2014年10月05日

ソフィーの選択

ソフィーの選択.jpg

原題: Sophie's Choice
1982年 アメリカ
監督: アラン・J・パクラ
出演: 
メリル・ストリープ:ソフィー
ケヴィン・クライン:ネイサン
ピーター・マクニコル:スティンゴ
リタ・カリン:エッタ
スティーヴン・D・ニューマン:ラリー

<Movie Walker解説>
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作家志望の青年が、ニューヨークで知り合った自由奔放な男と暗い影のある女。
3人の織りなす人間ドラマを描く。
キース・バリッシュ・プロが英のITCのために製作した。
製作はキース・バリッシュとアラン・J・パクラ。
エグゼクティヴ・プロデューサーはマーティン・スターガー。
ウィリアム・スタイロンの同名ベストセラー(新潮社)をアラン・J・パクラ監督が自ら脚色。
撮影はネストール・アルメンドロス、音楽はマーヴィン・ハムリッシュが担当している。
出演はこの映画の演技でアカデミー主演女優賞を得たメリル・ストリープの他、ケヴィン・クライン、ピーター・マクニコル、ギュンター・マリア・ハルマーなど。
ナレーターをジョセフ・ソマーがつとめている。
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ビューリッツァー賞を受賞した原作小説を映画化し、主演のメリル・ストリープがオスカーを獲得したドラマ。

時は、第2次世界大戦終結間もない1947年。
物語の語り部となる小説家志望の青年スティンゴが、将来を夢見てブルックリンにやってくる。
さっそく下宿を借りるが、その2階にはネイサンとソフィーというカップルが暮らしている。
入居早々、ネイサンとソフィーは大げんかをし、ネイサンはソフィーを罵倒して出ていく。
いきなりの出来事に面食らうスティンゴ。
やがて戻ってきたネイサンは別人のように穏やかで、以後3人は仲良く過ごすようになる。

ネイサンはハーバード出身の生物学者で、ファイザー研究所に勤めていると語り、ソフィーは腕の刻印からナチスの収容所にいたことがわかる。
スティンゴはネイサンの留守中、ソフィーと語り合う。
ソフィーはポーランド出身で、収容所から解放された後、アメリカに来て半年。
母国語に加え、ドイツ語・フランス語・ロシア語・スラブ系の言語に通じているが、英語にはまだ訛がある。

ネイサンとソフィーは、ソフィーが図書館にエイミー・ディキンソンの詩を探しに行った図書館で出会う。
意識を失って倒れたソフィーをネイサンが介抱したのである。
時としてネイサンは逆上し、暴言を吐くが、3人は仲良く過ごす。
そんなある日ネイサンの兄がスティンゴの元を訪ねてくる。
そしてネイサンは、実は神経を病んでおり、経歴もすべて嘘だと告げる。
ネイサンの様子を見ていて何かあれば知らせて欲しいと言い置いて帰ってゆく。
そして、事件が起こる・・・

メリル・ストリープがオスカーを取った映画であれば、とっくに観ていそうなものであるが、なぜか今日まで観ないできてしまった映画である。
メリル・ストリープと言えば、決して美人だとは思わないが、やっぱり演技力で不動の地位を築いているのだろう。
ここでもヨーロッパ訛の英語を話し、感情の起伏の激しいネイサンに振り回される薄幸な女を見事に演じている。
『プラダを着た悪魔』の鬼編集長の片鱗はどこにも見当たらない。

タイトルは、『ソフィーの選択』となっているが、ストーリーはスティンゴが彼の眼を通した形で進んでいき、ソフィーはその中の登場人物という形になっている。
なのになぜこのタイトルかと言えば、それは最後に判明する。
その『選択』は実に重い。
原作がピュリッツァー賞を受賞したというのも頷けるストーリーである。

全体で通常よりもちょっと長い154分。
もう少し物語に厚みがあっても良かった気がするが、時間的にもこれが精一杯だったのかもしれない。
原作本も機会があれば読んでみたいと思う。

