2021年12月31日

【サイレント・トーキョー】My Cinema File 2497

サイレント・トーキョー.jpeg
 
2020年 日本
監督: 波多野貴文
出演: 
佐藤浩市:朝比奈仁
石田ゆり子:山口アイコ
西島秀俊:世田志乃夫
中村倫也:須永基樹
広瀬アリス:高梨真奈美
井之脇海:来栖公太
勝地涼:泉大輝

<映画.com>
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『アンフェア』シリーズなど手がけた秦建日子がジョン・レノンとオノ・ヨーコの楽曲「Happy Xmas(War Is Over)」にインスパイアされて執筆した小説「サイレント・トーキョー And so this is Xmas」を映画化したクライムサスペンス。佐藤浩市、石田ゆり子、西島秀俊らの豪華キャスト陣を迎え、「SP」シリーズの波多野貴文監督がメガホンをとった。クリスマスイブの東京。恵比寿に爆弾を仕掛けたという一本の電話がテレビ局にかかって来た。半信半疑で中継に向かったテレビ局契約社員と、たまたま買い物に来ていた主婦は、騒動の中で爆破事件の犯人に仕立て上げられてしまう。そして、さらなる犯行予告が動画サイトにアップされる。犯人からの要求はテレビ生放送での首相との対談だった。要求を受け入れられない場合、18時に渋谷・ハチ公前付近で爆弾が爆発するというが……。
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12月24日、クリスマスイブの午前。東京・恵比寿のショッピングモールで主婦の山口アイコは夫へのクリスマスプレゼントを購入する。そして夫の好物のサンドイッチを買ったアイコはショッピングモール広場のベンチに座る。その様子を朝比奈仁が見つめる。

その数日前。会社員の印南綾乃と同僚の高梨真奈美は、合コンに参加する。綾乃は大ヒットアプリの開発者であるIT実業家の須永基樹のことが気になるが、感情の起伏の少ない須永はどうやら合コンには乗り気でなさそう。それでも綾乃は須永と後日二人きりで会う約束をする。その時、須永の元に私立探偵の田中一郎から「連絡が取れた」とのメールが送られてくる。

12月24日、午前11時17分。KXテレビに爆破予告の電話が入る。KXテレビの契約社員・来栖公太は先輩ADの高沢雅也と共に現場である恵比寿のショッピングモールに向かう。来栖と高沢が電話で指定された場所に着くと、そこのベンチに座っていたアイコが高沢に座るよう勧めてくる。高沢がベンチに座った瞬間、アイコは立ち上がり、このベンチの下には体重30キロ分の圧力を下回ると爆発する爆弾が仕掛けられていると告げる。

アイコは犯人から命令されていると言って来栖の手首に爆弾が仕掛けられた腕時計を取り付ける。アイコの腕にも同じ爆弾付きの腕時計がはめられており、命令を拒絶すると遠隔操作で腕の爆弾を爆破させると脅されていると告げる。そしてアイコは高沢にカメラを回し続けて中継するよう告げ、館内放送を流すために来栖を連れて警備室へと向かう。

アイコは警備員に、12時に爆破が起こるので避難指示の放送を流すよう頼むが、警備員は信用しない。その時、高沢の座っているベンチの近くのゴミ箱が爆発する。警備員は慌てて避難指示の館内アナウンスを発し、周囲はパニック状態になる。警察の爆弾処理班が到着し、ベンチの爆弾を液体窒素で冷却処理しようと試みるが、その様子を見ていた朝比奈が「いつもそうだと限らない」と呟いた瞬間、大きな爆発音が鳴り響く。

アイコと来栖を巧みに操り、姿を見せない爆弾犯は、脅迫が本物であることを示した後、ネットで政府に要求を突きつける。一方、警視庁渋谷署には爆発事件対策本部が設置される。世田志乃夫警部補とその相棒である若手警官・泉大輝もそこに招集される。犯人像としては特殊部隊の経験者などが取りざたされるが、世田は「先入観が捜査の邪魔をする」と考える。

