2018年04月20日

【ジャスティス・リーグ】My Cinema File 1906

ジャスティス・リーグ.jpg

原題: Justice League
2017年 アメリカ
監督: ザック・スナイダー
出演: 
ベン・アフレック:ブルース・ウェイン/バットマン
ヘンリー・カビル:クラーク・ケント/スーパーマン
エイミー・アダムス:ロイス・レイン
ガル・ギャドット:ダイアナ・プリンス/ワンダーウーマン
エズラ・ミラー:バリー・アレン/フラッシュ
ジェイソン・モモア:アーサー・カリー/アクアマン
レイ・フィッシャー:ビクター・“ヴィグ”・ストーン/サイボーグ
ジェレミー・アイアンズ:アルフレッド
ダイアン・レイン:マーサ・ケント
コニー・ニールセン:ヒッポリタ
J・K・シモンズ:ジェームズ・ゴードン
ジェシー・アイゼンバーグ:レックス・ルーサー
ジョー・マンガニエロス:レイド・ウィルソン/デスストローク

<シネマトゥデイ>
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DCコミックスのヒーローたちが集結したドリームチーム、ジャスティス・リーグの活躍を描くアクション大作。バットマンとワンダーウーマンが団結し、特別な能力を持つヒーローたちを集めた新チームで敵に立ち向かおうとする姿を活写する。『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』同様バットマンをベン・アフレックが演じ、ワンダーウーマンをガル・ガドットが熱演。個性派ヒーローたちの活躍ぶりに血が騒ぐ。
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アメリカン・コミックの両雄のうち、マーベルが『アベンジャーズ』でオールスター戦を展開する以上、もう一方の雄であるDCコミックもオールスター戦で応じるのは当然なのだろう。『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』で、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンを集合させ悪のドゥームズデイとの戦いを制した後からこの物語は始まる。

悪を倒したものの、その戦いで世界はスーパーマンを失う。残されたバッドマンは、日々ゴッサムの悪党たちと戦っている。ある時、いつものように悪党を捕らえるが、そこに謎の生物が現れる。その姿は悪魔のよう。謎の生物は消滅するが、後には3つの箱の絵が残されている。一方、イギリスの銀行でテロが起こり、ワンダーウーマンがこれを阻止する。ブルースはまもなく襲いくると見られる悪の軍団に対抗するため、特別な力を持つ仲間集めに向かう。まずはアイスランドに住むアトランティス王のアクアマン。

ヒーローたちは一癖も二癖もあり、素直に集まらないのは世の常。ブルースのスカウトに喜んで応じたのは、超高速で動く「フラッシュ」ことバリーだけ。バリーの父親は、妻を殺害した容疑で刑務所に収監されている。もう1人のヒーロー「サイボーグ」ビクターは、頭はネットにつながり、日々体の機械部分の性能が上がるという能力を有するが、ワンダーウーマンがこれを口説いて仲間に引き入れる。その頃、ワンダーウーマンの故郷では、古より保管していたキューブが突然活動を始め、そこに現れたステッペンウルフと謎の生物パラデーモンの集団に襲われ、キューブが持ち去られる。

かつてステッペンウルフが世界を襲ってきた時、アマゾンとアトランティスと人間は協力してこれを撃退。3つに分裂したキューブをそれぞれ封印した。ステッペンウルフは再び3つのキューブを奪い返しにくる。さらにアトランティスのキューブも奪われ、残るは人類保管分のみ。ブルースは集めた仲間のだけでは力不足であることを感じ、キューブの力を利用し、スーパーマンを復活させることを思い付く。しかし、一度死んだ者を復活させても人格は復活しないかもしれず、ワンダーウーマンはこれに反対する。

しかし、結局ブルースは意思を通し、スーパーマンを復活させるが、ワンダーウーマンの心配した通り、スーパーマンは彼らと敵対する・・・こうした善と悪との戦いは、悪が強大であればストーリーは面白くなり、善は仲間を集めて紆余曲折を経て結束を固めこれと戦うというのが王道ストーリー。『アベンジャーズ』も然りである。

