2008年06月29日

【犬神家の一族】My Cinema File 230

犬神家の一族.jpg

2006年 日本
監督:  市川崑
出演: 
石坂浩二:金田一耕助
松嶋菜々子:野々宮珠世
尾上菊之助:犬神佐清 / 青沼静馬
富司純子:犬神松子
松坂慶子:犬神竹子
萬田久子:犬神梅子
仲代達矢:犬神佐兵衛

<映画.com>
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76年に角川映画の第1作として公開され大ヒットを記録した同タイトルを、市川崑監督&石坂浩二主演という当時のコンビのままで30年ぶりにリメイク。昭和22年、信州諏訪・犬神財閥の当主佐兵衛が逝去。犬神家の顧問弁護士である若林はその遺言書を巡って家族内で問題が起きることを予期し、東京から探偵の金田一耕助を諏訪へ呼び寄せる。だが、金田一が諏訪に着いた日に若林が殺害される。プロデューサーは「呪怨」「リング」の一瀬隆重。
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信州の製薬王・犬神佐兵衛が亡くなった。
血縁関係者が揃った場で公開された遺言状には、3人の孫のいずれかとの結婚を条件に全財産を、佐兵衛の恩人の孫娘・野々宮珠世に譲渡するという内容だった。
珠世をめぐる3人の男たちによる争奪戦が繰り広げられ、遂には殺人事件が。
遺言状を預かる法律事務所から仕事の依頼を受けた名探偵・金田一耕助は捜査に乗り出すのだが、第2、第3の殺人事件が起きてしまう・・・

かつて金田一耕助の登場する横溝正史のシリーズはドラマ・映画化されブームとなった。
この映画も1976年に製作されたもののリメイクである。
30年振りのリメイクとなるわけであるが、テーマ音楽は変わらず主演の石坂浩二も同じというリメイク版も不思議な感じがする。

ストーリーはもうお馴染みになつてしまった感がある。
莫大な財産を残して犬神佐兵衛が亡くなる。
死の床にあって犬神家の一族が揃うわけであるが、父親の死を悲しむよりも遺産が気になる。
欲の権化の集合である。

もっとも子供たち(三姉妹)といってもすべて母親は異なるといった有様で、父親の死を悲しもうとしないのは身からでたサビなのであろう。
そして、争ってくれと言わんばかりの遺言状の内容。
唯一すべての財産を相続する権利を与えられた恩人の孫娘・野々宮珠世は、しかし権利を得るためには3人の孫の誰かと結婚しなければならない。
(ここで遺留分がどうのこうのなどといってはいけない)

財産のために決められた中から相手を選ぶか、好きな相手と結婚するために財産を諦めるのか、悩ましい選択である。
しかも対象者が次々と殺され、最後に残ったのは戦争で顔におぞましい怪我を負った佐清(すけきよ)だけ・・・
自分ならどうするであろう・・・

金田一耕助が事件に臨むのであるが、しかしこの作品ではするどい推理もお預け。
なぜなら事件は自然と解決に向かうのである。
戦争で負傷したという理由でマスクをつけた佐清(すけきよ)。
彼が事件の鍵を握るのである。

莫大な遺産を巡る欲望の絵巻という形容がぴったりとくる一族。
推理小説というよりも欲望の人間ドラマというべきストーリーである。
昭和22年という時代設定もドラマに深みを与えているが、30年たった今日ではかつて感じた「横溝正史シリーズ」の持つインパクトが薄くなったと感じるのは私だけであろうか。
かつての雰囲気が懐かしく思える映画である・・・


評価:★★☆☆☆







posted by HH at 16:53 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | スリラー

2008年06月28日

【クンドゥン】My Cinema File 229

kundun.jpg

原題: Kundun
1997年 アメリカ
監督: マーティン・スコセッシ
出演: 
テンジン・トゥタブ・ツァロン:ダライ・ラマ14世(成人)
ギュルメ・テトン:ダライ・ラマ14世(12歳)
トゥルク・ジャムヤン・クンガ・テンジン:ダライ・ラマ14世(5歳)
テンジン・イェシェ・パチュン:ダライ・ラマ14世(2歳)
テンチョー・ギャルポ:母
ツェワン・ミギュル・カンサー:父

