2025年01月17日

【復讐するは我にあり】My Cinema File 2958

復讐するは我にあり.jpg
 
1979年 日本
監督: 今村昌平
出演: 
緒形拳:榎津巌
三國連太郎:榎津鎮雄
ミヤコ蝶々:榎津かよ
倍賞美津子:榎津加津子
小川真由美:浅野ハル
清川虹子:浅野ひさ乃

<映画.com>
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九州、浜松、東京で五人を殺し、詐欺と女性関係を繰り返した主人公の生いたちから死刑執行までを辿る。昭和五十年下期の直木賞を受賞した佐木隆三の同名の原作の映画化で、脚本は「ギャンブル一家 チト度が過ぎる」の馬場当、監督は「にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活」の今村昌平、撮影は「野性の証明」の姫田真佐久がそれぞれ担当。
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タイトルとともに観た記憶だけは残っていて、緒形拳が出演していた事と残酷だった事が印象に残っている。既に映画を趣味と認識していた中学生の頃の作品だが、改めて観たくなって鑑賞にいたるもの。

古めかしいパトカーである男が護送されるシーンから物語は始まる。時に昭和39年。5人を殺害した容疑で逮捕され、パトカーで護送されるのは榎津巌。余裕しゃくしゃくの態度で脇を固める刑事と話をする。そして逮捕されるまでの78日間の逃亡が振り返る形で描かれていく。初めの事件は昭和38年10月。榎津巌は顔見知りだったのだろう、専売公社の職員2人が乗るトラックに同乗する。集金を終えた1人をとあるところへと誘う。

てっきり一杯と勘違いした男は榎津について行くが、人気のない畑の一角に来ると、榎津は突然金槌を振り上げて襲う。さらに激しい抵抗に遭うと、千枚通しでとどめをさす。金を奪ってトラックに戻ると、再び残る1人を騙して人気のないトンネル内で襲い掛かる。殺された者は娘がいるからと命乞いをするが榎津は容赦しない。金だけを目当てとした実に残虐な行為である。返り血をぬぐうとラジオを購入して身を隠す。

警察は早々に榎津の身元を特定し、全国に指名手配するとともに実家にも向かう。榎津の実家は温泉旅館を経営しており、父と母と榎津の妻がいる。長崎出身の父親鎮雄はクリスチャンで、そこから巌の過去が描かれる。漁師をしていた父に軍は戦争協力で漁船を供出しろと命じる。しかし、他の漁師ではなくクリスチャンであるがゆえに自分への供出命令であると抵抗する父。横柄な軍人に巌は無謀にも殴りかかる。もともとの気性なのか、巌は少年院を出たり入ったりして成人する。

そして詳しい経緯はわからないが、知り合って関係ができた加津子が実家に押しかけてくる形で結婚する。それも見合いの当日であり、巌は女癖も悪かった(モテたとも言える)ようである。そして常習的に刑務所に入る巌だが、父鎮雄と加津子の関係を疑う。それも無理からぬところで、加津子は父鎭雄に好意を抱いており、巌に愛想をつかして家を出たものの、迎えに来た鎭雄にほだされて戻るのである。鎭雄が入る風呂に入っていく加津子の行為はなかなか大胆である。この時代、倍賞美津子のヌードは話題になったのではないかと思ってみたりする。家族の中で、唯一巌に優しかったのは、体の弱い母のかよだけであった。

逃亡しながら犯罪を繰り返す巌と父鎭雄を慕う妻加津子、そしてクリスチャンであるがゆえに加津子の好意から必死に逃げる父鎭雄を物語は描いていく。弁護士や大学教授と巧みに身分を偽って身を隠す巌。その犯行はとどまるところを知らない。宇高連絡船の甲板で遺書と靴を残し自殺を偽装し、言葉巧みに詐欺で逃亡資金を稼ぎ、旅館に身を隠す。手配書が出回る中、金と女を巧みに手に入れて逃亡生活を送る巌。