それにしても、今回中心となりリーダーシップを取るのはバットマン。考えてみれば、唯一の「普通の人間」である。アルフレッドの補佐を得て、有り余る資金力を背景に開発した兵器で武装する。そういえば『アベンジャーズ』のトニー・スタークも同じであり面白い共通点だと思う。他のスーパーヒーローが己の体そのものが武器なのに対し、1人生身で立ち向かう悲哀が今回は描かれていて、ちょっと共感してしまった。やっぱり一番好きなキャラクターかもしれない。

DCコミック版ヒーロー集合と言っても、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンがやはり知名度の点でだろう主力になる。それぞれの世界観を混ぜ合わせるのも一苦労だと思う。ここになぜかグリーンランタンが加わっていなかったが、加わっていたら善と悪とのバランスが崩れていたのかもしれない。何れにせよ、この手の映画は何も考えずに楽しめるという利点がある。エンドクレジットでは何やらレックス・ルーサーが復活するようだし、すると当然次回作もあるのだろう。

こちらのスーパーヒーロー大集合も楽しんでいきたいと思うのである・・・


評価:★★☆☆☆






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2018年04月17日

【カイロの紫のバラ】My Cinema File 1905

カイロの紫のバラ.jpg

原題: THE PURPLE ROSE OF CAIRO
1985年 アメリカ
監督: ウディ・アレン
出演: 
ミア・ファロー:セシリア
ジェフ・ダニエルズ:トム・バクスター / ギル・シェパード
ダニー・アイエロ:モンク
ダイアン・ウィースト:エマ
バン・ジョンソン:ラリー
ゾーイ・コールドウェル:伯爵夫人
エドワード・ハーマン:ヘンリー

<allcinema ONLINE>
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古き良き30年代、熱心に映画館に通いつめるウェイトレスに、ある日スクリーンの中から映画の主人公が語りかけてきた。銀幕を飛び出し、現実世界へ降り立ったその主人公は、ウェイトレスを連れて劇場を後にする。大慌ての興行者たちをよそに、2人の仲は進展していく。そして、主人公を演じた本物のスターが現れた事によって事態はますます混乱を極めていく……。W・アレンが出演なしに脚本・監督したファンタスティックなラブ・ロマンス。
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時折、かつて観て印象に残っている映画を観直しているが、この映画もそんな印象に深く残っている映画である。
時は1930年代のニュージャージー。主人公のセシリアは、姉と共にウェイトレスしているが、勤務時間中にも姉と映画の話をしていて、その働きぶりは傍目にも熱心とは言い難い。店のオーナーにもたびたび注意されているのもやむを得ない。

そんなセシリアは、帰宅途中で夫のモンクと会う。不況で失職中のモンクは、同じ無職仲間と賭け事に興じていて、今日もセシリアからわずかばかりのお金を無心する。時代なのだろう、夫は妻に対して横柄に振舞う。一緒に映画にでも連れて行ってくれというセシリアに対し、夫のモンクはギャンブル優先である。そんな楽しみの少ない生活を送るセシリアの唯一の楽しみが映画で、映画館に通っては同じ映画を何度も観ているのであった。

ある日、「カイロの紫のバラ」という映画の上映が始まる。仕事を終えたセシリアは映画館に行き、飽かずに映画を観ていると、突然、映画の中の登場人物トムがスクリーンから抜け出し、セシリアの席にやって来る。驚く観客と映画の中の登場人物たちをしり目に、トムはセシリアを映画館の外へと連れ出す。トムが言うには、何度も観に来ているのを見て、セシリアに恋をしたのだと。

アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ラスト・アクションヒーロー』は、少年がスクリーンの中に入って映画の主人公とともに活躍する物語であったが、この映画は映画の登場人物がスクリーンから出てきてしまうというもの(もっとも、セシリアも途中でトムにスクリーンの中に連れていかれて素敵な夜を過ごす)。似たような発想だが、こういう荒唐無稽なストーリーも面白い。

スクリーンから飛び出して来たトムだが、さすがに現実離れしている。キスをすれば映画では次第に暗くなるのに、現実はそうではないことにトムは不思議がる。レストランで食事をすれば、トムの使う紙幣は映画用のであるため使えない。しかし、そんな浮世離れしたトムと過ごす時間にセシリアは夢見心地となる。一方、トムが映画を抜け出したことを知った映画関係者は大騒ぎとなる。各地の映画館で上映している「カイロの紫のバラ」では、やはりトムがセリフを忘れたりして混乱が広がる。

