2018年06月15日

【ミッション・ワイルド】My Cinema File 1934

ミッション・ワイルド.jpg

原題: The Homesman
2014年 アメリカ
監督: トミー・リー・ジョーンズ
出演: 
トミー・リー・ジョーンズ: ジョージ・ブリッグス
ヒラリー・スワンク:メリー・ビー・カディ
メリル・ストリープ:アーサ・カーター
グレイス・ガマー:アラベラ・サワーズ
ミランダ・オットー:セオリーン・ベルナップ
ソニア・リヒター:グロー・スヴェンソン
ジョー・ハーヴェイ・アレン:ポルヘマス夫人
ヘイリー・スタインフェルド:ハッチンソン
ジョン・リスゴー:アルフレッド・ダウド

<映画.com>
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名優トミー・リー・ジョーンズが「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」以来9年ぶりにメガホンをとって自ら主演・脚本を手がけた西部劇。19世紀アメリカ。開拓地ネブラスカの小さな集落で暮らす独身女性メリーは、精神を病んだ3人の女性をアイオワの教会まで連れて行く役目「ホームズマン」に志願する。その直後、メリーは木に吊るされ処刑寸前だった悪党ブリッグスに遭遇し、旅に同行することを条件に彼を助け出す。約400マイルの長い旅に出た彼らを、過酷な気候や凶暴な先住民、危険な盗賊たちなど、さまざまな試練が待ち受けており……。共演にもヒラリー・スワンク、メリル・ストリープら豪華キャストが集結。京都ヒストリカ国際映画祭2016で「ホームズマン」の邦題で上映された。
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舞台は19世紀のアメリカ・ネブラスカ。まだ州ではなく、準州の時代。とある小さな集落でメアリー・ビー・カディは独り農作業をこなしながら暮らしている。自立し、しっかりした生活ぶりであるが、31歳と言う年齢から伴侶を得たいと願っている。隣家のギッフェンが訪ねてきて夕食を共にする。その席でメアリーは大胆にも結婚を持ちかける。しかしギッフェンはこれを拒絶する。メアリーが「高圧的」と言うのがその理由。気まずくなったギッフェンは慌てて帰り、残されたメアリーは1人取り残される・・・

一方、その冬は厳しく、あちこちで悲劇が起きる。アラベラ・サワーズはジフテリアで3人の子供を一気に失い、セオリーン・ベルナップは飢餓から生まれたばかりの我が子を便所に捨てる。グロー・スヴェンソンは母親を失うが、その時の夫の態度と悲しみに耐えきれず、3人の女たちは正気を失う。その事態に神父のダウドは、3人のケアができるアイオワの教会へ送ることを考える。問題は誰が連れていくか。

現代ならいざ知らず、開拓時代の西部は移動と言っても楽ではない。その上気がふれた女3人を連れての旅に、3人の夫たちはしり込みする。3人の女性をアイオワの教会まで連れて行く役目を映画では「ホームズマン」と称し、これが原題となっている。そしてメアリーはこれに立候補し、くじ引きの結果、その役目を引き当てる。

旅の準備をするメアリー。馬車は3人を閉じ込め、拘束までできる特別仕様のものが用意される。そして3人の女性をそれぞれの家に迎えに行く道中、メアリーは不法侵入で捕まり、木に吊るされた男ブリッグスを見つける。旅の同行を条件に、メアリーはブリッグスを助ける。こうして始まった、メアリーとブリッグスの400マイルにわたる長い旅。目の前には大西部が広がる。

西部劇と言えば、「ガンファイト・牧場・移動」というキーワードが思い浮かぶが、この映画は「移動モノ」と言える。「移動モノ」となると、『赤い河』のように牛を運ぶか『3時10分、決断の時』のように犯罪者を運ぶというパターンになりがちかと思うが、ここでは女3人。しかも狂人というオマケつき。移動の途中も食事をさせ、体を洗ってやり、トイレの面倒もみたりと世話が焼ける。さらに、先住民との遭遇や女とみるとレイプ目的のならず者もいたりする。そんな困難な旅が描かれていく。