犯人から出された犯行声明において犯人に従わされた来栖が、磯山首相に対し「テレビの生放送で、1対1で対話させよ」と要求する。通常、こうした場合は金銭を要求したり、仲間の解放を要求したりするものだが、「対話」というのも面白い。一体、「対話」で犯人は何を表明しようというのだろうか。そんな騒動をよそに真奈美と綾乃は、爆破予告がなされた渋谷駅で須永を見かける。

渋谷駅前では機動隊が到着し、ハチ公前は封鎖される。爆発物捜査班がゴミ箱やトイレなど爆発物がないか捜索して回る。しかし、渋谷駅周辺は騒動見たさの野次馬が大勢詰めかける。それはまるでハロウィンのどんちゃん騒ぎのよう。そこには爆弾が爆発したらという危機感などまるでない。誰もが本当に爆発が起きるなどとは想像もしない。ストーリーを盛り上げる展開だが、あながちフィクションとも言い切れない。実際にこんな爆破予告がなされたら、本当にこんな大騒動が起きるのではないかと思わされる。そして爆破は現実化する・・・

物語は謎の爆弾犯人とその犯行動機を描いて行く。そして現れた意外な犯人。なかなか現実的には無理筋のストーリーに思えなくもないが、あくまでもフィクションであるから気にしない。それよりも冒頭、テレビに登場した磯山首相は折からの国際情勢に触れて国防増強の必要性を訴える。犯人の目的もそういう首相の姿勢についてのもので、何やらメッセージ性の強さを感じる。犯人が犯行を思い立った動機もその線に沿って描かれていく。そのあたりは賛否のあるところだが、テロはテロ、犯罪は犯罪でしかないのは当然のことである。

個人的には、爆破予告がなされているにも関わらず、人ごとだと考えて集まって騒ぐ若者たちの姿こそが日本の問題点のように感じてしまった。「戦争のできる国にする」という磯山首相の姿勢よりも危険の中で乱痴気騒ぎをする若者たちこそなんとかしないといけないのではないだろうか。映画は架空のストーリーであるが、だからこそリスクの可能性を可視化して描けるということができる。考える材料の提供である。そういうなんらかのメッセージを届けるとしたら、この映画はそれに成功していると言える映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2021年12月30日

【フォルトゥナの瞳】My Cinema File 2496

フォルトナの瞳.jpeg
 
2019年 日本
監督: 三木孝浩
出演: 
神木隆之介:木山慎一郎
有村架純:桐生葵
志尊淳:金田大輝
DAIGO:宇津井和幸
松井愛莉:植松真理子
北村有起哉:黒川武雄
斉藤由貴:遠藤美津子
時任三郎:遠藤哲也

<シネマトゥデイ>
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『永遠の0』 『海賊とよばれた男』などで知られる作家・百田尚樹の恋愛小説を映画化。死を目前にした人間がわかる青年が、大切な女性の死の運命が見えてしまったことで苦悩する。主人公には『バクマン。』などの神木隆之介、ヒロインに『3月のライオン』シリーズなどで神木と共演してきた有村架純。『坂道のアポロン』などの三木孝浩が監督、『メアリと魔女の花』などの坂口理子が脚本を務めた。
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百田尚樹の原作小説の映画化作品である。

幼いころ飛行機事故で両親を失った木山慎一郎は、自動車塗装工として働いている。真面目な仕事ぶりは社長からの評価も高く、新規に出店する二号店の店長を打診されるほど。しかし、そんな慎一郎に対する先輩社員のやっかみもある。ある日、慎一郎は電車の中で手が透けて見える男性を見かける。その後、別の場所では全身が透けて見える男を見かけ、気になって後をつけて行くとその男は車に轢かれて死んでしまう。慎一郎は死を目前にした人間が透けて見えることに気が付く。

