を、『クライマーズ・ハイ』などの原田眞人監督が映画化した家族ドラマ。老いた母親との断絶を埋めようとする小説家の姿を映し、母の強い愛を描いていく。主人公の小説家には役所広司、母には樹木希林、そして小説家の娘に宮崎あおいがふんし、日本を代表する演技派俳優たちの共演に期待が高まる。
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物語は1959年から始まる。小説家の伊上洪作は、実家の父の見舞いに来ている。布団に臥す父の姿は、もう先が短い様子が漂う。さらに老いた母は、ついさっき言ったことを初めて言うかの如くに話す。こちらも痴呆症が心配な様子である。故郷を後にする洪作が乗るのは、今や懐かしいボンネットバス。自宅に戻ると、家族総出で洪作の新作小説にせっせと検印を捺している。今はこんな事はしていないのだろうが、時代背景が興味深い。

検印作業は作家の家族の仕事であったが、父親に反発している三女の琴子の姿はない。自室にこもって夕食にも降りて来ない琴子に不満を募らせる洪作。よくありがちな家族の様子。傍から見ていると、洪作の態度に原因があるようにも思える。そしてその夜、父の訃報が入る。父の葬儀の様子は、田舎の風情溢れるものである。

父亡き後、洪作の妹・桑子が母・八重の面倒を見ているが、八重の痴呆症は徐々に進んでいく。1963年の八重の誕生日には、一族が川奈ホテルに集まる。洪作の家族の他、桑子夫婦、もうひとりの妹・志賀子夫婦、さらには運転手の瀬川、秘書の珠代。盛大なお祝いの会であるが、八重の痴呆はさらに進む。

こうして時がゆっくりと過ぎゆき、一族のそれぞれのエピソードが描かれていく。その中心になっていくのは八重。交通事故に遭って家で療養している明夫を罵倒するに至っては、桑子も耐えきれなくなったり、日頃から家族を小説やエッセイのネタにする洪作に対し、娘たちの不満が爆発したりする。特に次女の紀子は、映画を観に行った時、嵐がひどくなりそうという理由で映画の途中で帰宅させられたことを根に持っていたりする。

物語はそんな家族のエピソードを交えながら進んでいく。父親に権威のあった時代ではあるが、その権威はどこか独善的。考えてみれば、父親の権威が薄れてしまったのは、父親たちがその権威を正しく使わなかったからのようにも思える。そしてなんと言っても洪作と母八重の関係。息子にとって母親は煩わしく、しかし放ってはおけないもの。洪作は少年時代に8年間祖母に預けられた経験があって、それを「捨てられた」と根に持っている。

母親が痴呆になると、計算されない自然の感情が表に出てくる。洪作が「捨てられた」と思っていた出来事にも、実は母親なりの事情があり、洪作は愕然とする。息子にとって父親よりもやはり母親が気になるものなのかもしれない。父親の立場からすると微妙なのであるが、洪作もまた然り。洪作の母親に対する愛情もあふれ出てきて、思わず涙腺が緩みそうになったりもする。

原作は作家の井上靖であるが、やはりこれは実話なのだという。自身の経験を基にしているからこそ、心に迫ってくるものがあるのかもしれない。自分の母親もだいぶ年老いたが、まだまだ頭の方は辛うじてしっかりしている。今のうちに孝行しておきたいという気持ちにさせられる。人の振り見て、ではないが、意識したいと思わせてくれる一冊である・・・


評価:★★☆☆☆





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2018年07月08日

【メイジーの瞳】My Cinema File 1945

メイジーの瞳.jpg

原題: What Maisie Knew
2012年 アメリカ
監督: スコット・マクギー/デビッド・シーゲル
出演: 
ジュリアン・ムーア:スザンナ
アレクサンダー・スカルスガルド:リンカーン
オナタ・アプリール:メイジー
ジョアンナ・バンダーハム:マーゴ
スティーブ・クーガン:ビール

