2023年09月30日

【ある男】My Cinema File 2753

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2022年 日本
監督: 石川慶
原作: 平野啓一郎
出演: 
妻夫木聡:城戸章良
安藤サクラ:谷口里枝
窪田正孝:「谷口大祐」〈ある男X〉
清野菜名:後藤美涼
眞島秀和:谷口恭一
真木よう子:城戸香織
柄本明:小見浦憲男
きたろう:伊東
河合優実:茜
カトウシンスケ:柳沢
でんでん:小菅

<シネマトゥデイ>
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映画化もされた『マチネの終わりに』などで知られる平野啓一郎の小説を映画化。死後に別人と判明した男の身元調査を依頼された弁護士が、他人として生きた男の真実を追う。監督は『蜜蜂と遠雷』などの石川慶、脚本は『マイ・バック・ページ』などの向井康介が担当。主人公を石川監督作『愚行録』などの妻夫木聡、彼に調査を依頼する女性を『百円の恋』などの安藤サクラ、彼女の亡き夫を『初恋』などの窪田正孝が演じるほか、眞島秀和、仲野太賀、真木よう子、柄本明らが共演する。
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平野啓一郎原作の『ある男』の映画化作品。人気作家になると、原作が映画化されるケースが多い。東野圭吾などもこの傾向があるが、本も映画もそれぞれ味わいがあるから、前向きに捉えている。

物語の舞台は、宮崎県のとある町にある誠文堂文具店。店番をしているのは、離婚して息子を連れて戻ってきたこの家の娘、里枝。店番をしつつも、遠くを見つめそっと涙を流す。そのわけは後ほどわかる。そこへやってきた1人の客。雨の中、見慣れない男。スケッチブックを買っていくが、それを機にその後もしばしば画材を買いに来るようになる。別のある日、訪れたその男に店にいておしゃべりをしていた近所の人が、絵を描いているのを見たが、こんどそのスケッチブックを見せてくれと軽口をたたく。

田舎の狭い社会のこと、男は谷口大祐という伊香保温泉の老舗旅館の次男で、いまはこの地で林業の会社に勤めているということを里枝は知る。また別の雨の日にやってきた大祐は、いつものように画材を買うと里枝にスケッチブックを差し出す。そこには公園で遊ぶ息子の悠人らしき子供の姿も描かれている。そして大祐は、おもむろに里枝に向かって友だちになって欲しいと口にする。里枝は、買物しなくていいからいつでも絵を見せにくるようにと返事をする。

その後2人の仲は接近し、一緒に食事をするようになる。そこで里枝の涙の理由は、2歳のときに病気で亡くなった子供のことだとわかる。治療方針をめぐって対立したのが前夫との離婚原因であり、今でも大きな悔いとして里枝の心に残っている。やがて2人はつき合い始めるが、車の中でぎこちなくキスを交わそうとした大祐が窓ガラスに映った自分の顔に異常に反応し取り乱す。そんな彼を里枝はやさしく抱きしめるが、大祐にも何か事情がありそうである。

やがて2人は結婚し、花という女の子が生まれる。悠人も中学生になり、大祐によく懐き、その様子はどこから見ても実の親子の様。その日、大祐は里枝に内緒で学校に行こうとしていた悠人を山に連れて行く。2人はそうしてしばしば一緒に過ごしていたが、チェンソーで木に切り込みを入れたところで誤って転倒した大祐の上にその木が倒れてくる。下敷きになった大祐はそのまま帰らぬ人となってしまう。

1年が経ち、大祐が疎遠にしていた兄の恭一が一周忌の法要にやってくる。不義理を詫びる里枝に対し、恭一は「こんなところで死ぬなんて親不孝だ」と発言し列席者の怒りを買う。しかし、仏壇に遺影がないと恭一が言い出す。そして里枝が大祐の写真を指差すと、それは弟の大祐ではないと言う。おかしな空気がその場に漂う。そこで初めて、夫だった男が伊香保温泉の老舗旅館の次男であった谷口大祐という人物とは別人だということが判明する・・・

