2014年07月23日

世界にひとつのプレイブック

世界にひとつのプレイブック.jpg

原題: Silver Linings Playbook
2012年 アメリカ
監督: デヴィッド・O・ラッセル
出演: 
ブラッドレイ・クーパー:パットリック(パット)・ソリターノ・ジュニア - 元・地元の学校の歴史教師。
ジェニファー・ローレンス:ティファニー・マクスウェル - 未亡人。夫は警官だった。
ロバート・デ・ニーロ:パトリツィオ(パット)・ソリターノ・シニア - パットの父親。
ジャッキー・ウィーヴァー:ドロレス・ソリターノ - パットの母親。
クリス・タッカー:ダニー・マクダニエルズ - パットが入院中に親しくなったアフリカ系男性。
アヌパム・カー:クリフ・パテル医師 - パットの主治医。
ジョン・オーティス:ロニー - パットの友人。
シェー・ウィガム:ジェイク・ソリターノ - パットの優秀な兄。弁護士。
ジュリア・スタイルズ:ヴェロニカ - ティファニーの姉。ロニーの妻。

<映画.com>
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それぞれに最愛の人を失い心に傷を負った男女が再生していく姿を、笑いや涙を交えて描いたヒューマンコメディ。
監督は『ザ・ファイター』のデビッド・O・ラッセル。
主演は『ハングオーバー!』のブラッドリー・クーパーと『ハンガー・ゲーム』のジェニファー・ローレンス。
妻の浮気が原因で心のバランスを崩したパットは、仕事も家も失い、両親とともに実家暮らし。
いつか妻とよりを戻そうと奮闘していたある日、事故で夫を亡くして心に傷を抱えた女性ティファニーに出会う。
愛らしい容姿とは裏腹に、過激な発言と突飛な行動を繰り返すティファニーに振り回されるパットだったが……。
パットの両親役でロバート・デ・ニーロ、ジャッキー・ウィーバーが共演。
第85回アカデミー賞では作品、監督、脚色、主演・助演男女と主要部門すべてでノミネート。
ローレンスが主演女優賞を受賞した。
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プレイブックとは指南書という意味だとのこと。
原題は「逆境に立ち向かうための指南書」という意味らしいが、その名の通り、逆境に陥ってしまった主人公の再生の物語である。

物語は精神病院から始る。
主人公のパットは、母親の裁判所への働きかけで退院許可をもらい、8カ月ぶりに帰宅する。
最愛の妻が同僚の教師と浮気し、どうやらパットは相手を袋叩きにしてしまったらしいが、その結果、精神病院に入院させられていたようである。

妻のニッキは彼の下を去り、さらに裁判所からパットに対して接近禁止令が出ている。
詳しくは触れられていないが、浮気したニッキにも言い分はたくさんあるようである。
退院したとはいえ、パットの言動もかなりアブナイ。
「常に向上」という意味の“Excel Sior”という言葉を大切にし、薬に頼らず適度な運動で病気を治そうと前向きなのであるが、薬を飲まないためどうしても異常な行動が出てしまうのである。

夜中にヘミングウェイを読んで、そのストーリーに大きな声で文句を言う。
さらに結婚式のビデオがないと、夜中に近所中に聞こえる程わめき散らす。
ゴミ袋をポンチョのように被って、近所をランニングする。
口を開けばニッキの事ばかり・・・

そんなパットが友人から夕食に招かれる。
その場には友人の妻の妹ティファニーも招かれている。
実はこのティファニーも夫を亡くして自暴自棄になっており、何と職場の同僚二人と寝てしまっている。
そして、初対面のパットにもSEXしようと持ち掛けてくる。

せっかくの据え膳なのに、妻帯を理由に断るパット。
接近禁止令を出されているのに、ニッキに対する愛を示すパット。
壊れかけた二人の出会いである。

パットの父親として登場するのは、ロバート・デ・ニーロ。
自宅でアメフトのノミ屋をやり、ひいきのチームが勝つようにと、何かとゲン担ぎをしている。
パットとは男同士でもあり、何とか助けたいと思っているが、どうしたら良いのかわからない。
そんな父の戸惑いが伝わってくる。