<映画.com>
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『綴り字のシーズン』のスコット・マクギー&デビッド・シーゲル監督が、離婚する両親に翻弄される少女の日常を描いたヒューマンドラマ。ロック歌手の母と美術商の父の間に生まれた少女メイジー。日頃から喧嘩してばかりの両親はついに離婚を決め、メイジーはそれぞれの家を行ったり来たりすることに。ところが、忙しい父はベビーシッターのマーゴに、母は新恋人リンカーンにメイジーを預けるようになり……。原作は「ある貴婦人の肖像」「鳩の翼」などで知られるヘンリー・ジェームズの小説。2012年・第25回東京国際映画祭コンペティション部門では、「メイジーの知ったこと」のタイトルで上映された。
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主人公の少女メイジーの父親は美術関係の仕事をし、母親はロックスター。愛し合って結婚し、メイジーが生まれたのであろうが、今や2人の関係にはひびが入り諍いが絶えない。そんな2人の口論をまるで聞こえないかのように子守に雇われたマーゴと一緒に夕飯を食べるメイジー。その姿は健気である。両親の関係はついに破綻し、母のスザンナは夫の留守中に玄関の鍵を交換して締め出してしまう。ここに至り離婚調停となり、その結果、双方単独親権は認められず、それぞれが10日ずつメイジーの世話をすることになる。

父親の家に行ったメイジーを待っていたのは、子守りをしていたマーゴ。子供には慣れ親しんだ子守りのマーゴも一緒で嬉しいのだろうが、大人の目から見れば違う事情が見えてしまう。それはロックスターの母親も同様で、やがて新しい恋人リンカーンと暮らし始める。双方ともメイジーを大事に考えていることは間違いがないが、自分の人生を大事にしている姿も共通している。まぁ、それはそうなのかもしれない。

父親の家にいるメイジーに、ある日母親から花束が届く。しかし、父親はそれを良しとせずゴミ箱に捨ててしまう。それをこっそり見ていたメイジーは、密かにそれを拾ってクローゼットに隠す。それを見つけたマーゴ。マーゴはそれを捨てることもできたであろうが、メイジーの気持ちを考え、押し花にしようと提案する。メイジーを思うマーゴの気持ちが嬉しい。

両親ともにメイジーに対する愛情はあっても仕事は多忙。勢い、メイジーの世話はそれぞれの恋人が担うことになる。そうすると、2人のバッティングも生じるわけで、母親が世話をする引き受けるべきある日、学校に迎えに来るべきはずの母親が姿を見せず、急遽マーゴが迎えに来る。しかし、その日は父親とマーゴが新婚旅行に行く日であり、マーゴもメイジーを連れてはいけない。そこに現れたのはリンカーン。しかし学校の管理人は、面識のないリンカーンにメイジーを預けられない。そこでマーゴが間を取りなし、2人が出会う。

バーテンとして働くリンカーンは、日中の時間の自由もきき、すぐにメイジーと仲良くなる。そしていつの間にかメイジーと過ごす時間は、両親よりもリンカーンとマーゴの方が長くなる。さらに父親は仕事の都合上、ロンドンへの移住を考え始めるが、そうすると10日間ずつメイジーの世話をすると言う約束がうまく機能しなくなる。母親も全米ツアーとなると長期間の移動生活になる。メイジーを育てる環境にきしみが入りはじめる・・・

「子はかすがい」とはよく言われることである。子供のために我慢をすることで夫婦関係が持続するのであるが、その良し悪しは別として、それで子供の生活環境が維持されるということはある。されど親にも個人の人生があると考えられるようになると、この映画のメイジーのように、子供がそのしわ寄せを受けるということが出てくる。そんなメイジーに深い愛情を示して世話をするのは、マーゴとリンカーン。この映画の視点は実に面白い。

映画を観ながら様々なことが脳裏を過る。親としてどう振舞うべきなのか。両親はメイジーに愛情を持っていないわけではない。それぞれに深い愛情を持っているが、その前に「自分も大事」と思っている。いい相手が出てくれば恋愛もするし、仕事も大事。それはそれで現代的で悪くはないと思うが、それでも「自分よりまず子供」と考えるのなら、メイジーの両親の行動は自分ならやらないと思ってしまう。そんな中で、リンカーンとマーゴの優しさが清涼剤となって心に響いてくる。