生きていればまだしも、死んでしまった後では本人に問い詰めるわけにもいかない。死んだ夫は一体誰なのか。里枝は離婚のとき世話になった弁護士の城戸に相談し、城戸が故人の身元を調査するという形で物語は進んでいく。城戸にも物語はあり、横浜のマンションで妻の香織、息子の颯太と3人で暮らしているが、城戸には在日三世という出自がある。何気なく在日の問題が織り込まれていく。

城戸は谷口大祐と名乗っていた男の身元を調べて行く。手掛かりは、本物の谷口大祐。大祐の元恋人を訪ね、「戸籍交換」という情報をつかみ、その仲介人を訪ねて大阪刑務所を訪れて小見浦憲男という男に会う。そして新たに「曾根崎義彦」という名前を知る。こうした過程は推理小説のようで、謎解きの面白さがある。やがて谷口大祐だった男の正体が判明する。そこに隠されていた真実、そして自分の顔を見ると動揺していた事情もわかる・・・

映画の面白さは、原作と変わらない。それはそもそものストーリーの面白さによる。安藤サクラや妻夫木聡が出演しているが、そうでなかったとしても面白い映画だっただろう。「わかってしまえば、本当のことを知る必要なかった」と里枝は最後に語る。真実というものはえてしてそういうものだろう。ラストで城戸は見知らぬ客に自分の話をするが、それは伊香保の温泉旅館の次男坊というもの。そこに秘められた胸中をいろいろと想像させられる。終わってもなお、いろいろと考えさせてくれる映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2023年09月29日

【双葉荘の友人】My Cinema File 2752

双葉荘の友人.jpeg

2016年 日本
監督: 平松恵美子
出演: 
市原隼人:川村正治
臼田あさ美:美江
陽月華:八井沙希
中原丈雄:寺田幸吉
吉行和子:直子

<WOWOW解説>
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第8回WOWOWシナリオ大賞受賞作を市原隼人主演で映像化。テラスハウス双葉荘では見えないはずのものが見える―。2つの時代をつなぐ珠玉のロマンティックミステリー。
監督は、山田洋次監督作品の助監督を長年務め、脚本家でもある平松恵美子。丁寧な人物描写が本作でも発揮される。さらに、主演に市原隼人、共演に臼田あさ美、中村倫也、陽月華、中嶋朋子、中原丈雄、吉行和子という多彩・ベテランキャストがそろう。
テラスハウス「双葉荘」では、見えないはずのものが見える…。川崎が若いころに体験した実話をベースにした“ロマンティックミステリー”が、豪華スタッフ&キャストで映像化された。
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川村正治と妻の美江はとある不動産会社の担当者に案内され、一軒の家の内見に行く。家賃は予算より3万円高かったものの、高台に建つテラスハウス「双葉荘」は環境も良く、思い切って借りることにする。しかし、その場で大家に会う必要があると言われ、戸惑う。形ばかりの面接だと言われるが、大家の寺田夫妻はどこか高飛車な態度で、説明とは裏腹に入居してもらうかどうかは後日連絡すると告げられる。美江はそんな寺田夫妻の態度に腹を立てるが、後日、入居してくださいとの連絡が入る。

晴れて川村夫妻は引っ越しするが、さっそく隣の家に挨拶に行く。隣の家に住んでいるのは、八井沙季という主婦で、夫は単身赴任でいないということであった。川村夫妻は感じの良い沙季の態度に安堵する。その後、寺田夫妻の元にも挨拶に行く。すると、家賃を支払うための封筒を渡され、毎月現金を持ってくるよう指示される。美江はこの古臭いやり方にウンザリするが、正治がその役割を引き受けるからとなだめる。

美江は、職場では先輩が退職する後を受けて仕事を引き継ぐことになり、忙しくなる。一方、正治は舞台監督の仕事に疑問を持つようになり、転職を考える。そして正治は美江の勧めもあり、ライター業を始めることにする。そんなある日、正治は家で見知らぬ人物を目撃する。驚くもののなぜか恐怖は感じず、むしろどこか懐かしいような気持ちになる。そしてまた別の夜、美江に急な仕事が入り帰宅が遅れるが、沙季が料理のおすそ分けを持って訪ねてくる。正治は躊躇しつつも沙季を家に招き、一緒に食事をする。