メアリーがなぜそんな困難な「ホームズマン」を引き受けたのか。そこには強烈な「現状打破」への思いがあったような気がする。土地もあり十分自立し食べていけるのに、足りないのは伴侶。強烈な孤独感が居ても立ってもいられない思いにさせたように思う。そしてついにはろくでもない男であるはずのブリッグスにも求婚する。その結末は、衝撃的であり、あまりにも哀れである。

意外なストーリー展開は、製作にリック・ベッソンが入っているゆえんなのだろうか。ボスのCMイメージとは異なり、ちょっと情けない老人役がハマるトミー・リー・ジョーンズは監督も務める。最後の彼の行動と無情な川の流れが何とも言えない味わいを醸し出す。バンバン撃ち合う西部劇もいいけれど、こういう人間ドラマもいいなと思わされる。それにしても結婚したくてもできない、自らプロポーズしても受けてもらえない、そんなメアリー役は、決して美人とは言えないヒラリー・スワンクだからこそ説得力が出ている。

深い味わいの人間ドラマの西部劇である・・・


評価:★★★☆☆






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2018年04月06日

【切腹】My Cinema File 1900

切腹.jpg

1962年 日本
監督: 小林正樹
出演: 
仲代達矢:津雲半四郎
岩下志麻:津雲美保
石濱朗:千々岩求女
稲葉義男:千々岩陣内
三國連太郎:斎藤勘解由
三島雅夫:稲葉丹後
丹波哲郎:沢潟彦九郎
中谷一郎:矢崎隼人
青木義朗:川辺右馬介
井川比佐志:井伊家使番A
小林昭二:井伊家使番B
佐藤慶:福島正勝

<映画.com>
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サンデー毎日大衆文芸賞入選作として、昭和三十三年十月号の同誌上に発表された滝口康彦原作「異聞浪人記」より「八百万石に挑む男」の橋本忍が脚色、「からみ合い」の小林正樹が監督した異色時代劇。撮影は「お吟さま(1962)」の宮島義男。
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 以前、『一命』を観て非常に心打たれたのであるが、この映画はその元になった映画。主演は仲代達也だし、観比べてみるのも面白いと思って観た次第。

 時は1630年(寛永7年)、井伊家の江戸屋敷に1人の浪人が訪ねてくる。浪人は芸州福島家元家臣、津雲半四郎と名乗り、「生活苦から生き恥を晒すよりは武士らしく切腹したく、ついては屋敷の庭先を借りたい」と申し出る。実は、当時生活苦からこうした狂言切腹を申し出て、仕官なり金銭なりにありつく事例が増えていた。「またか」と考えた井伊家では家老の斎藤勘解由が半四郎に面談する。

 家老は半四郎に対し、以前同じように井伊家を訪ねてきた浪人の話を聞かせる。浪人の名は千々岩求女(ぢぢいわもとめ)。同じ芸州福島家の家臣であったことから、半四郎に「知人か?」と尋ねるも、半四郎は「否」と答える。勘解由はやむなく、その時の顛末を語って聞かせる。実は、井伊家では相次ぐ食い詰め浪人によるゆすりとも言える狂言切腹を防ぐべく、この求女を本当に庭先で切腹させていたのである。

 そして、場面は井伊家を訪ねてきた求女の様子に移る。井伊家では、一旦は手厚くもてなすものの、沢潟彦九郎の進言もあり、切腹を認めると求女に伝える。求女は慌てて一旦家に帰ることを申し出るが、井伊家はそれを認めず求女に切腹を命じる。さらに求女が生活苦から武士の魂である刀でさえ質草に出し、携えていたのは竹光であると知ると、なんとこの竹光で腹を切らせる。そして介錯の沢潟彦九郎は苦しむ求女に対し、なかなか介錯をせず、求女は苦しみのあまり舌を噛むという有様であった。

 話をすれば諦めるだろうとの勘解由の思いは外れ、意外にも津雲半四郎は動じず、本当に腹を切る覚悟を告げる。その頑なな態度に勘解由は配下の者に切腹の準備を命じる。そしていざ切腹の場となり、半四郎は介錯人に井伊家中の沢潟彦九郎を指名する。ところが、当人は当日休んでいる。しからばと、矢崎隼人、川辺右馬介を順次名指しで指名するが、奇怪なことにみな病欠であった。早々に片をつけたい勘解由に対し、半四郎は求女について語り始める・・・