トムを演じた俳優ギルは、自分のスキャンダルになることを案じ、ニュージャージーの映画館へ赴く。そして偶然、セシリアと出会う。「本物」と出会ったセシリアは、日頃の思いをギルに伝える。俳優としてのあり方に悩むギルは、大ファンの声に大いに勇気づけられ、ギルもまたセシリアに惹かれていく。こうして奇妙な三角関係が出来上がる・・・

荒唐無稽なストーリーだが、観ていて引き込まれていく。映画の登場人物とこんな風に交流できたら面白いだろう。そして日々の生活では、不況を理由に働かない夫をウエイトレスをしながら懸命に支えるセシリアがいじらしい。ささやかな趣味は映画館で映画を観ること。そんなささやかな趣味にさえ、夫は付き合おうとしない。現代であればとっくに離婚だろう。そんなセシリアの前に、スクリーンの中から憧れているしかなかった人物が飛び出てくるのである。セシリアの喜ぶ様に素直に嬉しくなる。

そして焦る映画関係者たちの「尽力」で、トムは泣く泣くセシリアと別れスクリーンに戻っていく。そのあとすぐに「カイロの紫のバラ」の看板が外される。たぶん、再び「脱走」を案じた関係者が上映中止に動いたのであろう。夢の終わったあと、再び映画館で席に着くセシリア。スクリーンでは次の新しい映画の上映が始まっている。映画を観るセシリアの表情が何とも言えない。

これはやっぱりいい映画だと思う。実は監督はウッディ・アレンなのであるが、ウッディ・アレン監督作品としては、ベスト1だと個人的には思う。同じ映画好きとして、映画好きの登場する映画には、やっぱり好印象を持ってしまう。
心にしみじみと染み入る映画である・・・


評価:★★★☆☆






posted by HH at 00:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | ファンタジー

2018年04月14日

【キュア 〜禁断の隔離病棟〜】My Cinema File 1904

キュア 〜禁断の隔離病棟〜.jpg

原題: A Cure for Wellness
2016年 ドイツ・アメリカ
監督: 
出演: 
デイン・デハーン:ロックハート
ジェイソン・アイザックス:ヴォルマー
ミア・ゴス: ハンナ

<映画.com>
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「ザ・リング」『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのゴア・ヴァービンスキー監督が『クロニクル』のデイン・デハーンを主演に迎え、恐ろしい秘密を抱える療養所に足を踏み入れた青年の運命を、独特の世界観と映像美で描いたサスペンススリラー。ニューヨークの金融会社で働くロックハートは、アルプスの療養所に出かけたまま戻らない社長を連れ戻すよう会社から命じられる。現地に到着した彼はすぐに社長との面会を求めるが、面会時間が過ぎているらしく会わせてもらえない。仕方なくホテルに戻ることにしたロックハートは、その途中で事故に遭って大怪我を負い、療養所に運び込まれる。治療を受ける中でこの施設に不審感を抱いた彼は、やがて驚きの事実にたどり着く。共演に『ハリー・ポッター』シリーズのジェイソン・アイザックス、「ニンフォマニアック」のミア・ゴス。
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ウォールストリートの金融街のオフィスビルの一室。深夜まで働く男が突然、心臓発作で絶命する。このシーンに何の意味があったのか、よくわからない。そして主人公ロックハートは、通勤電車でしきりに誰かに檄を飛ばす。それが自身の不正行為の隠ぺい工作であったことは、出社して会議に呼ばれて明らかにされる。首になるかと思いきや、重役陣からはあるミッションを言いつけられる。会社の社長がスイスの療養所に行ったまま戻らないため、連れ戻せというもの。ロックハートに拒否権はなく、やむなくスイスへと向かう。

道中、ロックハートは子供の頃の事件を思い出す。自分と同じようにウォールストリートで働いていた父だが、ある日まだ子供のロックハートを車に乗せたまま、父は自動車を降りそのまま橋の上に立ち、身を投げる・・・詳しくはわからないが、たぶん相場の暴落で絶望的な状況に陥ったのであろう。一方で、老人ホームにいる母に会いに行ったことも脳裏を過る。母親はバレリーナの人形を作っていて、帰り際に「また来る」と言い残すロックハートに、母は「お前は戻ってこない」と語る。ロックハートは母が造ったバレリーナの人形を持ち帰る。