その夜、正治は再び家の中で見知らぬ人物と遭遇する。姿は見えるが、声は聞こえず、握手をしようとしても触れ合うことはできない。そしてその人物は煙のように消える。それ以降、正治は何度も家の中でその人物に遭遇するようになる。さらに姿だけでなく、その人物の生活空間までも見えるようになっていく。その場所は、「双葉荘」。そしていつしか正治と謎の人物は筆談で意思疎通を図るようになる。相手は倉田誠司と名乗る。

美江の口利きもあり、正治は美江の上司からライターとして仕事を任される。最初こそダメ出しの連続であったが、やがて認められるようになる。家では倉田誠司との交流が続く。誠司がいるのは1974年10月の「双葉荘」。正治のいる2000年10月とは26年の開きがあり、誠司も正治もともに32歳の同い年で既婚者であった。誠司は画家であったが、画では食べていけず、生活のためにちらし広告のイラストカットの仕事を行っていると話す。妻に苦労をかけることを気にする優しい男であった。ライターとしての充実は誠司に触発されたところもある。そして事件が起こる・・・

同じ「双葉荘」に住んでいた人物が26年の時を隔てて交流するという一種のタイムトラベルものである。過去には『きみにしか聞こえない』(My Cinema File 1269)では1時間の時間差というのがあったが、ここではそれが26年。年月は隔てているが、時間の進行は同時である。そして過去の人物であれば、当然「今どうしている?」という疑問が生じるが、東京芸大卒業と言いながら、倉田誠司の名前は卒業生名簿にはない。そしてなぜ2人だけが交流できる(美江には倉田誠司の姿は見えない)という事は巧みに伏せられる。もっとも、それで物語の面白さが損なわれることはない。

そして後になって様々な事実が判明する。それは少々都合が良すぎたりするが、まぁ細かい突っ込みをいちいち入れていても映画は楽しめない。そういう部分に目をつぶれば面白いストーリーである。誠司の苦悩を通し、正治も自分の人生に向かい合っていく。最後に『双葉荘の友人』というタイトルの由来も明らかになる。少々都合よすぎるが、物語は感動的なラストを迎える。WOWOWシナリオ大賞受賞作という触れ込みもよくわかる。

温かい気持ちになりたい時には、いいかもしれない映画である・・・


評価:★★★☆☆








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2023年09月24日

【みじかくも美しく燃え】My Cinema File 2751

みじかくも美しく燃え.jpeg

原題: Elvira Madigan
1967年 スウェーデン
監督: ボー・ウィデルベルイ
出演: 
ピア・デゲルマルク:エルヴィラ・マディガン
トミー・ベルグレン:シクステン・スパーレ
レンナント・マルメン:クリストファー

<映画.com>
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19世紀のスウェーデンで実際に起った事件を映画化。既婚者の伯爵と美しい綱渡り芸人エルビラ。恋に落ちた2人は、周囲の抑制を振り切って駆け落ちする。逃亡生活の末、運も金も尽きてしまった彼らは、ある決断をする……。衝撃のラストシーンと、全編に流れるモーツァルトのピアノ協奏曲第21番が話題を呼び、当時日本でもヒットを飛ばした悲恋物語。ヒロインを熱演したピア・デゲルマルクが、カンヌ国際映画祭主演女優賞を獲得。
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時間が余り、短時間で観られる映画という事で、あまり考えずに選択した映画。19世紀のスウェーデンで実際に起こった事件の映画化ということでも興味深い。野原で仲睦まじく過ごしている恋人を映して物語は始まる。微笑ましいシーンであるが、実は男には妻子があり、つまり女とは不倫関係である。男はスウェーデン伯爵で軍人でもあるシクステン。女は綱渡り芸人としてサーカスで人気を誇るエルヴィラ。2人が恋に落ちた経緯は省略されているが、お互いに全てを捨てての逃避行の身である。