メリル・ストリープのオスカー受賞も納得。
これまで観なかったのが、残念な一作である・・・


評価:★★★☆☆


    
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2014年10月01日

そして父になる

そして父になる.jpg

2013年 日本
監督: 是枝裕和
出演: 
• 福山雅治:野々宮良多
• 尾野真千子:野々宮みどり(良多の妻)
• 真木よう子:斎木ゆかり
• リリー・フランキー:斎木雄大(ゆかりの夫)
• 二宮慶多:野々宮慶多(良多の息子)
• 黄升R:斎木琉晴(雄大の息子)
• 中村ゆり:宮崎祥子
• 高橋和也:野々宮大輔(良多の兄)
• 田中哲司:鈴木悟(弁護士、良多の友人)

<Yahoo!映画解説>
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『誰も知らない』などの是枝裕和監督が子どもの取り違えという出来事に遭遇した2組の家族を通して、愛や絆、家族といったテーマを感動的に描くドラマ。
順調で幸せな人生を送ってきたものの、運命的な出来事をきっかけに苦悩し成長する主人公を、大河ドラマ「龍馬伝」や『ガリレオ』シリーズの福山雅治が演じる。
共演は、尾野真千子や真木よう子をはじめ、リリー・フランキー、樹木希林、夏八木勲ら個性派が集結。
予期しない巡り合わせに家族が何を思い、選択するのか注目。
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福山雅治主演のドラマ。
主人公は建設会社に勤める野々宮良多。
いかにも優秀そうで、会社では自ら中心となって次々とプロジェクトを成功させている。
冒頭は、私立小学校の面接試験。
いわゆる“お受験”である。
一人息子の良多は、「優しい性格だが、おっとりしている」と良多は語る。

この主人公、いかにも優秀そうなエリート社員である様子は、『ガリレオ』シリーズの湯川博士のようで、ちょっと好きになれないタイプである。
妻はそんな夫に黙って従うタイプである。

そんな野々宮夫婦に、息子慶多を出産した病院から連絡が入る。
「大事な話がある」と。
行ってみればなんと「赤ちゃんの取り違え」。
同じ病院で出産した斎木夫妻の子供と取り違えたのだという。
最近はDNA鑑定があるため、それは間違えのない事実と裏付けられている。
病院の勧めで子供を交換する事を検討する野々宮家と斎木家・・・

自分だったらどうするだろうと考えさせられる。
たぶん、というか絶対に交換には応じないだろう。
斎木家と野々宮家とはまるで対象的。
斎木家は、いわゆる“町の電気屋さん”で、経済的に豊かでない様子はその言動の端々から伺える。

しかし、経済的な豊かさでは劣る斎木家も、親としてのスタンスは良多とは大違い。
良多は子育ては妻任せ、風呂にも一人で入らせ、甘やかさない。
一方、斎木は子供たちと一緒に遊び、一緒に風呂に入る。
ストーリーを通じて親子間で大事なのは「血」か「時間(=縁)」かが問われる。
いわゆる「生みの親」か「育ての親」かである。

普通は、ことわざにもある通り「育ての親」だろう。
ある日突然、「お前の親はあっち」と両親に言われたら、子供もショックだろう。
『八日目の蝉』みたいなケースだと難しいものがある。
血か縁か、そして「親としてのあり方」がストーリーを通して描かれていく。

主人公の良多は、始めは実に嫌な男として登場する。
妻が大人しい事をいい事に、家庭では思いのまま振舞い、“たかが電気屋”の斎木を小バカにする。
しかし、次第に斎木の影響を受け、二人の子供(生みの子琉晴と育ての子慶多)と向き合ううちに次第に“父になって”ゆく・・・
始めが嫌な男だったゆえに、その変化の過程には目頭が熱くなるものがある。
実に、子供を持つ父親には一見の価値がある。

主演の福山雅治は、まさに『ガリレオ』シリーズの湯川博士のイメージそのままだが、この映画ではピタリと役にはまっている。
そしていいのが奥さんの尾野真千子。
夫に従う妻の姿に理想的な妻の姿を見て、個人的に羨ましくなる。

