2018年07月31日

【ボーダーライン】My Cinema File 1957

ボーダーライン.jpg

原題: Sicario
2015年 アメリカ
監督: ドゥニ・ビルヌーブ
出演: 
エミリー・ブラント:ケイト・メイサー
ベニチオ・デル・トロ:アレハンドロ
ジョシュ・ブローリン:マット・グレイバー
ビクター・ガーバー:デイブ・ジェニングス
ジョン・バーンサル:テッド
ダニエル・カルーヤ:レジー・ウェイン
ジェフリー・ドノバン:スティーブ・フォーシング

<映画.com>
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『プリズナーズ』『灼熱の魂』のドゥニ・ビルヌーブ監督が、『イントゥ・ザ・ウッズ』 『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のエミリー・ブラントを主演に迎え、アメリカとメキシコの国境地帯で繰り広げられる麻薬戦争の現実を、リアルに描いたクライムアクション。巨大化するメキシコの麻薬カルテルを殲滅するため、米国防総省の特別部隊にリクルートされたエリートFBI捜査官ケイトは、謎のコロンビア人とともにアメリカとメキシコの国境付近を拠点とする麻薬組織撲滅の極秘作戦に参加する。しかし、仲間の動きさえも把握できない常軌を逸した作戦内容や、人の命が簡単に失われていく現場に直面し、ケイトの中で善と悪の境界が揺らいでいく。共演にベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン。
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原題のSicarioとはスペイン語で『殺し屋』の意味であると、冒頭のテロップで流れる。そしていきなりFBIによる奇襲捜査の場面から物語は始まる。捜査官のケイト・メイサーと彼女のチームは、誘拐事件の容疑者宅に踏み込む。間一髪のところでケイトは容疑者の一人を射殺するが、家屋の壁の弾痕から覗いているものを不審に思い壁をはがすと、中から無数の誘拐被害者たちの死体が出てくる。さらに裏庭の物置に仕掛けられた爆弾が爆発し、捜査官二人が犠牲となる。誘拐事件の主犯は、麻薬カルテルと目されている。

ケイトは上司より呼び出しを受け、その推薦もあって国防総省のマット・グレイヴァー率いるチームに加わり、麻薬カルテルの捜査に当たることになる。エルパソに移動したケイトは、マットのパートナーで所属不明のコロンビア人アレハンドロに会う。捜査チームは国境を越えメキシコに移動するが、なぜかケイトにはほとんど何も明かされないまま。部隊はそこでカルテルの幹部で麻薬王ディアスの弟のギレルモを地元警察から引き取る。そしてアメリカ本土へ帰還する途中の高速道路で、一行はカルテルの手下たちが自分たちを狙っていることに気付く。カルテルメンバーは道路の渋滞に乗じて部隊を襲撃、ギレルモを救出するつもりだったが、これを察知した部隊は一味を射殺する。

大勢の民間人のいる中での発砲。さらに車で待機していたケイト自身も銃で狙われていることに気付き、咄嗟に応射して相手を射殺する。見ればその相手は地元の警察官。警官と言えども信頼はできない。ケイトは今回の作戦の違法性についてマットに激しく抗議するが、マットはどこ吹く風で抗議をいなす。それどころか、アレハンドロは水を使った拷問でギレルモからディアスの居住地を聞き出す始末。こうして、麻薬王に迫っていくチーム。

麻薬カルテルは、メキシコ国内では無敵の存在。警官ですらその配下にある。トランプ大統領が「壁を作る」と言って有名になったメキシコとの国境に、カルテルはトンネルを掘って自由に行き来している。実はFBI捜査官であるケイトが呼ばれたのは、その権限を利用するのが目的。マットとアレハンドロのチームは、違法捜査を続けていく。ケイトは上司に訴えるが、そもそも作戦はずっと上の方からの指示で進められており、抗議も空しい。けれども、相手によっては「毒を以て毒を制する」というやり方もやむを得ないのかもしれない。

