2015年02月08日

オチキ

オチキ.jpg

2012年 日本
監督: 吉田浩太
出演: 
木乃江祐希:サクラ
関寛之:成瀬
鈴木一成:木村
清野菜名:はな子
太田正一:宇崎

<映画.com>
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絶好調のモテキもあれば、どん底のオチキもある。所属タレントを妊娠させたスカウトマン、誰がおなかの子の父親か分からないシンガー、オチキに捕まった男女の姿を綴る。
「お姉ちゃん、弟といく」「ユリ子のアロマ」など独特の世界を築いて注目される吉田浩太監督によるエロティックドラマ。
何をやっても裏目に出る人生の堕ち期=オチキに陥った男女のたどる運命を描く。
妊娠の相手が誰か分からないシンガーの女性、所属タレントに手を出して妊娠させたスカウトマン、並行して描かれる2つの物語が、やがて一つに収束する仕掛けが秀逸だ。
劇団ナイロン100℃の木乃江祐希がヒロインを熱演する。
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タイトルの『オチキ』とは、『堕ち期』を意味するらしい。
人生においてどうにもならずに堕ちていく男女を描いたドラマ。

初めに登場するのは、ストリート・ミュージシャンのサクラ。
新宿駅南口の階段下スペースでペアを組んで歌っている。
その歌ははっきり言ってへたくそなのであるが、オタク系のファンもついていて、それなりに人気がある。
ペアを組んでいるのは、どう見ても冴えないのぶ子。
容姿はともかく、作曲の才能があるらしい。

サクラはのぶ子を利用している。
顔は自分の方がかわいいため、ファンはのぶ子に見向きもしない。
インタヴューでは、自分も曲創りに参加しているかのように振る舞うが、体よく利用しているのが見え見え。
そしてサクラは利用価値ありと見た男と寝ている。

そんなサクラは、妊娠した事がわかり慌てる。
中絶費用を出させようとした木村は、避妊をしていた事から費用を出し渋る。
やむなく、宇崎に事実を告げて費用を出してもらうが、ここでも利用価値の高い宇崎には避妊せずにさせているにもかかわらず、木村には断固避妊させていた事がわかる。
そんなサクラは、知らず知らずのうちに周りから見離されていく・・・

もう一人の主人公は、芸能プロダクションの成瀬。
後輩に威張り、大きな発言をしているが、デビュー前の新人はな子を妊娠させた事から歯車が狂う。
相手の親からは訴訟を起こされ、会社からは解雇される。
いつしか自分がバカにしていたホームレスと同じ境遇に近づいていく。

オチキ(堕ち期)というタイトルから、何か不可抗力のようなものによって堕ちていくのを想像してしまうし、ストーリーの合間の解説もそんな雰囲気だ。
だが、サクラにしろ成瀬にしろ、堕ちるのは不可抗力ではなく、言ってみれば“自業自得”。
対応の仕方によっては、危機は十分回避できていたのである。
そもそも大人なんだから避妊ぐらいきちんとすべきなのだ。

そんな自業自得の物語を見ていても、何ら得るものはない。
そして最後に二人が行きつくラストは、どうも苦笑せざるを得ない展開。
真面目に作っているのか、ギャグなのか、計り知れない。
何だか狙いのよくわからない映画としか、言いようがない。
まあ、こんな映画もあるのだろうと納得した映画である・・・


評価:★★☆☆☆



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2015年01月24日

喝采

喝采.jpg

原題: The Country Girl
1954年 アメリカ
監督: ジョージ・シートン
出演: 
ビング・クロスビー:フランク・エルジン - かつてのミュージカルスター。
グレイス・ケリー:ジョージー・エルジン - フランクの妻。
ウィリアム・ホールデン:バーニー・ドッド - 舞台演出家。
アンソニー・ロス:フィリップ・クック - プロデューサー

<映画.com>
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「失われた少年」と同じくウィリアム・パールバーグが製作し、ジョージ・シートンが監督した1954年作品。
ブロードウェイで上演されたクリフォード・オデッツ『ユーモレスク』の戯曲から監督者シートン自身が脚色した。
撮影はジョン・F・ウォレン、音楽は「愛の泉」のヴィクター・ヤング。
主演は「ブルー・スカイ(1946)」のビング・クロスビー。
この作品でアカデミー主演女優賞を得た「トコリの橋」のグレイス・ケリー、「トコリの橋」のウィリアム・ホールデン、「拳銃無情」のアンソニー・ロス、ジャクリン・フォンテイン、エディ・ライダーらが助演する。
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名前は知っているものの、観た事はないという名画は洋画にしろ邦画にしろかなり多いと思う。
折をみて観てみたいと思うのは常だが、今回この映画を観る機会に恵まれた。