ストーリーもさることながら、60年前の(映画が作られた年としても45年前)の日本の様子も興味深い。浜松ではタクシーの運転手の案内で、とある旅館に行く。「女がいるところ」というリクエストであり、運転手も心得たものでそこに案内する。案内されたのは普通の旅館であるが、女将がしかるべきところに連絡して、女の子を呼ぶのである。そこも女将は若い男とできていたり、同居している女将の母親は覗きの常習犯であり、なかなかの強者揃いである。警官が手配書持って巡回しているのも時代的か。それでも巌は東京に出ては詐欺と殺人を繰り返す。

観終わってみれば、なぜタイトルが「復讐するは我にあり」だったのかよくわからない。実話をベースにしているというが、女にもてて、口がうまく、稀代の犯罪者だったのだろう。それにしても、ストーリーとは別のところで、父鎮雄と妻の加津子のサイドストーリーの方が妙に気になってしまった。巌は当然ながら死刑となる。殺された人たちの事を思えば何とも後味が悪い。それにしても映画としては、やっぱりインパクトの強い映画だと改めて思える一作である・・・


評価:★★☆☆☆









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2025年01月12日

【アイアンクロー】My Cinema File 2957

アイアンクロー.jpg
原題: The Iron Claw
2023年 アメリカ
監督: ショーン・ダーキン
出演: 
ザック・エフロン:ケビン・フォン・エリック
ジェレミー・アレン・ホワイト:ケリー・フォン・エリック
ハリス・ディキンソン:デビッド・フォン・エリック
モーラ・ティアニー:ドリス・フォン・エリック
スタンリー・シモンズ:マイク・フォン・エリック
ホルト・マッキャラニー:フリッツ・フォン・エリック
リリー・ジェームズ:パム
マイケル・J・ハーネイ:ビル・マーサ―

<映画.com>
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日本でもジャイアント馬場やアントニオ猪木らと激闘を繰り広げ、鉄の爪=アイアンクローを得意技としたアメリカの伝説的なプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックを父に持ち、プロレスの道を歩むことになった兄弟の実話をベースに描いたドラマ。
1980年代初頭、元AWA世界ヘビー級王者のフリッツ・フォン・エリックに育てられたケビン、デビッド、ケリー、マイクの兄弟は、父の教えに従いプロレスラーとしてデビューし、プロレス界の頂点を目指していた。しかし、世界ヘビー級王座戦への指名を受けた三男のデビッドが、日本でのプロレスツアー中に急死したことを皮切りに、フォン・エリック家は次々と悲劇に見舞われ、いつしか「呪われた一家」と呼ばれるようになっていく。
次男ケビン役をザック・エフロンが務め、三男デビッド役を「逆転のトライアングル」のハリス・ディキンソン、四男ケリー役を配信ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」で第80回ゴールデングローブ賞主演男優賞(テレビ部門ミュージカル・コメディシリーズ)を受賞したジェレミー・アレン・ホワイトがそれぞれ演じた。米プロレス団体AEWのマクスウェル・ジェイコブ・フリードマンが製作総指揮、元WWE王者のチャボ・ゲレロ・Jr.がプロレスシーンのコーディネーターを務め、それぞれレスラー役で劇中にも登場。監督は「不都合な理想の夫婦」のショーン・ダーキン。
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「アイアン・クロー」と言えば、「鉄の爪」=フリッツ・フォン・エリックとオールドファンならすぐに思い浮かぶ。そんなタイトルを見れば、プロレスファンとしては観ないわけにはいかない。しかし、タイトルにもかかわらず、内容はフリッツ・フォン・エリックというよりもその息子たちの物語である。父フリッツは、プロレスラーとしてはかろうじて冒頭のモノクロでのみ試合シーンが出てくるだけで、あとは父親としての姿のみである。