何気なく観始めたが、内容の迫力は凄い。殺されて壁に埋め込まれた誘拐事件の被害者たち。メキシコ国内に入れば、カルテルの地元では殺害された人たちの死体が何体もぶら下げられている。地元警察官は完全に信用できない。それはメキシコ側だけではなく、アメリカ国内も同様で、同僚に紹介された地元警察官のテッドと親しくなったケイトは、ベッドに入る寸前に相手がカルテル側の汚職警官であることに気付く有様。テッドに首を絞められたケイトは、すんでのところでアレハンドロに救われる。

アレハンドロを演じるのは、ベニチオ・デル・トロ。何とも癖のある特徴的な俳優さんで、善役よりも悪役の方が様になる雰囲気を漂わせている。それが法律などはあってなきが如しで、メキシコ州警察の警官を拘束したアレハンドロは、追って来たケイトの防弾ベストを撃ってしまう。この後半ではアレハンドロの行動は、予測もしていなかっただけに驚きと面白さをもって観ることになる。

正義感あふれる捜査官ケイトを演じるのは、エミリー・ブラント。美人女優さんで、これだけでも観る価値はある。そうした癖のある俳優と美人女優と、衝撃的なシーンが連続する内容は予想外の面白さ。特にラストのアレハンドロと麻薬王の対峙するシーンは迫力がある。射殺された汚職警官の子供がサッカーに興じていると、遠くからマシンガンの発砲音が響いてきて、一瞬試合が止まるが、すぐに何もなかったかのように再開される。このシーンもなかなかである。

どうやら続編も製作されているようであるが、それも納得である。続編も必見の一作である・・・


評価:★★★☆☆







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2018年07月30日

【四月は君の嘘】My Cinema File 1956

四月は君の嘘.jpg

2016年 日本
監督: 新城毅彦
出演: 
広瀬すず:宮園かをり
山崎賢人:有馬公生
石井杏奈:澤部椿
中川大志:渡亮太
甲本雅裕:審査員
本田博太郎:風間
板谷由夏:瀬戸紘子
檀れい:有馬早希

<映画.com>
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2014年にノイタミナでアニメ化もされた新川直司の人気漫画「四月は君の嘘」を、『海街diary』『ちはやふる』の広瀬すずと「ヒロイン失格」『orange オレンジ』の山崎賢人の共演で実写映画化。母の死をきっかけにピアノが弾けなくなってしまった天才ピアニストの少年・有馬公生は、天真爛漫なバイオリニストの宮園かをりに惹かれていく。かをりとの出会いをきっかけに、ピアノと母との思い出とに向き合っていく公生だったが、かをりもまた、ある秘密を抱えていた。かをり役を広瀬、公生役を山崎が演じ、公生の幼なじみの椿に石井杏奈、かをりが恋する渡に中川大志が扮した。監督は「僕の初恋をキミに捧ぐ」「潔く柔く きよくやわく」の新城毅彦。
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ここのところ高校生の恋愛ドラマ映画が増えている気がする。それ自体、悪いとは思わないが、何となく既視感たっぷりなのは、結果として似通ったものになってしまっているのではないかと思う。そうなると、観る立場としては不満な結果となる。そんなことを言いたくなる映画である。

主人公は高校2年生の少年・有馬公生。かつて『ヒューマンメトロノーム』というあだ名がつけられたほど、正確無比で厳格な演奏で、数々のピアノコンクールを総なめにした天才少年であったが、母親の死をきっかけにピアノを辞めてしまっている。ある日、幼馴染みの澤部椿からダブルデートの誘いがかかる。椿の友人が、サッカー部の渡亮太を紹介してほしいというのである。断りきれない公生は、気の向かないまま引き受ける。

そして迎えた当日、公園でみんなを待つ公生は、子供たちと一緒に鍵盤ハーモニカを合奏している少女を見かける。それが待ち合わせの相手である宮園かをりだと椿に教えられる。公生は数合わせのために参加したので、「友人A」と紹介される。実はかをりはヴァイオリニストであり、その足でみんなでかをりが出場するコンクールに行くことになる。コンクールではかをりの演奏は楽譜の指示を無視した自由奔放なもの。その演奏については、審査員の評価も分かれている。