スイスに到着したロックハートは、タクシーで療養所に向かう。その道中、運転手から目指す療養所にまつわる話を聞く。200年前ほど前、貴族の血守るため、妹と結婚しようとした貴族が村人たちに焼き殺されたと。療養所に到着したロックハートは、タクシーを待たせたまま社長との面会を申し入れるも、面外時間を数分過ぎていると断られる。ウォールストリート方式で責任者を呼び出すも、面会は果たせず、一旦ホテルへ帰って出直すことにする。しかし、帰り道の道中、突然現れた鹿によって自動車が転倒。気がつくとロックハートは療養所のベッドの上。しかも骨折したらしく足にはギブスがされている。

やむなく、そのまま療養所に入院し治療を受けることにする。館内には同じように治療を受けるたくさんの人々。なぜかみな高齢者。その中で、ロックハートは唯一若き少女ハンナと出会う。さらに館内をくまなく歩きまわるうちに、いろいろと奇妙な事に気がつく。ハンナや館長、その他、数人の関係者は謎の青いボトルから水滴のようなものを摂取している。様々な治療はみな水の中で行われる。要所要所で現れるウナギの幻影・・・やがて、運転手から聞いた200年前に殺された貴族にまつわる話も詳しくわかってくる・・・

スイスの風光明媚な山の上に立つ奇妙な洋館。療養所として金持ちたちがたくさん入所して治療を受けている。タクシーを待たせておいて、社長を連れ帰るつもりだったロックハートは、意に反してそこから出られなくなる。最初は怪我のため。そして段々と明らかになる館の秘密。単なるサスペンスなのか、それとも背筋の凍るスリラーなのか。観ていてどちらに転ぶのか予測がつかない。ご丁寧に意味ありげな怪しげなシーンを随所にちりばめてくれる。

長々と続いたストーリーが終わると胸やけに似た不快感が残る。サスペンスであり、スリラーであり、だけどこんなにヘビーでなくてもいいだろうというのが個人的な感想。ロックハート自身、善人ではないし、過去のトラウマを引きずっているから、それが余計に物語に薄汚れた重みをもたらす。何とも形容のしようのない映画である。ラストでようやく療養所を出たロックハート。その表情が何とも言えなかった映画である・・・


評価:★★☆☆☆





posted by HH at 00:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | サスペンス

2018年04月13日

【ドラフト・デイ】My Cinema File 1903

ドラフト・デイ.jpg

原題: Draft Day
2014年 アメリカ
監督: アイヴァン・ライトマン
出演: 
ケビン・コスナー:サニー・ウィーバー・Jr.
ジェニファー・ガーナー:アリ
デニス・リアリー:ペン監督
フランク・ランジェラ:アンソニー・モリーナ
サム・エリオット:ムーア監督
ショーン・コムズ:クリス・クロフォード
テリー・クルーズ:アール・ジェニングス
エレン・バースティン:バーブ・ウィーバー
チャドウィック・ボーズマン:ボンテ・マック

<シネマトゥデイ>
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アメリカンフットボールのプロリーグ、NFLのドラフト会議を題材にしたドラマ。大物ルーキーを獲得して弱小チーム再生を狙うアメフトチームのゼネラルマネージャーが、ドラフト会議で一世一代の勝負を仕掛ける。監督は、『抱きたいカンケイ』などのアイヴァン・ライトマン。チーム存亡の命運を背負う主人公に名優ケヴィン・コスナーがふんし、その脇を『デアデビル』などのジェニファー・ガーナーなどの実力派が固める。次々と紹介されるアメフト界の裏側に引き込まれる。
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物語の舞台はタイトルにある通りNFLのドラフト会議。シーズンを終えた各チームが、翌期に備えた準備をする中で、最大のイベントがドラフトである。そのドラフト会議を控え、主人公となるクリーブランド・ブラウンズのGMサニーは気合の朝を迎える。一夜を過ごした恋人アリから子供ができたことを伝えられるが、GMとして1年で最も大事な日を迎え、サニーには余裕がない。アリは不機嫌なまま仕事をと出かけて行き、サニーは、気を取り直して同じように職場へと向かう。