一方、同僚とのトラブルで携帯が壊れた慎一郎は、携帯ショップに行き販売員の桐生葵と出会う。慎一郎は彼女の指が透明になっていることに気づき、意を決して声を掛ける。何か感じるところがあったのか葵もそれに応じ、仕事帰りに待ち合わせをするが、その時には葵の指は元に戻っている。しかし、安堵した途端、慎一郎は胸の痛みに襲われる。そして葵も帰り道にある工場で爆発があり、もしも慎一郎と会っていなければ巻き込まれていたとわかる。これを契機に互いに興味を持った二人は付き合い始める。

慎一郎は同僚の金田大輝から嫌がらせを受けている。社長の評価が高い慎一郎に対する嫌がらせである。また、金田は素行も悪く、客から預かっている高級車を無断で使用し、それがバレて社長の逆鱗に触れクビになってしまう。その時、社長の腕が透けて見えることに気が付いた慎一郎は、社長と行動を共にする。すると社長に恨みを抱いた金田に襲われるが、慎一郎がかばい社長は助かる。その時、慎一郎は再び胸の痛みを感じて倒れてしまう。

病院に運ばれた慎一郎だが、特に異常は見つからない。しかし、実は慎一郎と同じく死を目前にした人間が透けて見える能力を持つ医者黒川と出会い、黒川から他人の運命を変えて命を救うと、それは自らの寿命を縮めることになると教えられる。その後、慎一郎は新規に開店した二号店を任される。金田とも和解し、金田を二号店で雇う。忙しくも順調に仕事をこなすが、ある傲慢な客の手が透けて見えてしまう。黒川の忠告もあり、あえて何もせずにいたが、後日、その客は事故で死んでしまう。慎一郎は、わかっていながら何もせずにいて良いのかと自問自答する。

タイトルにある「フォルトゥナの瞳」とは、死を目前にした人の体の一部が透けて見えるという能力のこと。しかし、だからと言って、その能力を使って体の一部が透けた人を助けると、それは自らの体をも傷つけ命さえも危うくするというもの。能力はあっても使ってはいけない。実際にその能力を身につけたらどうなるだろうかと思うも、たぶん何もできない余計な能力ではないかという気がする。そういえばその昔読んだつのだじろうの恐怖漫画に同じような能力が描かれていたのを記憶している。

物語は、そんな能力に気づいた主人公が、その能力ゆえに苦悩する様子が描かれていく。死ぬのがわかっていれば(特に若い人であれば事故の可能性がある)、阻止することもできる。だけどそれをやると自分の命を縮めてしまう。見て見ぬ振りをするか否か。そんな苦悩を抱える慎一郎は、ある日公園で無邪気に遊ぶ保育園児たちの手がみんな透けているのを見てしまう。そして園児たちが近々遠足を予定していることを知る。そこで何かが起こるかもしれない。

またそれ以外にも電車の中で多くの人の姿が透明になっていることから、慎一郎は電車の事故が起こることを感じる。さらにその通勤電車は、葵も通勤で使う電車である。何が起こるかわかれば手の打ちようがあるかもしれないが、何が起こるかはわからない。しかも、そんな話をしたところで人には信じてもらえるはずがない。自分だったらどうするだろうと考えてみるが、まちがいなく何もしないだろう。何より自分の命は惜しいし、そもそも普通はそんなことはわかるはずもなく、見て見ぬ振りをしたとしても咎められる筋合いはないだろう。だが、それでは映画は進まない。

ラストの展開は、原作小説でもわかってしまうようなものであった。原作とは違う事故内容であったが、基本的な展開は同じ。意外だったのは、フォルトナの瞳の能力を持った人間が他にもいたこと。その能力は自分ではわからない。そんなオチがあったが、「使えない」能力はやはり無用の寵物なのかもしれない。頭の中でイメージをつくっていく小説と、ビジュアルで見せてくれる映画。一長一短だと思うが、原作は百田尚樹であり、観る価値はある映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2021年12月29日