こうして、公生とかをりの出会いが描かれる。公生は、ピアノが弾けなくなっていて、どこか内気な少年。それに対し、かをりは自由奔放。最初から公生を振り回す。この「内気な男」と「自由奔放な女の子」という組み合わせは、既視感溢れるよくあるパターン。最初の経緯もあって、かをりは公生を「友人A」と呼ぶ。そう言えば、『君の膵臓をたべたい』(My Cinema File 1858)もそうだったと思い出す。

自由奔放なかをりの影響で、公生は次第にピアノを弾くようになる。そしてとうとうかをりは公生に自分のコンクールの伴奏をするように頼む。観ていてしっくりこないのは、物語の展開の速さ。ピアノを弾くのをためらっていた公生をかをりはあの手この手であっという間に説得してしまい、そして物語はまた次の展開へと慌ただしく進む。何となくドラマに感情移入できなかったのは、その展開のバタバタ感だろう。その理由は明らかで、原作は長編漫画らしいが、それを映画の縮尺に収めようとするから展開が急になってしまうのである。本来、映画化には向かないのである。

それでも公生とかをりのコンサートシーンはなかなかである。途中で演奏をやめてしまう公生。やはりうまく弾けなくて(公生は音が聞こえなくなると語っている)伴奏がずれてしまい、ヴァイオリンの邪魔になると考えたからである。ここでかをりも失格承知で演奏をやめ、公生に向かって「アゲイン(もう1回)」と言い、2人で噛みあわない演奏のままピアノとヴァイオリンの殴り合いのような演奏をする。その迫力ある演奏に観客席からはスタンディングオベーションが起こる。ドラマとしてはいい内容があると思うだけに、バタバタ感は残念である。

そしてかをりには隠された事実がある。これももうお馴染みの展開である。他のドラマを知らなければ心を打たれていたかもしれないが、「ブルータス、お前もか」という展開には興ざめしてしまう。主演は広瀬すずで、自由奔放な女の子の役がピッタリであるが、『ちはやふる』(My Cinema File 1698)のキャラクターと被ってしまう(それでも満足ではある)。何年かしたら、どの映画がどんな内容だったのか、みなごちゃごちゃに記憶の中で交じり合ってしまいそうである。

人気漫画や小説、テレビドラマの安易な映画化はもうそろそろやめたらどうかと思う。日本の映画界はもっとオリジナルを目指すべきだと思う。原作漫画はヒットしたらしいが、映画化されて面白いかと言えば、言いにくい。人気コンテンツを安易に映画化しようという貧困な発想の被害者とも言える。そろそろそうした安易な映画化から卒業するべきではないかという思いを強くさせられる映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2018年07月28日

【ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー】My Cinema File 1955

ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー.jpg

原題: Solo: A Star Wars Story
2018年 アメリカ
監督: ロン・ハワード
出演: 
オールデン・エアエンライク:ハン・ソロ
ウッディ・ハレルソン:ドバイアス・ベケット
エミリア・クラーク:キーラ
ドナルド・グローバー:ランド・カルリジアン
タンディ・ニュートン:ヴァル
フィービー・ウォーラー=ブリッジ:L3-37
ヨーナス・スオタモ:チューバッカ
ポール・ベタニー:ドライデン・ヴォス
ジョン・ファブロー:リオ(声)
エリン・ケリーマン:エンフィス・ネスト
リンダ・ハント:レディ・プロキシマ(声)
ワーウィック・デイビス:ウィーゼル

<シネマトゥデイ>
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『スター・ウォーズ』シリーズの人気キャラクター、ハン・ソロを主人公に据えたスピンオフ。宇宙を駆ける密輸業者からヒーローになった彼の若き日の戦いと冒険を描く。監督は『ビューティフル・マインド』『フロスト×ニクソン』などのロン・ハワード。『ヘイル、シーザー!』などのオールデン・エアエンライクがソロにふんし、『メッセンジャー』などのウディ・ハレルソン、ドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」などのエミリア・クラーク、ドラマシリーズ「アトランタ」などのドナルド・グローヴァーらが共演する。
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ここのところ、スター・ウォーズ関連が活気付いている。本体がエピソードXIIとなる『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(My Cinema File 1509)、XIIIとなる『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』(My Cinema File 1853)と続き、さらにその間スピンオフとして『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(My Cinema File 1665)が公開されている。そして今回、スピンオフ第2弾として本作となるわけで、個人的には嬉しい限りである。