実際、子供ならともかく、一人前となった息子が精神を病んだのなら、親としてもどう接したら良いか悩むだろう。
そして、拒否されてもめげずにパットにアプローチするティファニー。
遂には、ニッキに手紙の橋渡しも約束する。
さらには、自分が申し込んだダンスのパートナーになる様、パットに持ち掛け、二人はコンテストに出場する事になる。

共に最愛の相手を失ったパットとティファニー。
二人が接近しながらやがて再生へと向かうストーリー。
ティファニーを演じるのは、『ハンガー・ゲーム』『ウィンターズ・ボーン』が印象的なジェニファー・ローレンス。
前2作は少女の役柄であったが、ここでは大人の女性として登場。
これからはもう大人の女優さんとして活躍するのだろう。

パットとティファニーにどんな辛い事があったのか、映画では詳しく触れられていない。
ただ、それは特に問題ではない。
二人が知り合い、そして紆余曲折を経て再生に向かう。
回りの人たちの温かさと相俟って、そのストーリーが心地良い映画である・・・



評価:★★☆☆☆


    
   
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2014年07月21日

クロエの祈り

クロエの祈り.jpg

原題: Inch'Allah
2012年 カナダ・フランス
監督: アナイス・バルボー=ラヴァレット
出演: 
エヴリンヌ・ブロシュ:クロエ - カナダ人女性産婦人科医。
サブリナ・ウアザニ:ランド - クロエの患者のパレスチナ人妊婦。
シヴァン・レヴィ:アバ - クロエの隣人のイスラエル人女性。徴兵で検問所に勤務。
ユーセフ・スウェイド:ファイサル - ランドの兄。
アフマド・マサド:イマド -ランドの夫。ファイサルの友人。
カルロ・ブラント:ミカエル - クロエの同僚医師。
ヨアヴ・ドナット:検問の兵士

イスラエル軍がガザ地区への侵攻作戦を展開している現在、パレスチナ問題を描いたこの映画は何だかタイムリーな気がする。

主人公のクロエは、ボランティアでガザ地区に派遣された女医。
毎日イスラエル側から検問所を通り、壁の向こう側のパレスチナ人居住区の病院に通っている。
現代らしく、国に残してきた母親とはネットで会話しているが、母親としてはやはり心配でならない様子。

クロエは同じマンションに住むイスラエル人のアバと一緒に通勤している。
アバは徴兵され、検問所に配属されているためである。
検問所を通ってパレスチナに入れば、クロエはイマドとランドのパレスチナ人兄妹と親しくしている。
ランドは夫が逮捕拘留中であり、しかも妊娠しているという状況である。
イマドが経営する印刷所では、殉教した者を称えるポスターを印刷している。

検問所を経由して毎日二つの世界を行き来するクロエ。
自ら危険地帯でボランティアとして尽くすのは、立派な行為ではあるのだが、それは別の見方では“特権階級”にも見えてしまう。

クロエはイマドとランドの母親を、検問所を通ってイスラエル領内の母親の生家へと連れて行く。
アバに頼んで特別に許可をもらったのであるが、イマドには不機嫌。
そもそも許可をもらわないと行けない事が問題なのであり、クロエの親切も恩着せがましく思えてしまうのである。

イスラエル憎しの感情は子供達にも浸透しており、ある子供はイスラエル人のジープに飛びつき、その時アクシデントで死んでしまう。
クロエが、産気づいたランドを病院に運ぼうとするが、イスラエル軍の無情な検問に阻まれてしまう。
“特権”を利用してクロエが通してくれる様頼み込むが、イスラエル兵は冷たく拒絶する。
「これは戦争だ」というイスラエル兵の言葉が残る・・・