フリッツ家の長男は幼い頃に亡くなっており、次男ケビンが実質的な長男でこの物語の主人公。弟の三男デビッドとともにリングに立つ。当時はまだNWAが世界の権威として君臨している。ケビンもデビッドもNWA世界チャンピオンになるのがその大きな目標。父親でさえ果たせなかった目標である。地元でそれなりの人気を博した2人だが、ある試合の後、1人の女性がケビンにサインをもらい、モーションをかける。なかなか積極的だ。この女性パムはやがてケビンと結婚することになる。

ケビンとデビッドは、兄弟ながら性格が違う。ケビンは黙々とトレーニングし、試合でも堅実に振る舞うが、デビッドは社交的でマイク・パフォーマンスもうまい。父フリッツは、レスラーとしては2人を差別せず、逆に競わせる。そしてその結果、NWA世界チャンピオンへの挑戦権をつかんだのはデビッド。兄としては弟に抜かれるわけであり、心中穏やかならぬものがあるが、そこは勝負の世界。父親としても冷徹に判断している。

一方、フリッツ家の兄弟は全部で6人。しかし、映画で描かれるのは夭折した長男を除いた4人。残る三男ケリーも四男マイクもともにプロレスデビューする。ケリーは円盤投げで活躍していたが、アメリカのオリンピックボイコットで梯子を外される。マイクは音楽をやっていたが、プロレスラーに転身する。映画では詳しく描かれていなかったが、父親のフリッツがやらせたのだろう。映画の中で息子たちは、父親に「イエス・サー」と答えており、父親が絶対の存在だったように伺える。

エリック一家は「呪われた一家」と噂されている。その最初の出来事がNWA世界チャンピオンへの挑戦権をつかんだデビッド。ケビンとパムの結婚式の裏でトイレで吐くデビッド。詳しくはわからないが、筋肉増強剤の影響なのだろうか。そしてデビッドは全日本プロレスに参戦するため、日本に行く。ところがホテルで急死してしまう。当時、これはニュースにもなり、ショックを受けた記憶がある。

代わりに挑戦権を得たのは三男のケリー。そしてケリーはリック・フレアーを破って一家念願のNWA世界王者となる。ところが、このケリーはバイク事故を起こして足首切断の致命的な怪我を負ってしまう。事故で怪我をしたのは知っていたが、足を切断したのは知らなかった。それでも義足をつけてリングに立ち続けていたのは凄いことである。個人的には4兄弟のうち、一番カッコ良かったのはケリーであった。映画ではちょっと背が低かったが・・・

プロレス映画であり、プロレスシーンもこの映画の見どころの1つ。リック・フレアーやハリーレイスなどのNWA世界チャンピオンやブルーザー・ブロディ(これも演じる役者さんは似ていたが背が低かった)なども登場して、しかもみんなそれっぽくて試合シーンも迫力がある。試合前に互いに試合の流れを打ち合わせするシーンもあり、実にリアルに再現している。映画はそんな中で、ケビンの苦悩を描いていく。そしてケリーもマイクも自ら命を絶ってしまう。

一家の呪いは一体どこから始まっていたのだろう。何となくそれは父フリッツに起因しているように思える。絶対家長として君臨し、父親に逆らえない雰囲気がある。エリック家に生まれなければ、ケビンを除いてみんな早世してしまう事もなかったのではないだろうか。なぜ、映画化されたのがエリック一家だったのかはわからないが、オールド・ファンには懐かしく、そして知られざる舞台裏を知ることができて、興味深い一作である・・・


評価:★★☆☆☆








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2024年12月27日

【遙かなる帰郷】My Cinema File 2946

遙かなる帰郷.jpg

原題: La Tregua
1996年 イタリア・フランス・ドイツ・スイス
監督: フランチェスコ・ロージ
出演: 
ジョン・タトゥーロ:プリーモ・レーヴィ
ラデ・シェルベッジア:モルド
テコ・セリオ:ロヴィ大佐
マッシモ・ギーニ:チェザーレ
ステファノ・ディオニジ:ダニエーレ
クラウディオ・ビシオ:フェラーリ