 物語は、『一命』とほぼ同じ。戦国の世が終わり、太平の世となっていく中で、江戸幕府による諸藩の取り潰しが行われる。その煽りを受けて浪人となった武士たちが、江戸に押し寄せて細々と生計を立てている。かつては福島家でそれなりの地位にあった半四郎。半四郎は、自らの代わりに腹を切った千々岩陣内の一人息子求女を娘婿に迎え、ささやかな幸せを味わっていたが、苦しい生活の中でそのささやかな幸せが失われていく。

 冷血に思える井伊家であるが、狂言切腹に辟易している。金を与えれば後に続く者が引きも切らないことになり、対応に苦慮している。乞食のような真似に、武士として許しがたい思いを抱く。両者それぞれにやむを得ない事情がある。とは言え、竹光での切腹はやり過ぎ感たっぷりであり、もっと他の方法は十分にあったはず(それゆえに物語も成り立つのだが・・・)。そんな要素がたっぷりと詰まっていて、筋がわかっていても面白い。

 両方の映画を観比べてみるも甲乙をつけ難い。ただ、主人公の半四郎の年齢を考えると、仲代達矢の方がそれらしく見えるということはある。それ以外はそれぞれの良さがある。あとは個人の趣味でいけば、娘の志穂役はやはり『一命』の満島ひかりの方だろうか。どちらにしても甲乙つけ難い理由は、原作がいいということに尽きるだろう。最後の半四郎の立ち回りが、どこまでも胸を打たれる映画である・・・


評価:★★☆☆☆




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2017年12月22日

【殿、利息でござる!】My Cinema File 1842

殿、利息でござる!.jpg

2016年 日本
監督: 中村義洋
原作: 磯田道史「穀田屋十三郎」
出演: 
阿部サダヲ:穀田屋十三郎
瑛太:菅原屋篤平治
妻夫木聡:浅野屋甚内
竹内結子:とき
寺脇康文:遠藤幾右衛門
きたろう:穀田屋十兵衛
千葉雄大:千坂仲内
橋本一郎:早坂屋新四郎
中本賢穀:田屋善八
西村雅彦:遠藤寿内
山本舞香:なつ
岩田華怜:加代
堀部圭亮:橋本権右衛門
重岡大毅:穀田屋音右衛門
羽生結弦:伊達重村
松田龍平:萱場杢
草笛光子:きよ
山崎努:先代・浅野屋甚内十三郎

<シネマトゥデイ>
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『武士の家計簿』の原作者・磯田道史による『無私の日本人』の一編「穀田屋十三郎」を、『予告犯』などの中村義洋監督が映画化。江戸時代中期の仙台藩吉岡宿が舞台の実話で、年貢の取り立てや労役で疲弊した宿場町を救うため、藩に金を貸して毎年の利息を地域の住民に配る「宿場救済計画」に尽力する人々の姿を描く。町の行く末を案じる主人公を、時代劇初主演の阿部サダヲが演じるほか、瑛太、妻夫木聡という実力派が出演している。
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もともと映画のジャンルの中でコメディはあまり観ない方である。ましてや邦画のそれは、どうも嗜好に合わないものが多い。この映画もタイトルを一目見て敬遠していたのであるが、某サイトで高評価だったので興味を持って観ることにしたもの。それに実はこの映画は、心打つ実話がベースになっているということも興味をそそられた理由である。

時に1766年(明和3年)。ところは仙台藩領内の宿場町・吉岡宿。当時、仙台藩の宿場町には宿場町間の物資の輸送を行う「伝馬役」が課せられており、この負担が町の人々を苦しめていた。困窮した者が家族で夜逃げをして行く。京で嫁をもらい、公家から地元の特産茶の評価を得て帰ってきた茶師・菅原屋篤平治は、いきなり乗ってきた馬を伝馬に用立てられる。このような町の有様を案じていた造り酒屋の当主・穀田屋十三郎は、町の窮状を訴えるため代官に訴状を渡そうとするが、菅原屋が懸命に思い留まらせる。直訴は死罪の時代である。

