2018年05月23日

【アメリカン・ウォー】My Cinema File 1926

アメリカン・ウォー.jpg

原題: Memorial Day
2012年 アメリカ
監督: サム・フィッシャー
出演: 
ジェームズ・クロムウェル:バド・ヴォーゲル
ジョナサン・ベネット:カイル・ヴォーゲル
ジョン・クロムウェル:若い頃のバド・ヴォーゲル
ジャクソン・ボンド: 幼少期のカイル・ヴォーゲル

<KINENOTE解説>
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祖父と孫の世代を超えた戦場における勇気と決断を描いた戦争アクション。幼い頃、祖父の壮絶な戦争体験を聞いたカイル。時は経ち、イラク戦争で任務に当たっていたカイルは、ひとりの命を救うか、大勢を救うため見殺しにするかという決断を迫られる。
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 2005年、イラク戦争の現場から物語は始まる。道端に横たわる動物の死体。警戒するアメリカ陸軍の一部隊。すると、案の定死体に仕掛けられた爆弾が爆発し、カイル・ヴォーゲル軍曹は破片を受けて負傷する。カイルには妙な収集癖があり、自らに突き刺さった破片を始めとして様々な物を集めていて、仲間からは「コレクター」と呼ばれている。負傷して野戦病院に運び込まれたカイルは、退院前夜に軍医のトリップ中尉に話し掛けられ、祖父との思い出を語る。

 時を遡り1993年のメモリアルデー。兄弟と共に祖父バド・ヴォーゲルの家を訪れていた13歳のカイルは、古い軍用トランクを納屋で見つける。それはバドが第二次世界大戦に従軍した時のもの。好奇心旺盛なカイルは、トランクを持ち出すとバドの下へと行く。当初はそれについて語ることを拒んでいた祖父バドは、カイルの熱意に負けトランクの中から3つだけ品を選ばせ、それぞれの品にまつわる思い出を語ることにする。

 カイルが最初に選んだのは、ホルスターに入ったワルサーP38。ドイツ軍の軍用拳銃である。それは1944年9月のこと、若き日のバド・ヴォーゲル中尉率いる小隊を載せた車列は、オランダの地で移動中にドイツ軍と遭遇する。既に連合軍はノルマンディーに上陸し、バドたちは『遠すぎた橋』のマーケット・ガーデン作戦に従事している最中。銃撃戦の結果、バドは負傷したSS将校からワルサーP38を押収する。小隊には捕虜にする余裕はなく、やむなくSS将校を置き去りにする・・・

 こうして、祖父バドは第2次大戦に従軍していた時の経験をカイルに語っていく形で物語は進む。バドの息子であり、カイルの父でもある人物はほとんど登場してこなかったからわからないが、この父も軍人でベトナム戦争経験者だったら見事な戦争経験三重奏になるのに、などとくだらないことが脳裏を過る。戦争国家アメリカならではである。

 中心となるのはバドの経験談であるが、その内容はと言えば、さしてドラマチックというものではない。バドが語る最後のエピソードは、部下の軍曹についてのものであるが、バドが語るのを拒むほどのエピソードではなく、どうも感情移入しにくい。そのため、映画自体の魅力も下がってしまっている。最後に原隊復帰したカイルが、負傷した捕虜を後送するかの判断を迫られるが、バドの経験談の影響かカイルは後送を指示する。されどそれもこれと言った盛り上がりにはつながらない。

 結局、軍人家系の祖父と孫のそれぞれの苦悩が描かれる内容なのであるが、正直言ってエンターテイメントとしてはあまり面白くない。それがこの映画の最大の欠点。何となくタイトルからしても、軍人に敬意を示したいのかもしれないが、それとエンターテイメントとしては別。やっぱり見て面白くなければそれまでである。
 時間の浪費となってしまった残念な映画である・・・


評価:★☆☆☆☆








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2018年05月16日

【ウィンター・ウォー】My Cinema File 1921

ウィンター・ウォー.jpg

原題: Winter War
2016年 フランス
監督: ダビド・アブカヤ
出演: 
ダビド・アブカヤ: エナック伍長/曹長
マニュエル・ゴンサルベス
コルビス
ブリアン・メッシーナ
アドリアン・コース