<映画.com>
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チベットの指導者第13世ダライ・ラマ(1935〜)の成長期に焦点をあて、彼が国外亡命に至るまでの苦悩の日々を、イメージ豊かで思索に満ちた映像と音楽で綴った一大叙事詩。監督は「最後の誘惑」「カジノ」の名匠マーティン・スコセッシで、彼の監督第18作。脚本は俳優ハリソン・フォードの夫人としても知られる「E.T.」のメリッサ・マシスン。製作・共同製作は「キング・オブ・コメディ」(83)以来スコセッシと組むバーバラ・デ・フィーナ。製作総指揮はローラ・ファットリ。撮影は「ビッグ・リボウスキ」のロジャー・ディーキンズ。音楽は米国を代表する現代音楽家で「トゥルーマン・ショー」など映画音楽も手掛ける、フィリップ・グラス。編集のセルマ・スクーンメイカー、美術・衣裳のダンテ・フェレッティは「カジノ」に続く参加。出演は成人したダライ・ラマに扮するテンジン・トゥタブ・ツァロンをはじめ、全員がインド・カナダ・米国などに居住する演技未経験者および演劇学校の生徒たち。
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1937年。
チベットの寒村、タクツェル村。普通の家庭の末っ子だった幼子のハモは、第13世ダライ・ラマの生まれ変わりを探し求め、長旅を続けた高僧たちによって、慈悲の仏陀、観音菩薩の生まれ変わり、“法王猊下(クンドゥン)"と判断された。
2年後、成長したハモは母親ら家族と別れ、彼らと共に首都ラサへと旅立ち、ダライ・ラマとして生きるための修行の日々に入った・・・

タイトルにある「クンドゥン」とはダライ・ラマに対する尊称だということ。そのタイトル通り本作品はダライ・ラマ14世の前半生を描いた作品である。つい先頃、チベットで暴動が発生し鎮圧した中国政府に各国の批判が集まった。
ダライ・ラマ自身もニュースに登場していたが、その背景がわかる映画である。これとは違う角度からダライ・ラマが登場する映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」も同じ1997年の映画であるが、ブラピ主演という影響もあってかこちらの方が遥かにメジャーである。

さて、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」には重要な脇役として登場するダライ・ラマは本作品ではもちろん主役。
ダライ・ラマはチベット仏教の頂点である法王で、その地位は世襲である。
だがそれは生物学的な(つまり実の親子)という世襲ではなく、仏教で唱える「転生」(つまり生まれ変わり)という世襲なのが興味深い。
13世が死去したあと、後継者としてその生まれ変わりを各地に捜し求めることになる。(もしも、他の国に転生したらどうするのだろうなどとすぐ考えてしまうが・・・)

そうして選ばれた14世。
幼いながらも何かが違うと思わせる子供なのである。
そしてダライ・ラマの生まれ変わりとして大人になっていく。
ちょっと脱線するが、父親が亡くなり鳥葬にするシーン。
死体をばらしてハゲタカに食わせるという習慣はグロテスクな気もするが、世界にはいろいろな風俗習慣があるものである。
そういうものが取り上げられる事でチベットの風習が窺い知れて興味深い。

時は20世紀前半の戦争の世紀。
成人したダライ・ラマの前に現れたのは毛沢東の中華人民共和国。
非暴力を唱える仏教国チベットはあっけなく赤い波に飲み込まれる。
実際の中国軍の侵略行為による直接・間接によるチベット人の死者数は100万人に及ぶらしい。

しかし、この映画では中国軍の侵略行為についてはあまり露骨なものはない。
むしろ「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の方がもう少しはっきりしている。
そのためかダライ・ラマと中国政府とのやり取りには緊迫感が感じられないし、ダライ・ラマがインドへ亡命せざるをえなかった事情も伝わりにくい。せっかくなのだから、中国・チベット問題がもう少しわかるような映画になるともっとよかっただろうにと思うのである。