<映画.com>
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アウシュヴィッツから奇跡的に生還したプリーモ・レーヴィが、故郷イタリアへ戻るまでの8か月の旅を書き記した記録文学のベストセラー『休戦』の映画化作品。監督は「黒い砂漠」「パレルモ」のフランチェスコ・ロージ。製作はレオ・ペスカローロとグイド・デ・ラウレンティス。脚色はロージと「みんな元気」のトニーノ・グエッラ。脚本はロージとステーファノ・ルッリとサンドロ・ペトラリァ。撮影は「湖畔のひと月」のパスクワリーノ・デ・サンティスだが、撮影中に死去。その後をマルコ・ポンテコルヴォが受け継いだ。音楽は「イル・ポスティーノ」のルイス・バカロフ。美術は「小さな旅人」のアンドレア・クリザンティ。編集はロージ作品には欠かせないルッジェーロ・マストロヤンニだが、編集中に死去。その後をブルーノ・サランドレアが受け継いだ。衣裳は「イノセント」のアルベルト・ヴェルソ。出演は「バートン・フィンク」「ガール6」のジョン・タトゥーロ、「ビフォア・ザ・レイン」のラーデ・シェルベジヤ、「心のおもむくままに」のマッシモ・ギーニ、「カストラート」のステーファノ・ディオニジほか。
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物語は終戦間近のアウシュビッツ強制収容所から始まる。証拠隠滅のためか、収容者たちを使って書類の焼却を行うドイツ軍の兵士たち。静寂の後、やがて偵察と思しきソ連兵がやってくる。主人公のプリーモはそれを冷静に見ている。やがてソ連軍の本体が到着し、収容されていたユダヤ人たちは解放される。囚人服を脱ぎ捨てて着替える囚人たち。プリーモも一旦は脱ぐものの、何を思ったのか再び囚人服を着る。しばらくはソ連軍の保護下に置かれるが、仲の良い友人ダニエーレと別々にトラックに乗せられる。

プリーモは実はイタリア人。イタリア人なのにどういう経緯でアウシュビッツに送られたのかは説明がないのでわからない。プリーモは故郷イタリアに帰る事を考える。謎のギリシャ人モルドと知り合い、行動をともにする。列車に乗せられるが、その列車は途中で故障してしまう。まだドイツは降伏しておらず、ソ連軍は西へと進撃している。そんな混乱の中、故郷への道は遠い。

そして着いた街から聞こえてきたイタリア語に引き寄せられてとある建物に入っていくプリーモとモルド。そこはどうやらイタリア兵が集まっている宿舎。背景事情がわからないのがどうにももどかしい。やがてモルドはプリーモを捨てて立ち去る。だが、ボロボロの靴を履いていたプリーモに靴を残していく。プリーモは一人故郷への旅を続ける。ソ連兵に連れていかれたところでは、医者という事になる。どうやら大学卒である事からドクターとなったようである。生きるためにはなんでもやる。

行く先々で様々な人と出会い、時に助けられる。アウシュビッツ帰りだと知ってとある夫人が食事をさせてくれる。しかし、プリーモとその時一緒にいた男は、その恩をあだで返し、夫人の亡き夫が残したというバイオリンを盗んでくる。途中で再びモルドに出会うが、モルドはいつの間にか娼婦の取りまとめ役に収まっている。こういう男はどこへ行ってもたくましく生きていくのかもしれない。そのモルドも故郷へ帰るギリシャ人の一行に交じって去っていく。再び故郷を目ざすプリーモ。

解説によると、プリーモの旅は8か月かかったという。途中でドイツ降伏の報が入り、人々は喜びを爆発させる。しかし、プリーモにとっては故郷への旅がまだまだ残っているせいか、浮かれる事もない。再びダニエーレと再会するが、ドイツ人に憎しみを露にするダニエーレに対し、プリーモは淡々としている。収容所でそれほどひどい目に合わなかったのか、それとももともとそういう性格なのか。そして長い旅路に終わりが訪れる。