ニュースを見ていても、世論はイスラエル批判に傾きがちだが、イスラエルにもそうせざるをえない事情がある。
最後のランドの行動がそれを想像させる。
どちらにも正義があり、どちらにも正義はない。

どうすれば良いのか、解決策はまだ見いだせていない。
同僚医師はクロエに深く関わるなと警告する。
それもある意味正しいスタンスなのかもしれない。
ラストのクロエの表情がすべてを物語っている気がする。

楽しいエンターテイメントばかりでなく、こういう映画を観て考えてみるのも良いと実感させてくれる映画である・・・


評価:★★☆☆☆


    
   
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2014年07月15日

魔女と呼ばれた少女

魔女と呼ばれた少女.jpg


原題: Rebelle
2012年 カナダ
監督: キム・グエン
出演: 
ラシェル・ムワンザ:コモナ
アラン・バスティアン:隊長
セルジュ・カニアンダ:マジシャン
ラルフ・プロスペール:肉屋
ミジンガ・ムウィンガ:グレート・タイガー

<映画.com>
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カナダの新鋭キム・グエン監督が、アフリカ諸国にいまだ存在する少年兵の問題を背景に、生と死、現実と幻想を交錯させて描くドラマ。
紛争の絶えないコンゴ民主共和国。
平和な村から拉致され、反政府軍の兵士として戦わされることになった少女コモナは、死んだはずの人たちに導かれるようにして、全滅必至のゲリラ戦を生き延びた。
亡霊を見ることができる力が勝利を招くと、コモナは魔女として崇められるようになるが、いずれ殺されることを悟ったコモナは、最愛の少年と逃避行に出る。
2012年・第62回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞)を受賞。
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解説を読むと舞台はコンゴだと言うが、映画を観る限りではそんな事はまったくわからない。
アフリカである事だけは確かな、とある所。

主人公のコモナは水辺の村で両親と暮らしていたが、12歳のある日、突然ゲリラの襲撃に遭う。
ライフルを突きつけられ、それで両親を射殺しろと迫られる。
射殺しなければゲリラの司令官が両親を鉈で殺す事になり、そうなると両親はもっと苦しむと脅す。
何と残酷なシーンなのだろうか。

それに対し、両親は言われた通り自分達を射殺して生き延びろと娘に伝える。
芥川龍之介の『杜子春』では、両親が打たれるのを前にして、杜子春は禁を破り母親に呼び掛けた。
それで結果として仙人に殺されなくて済んだが、そんな事が脳裏をよぎる。
ここではその逆。
そしてコモナは引き金を引く。

ゲリラ達はコモナら子供たちを拉致し、兵士に仕立て上げる。
かつて、『ジョニー・マッド・ドッグ』という映画でも採り上げられていた少年兵問題である。
食糧も乏しく、何かあれば叩かれる環境下、マジシャンという名の少年がコモナに密かに食べ物を分けてくれる。

AK47を持たされるも少年兵の役回りは過酷。
待ち伏せを警戒する場面では、敢えて先頭に立たされる。
完全な捨て駒であるが、亡霊が見えたコモナは亡霊の導きに従い政府軍の攻撃を間一髪で逃れる。
以来、亡霊の力で危機を回避するコモナは、“魔女”として重宝される。

このあたりは魔女狩りのヨーロッパとアフリカの違いで面白い。
しかし、その身分もいつどうなるかわからないと経験上知っているマジシャンは、コモナを連れて逃げる。
かつて両親からプロポーズされて断り難かったら、「白い雄鶏をくれ」と言えと言われていたコモナは、マジシャンのプロポーズにそう答える。
白い雄鶏はめったにいないらしい。

しかし、断り文句と知らないマジシャンは白い雄鶏を真剣に探す。
この映画で数少ない平和でほのぼのとしたシーンである。
そして奇跡的に白い雄鶏を見つけたマジシャンはコモナを妻とし、肉屋を営む叔父を訪ねて行く。
時にコモナ13歳。