シクステンは、見つかれば脱走兵として処罰される。そのためヒゲをそり落とし、ジャケットからは軍人であることを示す金ボタンを取り外す。2人は近くの宿に身を寄せる。エルヴィラは女性同士の気楽さから宿のおかみと仲良くなり、編み物を教わる。何をするでもない。2人だけのつかの間の穏やかな日々。しかし、新聞には2人の失踪が載る。19世紀という時代背景もあるのだろう、世間は不倫の脱走兵に優しくはない。

そんなある日、宿のおかみが洗濯物を干そうとした時、洗濯ロープを手にしたエルヴィラを見かける。不審に思って後をつけたおかみは、そこでエルヴィラが洗濯ロープを木につなぎ綱渡りをしているのを見る。新聞記事のこともあり、おかみはエルヴィラの正体に気づく。エルヴィラは発覚を恐れておかみに黙っていて欲しいと懇願する。しかし、シクステンが捨てた金ボタンを興味本位から宿の子供が拾い、それを見た宿泊客が宿に脱走兵がいるらしいということに気づき通報する。そのことを聞いたおかみはが2人に知らせ、2人は慌てて宿を後にする。

とある湖畔の宿をとった2人は、また静かな時間を過ごす。ボートで湖に出ては魚釣りをする。2人となれば何をしても楽しい。そんな2人の前にシクステンの友人が現れる。誰にも告げず密かに探し当てたという友人とシクステンはしばし昔話に花を咲かせる。また残してきた妻子の様子もシクステンには気になるところ。友人が訪ねてきた目的は、シクステンに帰るようにとの説得。19世紀の世界では、今と違って自由度は少ない。この先2人に明るい未来があるわけではない。しかし、シクステンもエルヴィラも応じようとはしない。

3人で食事をした際にも、2人の暗い未来が暗示される。伯爵とは言え、もうシクステンには所持金はないに等しい。エルヴィラがこっそり自分のお金を渡し、この先の生活を危ぶむ友人に悟られないように取り繕う。そんな友人は最後の説得手段として、近くにエルヴィラがいることを知りながら、シクステンに妻が自殺未遂をしたとウソをつく。ショックを受けたエルヴィラは取り乱すが、シクステンは友人と決別し、彼の話はウソだとエルヴィラを落ち着かせる。

現代であれば、アルバイトでも肉体労働でも選ばなければ働いて糊口をしのぐ手段はある。しかし、19世紀のスウェーデンではそんなに簡単ではない。エルヴィラが町へ仕事を探しに出るが、見つけたのは町の祭りで膝を出して踊る芸人。当時は膝でもセクシーだったのだろう、エルヴィラの姿に下卑た軽口を叩いた男をシクステンは殴ってしまう。そうして2人は収入の手段を失い、所持金も底をつく。

19世紀という時代設定から古いのだが、それとは別の古さが漂う。初めはその正体に気づかなかったが、終わってよく見てみれば製作年は1967年となっている。そもそもこういうテーマの映画が作られるという事は、内容的に時代にウケるという背景があるわけで、今であればこの手の映画は作られないだろうと思う。映画では2人の馴れ初めは描かれない。シクステンもきっと親が決めた相手との結婚だっただろうし、2人にとっては、初めて異性に夢中になった経験だったのかもしれない。

「古き良き時代」という言葉があるが、かつては日本も閉塞的な社会であり、江戸の世で心中モノがウケたのも、そんな閉塞感があったからかもしれない。今の世では、心中モノはウケないだろうし、そもそも自由度がかなり高まった現代では、駆け落ちした2人が生きていくのははるかに容易である。この手の映画に古さを感じるのも、いい社会になったという証なのかもしれない。そんな幸せを噛みしめながら、観たい映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2023年09月23日

