2017年10月02日

【おみおくりの作法】

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原題: Still Life
2013年 イギリス・イタリア
監督: ウベルト・パゾリーニ
出演: 
エディ・マーサン:ジョン・メイ
ジョアンヌ・フロガット:ケリー
カレン・ドルーリー:メアリー
アンドリュー・バカン:プラチェット氏
キアラン・マッキンタイア:ジャンボ
ニール・ディスーザ:シャクティ
ポール・アンダーソン:ホームレスの男
ティム・ポッター:ホームレスの男

<シネマトゥデイ>
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『ベラミ 愛を弄ぶ男』などのプロデューサー、ウベルト・パゾリーニが監督を務め、身寄りのない人の葬儀を行う地方公務員の姿にスポットを当てた人間ドラマ。『戦火の馬』などのイギリスの実力派俳優エディ・マーサンを主演に迎え、心を込めて死者を弔う孤独な男の生きざまを描く。主人公が淡い思いを抱く女性を、テレビドラマ「ダウントン・アビー 〜貴族とメイドと相続人〜」などのジョアンヌ・フロガットが好演。人生の最期にまつわる、ほろ苦くて切なく優しい物語に魅了される。
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主人公のジョン・メイは、44歳の独身で、ロンドン南部のケニントン地区で民生係をしている。民生係としてジョンは、孤独死した人の葬儀等の事務仕事をおこなっている。日本でも『おくりびと』という納棺師を描いた映画があったが、仕事内容は異なるものの、死者を弔うという点では共通点のある映画だと言える。

几帳面なジョンは、日常の些細な仕草だけではなく、仕事においても同様で、孤独死した人に対しては単に事務処理をおこなえばよいのに、死者の部屋を訪問して私物を遺品として保管したり、アパートやマンションの家主には、荷物の処分業者の連絡先を渡したりと手間をかける。それは本来の姿というべきであるが、やらなくても済むことでもあり、そういうことは大抵の人はやらないものだと思う。

死者のアルバムがあれば持ち帰り、家族や友人の有無を調査、死者が好きだった曲がわかれば葬儀の時に流し、弔辞まで用意する。さらに引き取り手のない遺骨は、一定期間きちんと保管し、その後散骨している。毎日同じ時間帯に出勤し、仕事が終わるとまっすぐ帰宅し、食事も家でランチョンマットを丁寧に敷いて食器を並べて食べる。毎日死者のために丁寧な「おみおくり」の仕事をしていたが、それを理解してくれる人はいない。

ある日、連絡を受けて出向いた孤独死の現場は、なんとジョンの向かいのアパート。こんな身近でどこかの誰かが数週間、発見されずにいたことにジョンはショックを受ける。さらにジョンは上司のプラチェット氏に呼び出されると、経費削減のため地区の民生係の統合が決まり、ジョンの業務は別の担当者に引き継がれることになったと告げられる。それまでの仕事振りは何も認められず、ジョンは職を失うことになる。ジョンは動揺を抑え、かろうじて向かいのアパートの死者の案件を最後の仕事として認めてもらう。こうして、ジョンは最後の仕事に取り掛かる・・・

「理想と現実」と言う言葉が脳裏に浮かぶ。主人公のジョンは、民生係。身寄りなく亡くなった者を丁寧に弔っている。誰も参列しない葬儀に1人参列し、弔辞まで考える。一定期間遺灰を保管し、時が来ると丁寧に散骨する。しかし、経済的観念からすると、それは無駄な仕事。葬儀に参列する暇があったら、その分他の仕事ができるし、遺灰もすぐに処理をすれば仕事も早く片付く。事実、ジョンの後継者はそれをやる。ジョンが「溜めていた」遺灰を次々と散骨していくのである。

ジョンは、最後の仕事を一層丁寧に行う。それは最後の葬儀のシーンによく表れている。孤独死したはずの人の葬儀とは思えないもの。それは心温まるものではあるが、しかしそのシーンは一方で無情なシーンでもある。結局、ジョンのやって来た仕事は、非効率なだけの無駄な仕事だったのであろうか。映画は、そうではないことを訴えて終わるのであるが、しみじみとした気分にさせてくれる。