メイジーの愛らしさが全編を通じて何とも言えない。この映画に対する感情移入のすべてがこの子に負っていると思う。ラストのメイジーの無邪気さが心に残る映画である・・・


評価:★★☆☆☆






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2018年07月07日

【哭声/コクソン】My Cinema File 1944

哭声/コクソン.jpg

原題: The Wailing
2016年 韓国
監督: ナ・ホンジン
出演: 
クァク・ドウォン:ジョング
ファン・ジョンミン:イルグァン
國村隼:山の中の男
チョン・ウヒ:ムミョン
キム・ファニ: ヒョジン

<シネマトゥデイ>
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『アシュラ』などのクァク・ドウォンが主演を飾り、『チェイサー』『哀しき獣』などのナ・ホンジン監督と組んで放つ異色サスペンス。とある田舎の村に一人のよそ者が出現したのをきっかけに凶悪な殺人事件が頻発し、人々が混沌の中に突き落とされるさまを描く。『華麗なるリベンジ』などのファン・ジョンミンをはじめ、日本からベテラン國村隼が参加。
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何の変哲もない韓国の田舎の村、谷城(コクソン)。その村の中で、村人が家族を惨殺する事件が立て続けに発生する。容疑者にはいずれも動機はなく、ただ精神に異常をきたしているだけ。幻覚性のキノコが原因かと思われたが、明確にはわからない。そんな村で、捜査にあたるのはジョング。田舎の村とあって、どこかのどかな人物。殺人事件の呼び出しに出かけようとすると、母親から朝食を食べていけと怒られる風景に違和感のないようなのどかな村である。

事件現場は悲惨な様子。そして一方で、事件の原因として山に住み着いた謎の日本人が原因との噂も伝わってくる。数々の異常事態を目にしたこともあり、ジョングも半ば噂を確認すべく、山中に住む日本人を訪ねて行く。通訳を伴い訪れた家には、怪しげな祭壇があり、被害者らの写真が壁一面に貼られているのを発見する。さらにジョングは、娘ヒョジンの靴を見つけショックを受ける。

そのヒジョンは、恐れていた通りやがて高熱を発して入院する。すぐに回復したものの、以前は苦手で食べなかった魚を貪るように食べ、ジョングに対しても罵詈雑言を吐くなど奇行を繰り返し、さらにその体には一連の容疑者と同じ発疹が現れる。そして、家族が目を離した隙に刃物を手にするようになる。かくなる事態を収拾するため、ジョングの妻は祈祷師を呼ぶ。ジョングは気が進まないものの、こういう場合にすっかりのぼせ上がっている妻を説得するのは困難というもの。現れた祈祷師イルグァンは、悪霊の仕業と断じ、除霊のための祈祷の儀式を行う・・・

韓国映画は、ハリウッド映画にはない暗さを秘めているが、この映画のような雰囲気だと一層その不気味さを増す。山中に居ついた謎の日本人が怪しげな雰囲気を醸し出すが、これも日本人のイメージなのだろうかと思いながら観る。その日本人役が、日本でも癖のある役がピタリとハマる國村隼であり、なかなかの雰囲気である。しかしながら、何となく焦点の絞りにくい映画であることは確かである。サスペンスなのかオカルト・ホラーなのか。それがクリアになっていた方が、個人的には入って行きやすい。

果たして謎の連続する殺人事件は悪霊の仕業なのか。二転三転するストーリーはそれなりに面白かったが、ホラーならホラーでもっと早くからホラーとして入っていった方が個人的には良かったと思う。せっかくの盛り上がりを見せていたものの、結末の有様はどうも残尿感の残るものであった。もう少し何らかの結論を加えてくれる方がすっきりしたという感じがした。それでも、「なぜ自分の娘が?」と問うジョングに対し、祈祷師が「悪魔は釣り糸を垂れるだけ、そしてたまたまお前の娘がそれに食いついただけ」と無情にも答えるシーンがあるが、何気ないが実に不気味さを感じて良かったシーンである。

それでも、「あともう少し」が欲しかった映画である・・・


評価:★★☆☆☆






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2018年07月06日

【アウトレイジ 最終章】My Cinema File 1943

アウトレイジ 最終章.jpg

2017年 日本
監督: 北野武
出演: 
ビートたけし:大友
西田敏行:西野
大森南朋:市川
ピエール瀧:花田
松重豊:繁田
大杉漣:野村
塩見三省:中田
白竜:李
名高達男:白山
光石研:五味
原田泰造:丸山
池内博之:吉岡
津田寛治:崔
金田時男:張
中村育二:平山
岸部一徳:森島