ダライ・ラマの半生記としては興味深いが、エンターテイメントとしてはちょっとインパクトに欠ける点が残念な映画である・・・


評価:★★☆☆☆










posted by HH at 20:10 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 実話ドラマ

2008年06月24日

【エラゴン】My Cinema File 228

eragon.jpg

原題: ERAGON
2006年 アメリカ
監督: シュテフェン・ファンマイアー
出演: 
エド・スペリーアス:エラゴン
ジェレミー・アイアンズ:ブロム
シエンナ・ギロリー:アーリア
ロバート・カーライル:ダーザ
ジャイモン・フンスー:アジハド
ジョン・マルコビッチ:ガルバトリックス王
ギャレット・ヘドランド:マータグ
レイチェル・ワイズ:サフィラ(の声)

<シネマトゥデイ>
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15歳で物語を書き始め、17歳で自費出版した10代のベストセラー作家クリストファー・パオリーニのファンタジー小説を映画化。邪悪な王の圧政に苦しむ帝国アラゲイシアを舞台に、国を守るドラゴンライダーに選ばれた17歳の少年エラゴンが愛と勇気の冒険を繰り広げる。監督はジョージ・ルーカスのVFX工房ILM出身のシュテフェン・ファンマイアー。18万人から選ばれた新星エド・スペリーアスがエラゴンを演じる。ILMが総力を挙げて生み出したVFXに注目。
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17歳のエラゴンは、ある日、森で不思議な光を放つ青い石を見つける。
その石こそが帝国アラゲイジアの命運を握る、ドラゴンの卵だった…!
卵から孵ったメスのドラゴン、サフィラを密かに育て始めたエラゴンは、自分がかつて国を守っていた誇り高き種族・ドラゴンライダーに選ばれた事を知る。
暴君ガルバトリックス王に立ち向かうため、村の語り部ブロムと旅に出たエラゴンは数々の危機を乗り越え、サフィラとの絆を深めていく。最近よくありがちな冒険ファンタジーである。「ロード・オブ・ザ・リング」「ナルニア国物語」と同系統である。

主人公はとても17歳には見えないが、17歳という事になっているエラゴン。
伝説の生物ドラゴンが健在なこの時代のこの国。
悪が支配する暗黒の時代。
希望の星として平凡な一少年にスポットライトがあたる。
不本意ながらも戦いの中に巻き込まれそして自身の成長とともに活躍する、というありきたりなパターンだ。

この映画自体が悪いとも思わないが、似たようなストーリーの似たような映画という印象は拭えない。一方でドラゴンも主人公の一人であるが、卵から孵り次第に成長するという設定は面白い。
初めのうちは火を吐けなかったりする。
子供のうちはねずみを食べたりするので肉食なのだろう。
でも大人になってからは何を食べるのかわからない。
興味が湧くところである。

エラゴンとはテレパシー(?)で会話したりするのだが、知性がある生物のようである。
馬のように鞍をつけてドラゴンにまたがるドラゴンライダーという設定も面白いと思う。
だがしかしそれらも陳腐なストーリーの中に埋没する。
原作は3部作らしいし、映画も肝心な敵の親玉は健在なまま終わる。
続編を意識しているのだろうが、まあストーリーは想像の範囲内じゃないかと思う。
もう一ひねりを期待したかった映画である・・・


評価:★☆☆☆☆














posted by HH at 23:53 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ファンタジー

2008年06月22日

【HERO】My Cinema File 227

HERO.jpg

2007年 日本
監督:  鈴木雅之
出演: 
木村拓哉:久利生 公平
松たか子:雨宮 舞子
大塚寧々:中村 美鈴
阿部寛:芝山 貢
勝村政信:江上 達夫
小日向文世:末次隆之
八嶋智人:遠藤賢司
角野卓造:牛丸豊
児玉清:鍋島利光
森田一義:花岡練三郎
イ・ビョンホン:カン・ミンウ
松本幸四郎:蒲生一臣