【クワイエット・プレイス破られた沈黙】My Cinema File 2750

クワイエットプレイス破られた沈黙.jpeg

原題: A Quiet Place Part II
2021年 アメリカ
監督: ジョン・クラシンスキー
出演: 
エミリー・ブラント:イヴリン・アボット
ミリセント・シモンズ:リーガン・アボット
ノア・ジュープ:マーカス・アボット
キリアン・マーフィー:エメット
ジャイモン・フンスー:島の長
ディーン・ウッドワード:ボー・アボット
スクート・マクネイリー:桟橋の男
アリス・ソフィー・マリコワ:少女
オキエリエテ・オナオドワン:警察官
ウェイン・デュヴァル:ロジャー
ジョン・クラシンスキー:リー・アボット

<映画.com>
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エミリー・ブラント主演で、音に反応して人類を襲う“何か”によって文明社会が荒廃した世界を舞台に、過酷なサバイバルを繰り広げる一家の姿を描き、全米でスマッシュヒットを記録したサスペンスホラー『クワイエット・プレイス』の続編。生まれたばかりの赤ん坊と耳の不自由な娘のリーガン、息子のマーカスを連れ、燃えてしまった家に代わる新たな避難場所を探して旅に出たエヴリン。一同は、新たな謎と脅威にあふれた外の世界で、いつ泣き出すかわからない赤ん坊を抱えてさまようが……。主人公エヴリンをブラントが演じ、リーガン役のミリセント・シモンズ、マーカス役のノア・ジュプも続投。新キャストとしてキリアン・マーフィ、ジャイモン・フンスーが加わった。監督・脚本も前作同様、ブラントの夫で前作で夫婦共演もしたジョン・クラシンスキーが再び手がけた。
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音に反応して襲ってくる怪物との絶望的な戦いを描いた『クワイエット・プレイス』の続編。今回はそもそもの発端から描かれる。異変の第1日目。父親のリーは、いつものように馴染みの店で買い物をし、長男マーカスの野球の試合の応援に向かう。聴覚に障害のあるリーガンと次男ボーと妻イブリンと家族総出の応援である。マーカスが自信なさげに打席に立ったその時、上空に隕石のようなものが落ちてくる。それは異様な風景。人々は申し合わせたように試合を中止して家路に着く。

リーガンは父親の車に乗り込み、マーカスとボーはイブリンの車に乗り込む。リーが居合わせた警察官に何が起こったのか尋ねようとすると、正体不明の怪物が現れ人々を襲う。隕石の落下に伴って宇宙から飛来したということなのだろうが、早過ぎはしないかと心の中で突っ込みを入れる。まぁ、あまりこだわるところでもない。車のエンジンがかからなかったリーは、リーガンを連れて近くのレストランに逃げ込む。そこには同じように逃げ込んだ人々が息をひそめて隠れる。しかし、誰かの携帯電話が鳴ってしまい、怪物は次々と人々を襲う。かろうじて逃げ出したリーとリーガン。イブリンはマーカスとボーを乗せ、混乱する街から逃げ出す・・・

こうして悪夢が始まるのであるが、前作で描かれなかった前日譚が紹介されるのは物語を深く理解するのに役立つ。そして前作の苦闘を経た474日目。前作で既にリーとボーを失ったイブリンは、マーカスとリーガンと生まれたばかりの赤ん坊を連れて逃げ続けている。赤ん坊は酸素マスクをつけた状態でトランクの中に入れている。鳴き声対策であるが酸素ボンベの入手がネックになりそうである。裸足で歩き続けた3人は、とある廃工場へとやって来る。そこへ怪物が近づいてくるが、マーカスがトラバサミの罠にかかってしまう。叫び声を上げかけたマーカスの口をイブリンが塞いだが、一匹の怪物に見つかってしまう。

その事態にリーガンは冷静に補聴器から出るハウリングをラジオから流し、怪物の動きが止まって頭が開いたところをイブリンがショットガンでとどめを刺す。それを見ていたのは、冒頭で一緒に野球観戦をしていたエメット。エメットは家族を失いながらも1人廃工場の地下で生き残っていたのである。そこには密閉されるボイラーがあり、防音にもなるが、タオルで閂を押さえないと閉じ込められてしまうリスクがある。地獄で仏ではないが、女1人で子供3人を守らなければならないイブリンにとっては心強い味方であるが、エメットは気力を失っている。