やたらと派手だったり、とにかくハッピーエンドだったりするハリウッド映画と比べ、ヨーロッパの映画は濃厚である。じっくりと余韻を味わいたい映画である・・・


評価:★★☆☆☆




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2017年09月03日

【真夜中のカーボーイ】

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原題: Midnight Cowboy
1969年 アメリカ
監督: ジョン・シュレシンジャー
出演: 
ジョン・ヴォイト:ジョー
ダスティン・ホフマン:ラッツォ
シルヴィア・マイルズ:キャス
ジョン・マクギヴァー:オダニエル
ブレンダ・ヴァッカロ:シャーリー
バーナード・ヒューズ:タウニー
ルース・ホワイト:サリー

<映画.com>
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「ダーリング」「遥か群衆を離れて」のジョン・シュレシンジャー監督による異色作品。虚飾の大都会ニューヨークの混沌から、必死に浮かび上がろうとする2人の若者の物語。ジェームズ・レオ・ハーリヒーの作品を、ウォルド・ソルトが脚色した。撮影はコマーシャル出身のアダム・ホレンダー、音楽はジョン・バリー、編集はヒュー・A・ロバートソンが担当。製作にはジェローム・ヘルマンが当たっている。出演は『卒業』でスターとなったダスティン・ホフマン、舞台出身のジョン・ヴォイト。共演はベテランのシルヴィア・マイルズ、ブロードウェイ女優ブレンダ・ヴァッカロ、「ニューヨーク泥棒結社」のジョン・マクギバー、バーナード・ヒューズなど。
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時折、過去の名作を鑑賞している。この映画も昔観た記憶があるのだが、もうすっかり忘れてしまっている。それはすなわち、「観ていない」のと同じ気もする。それも残念であるし、そう思って鑑賞に至る。

物語は、ジョー・バックが、カウボーイのいでたちを身にまとうところから始まる。それまでやっていたのであろう皿洗いの仕事を投げ出し、テキサスからニューヨークへと向かう。長距離バスでの移動は当時の常識なのか、あるいは彼にはお金がなかったのかと思い巡らす。そしてニューヨークへ出てきて何をするのかと思いきや、なんと金持ちの夫人達を相手にして金を稼ごうというもの。娼婦ならぬ男娼である。

なにせ、アンジョリのお父さんジョン・ボイトである(唇の厚さは父娘である)。大して二枚目だとは思えないのであるが、本人はいたって真剣。何人かに振られはしたものの、何とか最初の客を掴む。ところが、いざ20ドルを請求すると泣きが入り、タクシー代として逆に金をあげてしまう始末。そんな時、ジョーはラッツォと名乗る足の不自由な男と知り合う。

ラッツォは、ジョーのマネージャーをやるとして、まず顔役だと言う男を紹介する。しかしこれがとんだ食わせ物で、ジョーはだまされたとわかったものの後の祭り。やがて彼は金が尽きてホテルを追い出されてしまう。そしてなんとかラッツォを見つけ出したジョーであるが、ラッツォもまた文無しで、住んでいるのは取壊し予定のビルの廃屋のような一室であ流という始末。行くあてのないジョーは、やむなくそこに同居することにする。

改めてコンビを組んだジョーとラッツォは、ジョーを男娼として売り込みを始めるが、思うようにうまくいかない。そうこうするうちに、ラッツォは次第に不調を訴え衰弱していく。そしていつの間にか、ジョーはラッツォを養いながら辛うじて生計を立てていく。病院へ行こうと促すも、それを拒絶するラッツォは、フロリダに行く夢を語る・・・

地方から夢見て大都会ニューヨークへやって来る一人の男。テキサスの田舎で皿洗いして終わることを考えたら、その志や良しなのかもしれない。だが、何をするとなった時に「男娼」というのはいかがなものかと思う。それで生計が成り立つと考えていたジョーは、つくづくノー天気なのかもしれない。そしてそんな男と一緒に暮らし始める足の不自由な男ラッツォ。無骨な男と小柄でよくしゃべる男という組み合わせは、何となく雰囲気的に『スケアクロウ』を彷彿とさせる。もっとも時代的にはこちらの映画の方が先であるが・・・