【シャイニング】My Cinema File 2495

シャイニング .jpeg

原題: The Shining
1980年 アメリカ
監督: スタンリー・キューブリック
出演: 
ジャック・ニコルソン:ジャック・トランス
シェリー・デュヴァル:ウェンディ・トランス
ダニー・ロイド:ダニー・トランス
スキャットマン・クローザース:ディック・ハロラン
バリー・ネルソン:スチュアート・アルマン
フィリップ・ストーン:デルバート・グレイディ
ジョー・ターケル:ロイド

<映画.com>
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スティーブン・キングの小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した名作ホラー。冬の間は豪雪で閉鎖されるホテルの管理人職を得た小説家志望のジャック・トランスは、妻のウェンディーと心霊能力のある息子ダニーとともにホテルへやってくる。そのホテルでは、かつて精神に異常をきたした管理人が家族を惨殺するという事件が起きており、当初は何も気にしていなかったジャックも、次第に邪悪な意思に飲みこまれていく。主演のジャック・ニコルソンがみせる狂気に満ちた怪演は見どころ。高い評価を受けた作品だが、内容が原作とかけ離れたためキングがキューブリック監督を批判したことでも知られる。
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ジャック・ニコルソンの怪演が何とも言えず強烈な印象で記憶に残っていたこの映画。続編を観るために何十年ぶりかで2度目の鑑賞である。

小説家志望の男、ジャックがロッキー山上にあるオーバールック・ホテルの管理人の職に応募してくるところから物語は始まる。このホテルは山奥にあり、冬になると道路が雪で覆われてしまう事から冬期は休業している。しかしその間ホテルを管理する者が必要であり、この期間の管理人を募集しているのである。そしてジャックにしてみれば、誰にも邪魔されることなく小説を書きながらこなせる仕事は、好都合だったのである。

しかしオーナーは念を押す。誰も来ない冬のホテルの中に缶詰めになる事は、肉体的よりも精神に負担がかかり、事実、数年前に雇われたグレイディという男が妻と二人の娘を斧で惨殺したうえ、自分は猟銃自殺するという凄惨な事件が起こしたという話をする。しかしジャックは、自分は大丈夫だと気にせずに仕事を引き受ける。こうしてジャックは、妻ウェンディと一人息子のダニーと共にホテルに向かう。

仕事の説明をするのは、黒人コックのハロラン。陽気にホテルについて説明するハロランだが、ダニーを見て「シャイニング」という不思議な力があると告げる。そして自分にも同じ能力があり、このホテルで過去に忌まわしい事件が起こったことから怖い物に遭遇するかもしれないと警告する。そして237号室には近づいてはいけないと付け加える。慌ただしく手仕舞いしたホテルは、例年通り激しい吹雪に覆われ、家族三人は山奥のホテルの中に孤立状態になる。

「シャイニング」というのは、霊感のようなものなのだろう。ダニーにはそれがあって、小さな子供によくあるように架空の友達と話をしているが、この友達は口の中に住んでいて、ダニーを眠らせては夢を見させるという。ハロランとの会話には、物語の伏線となる話がいろいろと込められている。それにしても、雪に覆われて下界から孤立したホテルに親子3人で過ごすというのもなかなかすごい。

そんな中で、ダニーは1人遊びをする。廊下を三輪車で走り回り、ミニカーを並べて遊ぶ。そしてしばしば頻繁に現れる双子の女の子。最初は鍵がかかっていて入れなかった237号室なのに気がつけば部屋のドアが開いている。ダニーはハロランの警告にも関わらずそこに入っていく。その頃、ジャックは悪夢にうなされる。驚いて起こしに来たウェンディに、ジャックはウェンディとダニーを殺してしまう夢を見たとなお動揺して告げる。そこへダニーがやってくるが、ダニーの首には絞められたようなアザがあり、ウェンディは過去のこともあってジャックの仕業だと思い非難する。