マジシャンにも両親はなく、肉屋の叔父も悲しい過去を持っている。
ようやく平和が訪れたと思いきや、ゲリラに捕まり、マジシャンは鉈で殺される。
映画自体はフィクションなのであろうが、少年兵の問題は現実の事実だし、似たような話はたぶんゴロゴロしているのだろう。
途中で助けてくれた政府軍兵士や最後のおばさんなど、やっぱり救いの手を差し伸べてくれる人はいてほっとさせられるが、日本で言えば中学生の少女の過酷な運命に考えさせられてしまう。

映画には政府軍の主張もゲリラの主張も描かれておらず、何が対立の原因なのかもわからない。
しかし、それはそのままコモナの視点でもあるのかもしれない。
我々の社会とはまったく異なる社会だが、どうしてこんな差ができるのだろうと、ふと考えてしまう。

14歳で母となったコモナ。
まだ長い人生がどうなっていくのかわらないが、こうした出来事が早く過去のものと振り返る事ができればと思ってしまう。
現実世界を知り、考えるヒントにする意味では、いい映画である・・・


評価:★★☆☆☆



   
   
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2014年07月14日

マーサ、あるいはマーシー・メイ

マーサ、あるいはマーシー・メイ.jpg

原題: Martha Marcy May Marlene
2011年 アメリカ
監督: ショーン・ダーキン
出演: 
エリザベス・オルセン:マーサ
ジョン・ホークス:パトリック
サラ・ポールソン:ルーシー
ヒュー・ダンシー:テッド
ブラディ・コーベット:ワッツ

<映画.com>
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サンダンス映画祭監督賞を筆頭に、各国の映画祭で称賛を集めたサスペンス・ドラマ。
カルト教団のコミューンから逃走を図った女性が、そこでの異様な体験を思い出すうちに妄想と現実の間をさまよっていく姿を見つめる。
主演はテレビドラマ「フルハウス」などで人気を集めた双子のアシュレイ、メアリー=ケイト・オルセン姉妹の妹であるエリザベス・オルセン。
精神的に追い詰められていく主人公を繊細かつリアルに演じ切り、本作で映画デビューしたとは思えぬほどの風格を見せつける。
メガホンを取るのは、新鋭ショーン・ダーキン。
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何とも難しい映画である。
冒頭、男女それぞれ7〜8人が集団で暮らしているところが映し出される。
男達が先に食事をし、続いて同じ場所で女達が食事をする。
そして夜はそれぞれ雑魚寝だ。
一見して何やらアブナイ集団らしいとわかる。

そんな集団を朝早く抜け出して森へ逃げて行くのが、主人公のマーサ。
頼る相手は唯一の肉親である姉のルーシー。
その姉に連絡し、迎えに来てもらうマーサ。
街の食堂で、集団の男に発見されるが、無理に連れ戻される事もなく済む。

マーサとルーシーの姉妹は、どうやらこの2年間音信不通だったようで、その為、ルーシーは自分の結婚式にマーサを呼べなかったようである。
ルーシー夫妻は、コネティカットの湖のほとりに別荘を借りて休暇を過ごしている。
ここで3人の生活が始る。

しかし、マーサはそれまでの異常な集団生活によって、世間の常識からズレてしまっている。
その最初の証が湖に裸で飛び込んで泳ぎ始めた事。
慌てて注意するルーシーに対し、「変わった水着だね」とまだ寛容さを示す義兄。

物語は、姉のところに逃げ込んだマーサの現在と、集団生活を送っていた過去とを対比させて進んでいく。
集団では、マーシー・メイと呼ばれていたマーサ。
女達は服も含めてすべて共有し、SEXもオープン。
湖に裸で飛び込んだのも、SEXをしている姉夫婦の寝室に平気で入っていってしまうのもその影響。