ある晩、未亡人ときが営む飲み屋で、十三郎は篤平治に吉岡宿を救う手立てが何かないか相談する。篤平治が出した策は、吉岡宿の有志で銭を出し合い藩に貸して利息を取り、それを伝馬役に使うという奇策。篤平治は冗談半分だったが、十三郎は本気になり実現に向けて動き出す。まずは吉岡宿の肝煎である遠藤幾右衛門を口説き、さらにその上の大肝煎である千坂仲内を説得して同志に引き入れる。肝煎という役職の説明があったりして、当時の社会の仕組みが興味深い。

動機が善ゆえに、それは人の心から心へと伝わる。秘密裏に進めていたはずが、いつの間にか吉岡宿の人々の関心を集めるようになり、金持ちを諭して銭を出させる者も出てくる。一方で、私財を売り払ってまで銭集めに奔走する十三郎に対し、息子の音右衛門が反発するなど問題も生じてくる。また、十三郎は実家の造り酒屋浅野屋を継いだ弟の甚内とも確執を抱いている。稼業のかたわら金貸しも行い、親子二代に渡って悪評の高い浅野屋だったが、意外なことに多額の出資に応じる。

こうして目標額の5千貫文を集めて行くが、その紆余曲折の過程があり、また十三郎と浅野屋の物語には心打つものがあり、涙が滲むのを抑えきれない。これが実話というのも驚きを禁じ得ない。原作本である『無私の日本人』は、真面目な話でいい話なのに、どうしてそのまま映画化せずにコメディにしてしまったのか、個人的には理解に苦しむ。名経営者稲盛和夫氏は、「動機が善なりや」を大事にしていたというが、この物語の登場人物たちはその善なる動機によって突き進んで行く。そしてその善なる動機にまず代官が動かされ、藩の承認を得るのに奔走してくれる。そうした心動かされた人々の行動が、観る者の心に響いてくる。

こうした善なる行動は、ついに殿=藩主・伊達重村まで動かす。実話の持つ迫力は安易なコメディ化にも負けずに感動を呼ぶ。この藩主を演じるのがなぜかフィギアスケートの羽生結弦だったりするのだが、そのまげ姿だけはコメディテイストである。
映画を観終えて、今度は原作本が読みたくなった。コメディだからと、先入観で観ずに終わらせなくてつくづくよかったと思わされる一作である・・・


評価:★★☆☆☆





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2017年07月21日

【ジェーン】My Cinema File 1766

ジェーン.jpg

原題: Jane Got a Gun
2015年 アメリカ
監督: ギャビン・オコナー
製作: ナタリー・ポートマン他
出演: 
ナタリー・ポートマン:ジェーン・ハモンド
ユアン・マクレガー:ジョン・ビショップ
ジョエル・エドガートン:ダン・フロスト
ノア・エメリッヒ:ビル・ハム・ハモンド
ロドリゴ・サントロ:フィッチャム
ボイド・ホルブルック:ビック・ビショップ

<シネマトゥデイ>
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『ブラック・スワン』『マイティ・ソー』シリーズなどのナタリー・ポートマンが、製作と主演を務めたウエスタン。ニューメキシコを舞台に、夫を傷つけた悪漢に戦いを挑む女性とその手助けをする元恋人の姿を描く。メガホンを取るのは、『ウォーリアー』などのギャヴィン・オコナー。『スター・ウォーズ』シリーズなどのユアン・マクレガー、『ウォーリアー』にも出演したジョエル・エドガートンらが共演している。ナタリーが見せるガンアクションに注目。
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舞台はアメリカ西部。荒野の一軒家で、ジェーンは夫ハムと娘と暮らしている。考えてみればこの時代、こんな荒涼とした西部でこんな暮らしをしていた人がいたのだと改めて思う。その開拓者スピリッツはすごいと思う。そんなある日、ジェーンはいつものように娘と2人で家にいると、馬に乗って夫が帰ってくる。しかし、様子がおかしい。駆けつけてみると夫は背中に何発もの銃弾を受けて瀕死の状態。弾を抜き取るジェーンに、ハムはビショップの名を告げる。