<シネマトゥデイ>
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北野武監督が裏社会にうごめく男たちの仁義なき戦いをあぶり出し、ヒットを飛ばした『アウトレイジ』シリーズの完結編。今作は前回の壮絶な権力抗争の後日譚となり、底なし沼のような戦いに身を投じる男たちの悲哀を描く。前作同様ビートたけし、西田敏行、塩見三省、光石研らが豪華共演。最後の花道を飾るにふさわしい迫力に圧倒される。
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『アウトレイジ』『アウトレイジ・ビヨンド』と続いてきたシリーズの完結編。前作までは東京に勢力を持つ山王会が中心であったが、その勢力は衰え、今や関西を拠点とする花菱会が一大勢力を誇っている。そしてその花菱会では、先代会長から跡目を継いだ元証券マンの野村が会長に就任しているが、堅気出身で高慢ということもあって古参幹部の若頭・西野とは反りが合わない。

その野村は、金さえ儲かれば何でもありというスタンスであり、先代が禁止していた薬物売買をも厭わない考え。そしてこの野村の考えのもとで台頭したのが新興勢力の花田組。組長の花田は多額のしのぎを得て勢いを増している。一方、シリーズの主人公である大友は、前作で刑事を射殺したこともあり、日韓フィクサーの張(チャン)会長の計らいにより韓国・チェジュ島の歓楽街で、組織の用心棒を務めている。仲間の市川とのんびり釣りをする日々である。

花田は、野村が開く定例会議をすっぽかして、韓国・チェジュ島に女遊びに出かける。しかし、出張風俗の韓国女性2名がSMプレイに対応できないと激怒しクレームをつけてくる。さっそく用心棒の大友は市川らを連れてホテルに出向く。花田たちを一喝すると、花田は詫び料として200万円払う条件で話をつける。しかし、金を払うつもりなど毛頭ない花田は、後日、金を受け取りに来た張グループの男を殺し帰国してしまう。

シリーズ第3弾は、前回までとはガラリと変わる。山王会は力を失って花菱会の軍門に下り、花菱会が中心になる。前作も出ていた西田敏行演じる若頭・西野が力をふるう。親分は野村なのであるが、叩き上げのヤクザとしては貫禄が上。西田敏行も『ナミヤ雑貨店の奇蹟』では好々爺として登場してきたが、ここでは180度雰囲気を変えて登場する。もともと「普通の」俳優さんがみんな見事にヤクザになって登場するのがこのシリーズの面白く感じるところだが、この西野もいい味を出している。

そしてその中心はやっぱりたけしなのであるが、何となく心なしかこれまでの狂気を秘めた迫力が薄れている気がする。大友も年を取って丸みを帯びてきたような雰囲気が漂うのである。個々の迫力でいけば、西田敏行が頭一つ出ていたように思う。故大杉漣は違う意味で役柄にピッタリの雰囲気を醸し出している。シリーズ最終章なのであるが、ちょっとたけしのトーンダウンが気になってしまったところである。

今回は新たに韓国勢が参入。独自の存在感を出して花菱会と対立。花菱会の傘下に入って燻る山王会の会長・白山と若頭・五味も不満を募らせる。大友は張の組織側についており、次第に発火点へと近づいていく。警視庁のマル暴チームもそんな動きに目を光らせるが、傍観するしかない。緊迫のままクライマックスに突入し、映画は終わりゆく。大友は大友らしいけじめをつけ、シリーズもジ・エンド。

 気になるのは、たけしのバイオレンス・アクション映画は今後も続くのだろうかというところ。さすがのたけしも衰えてきた感があるし、とは言えまだ見たいし。シリーズは終わりかもしれないが、今後にも期待したいと思う一作である・・・


評価:★★☆☆☆






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2018年07月03日

【ムーンライト】My Cinema File 1942

ムーンライト.jpg

原題: Moonlight
2016年 アメリカ
監督: バリー・ジェンキンス
出演: 
トレバンテ・ローズ:シャロン(ブラック)
アンドレ・ホランド:ケヴィン
ジャネール・モネイ:テレサ
アシュトン・サンダース:10代のシャロン
ジャハール・ジェローム:10代のケヴィン
アレックス・ヒバート:シャロン(リトル)
マハーシャラ・アリ:フアン
ナオミ・ハリス:ポーラ