今回のスピンオフの主人公は、ハン・ソロ。『スター・ウォーズ』(My Cinema File 739)では、ルーク・スカイウォーカーとどっちが主人公かわからなくなるほどのキャラクターであり、まったく文句はない。そのハン・ソロの若い頃の話が本作の物語。時間の流れとしては『スター・ウォーズエピソードV シスの復讐』(My Cinema File 437)のあと、『スター・ウォーズ』(My Cinema File 739)の10年くらい前の時代のようである。

惑星コレリアの犯罪シンジケートで生まれ育ったハンは、パイロットになることを夢見ており、恋人のキーラと共に惑星コレリアからの脱出する機会を伺っている。冒頭、高値で取引されている燃料コアクシウムを手に入れたハンは、キーラとともにボスのレディ・プロキシマの下からの脱出を図る。スピーダーでのカーチェイス。そしてあとわずかのところでキーラが追っ手に捕まってしまい、苦渋の決断でハンは1人コレリアを離れる。

パイロットになる近道として、ハンは帝国軍に入隊手続きをする。この時、実はハンにはファミリー・ネームがなく、担当官の一存で身寄りがないことからソロという名前が与えられる。それから3年。上官の言うことを聞かなかったと見えて、ハンは帝国軍でパイロットから歩兵に回されて戦っている。激戦区の戦場でハンは帝国軍に潜り込んでいたトバイアス・ベケットと、その仲間の存在を知る。

ベケットに仲間に入ることを拒否されたハンは、帝国軍に脱走兵として捕らえられ、猛獣の餌にされることになる。この猛獣として出てきたのがウーキー族の巨獣。これがなんとチューバッカ。これが2人の出会いのようである。得意の機転で難を逃れたハンは、チューバッカとともにベケットらに合流する。そしてベケット達とともにコアクシウムを運搬する列車を襲撃し、これを奪うことになる。

ハン・ソロは、あくまでもコレリアに残してきたキーラの下に戻りたいと願っている。だがそれは思うにまかせぬ道。あれこれと寄り道をしながら、危険を冒しながら、一刻も早くキーラの下にと考えている。その過程で、チューバッカと出会い、ランド・カルリジアンと出会い、ミレニアムファルコン号と出会う。ミレニアムファルコンもまだ新しく、そしてなぜかシルエットも違う。それがどういう経緯で、『スター・ウォーズ』(My Cinema File 739)のシルエットに続くのかが、興味深いところである。

本筋とは異なれど、そこはスター・ウォーズの世界。その世界は楽しめるが、なんとなく『スター・ウォーズ』(My Cinema File 739)で登場するハン・ソロとこの映画の若かりし日のハンとに違和感を感じるのも事実。面白いかと問われれば、「面白い」と答えるが、シリーズそのものの面白さのレベルを考えると、ちょっと厳しいかもしれない。正直にいえば、若干の物足りなさがあったのは事実である。

物語はラスト近くで悪の親玉として『スター・ウォーズ エピソードI』で登場したダース・モールが出てくる。何となく唐突感と、どういうつながりなんだろうという疑問を残してくれる。ひょっとしたら続編へと続くのかもしれない。ラストもあらゆる余韻の数々は、『スター・ウォーズ』(My Cinema File 739)へ続くものというよりも、もう1つあるのかもしれないと期待させてくれるものである。

もしもそうであるならば、その続編とセットで評価すべき作品なのかもしれない。何れにしても、シリーズのファンとしては観ないわけにはいかない一作であり、それなりに楽しみたい作品である・・・


評価:★★★☆☆








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2018年07月27日

【永い言い訳】My Cinema File 1954

永い言い訳 .jpg

2016年 日本
監督: 西川美和
出演: 
本木雅弘衣:笠幸夫(津村啓)
竹原ピストル:大宮陽一
藤田健心:大宮真平
白鳥玉季:大宮灯
堀内敬子:大宮ゆき
池松壮亮:岸本信介
黒木華福:永智尋
山田真歩:鏑木優子
深津絵里:衣笠夏子