主人公として登場するのは、演出家のバーニー・ドッド。
新しく公開する舞台の主役に、かつてのスターフランク・エルジンを押す。
しかし、プロデューサーのクックは、フランクが酒浸りである事を理由に拒否し、対立する。
ドッドは、「テストだけでも」と強力にフランクの起用を主張。
かつての舞台のシーンを再演したフランクは見事に演じ、ドッドは強引に起用を押し切る。

しかし、肝心のフランクが今一つ煮え切らない。
フランクは、自らの不注意で子供を事故死させて以来、酒に逃れる日々で、突然の大役に尻込みしたのである。
フランクを訪ねて自宅を訪れたドッドは、美しい妻ジョージーに出会う。
そしてジョージーとともに、フランクを説得する。

舞台練習がスタートするも、フランクのパフォーマンスは期待レベルに達しない。
ドッドはその原因が“強い女房”にあるとみて、ジョージーの影響を下げようとするもうまくいかない。
フランクはジョージーの前では弱音を吐くが、ドッドの前では平気を装う。
その二面性に気付いているのは妻のジョージーだけ。
やがてプレッシャーからドッドはアルコールに手を出すようになる・・・

昔の映画だからなのだろうか。
ストーリーが断然シンプルな気がする。
そして随所に感じる時代の相違。
いつでもどこでも平気でたばこを吸う。
そして吸殻をポイポイとどこへでも捨てる。
古き良き時代なのか否かはわからない。

初めは舞台の成功に一途に燃えていたドッドだが、実は密かにジョージーに惹かれていく。
ジョージーは人妻であるが、「貞節」という言葉にまだ重きが置かれていた時代。
男女の関係も現代とは違う。
劇中のラブシーンも然り。

現代と比べれば控えめな恋愛感情。
しかし、それでも味わいは深い。
ラストの余韻もどこかほっとさせるものがあった。
そんな余韻が心地良い映画である・・・


評価:★★★☆☆



   
posted by HH at 22:59 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2015年01月11日

四十九日のレシピ

四十九日のレシピ.jpg

2013年 日本
監督: タナダユキ
出演: 
永作博美:高岩百合子
石橋蓮司:熱田良平
岡田将生:ハル
二階堂ふみ:イモ
原田泰造:高岩浩之
淡路恵子:珠子

<Yahoo!映画解説>
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NHKドラマとしても放映された伊吹有喜原作の小説を、『ふがいない僕は空を見た』などのタナダユキ監督が映画化した感動作。
母が亡くなりそれぞれに傷を負いながらも、四十九日までの日々を過ごす間に再生への道を歩み始める家族の姿を描き出す。
主人公に、『八日目の蝉』で高い評価を得た永作博美。
その父親を石橋蓮司が演じ、二階堂ふみや岡田将生ら若手俳優も共演を果たす。
新旧の演技派俳優が豪華共演を果たした繊細な人間ドラマが心に響く。
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タイトルからして、何となくコメディタッチのほんわかドラマをイメージしていたら、なんとしっかりと心に響く人間ドラマであった。
NHKドラマとしても放映されたらしいが、普段あまりテレビを見ない身としては、知る由もなく、それだけに知らずに損しなくて良かったと思える。

ドラマは突然、夫と別れて欲しいと見知らぬ女からの電話を受ける場面から始まる。
電話を受けたのは、主人公の百合子。
夫の母親の面倒を見つつ、なかなか子宝に恵まれないことを悩んでいる。
そんなところに「子供ができたから別れてくれ」と女から電話がかかってくれば、普通はキレてしまうだろう。
寝たきりの義母を置いて、百合子は実家に帰る。

実家では父親が一人暮らし。
百合子の実母は百合子が幼い頃に亡くなっており、そのあと父は乙美と再婚していたが、百合子は乙美になかなか懐かなかった様子。
そしてその乙美も亡くなり、父は無気力状態であった。

そんなところに、イモトと名乗る若い女性が乗り込んでくる。
実は乙美は生前、若い女性の更生を助けており、自分の死後四十九日の法要で宴会をやるようにとイモトに託していたのである。
マイペースで動くイモト。
そこに傷心の百合子が帰ってくる。