ビショップは西部劇にありがちな悪役のボス。ハムの命を狙うビショップが追っ手を差し向けてくるのは時間の問題。瀕死のハムは、ジェーンに娘を連れて逃げろと言う。動けないハムに、ジェーンは娘を友人宅に預けるとある男の元へと向かう。その男ダンは、南北戦争の英雄でありジェーンのかつての恋人。しかし、すがる思いで助けを求めるジェーンにダンは冷たく言う。「お尋ね者のハムを差し出して懸賞金をもらって逃げたらどうか」と。時間が迫りくる中、ジェーンは覚悟を決めて銃を手に取る。

こうしたストーリーが進みながら、かつてのダンとジェーンの甘い関係が描かれる。二ヶ月で帰ると伝え、戦場へと出かけていくダン。これで2人の運命が狂う。そしてなぜビショップがハムを追うのか、ビショップとハムとジェーンとの関係が明らかになる。なぜジェーンはダンの帰りを待たなかったのか。そこには止むに止まれぬ理由がある。そんな理由などつゆも知らないダンであるが、やはり心に残るはジェーンへの思いか。結局ジェーンを助ける道を選ぶ。

身動きできないハムを抱え、家に籠城するジェーンとダン。そこに押し寄せるは部下を大勢引き連れたビショップ。その激突が西部劇らしいクライマックスとなる。西部劇は数多いが、心に残るものはやはりドンパチだけではない。ジェーンとハムとダンとの三角関係は、思う通りにいかない世の中の無情を表していて、そして3人の関係には「切なさ」が漂う。

近年観た西部劇で個人的にイチ押しなのが、『許されざる者』『3時10分、決断の時』であるが、両者とも見せ場はドンパチではない。戦わざるを得ない者たちの「切なさ」が根底にある。この「切なさ」が映画に深みをもたらしていると思う。この映画もまさにそんな映画である。

主演はナタリー・ポートマン。個人的には『Vフォー・ヴェンデッタ』以来、注目している好きな女優さんである。この映画ではなんと製作にも名を連ねていて、やっぱり俳優さんもある程度の実績を残すと監督や製作など作り手の方にまわりたくなるものなんだろうかと思ってもみる。でも、いい映画だと自分で創って出演してとやりたくなるものなのだろう。

適役で登場するのは、最後まで本人と分からなかったユアン・マクレガー。ナタリー・ポートマンとは『スター・ウォーズ』のエピソードI〜IIIで共演していたなと思い出す。この人の出演作品もハズレが少ない。両者が揃えば鬼に金棒かもしれないと思う。

原題の持つ意味の深い味わいがなんとも言えない西部劇である・・・


評価:★★★☆☆




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2017年07月16日

【マグニフィセント・セブン】My Cinema File 1764

マグニフィセント・セブン.jpg

原題: The Magnificent Seven
2016年 アメリカ
監督: アントワーン・フークア
出演: 
デンゼル・ワシントン: サム・チザム
クリス・プラット: ジョシュ・ファラデー
イーサン・ホーク: グッドナイト・ロビショー
ヴィンセント・ドノフリオ: ジャック・ホーン
イ・ビョンホン: ビリー・ロックス
マヌエル・ガルシア=ルルフォ: バスケス
マーティン・センズメアー: レッドハーベスト
ヘイリー・ベネット: エマ・クレン
ピーター・サースガード: バーソロミュー・ボーグ
ルーク・グリメス:テディ・キュー
マット・ボマー: マシュー・クレン

<シネマトゥデイ>
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黒澤明の傑作『七人の侍』と同作をリメイクした『荒野の七人』を原案にした西部劇。冷酷非道な悪に支配された町の住人から彼を倒してほしいと雇われた、賞金稼ぎやギャンブラーといったアウトロー7人の活躍を追う。メガホンを取るのは、『サウスポー』などのアントワーン・フークア。『トレーニング デイ』『イコライザー』でフークア監督とタッグを組んだデンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、イ・ビョンホンらが結集する。熱いストーリーと迫力のアクションに注目。
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西部劇の名作『荒野の七人』を原案とした西部劇。原題こそ同じ「The Magnificent Seven」であるが、邦題を『荒野の七人』としなかったのは、リメイクではなく、ストーリーは別物であることに対する配慮かもしれない。となると、なかなかナイスな邦題であると思う。