最後までプリーモが収容所に入れられた状況がわからず、それが心に引っ掛かる。プリーモが帰りついた家は立派に残っており、迎える家族もいる。ユダヤ人狩りにあったわけでもなさそうであるし、なぜイタリア人のプリーモがアウシュビッツに入れられていたのであろうか。収容所でドイツ兵に慰み者になっていた女性が、解放後、「ドイツ兵に媚びを売った」とダニエーレに責められる。しかし、プリーモはそれを諌める。プリーモはどこまでも善人である。

ちょっと趣旨は違うが、ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の旅という意味では『家へ帰ろう』(My Cinema File 2568)というのがあった。ホロコーストで生き残っても人によっては故郷に帰りつく苦難もあっただろうし、それでもまだ帰る故郷に待つ人がいたプリーモは幸運だったのかもしれない。一人のホロコーストの生き残りの証言として参考にしたい映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2024年12月21日

【Fukushima 50】My Cinema File 2945

Fukushima 50.jpg

2020年 日本
監督: 若松節朗
原作: 門田隆将
出演: 
佐藤浩市:伊崎利夫
渡辺謙:吉田昌郎
吉岡秀隆:前田拓実
安田成美:浅野真理
緒形直人:野尻庄一
火野正平:大森久夫
平田満:平山茂
萩原聖人:井川和夫
吉岡里帆:伊崎遥香
斎藤工:滝沢大
富田靖子:伊崎智子
佐野史郎:内閣総理大臣

<シネマトゥデイ>
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多くの関係者への取材を基に書かれた門田隆将のノンフィクション『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』を実写映画化。世界を震撼させた東日本大震災による福島第一原子力発電所事故発生以降も現場に残り、日本の危機を救おうとした作業員たちを描く。『64−ロクヨン−』シリーズなどの佐藤浩市、『明日の記憶』などの渡辺謙らが出演。『沈まぬ太陽』などの若松節朗がメガホンを取り、ドラマシリーズ「沈まぬ太陽」などの前川洋一が脚本を務めた。
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東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の現場の様子を描いた『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』を読んでいた事もあり、映画も興味を持って鑑賞に至るもの。

映画は2011年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震から始まる。福島第一原子力発電所は大きく揺れ、職員たちも右往左往の状態。しかし、原子炉は安全に停止し安堵感が漂う。さらに、津波警報が出されるが10mの防波堤もあり、どこか安心している。実際、そうだったのだろう。しかし、作業員たちの予想をはるかに超えた高さの津波が押し寄せ、非常用の電源さえも使えなくなってしまう。

電源が失われるということは、原子炉が冷却できなくなるという事を意味する。本部の免震棟ではなぜ非常電源までが落ちてしまったのかわからない。そこへ原因は津波だと伝わり、総責任者の吉田所長は愕然とする。映画は、この吉田所長と中央制御室にいる当直長・伊崎を中心に描かれていく。2人は同期でもあり、気心が知れている。電源が落ちたため、原子炉の冷却ができなくなる。冷却できなくなった原子炉では、内部の圧力が上がり限界を超えるとメルトダウンが起こってしまう。

当時、素人は何となく原子炉が止まれば安全という意識があった。しかし、止まったとしても冷やし続けなければダメなのだという事はこの事故で知った。原子炉のメルトダウンを防ぐには、冷却水を流さなければならない。そのバルブは電源喪失のために手動で開けなければならず、現場作業員が体を張ってバルブを開けることに成功する。一方免震棟では、本社から次々と無茶な命令が下される。伊崎と吉田所長は、最終的に冷却炉内部の蒸気圧を下げるベントを行う必要があるという事を確認し合う。

しかし、ベントを行うということは放射線量が上がる中での作業となり、作業員には多大な危険を伴う。さらには大気中に汚染物質である放射能を放出してしまうことを意味する。伊崎はベントに必要な要員を選定する事になる。高い放射線量の中では、例え命を落とさなくても体に深刻なダメージが残る可能性がある。そのため、伊崎は若者を省いたベテラン作業員6名で行う事にする。志願を募るも、誰も手を挙げない。自ら手を挙げ、「一緒に行ってくれ」と呼びかける。