こうしてだんだんと3人に何かが忍び寄る。ウェンディには執筆している作品を見せないジャック。禁止されれば見たくなる。ウェンディはジャックがいない時にタイプライターを覗き込み、打ってある文章を読む。そこにあったのは、“All work and no play makes Jack a dull boy”という諺の羅列。中学生で習う成句であり、意味もよく理解できたことからその不気味さとともによく覚えているシーンである。そして「友達」の警告なのか、ダニーは寝ぼけながら「REDRUM」と呟く。それを壁にも書くが、ウェンディが鏡に映ったその文字を見ると「MURDER」となっている。なかなかよくホラームードを盛り上げてくれる。

そしてジャックに狂気が宿る。斧を手にしてウェンディとダニーを追うジャックの様子は、再度観てもなかなかのもの。壊されたドアから覗く狂気に満ちた顔はこの映画の象徴的なシーンである。ラストシーンは記憶になかったが、ホテルに飾ってある写真の中にジャックの姿が映っていて、これが何を意味しているのかよくわからなかった。もう少し説明して欲しかったところである。原作者のスティーブン・キングから映画は酷評されたらしいが、映画は映画で今観ても深く印象に残る名作であると思う。

これに続く続編も楽しみな一作である・・・


評価:★★★☆☆










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2021年12月28日

【LION /ライオン 25年目のただいま】My Cinema File 2494

ライオン 25年目のただいま.jpeg

原題: Lion
2016年 オーストラリア
監督: ガース・デイビス
出演: 
デブ・パテル:サルー
ルーニー・マーラ:ルーシー
ニコール・キッドマン:スー
デビッド・ウェンハム:ジョン
サニー・パワール:サルー(幼少期)
アビシェーク・バラト:グドゥ

<映画.com>
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インドで迷子になった5歳の少年が、25年後にGoogle Earthで故郷を探し出したという実話を、『スラムドッグ$ミリオネア』のデブ・パテル、『キャロル』のルーニー・マーラ、ニコール・キッドマンら豪華キャスト共演で映画化したヒューマンドラマ。1986年、インドのスラム街で暮らす5歳の少年サルーは、兄と仕事を探しにでかけた先で停車中の電車で眠り込んでしまい、家から遠く離れた大都市カルカッタ(コルカタ)まで来てしまう。そのまま迷子になったサルーは、やがて養子に出されオーストラリアで成長。25年後、友人のひとりから、Google Earthなら地球上のどこへでも行くことができると教えられたサルーは、おぼろげな記憶とGoogle Earthを頼りに、本当の母や兄が暮らす故郷を探しはじめる。
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何かの番組で紹介されていた奇跡の再会の映画化作品である。

時に1986年、荒涼とした丘腹地帯が広がるインドのカンドワ。
主人公の名前はサルー、5歳。兄グドゥにいつもつきまとっている。二人は近くの路線を走る列車に飛び乗ると、積まれていた石炭をかき集めて逃げる。そして町で石炭を牛乳に換えてもらい帰宅する。

二人に父親はなく、母親カムラと幼い妹シェキラがいる。見るからに貧しい生活で、カムラは夜中にもかかわらず採石現場で働くために出かけていく。グドゥも仕事を探しに行くことするが、サルーはついて行くと言って聞かない。仕方なく、グドゥはサルーを連れて行く。これが運命の分かれ道となる。

夜も遅くなり、駅に着いた時にはサルーは眠くてたまらない。やむなくグドゥは「ここで待ってろ」とサルーをベンチに寝かせて、仕事を探しに行く。夜中にサルーが目を覚ますと、真っ暗になったプラットホームには誰もいない。5歳の子供には不安な状況である。グドゥを探してサルーはドアの開いている列車に乗り込むが、探し疲れて車内で再び眠ってしまう。

目が覚めると、驚いたことに列車は動き出している。降りようにもドアはロックされていてどうにもならない。列車は延々と走り続ける。その距離なんと1,600キロ。列車はようやくカルカッタ(現在のコルカタ)に到着して止まる。田舎育ちのサルーには見たこともない大勢の人々が行き交う。さらに多言語国家インドでは、サルーの使う言語とは違うベンガル語を使うコルカタでは言葉も通じない。