<映画.com>
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01年に放映され、シリーズ平均視聴率34.3%を記録し、フジテレビの歴代ナンバーワンヒットとなったTVドラマの映画版。沖縄、北海道、山口を経て、6年ぶりに東京地検城西支部へと舞い戻った久利生公平検事(木村拓哉)の活躍を描く。久利生に立ちはだかる敏腕弁護士・蒲生に松本幸四郎が扮する他、森田一義、イ・ビョンホンがゲスト出演。監督・脚本はTVシリーズと同じ鈴木雅之と福田靖。
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東京地検・城西支部の検事、久利生公平は、同僚の芝山が起訴した事件の裁判を任される。
容疑者が既に犯行を認めていたが、初公判でいきなり無実を主張し始めた。
担当弁護士は、刑事事件無罪獲得日本一の弁護士、蒲生一臣。
豪腕弁護士として名を轟かしている蒲生は、様々な戦術で久利生を追い込んだ。
東京地検特捜部の黛検事が、有益な情報をもたらすが、あくまで自分の力で事件を解決しようとする久利生は、事務官の雨宮と奔走する・・・

かつて月曜日の9時から放映され、毎回30%以上の視聴率を叩き出していたドラマの映画版という事で楽しみにしていた。
このドラマの魅力は何といっても久利生検事が、事件の大小に関わりなく納得いくまで徹底的に事件を究明していく姿である。
安易な人気タレントの恋愛ドラマでなかった事が大ヒットドラマとなった理由だと思う。

映画版に先立ち昨年特別編がテレビで公開されている。
それが本劇場版へと続いているのであるが、観ていないものとしては繋がりがわからない。
映画への呼び水にしようという製作側の意図はわかるが、劇場版は劇場版と割り切らないと完成度が下がってしまう。

例えば中井貴一である。
その役割がまったくわからなかった。
あの映画を海外に持っていってドラマを知らない人に観せてもわからないと思う。
やっぱりテレビドラマという狭い視野の人達が作っているのだろうが誠に残念である。
まるでテレビの延長なのだ。
劇場版でなく特番でやっていたなら納得なのである。

さて、それはさておき本編では久々に久利生検事のこだわりに触れる事ができる。
事件は傷害致死事件。
新聞では数行の扱いだ。
しかし、そんな事件にもさまざまな人達が絡み合う。
そのハーモニーが良い。
韓国まで事件を追いかけていってイ・ビョンホンを登場させたりするのは、余計な意図と閉口するが、まあご愛嬌だ。

ストーリーは面白くぐいぐいと引き込まれていく。
久利生検事のスタイルは同僚達をも動かし、やがて解決へと繋がる。
その過程は感動的ですらある。
蒲生弁護士の弁護士たるスタイルにも好感を覚える。
素人でも検察、弁護士の役割がよく理解できるのではないだろうか。

これは一人の検事のドラマであって、それが人気の秘密だと思う。
繰り返すが人気タレントの安易な恋愛ドラマが人気の元ではない。
本筋のストーリーは徹底的に面白く満足がいくが、劇場版の位置づけを理解していない作り手、無意味に韓国の人気タレントを引っ張ってくる発想、キムタクの恋愛ドラマなら受けるという安易なドラマ作りが傑作になれたであろう映画に泥を塗ったと言える。
これが日本の映画が世界化しない理由だろうと頷ける残念さが交じる映画である・・・


評価:★★★☆☆









posted by HH at 10:42 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 刑事・探偵・推理ドラマ

2008年06月21日

【パフューム〜ある人殺しの物語〜】My Cinema File 226

Perfume.jpg

原題: PERFUME: THE STORY OF A MURDERER
2006年 ドイツ
監督:  トム・ティクヴァ
出演: 
ベン・ウィショー:ジャン=バティスト・グルヌイユ
レイチェル・ハード=ウッド:ローラ
アラン・リックマン:リシ
ダスティン・ホフマン:ジュゼッペ・バルディーニ
ジョン・ハート(ナレーション)