『スケアクロウ』のアル・パチーノにあたるのがダスティン・ホフマン。当時既に『卒業』でメジャーになっていたと思うが、まだ若くて輝いているように見える。足が不自由という設定で、ぴっこを引きながら歩く。どことなく憎めない雰囲気で、田舎者のジョーは次第に彼を信用していく。先の見えない2人の暮らしは、いかにも不安定なのであるが、見えない未来に徒手空拳で対峙する、それが若さなのかもしれない。

観終えてみると、何となく覚えていたのはラストの結末ぐらいで、果たして本当に観たのかと自分自身怪しくなる。されど、時を経て改めて観てみると、何となく味わいのある映画である。「名画」と評価されるのもよくわかる。そういう過去の名作が他にもあるかもしれない。
そういう目で、過去の映画にも目を向けたいと思わされたのである・・・


評価:★★☆☆☆





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2017年08月17日

【ロスト・エリア −真実と幻の出逢う森−】

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原題: The Driftless Area
2015年 アメリカ
監督: ザカリー・スルーザー
出演: 
アントン・イェルチン:ピエール
ズーイー・デシャネル:ステラ
ジョン・ホークス:シェーン
アリア・ショウカット:キャリー
フランク・ランジェラ:ティム
キアラン・ハインズ:ネッド
オーブリー・プラザ:ジーン

<映画.com>
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「スター・トレック」シリーズのアントン・イェルチンと「(500)日のサマー」のズーイー・デシャネルが共演したクライムドラマ。両親を亡くした青年ピエールは、ミュージシャンになる夢をあきらめて故郷に戻り、バーテンダーとして働きはじめる。ある日、森を散歩中に誤って古井戸に転落してしまったピエールはそのまま一晩を過ごし、翌日偶然通りかかった女性ステラに助けられる。ミステリアスなステラと恋に落ちるピエールだったが、やがて麻薬組織が絡む事件に巻き込まれていく。共演に「セッションズ」のジョン・ホークス、「ライフ・アフター・ベス」のオーブリー・プラザ。
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主人公は、音楽家を目指し大学に通っていたものの、両親が相次いでこの世を去って24歳で無一文になったピエール。今は故郷の田舎町に戻ってバーテンダーをして生計を立てている。そのピエールの元を時折訪ねてくるのは、幼馴染のキャリー。ある日野原を一人で散歩していたピエールは、誤って古井戸に落ちてしまう。這い上がれずに一夜を過ごした後、どこからともなく現れたステラに助けられる。

そのステラは、知人から頼まれて留守番をしていた家が放火され、さ迷い出たところを老人ティムに助けられ、ティムの亡き叔母の家に住まわせてもらっている。ステラに助けられたピエールは、以後ステラを訪ねていくようになる。まぁ、その気持ちはわからなくもない。そして、ピエールに想いを寄せていると思われるキャリーとの関係が気になってくる。

ある日、ピエールは車が故障し道端でヒッチハイクをする。そこに通りかかったのは、シェーン。ピエールを乗せると20ドルを要求し、何と途中で降りろと迫る。さらにピエールが抱えていたバラの鉢植えまで奪うと、ピエールを置いて走り去ろうとする。ピエールは持っていた石を腹立ちまぎれに投げると、なんとそれがシェーン後頭部に命中し、昏倒したシェーンはトラックごと道端に落ちる。驚いたピエールだが、バラの鉢植えと石とを取り返し、トラックの鍵を抜いて投げ捨てる。さらに目についたバッグを開けるとそこにあったのは大量の札束。ピエールはバッグを手にし、その場を離れる。

実はシェーンは、レンタカー店を経営するネッドの指示でステラのいた家を放火した犯人で、 さらに金をため込んでいるという男の店を襲って金を奪う指示も受ける。ピエールに奪われた金はまさにそうして奪った金であり、意識を取り戻したシェーンは、なんと通りがかりに心配して声をかけてきた親切な女性の車を奪うという極悪人。当然、ピエールを探し出して金を奪い返そうと画策する・・・