普通に考えると、ぐちゃぐちゃになりそうな雲行きである。
しかしそこからそれぞれの登場人物の再生の物語が始まる。
ドラマは平行して、父と乙美が知り合う頃が平行して描かれる。
娘を連れて乙美と動物園に行く父。
しかし、「新しいお母さん」を紹介された百合子は、反抗的な態度を取る。
よくありがちなパターンだ。

もはやこの世にいない乙美が中心となって、登場人物たちを引きつけ、「四十九日の大宴会」に向けて物語は進んでいく。
夫の浮気、その浮気相手にはお腹の子と別に小さな子供がいる。
イモトも恵まれない家庭環境からSEX依存症に陥った過去があり、イモトが手伝いに連れてきた日系ブラジル人のハルも日本では苦労した様子。
そんな問題が描かれながら、再生に向けて動いていくありさまは、心に染み入るものがある。

主人公を演じる永作博美は、『八日目の蝉』でも男によって不幸になる女を演じていたが、2作続くとそんなイメージがピッタリしてくる気がする。
ここでも何も言わずとも表情から主人公の気持ちが伝わってきて、感情移入してしまったが、これからも出演作品は観てみたいと思わせられる女優さんである。

アクション系は弱いが、こうした人間ドラマにおいては、日本映画は強いと感じる。
そういう意味で、日本映画らしい味わい深い一作である。


評価:★★★☆☆



    
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2015年01月04日

いまを生きる

いまを生きる.jpg

原題: Dead Poets Society
1989年 アメリカ
監督: ピーター・ウィアー
出演: 
ロビン・ウィリアムズ:ジョン・キーティング
ロバート・ショーン・レナード:ニール・ペリー
イーサン・ホーク:トッド・アンダーソン
ジョシュ・チャールズ:ノックス・オーバーストリート
ゲイル・ハンセン:チャーリー・ダルトン(ヌワンダ)

<映画.com>
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59年、ニューイングランドの全寮制学院を舞台に、学生たちの愛と生、そして死を描くドラマ。
製作はスティーヴン・ハフトとポール・ユンガー・ウィット、監督は「モスキート・コースト」のピーター・ウィアー、脚本はトム・シュルマン、撮影はジョン・シール、音楽はモーリス・ジャールが担当。
出演はロビン・ウィリアムス、イーサン・ホークほか。
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昨年、残念ながら訃報が流れたロビン・ウィリアムス。
もう一度観たいと思う出演作品が数多くある俳優さんである。
『グッド・モーニングベトナム』
『レナードの朝』
『ミセス・ダウト』
『パッチ・アダムス』
以前、『グッドウィル・ハンティング』の2度目鑑賞をしていたが、それ以外はまだ。
WOWOWでの放映を期に、この映画を観てみることにした。

物語は、伝統ある名門私立高校を舞台に始まる。
一見、イギリスのような感じだか、アメリカにもそれなりに伝統校があるのだろう。
名門らしく、校風は厳格。
生徒のニールも厳しい父親から生徒会の活動制限を命じられると、ただ従うしかない。
そんな雰囲気が出来あがっている。

そこへ新たに赴任してきた教師がキーティング。
自ら卒業生であるキーティングの教えは、一言で言うと「伝統打破」。
最初の授業は詩についてであったが、教科書の「詩の理解」を生徒に読ませそれを黒板に板書するが、読み終えた瞬間、「こんなのはクソだ」とそのページを破らせる。
教科書を破るなんてと、個人的には顔をしかめる思いだが、詩を理屈で説明しようとする考え方を捨てさせようとするには、なかなか強烈で印象に深く残るやり方だと思う。
詩とは理屈で説明できるものではないと言う事は、詩に通じていなくてもわかる気がする。

そんな破天荒なキーティングの教えの中心は、何よりも「自ら考える事」。
伝統校だけに、環境は窮屈。
ただそれに従っていれば、卒業して良い大学へも進学できる。
そんな「飼いならされた」若者が作りだされていく。
冒頭に出てくるニールも親に将来の職業まで決められている。

そんな生徒たちに、キーティングはホールに飾ってある「先輩たち=かつての若者たち」の写真を見せ、ラテン語の"Carpe diem"、英語では"seize the day"と教える。
"seize the day"とは、「いまを生きる」という意味で邦題としても使われている。
この邦題は見事だと思うが、そうして生徒たちに与えられたものに満足するのではなく、もっと自らの心を自由に解き放つことを強烈に訴えていく。