自分の村が「ガネストレイ」だと訴えるが、誰もわからない。駅の構内にいたホームレスの少年の群れに合流するも、大人たちがやって少年たちを拉致していく。親切な女性に声を掛けられ、アパートに連れて行かれ食事とベッドを与えてもらう。ホッとしたのもつかの間、やはり怪しい男が姿を見せると本能が警告するままサルーは部屋を逃げ出す。『スラムドッグ$ミリオネア』でも描かれていたが、子供を障害者のものもらいに仕上げる集団なのかもしれない。

それから2ヶ月が過ぎ、サルーは、親切な青年に見つけられ、警察に保護される。そして孤児院へ行き、人権活動家の女性の手配でオーストラリアの家庭に養子として引き取られることになる。サルーとしては家に帰りたいところだがどうにもならない。そして、オーストラリアに住むスーとジョンのブライアリー夫妻に会う。

運命のいたずらなのだろうか、それから20年が経ちサルーは大学へ進学をすることになる。インドにいたら絶対に不可能だっただろう。恋人もできて恵まれた生活。唯一心に引っ掛かるのはインドで暮らす家族のこと。しかし、5歳の頃の記憶も曖昧でどうにもならない。ところが、クラスメイトから「Google Earthで探したら」と言われ、これが大きな転機となる。

実際、2年の月日をかけサルーは自分の生まれ故郷を探し出す。それには技術革新の力が大きい。Google Earthで探すと言っても、広大なインドでは簡単ではない。しかし、列車に乗っていた時間と列車の速度から大体の距離をはじき出すというのは、優秀な学生ならではの推測。それにしても記憶に残る駅の様子を当てはめていく作業は大変だろう。さらにインドが基本的に途上国で、地方の様子がほとんど変わっていなかったことも大きいだろう。急速に発展して町の様子が変わっていたらアウトである。

単に、25年後にGoogle Earthで故郷を探したというだけではなく、そもそも養子を迎え入れたブライアリー夫妻の考え方、そんな養父母に対するサルーの思いやりもドラマを盛り立てる要素として丁寧に描かれる。長年記憶の中にあった故郷を実際に生家まで歩いていくサルーのドキドキ感が観る方にも伝わってくる。何より、弟がいなくなった直後の兄グドゥの運命や、ラストで明らかになる「ライオン」という原題の意味には心を動かされる。「サルー」というのは5歳の彼が間違って覚えていたもので、本当の名前は「シェルゥ」。その意味は「ライオン」。それもまた余韻として残る。

エンディングでは、本人とインドを訪ねた義母スーと実母とが会う実際の映像が紹介される。何よりも実話の持つ力が大きい。今もサルーはオーストラリアに住みながら時折インドの母の元を訪ねているという。辛い空白期間の分、幸せになってほしいなと思わざるを得ない映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2021年12月25日

【ロボット2.0】My Cinema File 2493

ロボット2.0.jpeg

原題: 2.0
2018年 インド
監督: シャンカール
出演: 
ラジニカーント:バシーガラン博士/チッテイ
アクシャイ・クマール:パクシ・ラジャン
エイミー・ジャクソン:ニラー