<シネマトゥデイ>
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『ディア・ドクター』などの西川美和が、直木賞候補となった自らの小説を映画化。『おくりびと』などの本木雅弘を主演に迎え、交通事故で妻が他界したものの悲しみを表せない小説家が、同じ事故で命を落とした妻の親友の遺族と交流を深める様子を映す。共演は、『悪人』などの深津絵里とミュージシャン兼俳優の竹原ピストル。繊細で鋭い心理描写に定評のある西川監督によるストーリー展開に注目。
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主人公の衣笠幸夫は作家であるが、ここ数年スランプなのか思うような作品が書けていない。美容師である妻の夏子に髪を切ってもらいながら、その苛立ちなのか辛辣な言葉をぶつけて行く。幸夫(さちお)は、仕事上はペンネームを使っているが、それはかの広島の鉄人と本名が一緒というコンプレックスもある。折しもその日は妻が親友とともに旅行に出かける日であり、幸夫の髪を切り終えた妻はいそいそと出かけて行く。

その夜、幸夫の自宅に1人の女性が訪ねてくる。一緒に食事をし、ベッドに入る。妻のいぬ間にというやつだが、同じ男として自宅に女を呼ぶ感覚はどうも理解できない。もしアクシデントで妻が帰宅したらどうするのだろう。一夜を女性と共に過ごした幸夫。朝からいちゃつく傍でテレビがバス事故を伝えている。幸夫は気づかないが、観ている方はなんとなくわかる。そして幸夫の自宅に警察から電話がかかってくる・・・

妻が事故死したことを知っても幸夫には悲しみが湧いてこない。葬儀も事務的に終え、妻の友人たちからは非難を受けても幸夫にはどこか他人事。それでもマスコミの手前、悲劇のキャラクターを演じている。そしてそんな幸夫のもとに、妻の夏子と一緒に旅行に行き、一緒に事故死した友人の夫、陽一が電話をかけてくる。陽一は幸夫と違い妻への愛情があふれており、妻の死を受け入れられずに落ち込んでいる。

思うところあって陽一と会った幸夫。陽一は、ふたりの子供を抱え、妻を失った事実に心と生活に大きなダメージを負っている。執筆に情熱を注ぎ込めない幸夫は陽一のアパートを訪ね、中学受験を控えた長男真平と保育園に通う妹の灯のことを知る。トラック運転手である陽一に家事ができるはずもなく、長男の真平は妹の面倒を見るため受験を諦めようとしている。そんな真平の姿に、幸夫は子供たちの世話を買って出る。

打ち込むものがない感覚というのもよくわかる。妻に対する愛情も心の底から湧き上がるものはなく、執筆もこれといったものが書けない。目標を見失って生きている中で、子供たちと過ごす時間は、幸夫にとっても初めての体験で、新鮮な感覚だったのだろう。探し求めるものが見つけられそうな感覚とでもいうようなものである。子供達もそれに応え、幸夫に信頼を寄せて行く。そしていつの間にか料理も覚え、手際よく家事をこなして行く。これまでにない暮らしの充実感を味わう幸夫。

物語は、そんな幸夫の姿を追って行く。順調に推移していた生活も、妻が密かに携帯に遺していたメッセージが幸夫の心を動揺させ(その内容はある意味当然なのであるが)、陽一父子の助けになろうとした学芸員・鏑木が現れたことで微妙な空気が流れ、幸夫は疎外感を味わう。そうすると、もともと不安定だった幸夫の心情もまた揺れ動き、方向性を見失った迷走に逆戻りする。

人間、誰もが完璧ではなく、いろいろなモヤモヤを抱えていたりする。表面上うまくいっていたり、うまくいっていなかったりはあるだろうが、幸夫の心情が個人的にはよく伝わってきた。人間は皆どこかでもがき続けるものなのかもしれない。人生の海図のコンパスもなく迷走していた幸夫がようやく彼方に灯台の灯を見出す。その再生のドラマが静かに心に染み入ってくる。