<KINENOTE解説>
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ダヴィド・アブカヤ監督が「もうひとつのスターリングラード」と呼ばれる壮絶な攻防戦を描いた戦争アクション。1945年1月。ドイツ軍からアルザス地方を奪還するため合流したアメリカ軍とフランス軍は、予想だにしない敵と直面することになる。
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時は第2次世界大戦末期のヨーロッパ。既に連合軍はノルマンディーに上陸し、ドイツ軍を追い詰めている。フランス軍はアメリカ軍の支援を受け、アルザス地方の奪回に向けて作戦を展開している。しかし、最後の抵抗を試みるドイツ軍の抵抗は激しく、領土奪還は容易ならざる道となっている。そんな状況下のとある部隊がこの映画の中心となる。

部隊を率いているのはエナック伍長。新たに招集された新兵が配属されるが、伍長は自己紹介を辞めさせる。その行動には、「死んでいく者に情が移ってはやり切れない」という思いが透けて見える。部隊はある村を制圧するにあたり、隣接する森に前線基地を造営して陣地を確保し、ドイツ軍の侵入に備えることとなる。敗色濃厚のドイツ軍であるが、その最後の猛攻にフランス・アメリカ連合軍は曝される。

その戦いが進む中、伍長は曹長へ格上げされる。それはおそらく次々に戦死していく者を意味しているのであろうし、十分な武器弾薬援軍のない中でせめて階級だけでも上げてモチベーションアップを図ろうとする意図なのかもしれない。当然、そんなことで意気が上がるエナックではない。部隊は厳しい冬の寒さの中、森の中で塹壕を掘る。それは敵からの攻撃に備えるためでもあり、寒さを和らげるためでもある。

エナックは、実はその地域の出身。故郷解放のための戦いであり、さぞかし意気盛んかと思いきや、その表情は冴えない。その理由はやがて明らかになる。それはこの地に生き別れた肉親がいるためであり、そしてまさに血を分けた弟と最悪とも言える状況で再会を果たすことになるからでもある。

実はこの戦いは、もう一つのスターリングラードと言われた『アルザスのスターリングラード』の戦いと言われるものらしい。寄せ集められて編成されたフランス軍は、アメリカ軍の支援を受けてドイツ軍と戦う。戦争映画ではあるものの、主眼は戦闘シーンにはなく、戦場での人間ドラマに置かれている。ただ、そのドラマも何となく既視感があって、インパクトは弱い。

戦場の人間ドラマに対し、戦闘シーンも普通である。ドラマも戦闘シーンも普通となると、いかに「もう一つのスターリングラード」というキャッチコピーがあったとしても、映画としてはインパクトが弱い。「スターリングラード」という名前を使うのなら、せめて本家に匹敵するような激しい戦闘シーンがあった方が、映画としては引き締まったのではないかと思ってしまう。その点、『パトリオット・ウォー ナチス戦車部隊に挑んだ28人』の方が迫力という点では数段上であった。

ドラマとしても戦争映画としても、どっちつかずでインパクトの弱いのが残念な映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2018年05月08日

【クロッシング・ウォー 決断の瞬間】My Cinema File 1917

クロッシング・ウォー.jpg

原題: ZWISCHEN WELTEN
2014年 ドイツ
監督: フェオ・アラダグ
出演: 
ロナルト・ツェアフェルト:イェスパー
ムスフィン・アハマディ:タリク
サイダ・バルマキ:ナラ
アブドゥル・サラム・ユスフザイ:ハルーン
ブルクハルト・クラウスナー: ハール大佐

<映画.com>
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これが長編2作目となるドイツの女性監督フェオ・アラダグが、アフガニスタンの戦場において人間的な良心と軍人としての職務の間で葛藤する兵士の姿を描き、2014年・第64回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にも出品された戦争ドラマ。撮影にはドイツ軍が協力し、実際にアフガニスタンで行われた。国際治安支援部隊に所属していた兄をアフガニスタンの戦場で失ったイェスパーは、それでも兄と同じ部隊に所属し、イスラム武装勢力タリバンから小さな村を守る任務に就いていた。英語通訳を務める現地人のタリクに村人たちとの間を取り持ってもらい、タリクとの間には友情も芽生えていくが、治安部隊に協力するタリクを裏切り者とみなしたタリバン兵が、タリクとその妹の命を狙ってくる。
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アフガン戦争は9.11を受けてアメリカが「テロとの戦い」を掲げて行った戦争であるが、実は様々な国がアメリカに歩調を合わせて参戦している。アフガニスタンにおけるカナダ軍の行動を描いたのが『ハイエナ・ロード』であったが、これはドイツ連邦軍の話。第2次世界大戦で敗戦国となったドイツ連邦軍は、1955年に発足し、以来侵略戦争を禁止されていたが、アメリカの掲げる大義名分の下、その歴史で初めて戦闘を体験したのがこのアフガン戦争であったらしい。我が国がアメリカによってアフガン戦争に引きずり込まれなかったのは第9条のおかげだろう。