こういう時、人はどう行動するのだろうか。とあるベテランがそこで声をかける。「指揮官は残らないとダメだ」と。そして自ら行くと告げる。これを機にベテランが皆手を挙げる。ちょっと感動的なシーンである。一方、深刻な事態であるのに現場からの必要な情報がなかなか上がってこないことに苛立った総理大臣が視察に来るという。総理大臣が視察に来るとなれば、責任者の吉田所長がその対応に追われる事になる。現場としては良い迷惑である。その愚かな総理の行動が映画でも描かれるが、配慮したのか時の総理大臣の名前は最後まで伏せられている。

ベント作業は結局、高熱と高放射線量で断念する。そして1号機が水素爆発を起こす。なんとか繋いだ電源ケーブルも破損し、注水用の真水も底を尽く。吉田所長は海水注入を指示するが、本店からは海水に含まれる不純物が再臨界という大きな事故を引き起こすかもしれないとして海水注入の中止を命令される。これに対し、吉田所長は表向きには現場に従った振りをさせて、実際には海水注入続行を指示する・・・

『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』では、当時の緊迫した様子が臨場感を持って描かれていたが、実写版のこの映画でもその緊迫感は良く伝わってくる。今はもう当時の熱さは喉元を過ぎ、原発必要論が大手を振るっている。ニュースを不安な面持ちで見ていたことをみんな忘れてしまっている。激昂した総理からしばしば罵倒され、本店の責任者たちもオロオロするばかり。そんな中で、現場で奮闘する作業員の意気込みが感動的である。

映画のタイトル『Fukushima 50』とは、吉田所長以下50名ほどの最後まで現場に踏みとどまった作業員を称して外国のメディアが伝えたのだという。死を覚悟して家族に連絡を取る作業員たち。その心境が無言で画面から伝わってくる。最悪の事態を防いだのは偶然だったようである。原発再稼働論が罷り通る昨今、この映画を観てもう一度思い出すべきではないかと思えてならない。

当時の記録として、そして警鐘として観ておきたい映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2024年10月05日

【オッペンハイマー】My Cinema File 2920

オッペンハイマー.jpg

原題: Oppenheimer
2023年 アメリカ
監督: クリストファー・ノーラン
出演: 
キリアン・マーフィ:J・ロバート・オッペンハイマー
エミリー・ブラント:キャサリン(キティ)・オッペンハイマー
マット・デイモン:レスリー・グローヴス
ロバート・ダウニー・Jr.:ルイス・ストローズ
フローレンス・ピュー:ジーン・タトロック
ジョシュ・ハートネット:アーネスト・ローレンス
ケイシー・アフレック:ボリス・パッシュ
ラミ・マレック:デヴィッド・L・ヒル
ケネス・ブラナー:ニールス・ボーア
ディラン・アーノルド:フランク・オッペンハイマー
マシュー・モディーン:ヴァネヴァー・ブッシュ
デイン・デハーン
ジェイソン・クラーク
ゲイリー・オールドマン

<シネマトゥデイ>
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「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーを描く人間ドラマ。ピュリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・J・シャーウィンによる伝記を原作に、人類に原子爆弾という存在をもたらした男の人生を描く。監督などを手掛けるのは『TENET テネット』などのクリストファー・ノーラン。『麦の穂をゆらす風』などのキリアン・マーフィのほか、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jrらが出演する。
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クリストファー・ノーラン監督の新作という事で、何一つ迷うことなく観る事にした映画。主人公はタイトルにある通り「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者、ロバート・オッペンハイマー。名前は知っているものの、その人となりはまったく知らなかったため、それだけでも興味をそそられる。物語は、オッペンハイマーの生涯を時系列が交錯する形で展開される。