そんな集団生活の悪影響から逃れられないマーサと、事情を知らない姉夫婦とは関係が次第にギクシャクしていく。
そしてその集団が行っていた犯罪も明らかになっていく。
マーサが集団に電話をした事から、居場所が割れ、集団がマーサを奪い返しに来る事を連想させる。

途中まではある種のカルト集団で暮らしていた影響から逃れられないマーサのドラマかと思っていたが、後半からはサスペンスの様相を呈していく。
しかし、最後は何とも言えない理解に苦しむラスト。
その先は自由に想像してくれという形だ。

色々な映画があっていいと思うし、それに対する個人の感想もいろいろ。
個人的にはもう少しわかりやすい映画であってほしかったと思う。
目の肥えた映画通にはそれなりの見方ができて、それゆえに評価を下しているのだろうが、素人の私にはさっぱり理解できず。
個人的には、「お金を出してまで観たいとは思わない」と言いたい映画である・・・


評価:★★☆☆☆




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2014年07月08日

愛・アムール

愛・アムール.jpg

原題: Amour
2012年 オーストリア、フランス、ドイツ
監督: ミヒャエル・ハネケ
出演: 
ジャン=ルイ・トランティニャン:ジョルジュ
エマニュエル・リヴァ:アンヌ
イザベル・ユペール:エヴァ
アレクサンドル・タロー:アレクサンドル

<Movie Walker解説>
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『白いリボン』の名匠、ミヒャエル・ハネケ監督が、パリで暮らす老夫婦の愛を描き、第65回カンヌ国際映画祭パルムドールに続き、第85回アカデミー賞で外国語映画賞に輝いたヒューマン・ドラマ。
自由に動かなくなった体に苦悩する妻アンヌを演じたエマニュエル・リヴァは、史上最年長でアカデミー賞主演女優賞候補にもなった。
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フランスを舞台としたストーリーであるが、製作国にはドイツ、オーストリアが名を連ね、アカデミー賞ではオーストリア映画として外国語映画賞を受賞したという作品。

ジョルジュとアンヌは、共にかつては音楽教師をしていた夫婦。
教え子の一人がコンサートを開催するまでになり、2人で鑑賞に行く。
その翌日、アンヌに異変が起きる。
食事中に突然無反応となり、すぐに回復するが、その間の記憶はない。
そしてカップにコーヒーを注ごうとして、ドボドボとこぼしてしまう。

診断の結果、手術をするが、成功率95%という話にもかかわらず、5%の失敗に入ってしまう。
右半身が不自由となったアンヌだが、病院には戻りたくないとジョルジュに伝える。
そしてジョルジュによる介護の日々が始まる。

しかしながらこの介護は、見ていて痛々しい。
そもそもジョルジュも高齢であり、アンヌを補助する一つ一つの動作もゆっくり。
そしてアンヌも介護を望んでおらず、さりとて体は自由にならずで、その葛藤に苦しむ。
トイレに行っても自分でパンツも履けない、寝ていてもシーツに漏らしてしまうとなれば、大人の女性には辛いだろう。

コンサートを行った弟子が二人を訪ねてくる。
身体の事に話題が移ると、アンヌは話をそらしてしまう。
そうした一つ一つのシーンにアンヌの苦悩が伝わってくる。
実は映画の冒頭で、二人の物語の結末が描かれている。
従って、ストーリーはそこに至る過程を描いていく事になる。

昨今、日本でも老々介護などという言葉が使われているが、この映画はその問題を真正面から捕えたものである。
タイトルの「アムール」とは愛という意味らしい。
映画の内容を考えると、実に深いタイトルである。

いずれ我が身にも起こりうる事であり、観ながら様々な事を考えさせられた。
いかにもヨーロッパ的な映画であると感じる。
カンヌ映画祭ではパルム・ドールを受賞、オスカー獲得も頷ける。
エンターテイメントとして面白い映画というわけではないが、深〜い映画である・・・


評価:★★☆☆☆


posted by HH at 00:00 | 東京 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