<映画.com>
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「ムトゥ 踊るマハラジャ」のラジニカーントが1人2役で主演し、大ヒットを記録したインド製SFアクションコメディ『ロボット』のシリーズ第2弾。インドの町からスマートフォンが消え、携帯業者や通信大臣がスマホに殺されるという謎の殺人事件が発生した。消えたスマホの行方を追っていたバシー博士と助手のニラーは、おびただしい数のスマホが合体して巨大な怪鳥に変身していることを突き止める。人々を襲いだした巨大怪鳥を目の当たりにしたバシー博士は人類を守るため、封印された伝説のロボット「チッテイ」復活を思い立つ。ラジニカーントがバシー博士とチッテイの2役を演じるほか、「パッドマン 5億人の女性を救った男」のアクシャイ・クマールが宿敵のスマホロボを演じる。監督は前作から続投のシャンカール、音楽を『スラムドッグ$ミリオネア』の A・R・ラフマーンが担当。特殊メイク&アニマトロニクスを『アベンジャーズ』 『ジュラシック・ワールド』のレガシー・エフェクツが手がけるなど、ハリウッド映画のスタッフも参加している。
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ある意味「衝撃的」な作品とも言えた前作を受けての続編。ある日突然、スマホが空の彼方へ飛んでいってしまうという事件が起こる。これも衝撃的な発想である。1台のみならず片っ端から空へと飛んでいくスマホ。原因不明のまま街は大騒動となる。もはやスマホのない生活は考えられない。携帯会社と警察署の前には人々が波のように押し寄せ大パニックに陥る。

時を同じくして、携帯業者や通信大臣が何者かに殺害されるという事件が起こる。大量のスマホに襲われるというもので、スマホが口から体内に入って爆発するという展開はインド映画でしかお目にかかれないものだろうと思う。あまり真面目に観てはいけない。こういうのが受け入れられる文化だと理解して観る必要がある。

そこで国は、ロボット工学の専門家バシーガラン博士を召喚する。前作で混乱を巻き起こし、「チッティ」は製造禁止となっている。その代わりに、知的で美しいロボット助手のニラーを作り侍らせている。そんなバシーガラン博士のスマホまで飛んで行ってしまうが、集まったおびただしい数のスマホは合体し、なんと巨大な怪鳥に変身し、街を破壊する。軍隊まで出動するが、まるで歯が立たない。政府はバシー博士を召喚し意見を問うと、博士はチッティを復活させることを提案する。

バシー博士らは怪鳥を調べていくうちに、パワーの源は人間の負のエネルギーにあることを突き止める。そしてこのパワーを中和させるべく、装置を発明し改造車に乗せて敵を追う。着いたところは鳥類学者パクシ・ラジャンの自宅跡。パクシは、スマホの普及の影で鳥たちが被害を受け、それに対して傍観するだけの世の中に絶望して、1年前に電波塔に登って首を吊り自らの命を絶っていたのである。

ここで、パクシが生まれた時から鳥と不思議な関係があったこと、スマホの普及にともないインド国内で次々と建設される電波塔の電磁波の影響で渡り鳥の方向感覚が失われたり、ひなが育つ前に死んでしまっていることが謳われる。本当かどうかよくわからない。しかし、だからスマホの使用を制限しようと訴えても受け入れられることはないだろう。

前作では世の中に大混乱を招いたチッティだが、今回はニラーとともに戦う。そして一旦はこれを抑えるものの、パクシ博士の息子の行動によって再び猛威を振るう。この事態に対応すべく、ニラーはチッティのMPUになんと前回暴走のきっかけとなったファームウェア2.0、通称レッド・チップを埋め込む。バージョン2.0のチッティの活躍は前作同様、実にシュールである。

さらに2.0のピンチに助けに来たのはハトに乗ったバージョン3.0のミニチッティ。これがまた何とも言えない。日本の仮面ライダーシリーズや戦隊ものなどの子供番組でもなかなかお目にかかれないシロモノである。鳥を愛するパクシはハトに手出しすることができない。勝つためには人質(ハト質?)を取るのも厭わないダーク戦術。かくして怪鳥は退治される。

それにしても、鳥に関する部分は強いメッセージ性を感じさせる。単に敵役の説明にしては逆効果で、むしろ悪いのは政府や携帯電話会社というイメージである。なんでもインド国内に携帯電話会社は13社もあって過剰なようである。それを抑制し、電波塔を減らすことが裏のメッセージなら、映画を利用するというのも効果的な宣伝なのだろう。

インド映画なのに歌も踊りも登場しない。インド映画も国際標準に近づいているのだろうか。ナンセンスだが、その中に面白さがあるインド映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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