<シネマトゥデイ>
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世界45か国で発売され、1500万部の売上げを記録したパトリック・ジュースキントのベストセラー小説を映画化。『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァが監督を務め、美しい女性の香りを手に入れるため、恐怖の連続殺人鬼と化していく男の物語を描く。驚異的な嗅覚を持ち、一切の体臭を持たない主人公を演じるのは『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』のベン・ウィショー。目を疑ってしまうような、驚きの結末に注目したい。
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18世紀、パリの魚市場で産み落とされたグルヌイユは驚異的な嗅覚を持っていた。
青年に成長したある日、赤毛の少女が発する至福の香りに出会うが、夢中になるあまり彼女を殺してしまう。
死と共に香りも消えてしまうことを知った彼は、香りを永遠にとどめておく方法を探るため調香師に弟子入りし、さらなる技を求めて職人の街グラースへ向かう。
途中、自分自身に体臭がないことに気づき衝撃を受けるが、やがて運命の香りと再会する・・・

香水の文化はフランスで発達したそうだ。
というのも当時の人々はみんな臭かったのでそれを隠すためだったらしい。
映画というものは最近はどんな表現であろうと可能となってきている。
しかし、それでも表現できないものは「香り」である。
その「香り」がテーマであるこの映画、その限界としては肝心の「香り」を直接観る者に体験させられないということだろう。

冒頭、18世紀初頭のパリは悪臭に満ちていたとの解説。
そしてその代表格である市場が映し出される。
もちろん、匂いは伝わってこないが映し出されるシーンによりその匂いが想像できてしまう。
この手腕はさすがだと思う。

そのグロテスクな匂いが想像できる市場の片隅で主人公のグルヌイは産み落とされる。
こんな環境では鼻がバカになるかと思いきや異常な嗅覚の持ち主として成長する。
わずかな金のために売られ劣悪な環境下で働かされる。
映画の本筋とは関係ないが、当時はこんなの当たり前だったのだろうか、だったらひどいものだと思わざるを得ない。

グルヌイの嗅覚のすごさは犬並みである。
なにせ匂いであとを辿っていけるのである。
そして最初の殺人。
もっとも興味は街で見かけたその女性の匂いなのであるが、誤って殺したとたんその匂いが消えてしまい愕然とする。

どうしたら匂いを保存できるのか。
やがて潰れかけた香水調合師バルディーニ(これがダスティン・ホフマンなのだ)と出会い、その答えを得るために、彼の元で本格的に「匂い」を作ることにのめり込んでいく。
なにせバラなどはともかくとして銅や鉄、そして猫などからも香りを抽出しようとする。ここから香りに対するグルヌイの異様さが際立ってくる。

それが高じて人間から匂いを抽出しようとするようになるのである。
一つのものにのめり込み、そしてその是非の判別もつかなくなる。
天才とはこういうものなのかもしれない。

やがてそんな行き過ぎた行為も終わりを迎える。
究極の(?)香りを完成させるが捕まってしまうのだ。
大量殺人ゆえに当然死刑。
しかし、その処刑方法がすごい。
十字架に貼り付けておいて鉄の棒で12回ぶんなぐり、その上で絞首刑にするという。
じわじわと苦しみを与えながら殺すという残忍な方法だ。

ストーリーに引き込まれてここまできたところが、ラストでわけがわからなくなる。
何か芸術的な意図があるのかどうかはわからない。
どう感じるかは個人の好みの世界だろうが、終盤で★一つ落としたと言えよう。
理解不能の展開で終わってしまった。
どういう事なのか、まったくわからない。

「残忍な処刑方法で最後を遂げながらも自らが作り出した究極な香りをばら撒き、処刑人ともども恍惚の中で息絶える」とでもしたら、あるいは満足のいくエンディングだったかもしれないと思ったりもする。
冒頭で成功した匂い体験であるが、やはり究極の香りだけは伝えきれない。
いつか匂いも体験できる映画ができるのだろうか・・・


評価:★★☆☆☆












posted by HH at 11:13 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 犯罪ドラマ