そのドイツ連邦軍は、2013年10月に完全撤退を決行するまで、約11年に渡りアフガニスタンに駐留していたという。その間、実に54人もの戦死者を出したという。映画は、時にこうした事実を知るいいきっかけでもある。物語の主人公は、ドイツ連邦軍のイェスパー。実の兄も同じ軍人としてアフガニスタンに駐留していたが、自動車爆弾のテロによって戦死している。自らもこの地にやってきて、そしてある村の警備命令を受ける。

イェスパーは、通訳として雇った現地青年タリクを連れて現地へと赴く。実は、現地ではタリバンと反タリバン勢力とが対立している。村は自警団を組織しており、タリバンとの間には事あるごとに戦闘が起こっている。また、タリクは父が反タリバン活動をしていて殺されており、自分もまた身の危険を感じている。さらに妹も女ながらに大学に通っていることもあって批判の目を向けられている。

そんな状況で現地に着任したイェスパーの部隊。しかしやがて現地の自警団と司令部との板挟みに苦しむことになる。ある時、イェスパーの部隊はタリバンによる攻撃を受ける。あわやのところで自警団に助けられるが、今度は自警団がタリバンとの戦闘に赴く際、援軍を求められるも司令部の答えは否。「助けたのに助けてくれない」では信頼も築けない。さらにタリクは安全のために妹を村に連れてくるが、その途中でとうとう銃撃されてしまう・・・

必死に妹を抱えて村に戻って来たタリク。しかし、イェスパーからの受け入れ要請に軍の病院の答えはNO。現地人は受け入れないとの断りにイェスパーは自ら妹を強引に運びこもうとする。しかし、隊長が無許可で現地を離れることに、部下からも疑問が呈されるが、イェスパーの行動は人として無理もないところ。そしてこれが結果的に大きな問題となってしまう。

 自分がイェスパーの立場だったら、と考えると気が重くなる。現地の自警団や通訳のタリクらと心を通わせれば通わせるほど、理不尽に感じることが多くなる。司令部の意図はよくわからないが、どうにも「余計な事をするな」という雰囲気が滲み出ている。間に挟まれたイェスパーの苦悩は察するに余りある。さらにタリバンに怯える現地の人々。通訳のタリクをドイツに避難させようと試みるが、イェスパーの要請は無情にも却下される。現地人軽視の司令部の考え方が透けて見える。

そんなイェスパーの身に降りかかる悲劇。それをすべて彼の責任にするのは酷である。そしてさらに何とも言えないラストシーン。タリクらの思いは結局生きることはない。戦争映画とは言っても激しい戦闘シーンはそれほどではなく。イェスパーの苦悩がひたすら描かれるものとなっている。結局、ドイツもアメリカの手前やむなく参戦したものの、余計な面倒は負いたくないというのが基本スタンスだったのかもしれない。

イェスパーの苦悩に、大企業の中間管理職の苦悩を重ねてみたくなる映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2018年04月30日

【パトリオット・ウォー ナチス戦車部隊に挑んだ28人】My Cinema File 1912

パトリオット・ウォー.jpg

原題: Dvadtsat vosem panfilovtsev
2016年 ロシア
監督: キム・ドラジニン/アンドレイ・シャロパ
出演: 
アレクサンダー・ウスチュゴフ
ヤコブ・クシャビスキー
アザマト・ニグマノフ
オレグ・フョドロフ
アレクセイ・モロゾフ
アントン・クズネトソフ:

<映画.com>
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第2次世界大戦中、ナチスドイツの戦車部隊にわずか28人で立ち向かったロシア兵たちの死闘を描いたロシア製戦争アクション。ロシア国民で知らない者はいないと言われる有名なエピソード「パンフィロフの28人」を、ロシア文化省による後援とクラウドファンディングを受けて映画化した。1941年、ナチスドイツがロシアに侵攻。同年11月、モスクワは大軍に包囲されつつあった。首都郊外のボロコラムスクを守備していたパンフィロフ将軍率いる第4中隊は、ドイツ軍の装甲師団から猛攻撃を受けて壊滅状態に陥ってしまう。絶望的な状況の中、生き残ったわずか28人の兵士たちは、モスクワを守る最後の砦として戦うことを決意する。新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2017/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2017」(17年7月15日〜8月18日)上映作品。
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 時に1941年、独ソ戦が開戦され、ナチスドイツは「バルバロッサ作戦」を実行し、怒涛の勢いでソ連領内に侵攻する。モスクワまであとがない状況で、首都郊外のヴォロコラムスクにはパンフィロフ将軍指揮下の第4中隊が展開している。第4中隊は塹壕を張り巡らせて迎え撃つ体制を取っているが、その装備は心許ない。敵戦車に対しては、手製の火炎瓶を用意。何と木型で戦車を作っての訓練には、傍で見るからに頼りない。そしてドイツ軍が到達する。

 ドイツ軍は戦車を主体として攻め入る。守るソ連軍も塹壕を利用し、速射砲と対戦者ライフルで対抗する。最初の攻撃に対し、戦車4輌を破壊し、何とかこれを撃退する。しかし、部隊は壊滅寸前に追い込まれ、生き残ったソ連軍兵士も残りわずか28名となっている。後方部隊に増援を要請するも、ソ連軍に余裕はなく、増援要請はあえなく却下される。そしてドイツ軍の二度目の攻撃が始まる。

 強力な砲撃を加え、これで塹壕にこもっているソ連軍にも損傷が出る。続いて航空支援を受け戦車部隊が殺到する。迎え撃つソ連軍は、変わらず速射砲と対戦車ライフルとで迎え撃つ。近づいてきた戦車に対しては、手榴弾の束を投げつけ、火炎瓶で炎上させる。双方とも肉弾相打つ戦いが展開される。ソ連軍にあるのは、「後退する場所はどこにもない。俺たちがモスクワを守る最後の砦だ」という指揮官の言葉のみ。

 興味深いのは、これが実話であるということ。事実に勝る説得力はないが、まさにその通り。映画だから多少のフィクションは入っているのだろうが、結果的にドイツ軍を撃退したのは間違いない。どこまで史実に忠実に再現されているのかはわからないが、映画で描かれているソ連軍の戦い方は、まさに肉弾戦である。ノモンハンでは逆に日本軍にこれをやられ、戦車も次々に火炎瓶の餌食になったそうであるが、もしかしたらノモンハンの教訓を生かしたのかもしれないなどと想像してしまう。

 結果的にモスクワ攻防戦は、ソ連が守り抜いて終わる。映画ではドイツ軍の将校が戦況を見守り、退却を命ずる。しかし、守っていたソ連軍にもう余力はなく、ドイツ軍はあと一押しで突破できていたが、こういうケースはビジネスでもよくありがちだと思う。相手の手の内がわからないので仕方ないが、ドイツ軍にももう少し根性があったらと思わされる。宇宙戦艦ヤマトで、デスラー総統が、「我々も苦しいが敵もまた苦しい。勝利はこの苦しみを耐え抜いた方に訪れる」という言葉を吐いていたが、その言葉が脳裏を過った。

 この映画はクラウドファンディングで製作されたのだと言う。ロシア人にとって、第2次世界大戦は、大祖国戦争として誇り高いものがあるのだろう。そういう要素はあるとしても、ロシア人でなくても映画として単純に面白い(ドイツ人にとっては面白くないだろう)。それによくよく見ると、兵士たちは人種がバラバラである。そこまで意識したのかどうかわからないが、白人ばかりでないところも(各地から寄せ集めてきた感がある)史実に即しているのかもしれない。

 戦争映画が観たい気分の時にはいいかもしれない映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2018年04月08日