こんなストーリーが淡々と続いていく。それにしてもわからないのは、ステラの正体。本人は、ピエールに自分の正体を明かすのだが、それは実に驚くべき内容。驚くといっても、それはその正体そのものに対してというよりも、「それならそうともっとそれらしくしないのか」という創り手に対する杜撰さに対して、である。同じような「実は私は・・・」という正体明かしは、『シックス・センス』があったが、『シックス・センス』の見事さからすると、この映画はいかがなものかという気しかしない。

結局、何が言いたかったのかよくわからないまま映画は終わる。いろいろ観ていればこういう映画もあるだろうと思う。この映画を観ようと思ったのは、予告が面白そうだったったからに他ならないが、予告がうまく創られていたということが言えるだろう。それ以外は、残念ながらもう一つと言える映画である・・・


評価:★★☆☆☆





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2017年07月28日

さいはてにて やさしい香りと待ちながら

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2015年 日本
監督: チアン・ショウチョン
出演: 
永作博美:吉田岬
佐々木希:山崎絵里子
桜田ひより:山崎有沙
保田盛凱清:山崎翔太
臼田あさ:美城山恵
イッセー尾形
:弁護士
村上淳:清水俊夫
永瀬正敏:男
浅田美代子:山崎由希子

<シネマトゥデイ>
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『四十九日のレシピ』などの永作博美と『アフロ田中』などの佐々木希が共演を果たしたヒューマンドラマ。故郷の能登でコーヒー店を開いた孤独な女性と、近所に住むシングルマザーの触れ合いを通して、人と人との関わり合いが生み出す温かさや喜びを浮き上がらせていく。メガホンを取るのは、台湾映画界の名匠ホウ・シャオシェンに師事し、『風に吹かれて−キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』で注目を浴びた女流監督チアン・シウチュン。ハートウオーミングな物語に加え、オールロケを敢行した能登半島の美しい風景も見ものだ。
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冒頭、弁護士が主人公の吉田岬と話をしている。どうやら失踪した父親が残した借金の話なのだが、岬はあっさりと払うと答え、その答えを予想していなかった弁護士は面食らう。何気ないシーンだが、この映画での岬の性格を表しているかのようである。そして弁護士は、失踪した父親が残したという不動産の話をする。その物件がある石川県能登半島の最も北側にある奥能登に、岬は古い自動車に家財道具を乗せてやってくる。

そこは父の残した海辺の船小屋。岬には幼い頃、この小屋で父がギターをつま弾く記憶がある。寂れて朽ち果てつつあるその小屋を岬は改築し、焙煎コーヒーのお店『ヨダカ珈琲』を開く。越してきたその日、岬は小屋の前にある民宿に宿を取ろうと訪ねて行くが、そこに現れた若い女性は岬を民生委員と勘違いし、追い返す。やむなく近くのスーパーに買い物に行った岬は、そこで商品を万引きしようとしていた有沙と翔太という姉弟を見かける。

やがてヨダカ珈琲の改築が終わり、開業する。こんな人通りもない辺鄙なところにと思っていたが、ヨダカ珈琲の販売ルートは通販。インターネットで注文を受け、全国に珈琲豆を発送している。なるほどと思わず頷く。一方、眼前の民宿に住んでいるのは若いシングルマザーの絵里子と二人の子供たち有沙と翔太。絵里子は、2人を放置してどこかへ行ってしまい、ネグレクトかと思っていたが、やがて深い事情が分かってくる。

放置された有沙は給食費が払えない。困り果てて知り合った岬に借金を申し入れるが、岬は借りるのは良くないとして、逆に店で働くことを勧める。喜んだ有沙はさっそくヨダカ珈琲で働き始める。そんなヨダカ珈琲には、有沙の担任・恵が家庭訪問に来たついでに寄り、岬と知り合う。絵里子の家にはよからぬ男が出入りし、男が来ている間、居場所のない有沙と翔太は外で時間を潰すことになる・・・

いかにも日本映画的なドラマが展開される。シングルマザーの絵里子は、子供を置いたまま金沢のキャバクラで働いている。その間、小学生の姉弟は二人きりで何日も過ごす。ひどい母親だと思ったが、やがてやむない家庭事情が見えてくる。こんなドラマが展開される。主人公には主人公の事情があり、そこまでの経緯は描かれていないが、根底に流れる悲しみが感じられる。