<映画.com>
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マイアミを舞台に自分の居場所とアイデンティティを模索する少年の成長を、少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つの時代構成で描き、第89回アカデミー賞で作品賞ほか、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞したヒューマンドラマ。マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では「リトル(チビ)」と呼ばれていじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されていた。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。やがてシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになるが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気づき、誰にも思いを打ち明けられずにいた。そんな中、ある事件が起こり……。母親ポーラ役に「007」シリーズのナオミ・ハリス、麻薬ディーラーのフアン役にテレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のマハーシャラ・アリ。プロデューサーとしてアカデミー賞受賞作「それでも夜は明ける」も手がけたブラッド・ピットが製作総指揮。本作が長編2作目となるバリー・ジェンキンスがメガホンをとった。
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ある黒人青年の姿を3期に分けて描いた作品。
最初は『リトル』と題された第1部。主人公の黒人少年シャロンはどこか気弱で、「リトル」という渾名を付けられている。物語はシャロンがいじめっ子たちに追いかけられ、隠れているところを麻薬の売人であるフアンに見つけられるところから始まる。フアンに話し掛けられても満足に返答できないシャロン。フアンはシャロンを自宅へと連れていき、夕食を振舞う。フアンの妻テレサに優しく話しかけられ、シャロンはようやくポツリポツリと自分の事を話す。

その夜、家に帰りたくないと話すシャロンはフアンの家に泊めてもらう。そして翌日、家に送ってもらうが、母ポーラはフアンに対し敵意に満ちた態度を取り、お礼の言葉もない。シャロンには、学校ではクラスメートのケヴィンしか友人がいない。そのためもあって、シャロンはフアンと多くの時間を共に過ごすようになり、泳ぎや人生について教えられる。ある夜フアンは、自分の顧客のひとりが、ポーラと車中でコカインを吸っていることに気付く。何とも言えない貧困地域の現実である。

第2部は『シャロン』と題し、ティーンエイジャーとなったシャロンの姿を追う。相変わらずケヴィンとは仲良くしているものの、同級生によるいじめは変わらず、母のポーラは薬物依存に陥り、ヤク代欲しさに売春もしている様子。よくしてくれていたフアンは既に亡く、シャロンは時折テレサを訪ねては食事をさせてもらったりしている。年頃になったシャロンはある夜、ケヴィンとビーチへ行きマリファナを吸いつつ、ふたりはキスを交わす。どうやらシャロンにはゲイの気質があるのかもしれない。揺れる思春期のシャロン。ある日、シャロンはケヴィンに自分を殴らせた相手を椅子で殴りつけ、逮捕される・・・

第3部は、成人したシャロンが描かれる『ブラック』。いつの間にかたくましく成長したシャロンは、アトランタに移り住み、薬物の売人をやっている。同級生を椅子で殴りつけたあと少年院に送られ、いつしか薬物の売人になっていたのである。母のポーラから頻繁に家に帰るよう求める電話がかかってきている。そんなある夜、長く会うこともなくなっていたケヴィンから電話がかかってくる。ケヴィンは食堂で調理師として働いている・・・

 全体として淡々としたドラマである。シングルマザーの家庭に育ち、しかもその母親は薬物中毒。たぶん、似たような境遇にある黒人はたくさんいるのだと思う。気弱でいじめられっ子だった主人公のシャロンは、結局ヤクの売人になっている。そこに至る成長の過程が、彼の境遇を浮かび上がらせていて、何とも言えない物語の味わいとなっている。アカデミー作品賞に輝いたのも、そんなテイストが評価されたのかもしれない。

 人に歴史ありとはよく言われることであるが、シャロンの短いながらも3つの時期を見ていくことで、人の成長過程を見る面白さがある。それは決して華やかではなく、むしろヤクの売人という日陰の人物の人生であるが、だからこそ味わいがあるとも言える。ラストで映されるまだまだあどけなさを残していたシャロンの表情が、何とも言えない映画である・・・


評価:★★☆☆☆






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