今回のドラフトの目玉は、大学の年間最優秀選手であり地元の英雄でもあるQBボー・キャラハン。NFLのドラフトのルールは我々日本人にしてみると実に面白い。全体第1順位を持っているのはシアトル・シーホークス。ここでシーホークスはその権利をそのまま行使しても良いし、順位自体をトレードすることもできる。これがこのドラマを面白くする。ボーを獲得するには全体第1位の指名権が必要。これを欲しがる各チームとトレード交渉をするわけである。

シーホークスのGMが選んだ相手はサニー。ブラウンズの翌年の第1位指名権2年分をよこせと要求する。これを一蹴したサニーは、出勤途中で、ドラフト候補のヴォンデ、同じく候補だが、暴行事件に巻き込まれてイメージの悪いレイと連絡を取る。サニーに対しては、ファンからの注目も凄く、「お前はクビだ」というメッセージがあったりする。さらにはオーナーのアンソニーからも連絡があり、「ボーを取れ」と示唆される。いい選手であったとしても、それぞれのチームにはそれぞれの事情がある。ブラウンズにはQBとしてドリューがいるので、話はややこしい。

サニーに対しては、監督のペンも当然指名選手についてのリクエストがくる。それはRBのレイであり、監督には監督なりのチーム構想があって譲れない。そんな各人の思惑が交錯する。結局、サニーは思い直してシアトルに連絡し指名権を要求するが、今度は足元を見てきたシアトルは指名権を3年分にしろと吹っ掛けて来る。虚々実々の駆け引きである。これを飲んだサニーがボー獲得を告げるが、最初喜んだスタッフ達もトレード条件を聞いて顔を曇らせる。それはチームの将来を売り渡す行為に他ならないからである。

こうしたGMの指名権トレードは、ドラフト直前まで、否、ドラフト中も繰り広げられる。指名の持ち時間は各チーム10分であり、その短い時間内でさえ、トレード交渉が行われる。これはなかなか胃が痛い仕事だと思う。そんな緊迫した最中、妊娠したアリとの関係があり、自ら引導を渡した名監督でもあった亡き父の遺骨を撒きに来た母との関係もあり、物語は実に盛沢山。刻一刻と迫りくる指名時刻。サニーは、誰を指名するのかとぐいぐい物語に引き込まれていく。

それにしても、アメリカのドラフト制度は面白い。チームの編成を考えるのは、オーナーでもなく監督でもなくGM。そのGMは「自分がチームを作る」というプライドを持って仕事をしている。さらにスタッフもGMの指示を受け、徹底的に候補選手を調べまくる。そう言えば、『マネー・ボール』でも同じようにGMの活躍が描かれていた。こちらは野球だが、基本的な制度は同じようである。

この制度そのものが、面白い物語を生む土壌になっているのは間違いない。何となく日本人向きではないなと感じるが、それはそれでいいのだと思う。ここのところ脇役が多かったケビン・コスナーが久しぶりに堂々の主役であり、全盛期のファンとしては頼もしい限り。やはりこの方にはいつまでも主役で頑張っていただきたいと思う。二転三転した上で、最後の最後に見事に最高のトレードを決めたGMサニーの姿が爽快この上ない。

スリリングなドラマと久し振りにケビン・コスナーを堪能した映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2018年04月08日

【野火(2015)】My Cinema File 1902

野火.jpg

2014年 日本
監督: 塚本晋也
出演: 
塚本晋也: 田村一等兵
リリー・フランキー:安田
中村達也:伍長
森優作:永松

<シネマトゥデイ>
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「俘虜記」「花影」などで知られる大岡昇平の小説を実写化した戦争ドラマ。第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島を舞台に、野戦病院を追い出されてあてもなくさまよう日本軍兵士の姿を追う。『KOTOKO』などの塚本晋也が、監督と主演のほかに、製作、撮影、編集なども担当。共演には『そして父になる』などのリリー・フランキー、『るろうに剣心 京都大火編』などの中村達也、オーディションで選ばれた新星・森優作と、バラエティー豊かな顔ぶれがそろう。戦争という極限状況下に置かれた者たちの凄惨な心象風景に胸をえぐられる。
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 大岡昇平の有名な原作を1959年に映画化した『野火』のリメイク版。ストーリーについては、原作と1959年版で分りきってはいるものの、「どう違うのだろう」という興味から鑑賞に至るもの。