イブリン達が一息ついた時、ラジオを調整していたマーカスが、どこかの放送局から「ビヨンド・ザ・シー」が流れていることに気づく。それは他にも生存者がいるという証。その曲名と地図とから、リーガンはその曲が近くの海をはさんだ孤島から流れていることを突き止める。リーガンはラジオで補聴器のハウリングを流すアイディアを思いつくが、マーカスからは大反対を受ける。しかし、思い立ったリーガンはイブリンには内緒で単身その島に向かう。それを知ったイブリンはエメットに連れ戻すように頼むが、エメットは躊躇する・・・

目が見えず、音に反応して襲ってくる怪物を相手に逃げるイブリンたち。大人やある程度分別のわかる子供であれば黙っていられるが、赤ん坊はそうはいかない。音を立てないことが最大の防御になる。さらに今回は、緊急避難室としてボイラーの窯の中というのが出てくるが、タオルで閂を押さえないと閉じ込められてしまうという危機管理が出てくる。次から次へと困難が登場人物たちを襲う。そして怪物には泳げないという弱点があることが判明するが、これも偶然から怪物が海を渡って孤島に逃げ住んでいた人々を襲うことになる。なかなかうまく見せ場を作ってくれる。

絶望の中にも希望がある物語。リーガンの勇気ある行動は自分自身のためだけではなく、人類全体のことを考えたもの。ハラハラドキドキの要素もあり、リーガンの勇気と意思はエメットを変え、そして人類に希望をもたらす。内容的にさらなる続編はなさそうである。イブリンを演じたエミリー・ブラントは、『ボーダーライン』(My Cinema File 1957)の主人公にも相通じるものがある。前作のヒットに味をしめて2匹目のどじょうを狙って失敗する作品が多い中、これは前作と合わせて、満足いく楽しめる映画である・・・


評価:★★★☆☆








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2023年09月18日

【ミッドサマー】My Cinema File 2749

ミッドサマー.jpeg

原題: Midsommar
2019年 アメリカ
監督: アリ・アスター
出演: 
フローレンス・ピュー:ダニー・アルドール
ジャック・レイナー:クリスチャン・ヒューズ
ウィル・ポールター:マーク
ウィリアム・ジャクソン・ハーパー:ジョシュ
ヴィルヘルム・ブロングレン:ペレ
アーチ・マデクウィ:サイモン
エローラ・トルキア:コニー

<映画.com>
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長編デビュー作「ヘレディタリー 継承」が高い評価を集めたアリ・アスター監督の第2作。不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れた。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。ダニー役を「ファイティング・ファミリー」のフローレンス・ピューが演じるほか、『トランスフォーマー ロストエイジ』のジャック・レイナー、『パターソン』のウィリアム・ジャクソン・ハーパー、『レヴェナント 蘇えりし者』のウィル・ポールターらが顔をそろえる。
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主人公は心理学を専攻する大学生のダニー。このところ精神障害をわずらっている妹に心を煩わされている。恋人のクリスチャンが頼りで、相談をしたり思いをぶつけたりしているが、当のクリスチャンはそれを内心重荷に感じている。友人たちからも別れたらと言われているが、ダニーの気持ちを思うと別れを切り出せずにいる。そうしたある日、とうとう妹は両親を道連れに一酸化炭素中毒で無理心中してしまう。ダニーはショックを受け、心に深い傷を負う。

しばらくして、ダニーはクリスチャンと一緒にパーティに参加する。そこで彼女は、クリスチャンが友人のマーク、ジョシュと一緒に、スウェーデンからの留学生ペレの故郷であるホルガ村を訪れる予定であることを知る。ペレはみんなに自分の一族の故郷で、90年に1度だけ開催される夏至祭を見に来てはどうかと誘っていたのである。大学で文化人類学を専攻するクリスチャンたちは、学問的関心もあってホルガ行きを決めたが、実はダニーには話しておらず、その負い目もあり、ダニーも誘う。意外な事に、ダニーは一緒に行くという。