舞台は、ローズ・クリークの町。近郊の鉱山から金が採掘できることが判明したことから、悪徳実業家のバーソロミュー・ボーグが金にモノを言わせて住民たちを町から追い出しにかかっている。タダ同然の立ち退き料を提示された住民たちは教会に集まって意見を交わしているが、そんなところにボーグは手下を引き連れてやって来て力で住民たちを脅す。教会は放火され、抵抗を示した住民たちは見せしめに射殺される。射殺された住民の妻カレンは、町を守るべく助っ人を探す。

そんなところに出会ったのは、そこで殺人の指名手配犯を射殺した委任執行官サム・チザム。さっそくチザムに事情を話し助っ人を依頼する。初めは興味を示さなかったチザムであるが、標的がボーグだと知り依頼を引き受ける。そしてチザムは、仲間集めにかかる。最初はギャンブラーのファラデー。そして南北戦争時の知り合いロビショー。ロビショーはナイフの達人である相棒ビリーを従えている。さらに手配中の殺人犯バスケスに声をかけ(手配は取り下げないが追わないという約束でだ)、ネイティブ殺しのジャック、ネイティブのレッド・ハーベストと合計7人でローズ・クリークへと乗り込んでいく。

町に乗り込んだチザムたちは、手始めに保安官をはじめとするボーグの用心棒たちを次々に倒していく。さすが西部劇らしい展開。カレンとチザムは、さらに町の住民たちに協力を呼びかけ、協力を申し出た住民たちに銃の訓練を施す。しかし、にわか素人の住民たちは戦力には程遠い。そしてチザムらは、ボーグの金鉱からダイナマイトを強奪して町の防御を整え、ボーグたちを迎え撃つ準備を行う。そして、いよいよボーグが味方を引き連れ大挙してやってくる・・・

 善と悪の対決は、西部劇ではお決まりのパターン。選りすぐりの七人は、数のハンディを負いながらも、住民たちの協力を得て次々と攻めくる相手を撃ち倒していく。正義が勝つのは当然であるが、オリジナルの『荒野の七人』と比べると、どうも「表面的」な感じが拭えない。単に悪を退治して終わりというスッキリ感だけで、どこか「軽い」のである。もちろん、それも魅力の一つだと思うが、比較してしまうと見劣り感は拭えない。

 その最大の要因は、「無常観」ともいうべきものであろう。『荒野の七人』では、村を守るためやむを得ずに立ち上がったという経緯がある。初めは銃を買いに行った村人たちに対し、「銃より人を雇え」とリーダーのクリスが教えたのであるが、ここでは最初から用心棒を探しに行っている。そして、雇われたガンマンも暴力を是としていない。オリジナルでは、カッコいいガンマンに憧れがちな子供たちに、「本当の勇気とは銃を持って戦うことではない」と諭すシーンが出てきたが、ここではそういうことはなく、勧善懲悪オンリーである。

 『荒野の七人』の元となった黒澤明監督の『七人の侍』も、武士を礼賛していない。「農民が一番強い」というメッセージが流れていたが、そうしたものもない。それが、この映画の「軽さ」の原因であり、それはさすがのデンゼル・ワシントンをもってしてもカバーできていない。そのデンゼル・ワシントンも、たった20ドルでどうみても割の合わない仕事を引き受けたクリスと比べると、実は立派な「戦う理由」を持っているとわかる。

 金目当てではなく、苦しんでいる村人のために危険を冒して戦った『荒野の七人』と比べると、「マグニフィセント・セブン」はそれなりに自分の理由をもっていたとも言える。残念ながら、その差は比較できないほど大きい。テーマ音楽は懐かしかったが、内容的にはあの名作とはかなり距離のある「普通」の映画と言える一作である・・・


評価:★★☆☆☆


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