 時は第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵は肺を患い、上官から野戦病院へ行けと命じられる。乏しい食料の中、貴重な芋を持たされて病院へと向かう。病院と言っても、掘立小屋。負傷兵が大勢いるがロクな治療はできず、食料も困窮している。そんなところにやって来た田村だが、早々に追い返されてしまう。しかし、部隊に戻ると分隊長に殴られた上で、再び病院へ行くようにと命じられる。

 こうして田村は、駐屯地と野戦病院を行ったり来たりさせられる。理不尽な事この上ないが、もはや敵との交戦よりも生き残りが大事であり、食料が乏しくなる中、部隊と病院とで少しでも食い扶持を押し付け合おうという魂胆である。やがて田村は、病院の周囲をたむろする安田と永松の2人組に出会う。足を負傷している安田は、煙草をエサに青年である永松を手下のように扱っている。

 その夜、敵からの攻撃で野戦病院が炎上、混乱の中、田村はあてもなく歩き無人の小屋に辿り着く。さらに、近くの教会堂で田村はしばらくそこで休息を取る。そこへ現れたのは現地人の男女2人。田村との遭遇でパニックに陥った女を、田村は撃ち殺してしまう。その教会で、床下から偶然塩の入った袋を発見し、田村はそれを持って村を出る。やがて田村は3人の日本兵に出くわし、所属していた部隊は全滅し、さらにレイテ島の全兵士はパロンポンに集合すべしとの軍令が入っていることを知らされる。そして田村は、彼らとともにバロンポンを目指す・・・

 戦争映画ではあるものの、戦闘シーンはほとんどない。途中、米軍監視下の広場を夜陰に紛れて突破しようとして発見され、一斉掃射を受けるシーンぐらいである。ちなみにこのシーンでは、ほとんどなぶり殺しと言っていいくらい日本兵は無力にもバタバタと撃ち倒されていく。目を覆いたくなるようなシーンが展開され、なるほどR指定も当然だろうというものである。

 ボロボロの状態で戦場、というよりジャングルを彷徨う田村を映画は追っていく。日本軍の規律ももはやないに等しく、食糧難から飢えた兵士は人肉に手を出す。それも死んだ兵士ならともかく、同じように彷徨う友軍兵士を「狩る」のである。戦争の残虐さというよりも、極限まで追い詰められた人間の醜い姿が映し出される。原作の持つ迫力は相変わらずである。

 この映画の田村役は、監督でもある塚本晋也。時折観る映画(『沈黙 -サイレンス-』など)に脇役で出ていたようであるが、あんまり記憶にない。この映画の田村は、どこか飄々としていて、悲惨な状況をどこか他人事のように見ている感じがある。目の前で醜い姿をさらす同僚たちをどこかよそよそしく観察していて、自分自身が生き残ろうとする強い意欲が感じられない。それがまたこの映画の味わいなのかもしれない。

 それにしても、この映画のような過酷な状況に陥ったら、自分はどのように行動するだろうと考えさせられる。平和な社会において、「自分は紳士的に振舞える」と言える人はいたとしても、実際に本当にどう行動するのかはわからない。誰もが安田や永松や、田村を部隊から追い出した分隊長や軍医になるかもしれない。「戦争の悲惨さ」というよりも、「極限状況下での人間の醜い姿」がどこまでもエグイ映画である。


評価:★★☆☆☆





posted by HH at 00:00 | 東京 ☁ | Comment(0) | 戦争/戦場ドラマ

2018年04月07日

【悼む人】My Cinema File 1901

悼む人.jpg

2015年 日本
監督: 堤幸彦
出演: 
高良健吾:坂築静人
石田ゆり子:奈義倖世
井浦新:甲水朔也
貫地谷しほり:坂築美汐
椎名桔平:蒔野抗太郎
大竹しのぶ:坂築巡子