主人公を演じるのは永作博美。個人的なイメージだが、この方は薄幸な女性というイメージがよく合う。特にそれを感じたのが『八日目の蝉』であるが、この映画でも失踪した父親を幼き日の思い出を抱えて探す(実際にはかつての船小屋で待っているのだが)女性のイメージにピッタリなのである。そしてそんな女性が最後に小さな幸せに辿り着く。しみじみとした味わいがある。

それにしても『ふしぎな岬の物語』も岬の喫茶店が舞台であったが、似たような舞台で、面白いなと感じる。この映画のヨダカ珈琲のようにネット販売というルートがあれば別であるが、店頭販売だけでは商売になりそうもないなぁどと、ついつい現実目線で観てしまった。
それはともかくとして、永作博美の存在感といい、登場人物たちのドラマと相まって、しみじみとした味わいの映画である・・・


評価:★★☆☆☆




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2017年07月23日

岸辺の旅

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2015年 日本・フランス
監督: 黒沢清
出演: 
深津絵里:薮内瑞希
浅野忠信:薮内優介
小松政夫:島影
村岡希美:フジエ
奥貫薫:星谷薫
赤堀雅秋:タカシ

<シネマトゥデイ>
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『アカルイミライ』がパルムドールにノミネートされた経験もある黒沢清監督が、湯本香樹実が2010年に上梓した小説を映画化。3年間行方をくらましていた夫がふいに帰宅し、離れ離れだった夫婦が空白の時間を取り戻すように旅に出るさまを描く。脚本は『私の男』などで知られる宇治田隆史が黒沢監督と共同で担当。『踊る大捜査線』シリーズなどの深津絵里と、『バトルシップ』『マイティ・ソー』シリーズなどでハリウッド進出も果たした浅野忠信が夫婦愛を体現する。
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なんとも不思議な物語。主人公の瑞希は、ピアノの家庭教師をしている。のんびりとした性格の主人公は、深津絵里のイメージによくあう。どうやら一人暮らしの瑞希の前に、突然1人の男が姿を表す。それも家の中で、靴を履いたままで、だ。その男優介は瑞希の夫であり、そして祐介が語るには、すでに自分は死んで海の底なのだと。

現れた夫は幽霊であるというが、実態もあって歩けば足音もする。実に不思議な設定である。そして瑞希は、夫に見せたいところがあるからと思い出の地をめぐる旅に出ようと誘われる。電車に乗って辿り着いた最初の街で、ふたりは新聞配達業に携わる老人、島影の店を訪ねる。優介は過去に島影の下で働いていたとのことであるが、実は島影もまた死者であるという。では配っている新聞はいつのものだと突っ込みたくなりつつ、ストーリーを追う。

次にふたりが訪れたのは、夫婦の経営する食堂。今度は生きている夫婦らしいが、ここでも死者であるはずの夫も普通の存在。これなら死ぬのも悪くはなさそうである。やがて瑞希は2階に残されたピアノを見つけ、それをめぐる妻フジエと死別した妹との思い出を聞かされる。そしてそこに現われる死んだ妹・・・

旅を続ける2人は優介が過ごした時間を追体験して行く。最後に訪れた山奥の農村では、優介は私塾を開いていて、そこで久しぶりの講義を行う。そしてそこでも一家の働き手であった男が、死後再び妻の前に現れたりする。それぞれの物語は静かに進んで行くが、どうもこの物語の設定に馴染めない自分には、どこか物語に入り込めない。やはり死者はもう少し死者らしくあってほしいのである。

この映画に対する違和感は、やはりそこに尽きる。生きている人間と変わりない幽霊の姿は、どこか興ざめである。生きている人間と変わらず実態を持つから、当然夫婦間にはセックスもある。こうなると妄想は勢いが止まらない。そんなリアリティのないスートリーの世界には入っていけず、どこか醒めた目で映画を観てしまっていた。人の感覚はそれぞれだから一概にはいえないが、自分にとってみれば映画の世界に入っていけない映画はそこまでである。

いい映画かどうかは別として、自分にとっては、受け入れにくい映画であった・・・


評価:★★☆☆☆





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