1926年、ハーバード大学を首席で卒業したオッペンハイマーはイギリスのケンブリッジ大学に留学する。不得手な実験物理学や周囲に馴染めず孤立を深める環境からホームシックに陥る。本当か嘘かわからないが、担当教授の机の上にあったリンゴに青酸カリを注入する。一歩手前で食べるのを阻止する。そんなある日、ニールス・ボーアと出会い、ドイツのゲッティンゲン大学で学ぶよう助言されて移籍を決意する。ゲッティンゲン大学ではヴェルナー・ハイゼンベルクの影響から理論物理学の道を歩み始める。

1929年、博士号を取得してアメリカに戻ったオッペンハイマーは、カリフォルニア大学バークレー校で助教授となる。1936年、スペイン内戦が勃発するが、国際的な共産主義が高まる中、オッペンハイマーは弟フランクに誘われて共産党の集会に出入りしたり、大学内での組合活動など熱心に左翼活動を行う。1938年、ナチス・ドイツで核分裂が発見される。当初オッペンハイマーは核分裂を否定したが、大学の同僚アーネスト・ローレンスが開発したサイクロトロンで実際に核分裂反応を目の当たりにし、それを応用した原子爆弾実現の可能性を感じる。

1939年、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まる。1942年10月、オッペンハイマーはアメリカ軍のレズリー・グローヴス大佐から呼び出しを受ける。ドイツの破竹の勢いに焦りを感じたグローヴスは原爆を開発・製造するための極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を立ち上げ、原爆開発チームのリーダーとしてオッペンハイマーに白羽の矢を立てたのである。ドイツの原爆開発はアメリカより1年以上先行していると考えられており、ユダヤ人でもある彼は何としてもナチス・ドイツより先に原爆を完成させようと決意する。

1943年、オッペンハイマーは弟フランクが牧場を営むニューメキシコ州にロスアラモス国立研究所を設立して所長に就任する。全米各地の優秀な科学者やヨーロッパから亡命してきたユダヤ人科学者たちを熱心にスカウトして、その家族数千人と共にロスアラモスに移住させて本格的な原爆開発に着手する。周囲を有刺鉄線で囲まれ敷地内から一切出ることを許されない科学者たちはオッペンハイマーに不満を伝えるが、彼はリーダーシップを発揮して精力的に開発に邁進する・・・

アメリカの原爆開発の様子はこれまでもドキュメンタリーなどである程度知ってはいたが、戦争中という事情があったにしても、原爆開発のために街を作ってしまうというスケールに驚かされる。そしてアメリカの底力で原爆は完成する。原爆の目標が、当初はナチス・ドイツであったが、原爆完成前にドイツは降伏する。それでもまだ戦い続ける日本に投下する事に変更されたのは、我が国にとって最大の悲劇である。人類史上初の核実験「トリニティ」の成功に沸き立つ科学者ら関係者たち。しかし、完成した原爆は軍によってすぐに運び出されていく。見送るオッペンハイマーの表情は、複雑な感情を表す。

映画は原爆の完成によって英雄になったオッペンハイマーのその後をも描く。その後のオッペンハイマーは、原爆投下によって多くの犠牲者が出た事実を知って深く苦悩する。それはソ連との対立でさらに水爆など核兵器の推進が盛んに議論される事態となる中では歓迎されない。人としては当然だと思うが、当時の状況ではそうではない。アインシュタインとの遭遇などは興味深いが、その後半生は「英雄」としてはふさわしくない。日本人的には好感が持てるとは思うが、アメリカ人はどのような面持ちでこの映画を観たのであろうか。

主演はキリアン・マーフィであるが、他の映画のイメージとは異なる雰囲気で、どこまで実際のオッペンハイマーと似ているのかは定かではないが、それらしくてよかったと思う。それよりもエミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーといった著名俳優が多数出演しているところに贅沢感がある。内容的にちょっと暗い映画であるが、原爆開発の裏側を垣間見れた気がする映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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