<シネマトゥデイ>
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人気作家・天童荒太の直木賞受賞作を基に、何の関わりもない死者を悼むため全国放浪の旅をする男性と、彼をめぐる人々が織り成す人間模様を描いたドラマ。2012年に上演された舞台版に携った堤幸彦がメガホンを取り、脚本も舞台版に引き続き大森寿美男が担当。主演は『横道世之介』『武士の献立』などの高良健吾、夫を殺した罪を背負いながら主人公と行動を共にするヒロインを、原作のファンだという石田ゆり子が演じる。
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 何とも変わったタイトルに惹かれて観た映画。何となく普段、人の知りえない職業に従事する人を採り上げた『おくりびと』のようなドラマかと思っていたら、まったく違っていた。残念ながら、ちょっと期待外れの映画であった。

 主人公は坂築静人。無職で全国を放浪している。何をしているのかと言うと、各地を訪れてはそこで亡くなった死者を悼んでいるのである。何やらその悼み方は独特で、舞っているようにも仮面ライダーの変身のようにも見える。知らない人が見たら避けて通るかもしれない。なぜそんな事をしているのかと言うと、それは追々語られていくのであるが、幼い時に大好きだった祖父を亡くしたことと、大学時代に親友を亡くし、それ以上にわずか1年後に自分がその死を忘れてしまっていたことにショックを受けたためだとする。何となくしっくりとこない。

 物語には静人以外にも様々な人物が登場する。静人の母は末期癌で、余生を自宅で過ごすべく病院を退院して在宅を選んでいた。妹の美汐は妊娠するが、家柄の良い相手の男は家族に反対され、美汐と別れるつもりのため、一人で育てる覚悟を決めていた。事故現場で悼みの儀式をする静人を見かけた編集者の蒔野は、その不幸な生い立ちから世の中を斜に眺めているところがあり、書く記事には人情味がない。

 そして静人は、人も来ないような山の中で1人の女性奈義倖代と出会う。彼女は静人が悼むつもりであった甲水朔也という人物の妻で、甲水を殺害し服役を終えたばかりであった。事情があって夫を殺した倖代は、思うところもあり、静人と共に旅をすることにする。DV家庭で育った倖代は、その生い立ちから人を愛することができず、挙句に結婚した男に暴力を振るわれ、シェルターに駆け込み、そこで管理人をしていたのが朔也だった。優しい朔也に心惹かれた倖代だったが、ある日、朔也に「愛しているなら殺してくれ」と頼まれたのである・・・

 様々な登場人物たちが、それぞれに抱えた問題と向き合う。それはそれでなかなか説得力のある物語なのであるが、どうも静人だけ違和感が漂う。倖代は不幸な生い立ちと夫からのDV、そしてようやく知り合った優しい男と幸せに暮らせるかと思ったら、その男はさらに精神に異常を抱えていて、自分を殺せと迫る。記者の蒔野も世の中に恨みをぶつけて生きるような態度であるが、それも不幸な生い立ちが影響している。なのに、静人だけ見ず知らずの亡くなった人を「悼む」という行為を続けている。

 自分でも問うているが、「何のためにそんなことをするのか」について、共感が湧かない。それは人それぞれだから何をしようが自由だが、映画は人の共感を得るものであろう。それなのに主人公のわけのわからない行為を見せられても、そこに何の物語もない以上、共感がわかない。ただ、静人の周りで物語が展開しているだけなのである。原作は、直木賞作品らしいが(読んでない以上コメントはさけるが)、原作に問題がなければ映画化(脚本)の問題なのではないかと思わざるを得ない。

 大竹しのぶの演技は相変わらず圧巻であるし、椎名桔平の異常オーラもさすがだと思うし、石田ゆり子の体当たり的なベッドシーンには思わず引き込まれたのだが、主人公の行動のわけわからなさがすべての敗因に思えてならない。
 期待していただけに、残念な映画である・・・


評価:★★☆☆☆




posted by HH at 00:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | ドラマ

2018年04月06日

【切腹】My Cinema File 1900

切腹.jpg

1962年 日本
監督: 小林正樹
出演: 
仲代達矢:津雲半四郎
岩下志麻:津雲美保
石濱朗:千々岩求女
稲葉義男:千々岩陣内
三國連太郎:斎藤勘解由
三島雅夫:稲葉丹後
丹波哲郎:沢潟彦九郎
中谷一郎:矢崎隼人
青木義朗:川辺右馬介
井川比佐志:井伊家使番A
小林昭二:井伊家使番B
佐藤慶:福島正勝