それに感化された生徒たちは、かつてキーティングが在校していた時に"Dead Poet Society"(=原題)というクラブを作っていた事を知ると、それを復活させる。
ニールは自分のやりたい事が演劇であると気付き、演劇の世界に足を踏み入れる。
ノックスはクリスという女の子に自らの想いをぶつけていく。
ダルトンは女子を入学させろと学校に主張する。
しかし、そんな生徒たちの行動は、伝統的保守的な学校や親と対立し、そして事件が起こる・・・

観ている者は、誰でもキーティングのやり方に共感し、生徒たちの行動を指示するだろう。
だが、そんな人たちも実際の生活では、ニールの父親やキーティング以外の教師たちのように、見えない概念に捕えられてその範囲内でしか判断できないのではないかという気がする。
そうしてどうにもならない現実に対し、精一杯の自己表現をした生徒たちのラストの行動には思わず胸が熱くなる。
それは初めて観た時と変わらぬ思いであり、わかっていてもやっぱり感動的なラストである。

今さらながらではあるが、ロビン・ウィリアムスの代表作の一つとして心に残したい映画である・・・


評価:★★★★☆




  
posted by HH at 15:18 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2015年01月03日

愛してる、愛してない

愛してる、愛してない.jpg

原題: 사랑한다, 사랑하지 않는다/Come Rain, Come Shine
2011年 韓国
監督: イ・ユンギ
出演: 
イム・スジョン:女
ヒョンビン:男
キム・ジス:隣家の女
キム・ジュンギ:隣家の男

<Yahoo!映画解説>
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『百万長者の初恋』などで知られるヒョンビン除隊後初の主演作となる大人向けラブストーリー。
井上荒野の短編「帰れない猫」をベースに、夫が突然妻に別れ話を切り出されたことから始まる夫婦の感情の揺れを描き出す。
監督と脚本を務めるのは、『素晴らしい一日』や『アドリブ・ナイト』を手掛けてきたイ・ユンギ。
『サイボーグでも大丈夫』などの実力派イム・スジョンとの共演で織り成す、男女の心の機微を投影した物語に魅了される。
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韓国映画と言えば、激しいアクションに代表される、どちらかと言えば「動」というイメージがある(もっともそういう映画を選んで観ているせいもある)。
しかし、この映画は最初から最後まで見事なまでに「静」の映画である。

冒頭、若い夫婦が車で空港へと向かう。
何気ない会話であるが、どこかよそよそしさが漂う。
そして妻は夫に別れ話を切り出す。
他に好きな人ができたと。
それを静かに聞く夫。

単に恋人同士であればまだしも、夫婦となるとこれは重い。
(と感じるのは個人の感覚だろうかとも思う)
そして場面は夫婦の自宅へと移る。
妻が荷造りをする。
外は大雨。

別れ話が出て、妻が荷造りをしていても、夫は冷静そのもの。
取り乱したしないし、何故だと詰め寄る事もしない。
静かに見守りつつ、最後の晩餐に二人のお気に入りのレストランを予約したり、コーヒーを入れたりしている。
それはまるで妻がちょっと友だちと旅行に行くような雰囲気である。

途中で隣家の夫婦が飼い猫を探して訪ねて来るが、それ以外の登場人物は電話だけ。
妻の母親と妻の恋人だけである。
なんと低予算な映画なのかと思ってしまう。
時折場面の移動で、風景のシーンが間に入ってくるが、何となく小津安二郎の映画を観ているような感じがする。

全編を通して、静かな夫婦の会話だけの映画。
たぶん、合わない人にはまったく合わないだろう。
そういう自分も途中何度も観るのをやめようと思ったほどである。
しかしながら、この静かな展開にも何となく感じられるものがある。
荷造りをする妻はなぜか作業が進まない。
もっとテキパキとやって早く終わらせれば、それだけ早く出ていける。
気詰まりな雰囲気からも抜け出せると思うのだが、そんな感じがしない。
まるで迷っているかのようである。

原作は短編小説らしいが、文字であればそのあたりの気持ちの描写があったのかもしれない。
されど映画では、それは退屈に思われるリスクがある。
個人的には「1度観れば十分」という評価である。
人によっては好き嫌いが分かれる映画だと思う・・・


評価:★★☆☆☆




posted by HH at 23:30 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