本木雅弘衣と竹原ピストルという対照的な2人の様子が実にいい感じであった。じっくりと家族のドラマを味わえる映画である・・・


評価:★★☆☆☆






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2018年07月23日

【暮れ逢い】My Cinema File 1953

暮れ逢い.jpg

原題: Une promesse
2013年 フランス・ベルギー
監督: パトリス・ルコント
出演: 
レベッカ・ホール:ロット
アラン・リックマン:カール・ホフマイスター
リチャード・マッデン:フレドリック・ザイツ
シャノン・ターベット:アンナ

<シネマトゥデイ>
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『髪結いの亭主』などのフランスの名匠パトリス・ルコントが、孤独を抱えた若妻と夫の秘書である青年との純愛とめまぐるしい運命を描いた甘美な恋愛ドラマ。ヒロインが夫の秘書である青年と惹かれ合いながらも、引き裂かれ、戦争によって翻弄されていくさまを映し出す。『それでも恋するバルセロナ』などのレベッカ・ホールをはじめアラン・リックマン、リチャード・マッデンが出演。ベートーヴェンの音楽や、1900年代初頭のシックな衣装も印象的。
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時は1912年のドイツ。初老の実業家ホフマイスターは、社員のフレドリックに才能を見出し、抜擢して仕事を任せる。貧しい育ちながら残業も厭わず懸命に働くフレデリックはその期待にこたえ、いつの間にかホフマイスターの右腕となって行く。実はホフマイスターは持病を抱えており、ある時発作を起こし自宅療養を強いられる。事実上社長の代理人となったフレデリックは、事業の報告とその指示を仰ぐため、ホフマイスターの屋敷に出入りするようになる。

その屋敷で、フレデリックはホフマイスターの妻ロットと出会う。ロットはホフマイスターとは年が離れており、美しいその姿にフレデリックは心を奪われる。フレデリックは仕事以外にも夫妻の息子の家庭教師も引き受け、夫妻との関係を深めて行く。そしてとうとう、個人秘書となり屋敷に住み込むこととなる。フレデリックは、住んでいたアパートの管理をしている娘と関係があったが、心はロットへと移る。

屋敷の中で日常的に顔を合わせるフレデリックとロット。時代背景もあるのだろうが、言葉には出さずともお互いに意識し合うようになる。現代と違ってこの時代、道ならぬ恋など厳禁であり、お互いその想いは伏せたままであるが、忍れど色に出にけるのが恋というもの。やがてホフマイスターも2人の気持ちに薄々気付いて行く。そしてフレデリックがメキシコの鉱山経営を提案すると、ホフマイスターはその現地責任者にフレデリックを任命する。

2人の秘めた想いは言葉にはできぬゆえ、フリデリックがロットをじっと見つめたり、見つめられたロットの表情なんかに巧みに現れる。そしてそれに気づくホフマイスターは、表向き威厳を保ったまま、しかしその嫉妬心を表情に表す。それぞれの感情を言葉以外のものに滲ませて見せるあたりは映画ならではかもしれない。そして渡りに船で、体良くフレデリックをメキシコに遠ざけるところは、ホフマイスターの老獪さが表れている。このあたり、アラン・リックマンはまさに適役といった感じがする。
 
2年間の辛抱と別れた2人。2年経っても結ばれる保証はないが、唯一期待できるのは持病持ちのホフマイスターの健康状態。うまくいけば晴れて公に結ばれることもできる。そんな計算は、多分2人にもあったと思う。ところがここで第一次世界大戦が勃発し、大西洋は遮断されてしまって手紙も届かなくなる・・・物事はそうそう思い通りにはいかない。

障害の大きさと愛の深さは比例するものなのかもしれない。しかし、時が経てば互いの環境も移り変わる。結局、6年経ってフレデリックは戻ってくる。抑えきれない喜びを抑えるロットの表情がまた良い。しかし、最後はちょっとわかりにくい部分があって水を差された感があったが、現代と異なる時代背景の恋愛事情が味わい深いものとなっている。
こういう恋愛映画もいいかもしれないと思う一作である・・・


評価:★★☆☆☆






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