<映画.com>
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サンデー毎日大衆文芸賞入選作として、昭和三十三年十月号の同誌上に発表された滝口康彦原作「異聞浪人記」より「八百万石に挑む男」の橋本忍が脚色、「からみ合い」の小林正樹が監督した異色時代劇。撮影は「お吟さま(1962)」の宮島義男。
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 以前、『一命』を観て非常に心打たれたのであるが、この映画はその元になった映画。主演は仲代達也だし、観比べてみるのも面白いと思って観た次第。

 時は1630年(寛永7年)、井伊家の江戸屋敷に1人の浪人が訪ねてくる。浪人は芸州福島家元家臣、津雲半四郎と名乗り、「生活苦から生き恥を晒すよりは武士らしく切腹したく、ついては屋敷の庭先を借りたい」と申し出る。実は、当時生活苦からこうした狂言切腹を申し出て、仕官なり金銭なりにありつく事例が増えていた。「またか」と考えた井伊家では家老の斎藤勘解由が半四郎に面談する。

 家老は半四郎に対し、以前同じように井伊家を訪ねてきた浪人の話を聞かせる。浪人の名は千々岩求女(ぢぢいわもとめ)。同じ芸州福島家の家臣であったことから、半四郎に「知人か?」と尋ねるも、半四郎は「否」と答える。勘解由はやむなく、その時の顛末を語って聞かせる。実は、井伊家では相次ぐ食い詰め浪人によるゆすりとも言える狂言切腹を防ぐべく、この求女を本当に庭先で切腹させていたのである。

 そして、場面は井伊家を訪ねてきた求女の様子に移る。井伊家では、一旦は手厚くもてなすものの、沢潟彦九郎の進言もあり、切腹を認めると求女に伝える。求女は慌てて一旦家に帰ることを申し出るが、井伊家はそれを認めず求女に切腹を命じる。さらに求女が生活苦から武士の魂である刀でさえ質草に出し、携えていたのは竹光であると知ると、なんとこの竹光で腹を切らせる。そして介錯の沢潟彦九郎は苦しむ求女に対し、なかなか介錯をせず、求女は苦しみのあまり舌を噛むという有様であった。

 話をすれば諦めるだろうとの勘解由の思いは外れ、意外にも津雲半四郎は動じず、本当に腹を切る覚悟を告げる。その頑なな態度に勘解由は配下の者に切腹の準備を命じる。そしていざ切腹の場となり、半四郎は介錯人に井伊家中の沢潟彦九郎を指名する。ところが、当人は当日休んでいる。しからばと、矢崎隼人、川辺右馬介を順次名指しで指名するが、奇怪なことにみな病欠であった。早々に片をつけたい勘解由に対し、半四郎は求女について語り始める・・・

 物語は、『一命』とほぼ同じ。戦国の世が終わり、太平の世となっていく中で、江戸幕府による諸藩の取り潰しが行われる。その煽りを受けて浪人となった武士たちが、江戸に押し寄せて細々と生計を立てている。かつては福島家でそれなりの地位にあった半四郎。半四郎は、自らの代わりに腹を切った千々岩陣内の一人息子求女を娘婿に迎え、ささやかな幸せを味わっていたが、苦しい生活の中でそのささやかな幸せが失われていく。

 冷血に思える井伊家であるが、狂言切腹に辟易している。金を与えれば後に続く者が引きも切らないことになり、対応に苦慮している。乞食のような真似に、武士として許しがたい思いを抱く。両者それぞれにやむを得ない事情がある。とは言え、竹光での切腹はやり過ぎ感たっぷりであり、もっと他の方法は十分にあったはず(それゆえに物語も成り立つのだが・・・)。そんな要素がたっぷりと詰まっていて、筋がわかっていても面白い。

 両方の映画を観比べてみるも甲乙をつけ難い。ただ、主人公の半四郎の年齢を考えると、仲代達矢の方がそれらしく見えるということはある。それ以外はそれぞれの良さがある。あとは個人の趣味でいけば、娘の志穂役はやはり『一命』の満島ひかりの方だろうか。どちらにしても甲乙つけ難い理由は、原作がいいということに尽きるだろう。最後の半四郎の立ち回りが、どこまでも胸を打たれる映画である・・・


評価:★★☆☆☆




posted by HH at 00:00 | 東京 ☀ | Comment(0) | 時代劇/西部劇