【野火(2015)】My Cinema File 1902

野火.jpg

2014年 日本
監督: 塚本晋也
出演: 
塚本晋也: 田村一等兵
リリー・フランキー:安田
中村達也:伍長
森優作:永松

<シネマトゥデイ>
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「俘虜記」「花影」などで知られる大岡昇平の小説を実写化した戦争ドラマ。第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島を舞台に、野戦病院を追い出されてあてもなくさまよう日本軍兵士の姿を追う。『KOTOKO』などの塚本晋也が、監督と主演のほかに、製作、撮影、編集なども担当。共演には『そして父になる』などのリリー・フランキー、『るろうに剣心 京都大火編』などの中村達也、オーディションで選ばれた新星・森優作と、バラエティー豊かな顔ぶれがそろう。戦争という極限状況下に置かれた者たちの凄惨な心象風景に胸をえぐられる。
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 大岡昇平の有名な原作を1959年に映画化した『野火』のリメイク版。ストーリーについては、原作と1959年版で分りきってはいるものの、「どう違うのだろう」という興味から鑑賞に至るもの。

 時は第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。田村一等兵は肺を患い、上官から野戦病院へ行けと命じられる。乏しい食料の中、貴重な芋を持たされて病院へと向かう。病院と言っても、掘立小屋。負傷兵が大勢いるがロクな治療はできず、食料も困窮している。そんなところにやって来た田村だが、早々に追い返されてしまう。しかし、部隊に戻ると分隊長に殴られた上で、再び病院へ行くようにと命じられる。

 こうして田村は、駐屯地と野戦病院を行ったり来たりさせられる。理不尽な事この上ないが、もはや敵との交戦よりも生き残りが大事であり、食料が乏しくなる中、部隊と病院とで少しでも食い扶持を押し付け合おうという魂胆である。やがて田村は、病院の周囲をたむろする安田と永松の2人組に出会う。足を負傷している安田は、煙草をエサに青年である永松を手下のように扱っている。

 その夜、敵からの攻撃で野戦病院が炎上、混乱の中、田村はあてもなく歩き無人の小屋に辿り着く。さらに、近くの教会堂で田村はしばらくそこで休息を取る。そこへ現れたのは現地人の男女2人。田村との遭遇でパニックに陥った女を、田村は撃ち殺してしまう。その教会で、床下から偶然塩の入った袋を発見し、田村はそれを持って村を出る。やがて田村は3人の日本兵に出くわし、所属していた部隊は全滅し、さらにレイテ島の全兵士はパロンポンに集合すべしとの軍令が入っていることを知らされる。そして田村は、彼らとともにバロンポンを目指す・・・

 戦争映画ではあるものの、戦闘シーンはほとんどない。途中、米軍監視下の広場を夜陰に紛れて突破しようとして発見され、一斉掃射を受けるシーンぐらいである。ちなみにこのシーンでは、ほとんどなぶり殺しと言っていいくらい日本兵は無力にもバタバタと撃ち倒されていく。目を覆いたくなるようなシーンが展開され、なるほどR指定も当然だろうというものである。

 ボロボロの状態で戦場、というよりジャングルを彷徨う田村を映画は追っていく。日本軍の規律ももはやないに等しく、食糧難から飢えた兵士は人肉に手を出す。それも死んだ兵士ならともかく、同じように彷徨う友軍兵士を「狩る」のである。戦争の残虐さというよりも、極限まで追い詰められた人間の醜い姿が映し出される。原作の持つ迫力は相変わらずである。

 この映画の田村役は、監督でもある塚本晋也。時折観る映画(『沈黙 -サイレンス-』など)に脇役で出ていたようであるが、あんまり記憶にない。この映画の田村は、どこか飄々としていて、悲惨な状況をどこか他人事のように見ている感じがある。目の前で醜い姿をさらす同僚たちをどこかよそよそしく観察していて、自分自身が生き残ろうとする強い意欲が感じられない。それがまたこの映画の味わいなのかもしれない。

 それにしても、この映画のような過酷な状況に陥ったら、自分はどのように行動するだろうと考えさせられる。平和な社会において、「自分は紳士的に振舞える」と言える人はいたとしても、実際に本当にどう行動するのかはわからない。誰もが安田や永松や、田村を部隊から追い出した分隊長や軍医になるかもしれない。「戦争の悲惨さ」というよりも、「極限状況下での人間の醜い姿」がどこまでもエグイ映画である。


評価:★★☆☆☆





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