こうして5人はスウェーデンへ渡り、ペレの案内でヘルシングランド地方に位置するコミューンであるホルガを訪れた。車で数時間、自然の中を走り、着いたところは森に囲まれた草原。幻想的な風景と、白い服を着た親切な村人たちに一行は魅了される。一行とは別に、ペレの兄弟分のイングマールに誘われたサイモンとコニーというカップルもロンドンからやってきている。ダニーはさっそくイングマールからマジックマッシュルームを勧められる。恐る恐る手を出したダニーは妹の幻を見る。

村には夜が訪れるが、白夜のために昼のような明るさのままである。翌日から始まる夏至祭はただの祝祭ではなく、村に伝わる特別な祭り。草原のテーブルで村人全員がそろって食事をし、そして一行は崖の下に集まる。すると、崖の上に1人の老女が姿を現し、おもむろに身を投げる。身を投げた老女は岩の上に落下して即死。顔が潰れ、ダニーたちはショックを受ける。さらにもう1人の老人が崖の上に現れ、同じように身を投げる。ところが足から落下したため、息があり苦しむ。村人たちの代表が静かに苦しむ老人の下に行くと、なんとハンマーで頭を叩き潰してとどめを刺す。

いくら映画とは言え、なかなか衝撃的なシーンである。村人たちは誰1人騒ぐことなく平然とこの事態を受け入れるが、外部から来たダニーたちは混乱する。村の長老はダニーたちに説明をするが、ロンドンから来たサイモンは直ちに帰ると宣言する。ダニーたちはペレの懇願もあり、とりあえずは落ち着く。さらに文化人類学の論文を控えているジョシュはこの出来事を論文にしようとする。そしてクリスチャンも同様に思い立ち、テーマが重なった事から2人は口論となる。

異常な展開の映画であるが、いったいどこへ行くのだろうかと思いながら観ていく。まずはサイモンのパートナーのコニーが、サイモンがいないことに気づく。村人から1人で駅に向かったと説明されるも、コニーはサイモンが自分を置いていくはずがないと納得しない。さらにマークは村の神聖な木にそうとは知らずに立小便をしてしまい、村人の怒りを買う。一方、論文で対立したジョシュは、クリスチャンを出し抜くためか長老に頼んで村の聖なる書を見せてもらう。写真に撮りたいと頼むが断られてしまい、ジョシュはその夜密かに写真を撮るために忍び込む・・・

地方の村によって独特の風習があるのは不思議ではない。しかし、この村では老人が崖から飛び降りて死ぬという風習があり、これは現代の感覚からいくと異常である。さらにそれを見て帰ると言い出したカップルや立小便をしたマークやジョシュが姿を消す。このあたりで不穏な空気を感じる。閉ざされた村であり、そのままでは近親相姦が進む。そこで目をつけられたのはクリスチャン。男としては、願ってもない「据え膳」であるが、それも結局秘め事ではなく儀式であり、とてもうらやましいというものではない。

やがてその村の真の姿が浮かび上がる。それは外部の者には信じ難いもの。村全体が一体化しており、気がついた時にはもう遅い。どういうドラマかと思っていたら、これは一種のホラーかもしれない。映画『ウィッカーマン』(My Cinema File 347)のような未開の地であれば、我々の常識を超えた慣習があってもおかしくはないが、現代社会の、しかもスウェーデンという先進国でそのような村があるとは思えないが、それでもそんな村がもしかしたらあるかもしれないという気にもなる。登場人物たちもまさかという思いがあったに違いない。

狂気のような村で、ひょっとしたら正常だと思っている自分たちが異常なのかもしれないという錯覚に陥るかもしれない。妹の精神異常から両親を巻き込んでの自殺という気も狂わんばかりの経験をしたダニー。ラストシーンの笑みが何とも言えない後味を残す。恐ろしくもあり、美しくもあるラストの映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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