それど夫婦喧嘩のシーンでドキリとさせられる。
夫が過去に言った一言をなじるシーン。
「あの時言った事、覚えてる!」
夫というモノは、大概覚えていない。
大した意味もなく言った一言なのであるが、「私は一生忘れない」となじられる。
同じ経験をしている身としては、身につまされるモノがある。

斎木役のリリー・フランキー、良多の義母樹木キリンと脇役陣も実に味わい深いものがある。
父親として世の父親たちはどうあるべきなのか、その答えは人によって違うだろうが、一度はじっくり考えてみても良いであろう。
そしてその時、参考として観るべきなのがこの映画だろう。
そんな事を考えさせられた映画である・・・


評価:★★★☆☆



   
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2014年09月30日

スタンリーのお弁当箱

スタンリーのお弁当箱.jpg

原題: Stanley Ka Dabba
2011年 インド
監督: アモール・グプテ
出演: 
パルソー:スタンリー - 4年生。クラスの人気者。
ディヴィヤ・ダッタ:英語教師ロージー - スタンリーの理解者。結婚を控えている。
ラジェンドラナート・ズーチー:歴史教師ズーチー - 新しく赴任して来た教師。ヴァルマーに弁当を分けてやる。
ディヴィヤ・ジャグダレ:科学教師アイヤル - 熱心だが厳しい女性教師。
ラフール・シン:校長
アモール・グプテ:国語教師ヴァルマー - 意地悪で食い意地の張った中年教師。

<映画.com>
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アクションやミュージカルが詰め込まれた娯楽大作映画が主流のインド映画界で、素人の子どもたちを集めて撮られた小作ながらも、大ヒットを記録したハートフル・コメディドラマ。
みんなを笑わせるのが大好きなクラスの人気者スタンリーは、家庭の事情で学校にお弁当を持ってくることができず、昼食の時間はいつも水道水を飲んでお腹を満たせていた。
そんなスタンリーを助けようと、級友たちはお弁当を分けてあげるが、食い意地の張った先生に見つかって弁当を取り上げられた上、スタンリーは先生から「学校へ来なくていい」と言われてしまい……。
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最近、観る機会が増えてきたインド映画。
インド映画と言えば「歌と踊り」というイメージがあるが、この映画では珍しくそれがない。
そういう映画もあるんだと改めて思う。
個人的には歓迎である。

主人公は、小学校に通うスタンリー。
そのスタンリー、クラスでは人気者のようだが、昼休みになると一人皆から離れて教室を出ていく。
そして水を飲んだりして空腹を満たしている。
友だちには「両親はニューデリーに行っていてお弁当を作ってもらえない」と説明するが、その真偽はともかく、弁当を持たずに学校に来ている。

一方、弁当を食べるのは生徒だけではない。
教師たちも職員室で弁当を食べる。
しかし、教師の一人、ヴァルマーはやはり弁当を持ってきていない。
そして周りの教師たちに分けてもらっている。

ここで出てくる弁当は、我々日本人のイメージする弁当とは大きく異なる。
『のんちゃんのり弁』では、次々に出てくるお弁当に涎が出たものだが、ここではそんなお弁当とはほど遠い。
イカリング揚げのような揚げ物だけだったり、中にはビスケット(小さなパンなのかもしれない)だったりが弁当箱の中に入っている。
「足りないんじゃないか」などと余計な心配をしてしまう。

同じ“弁当を持ってこない”同士のヴァルマーとスタンリーではあるが、どうもヴァルマーはスタンリーを目の敵にする。
友だちに弁当を分けてもらおうとしていたスタンリーをヴァルマーは叱ってやめさせる。
さらにはスタンリーを追いやると、自分がスタンリーがもらおうとしていた分をもらって食べてしまう。

弁当を持って きていないスタンリーに、友だちは協力して弁当を分けてあげようとするが、ヴァルマーはそれを阻止し、さらには奪おうとする。
このヴァルマーの行動がよく理解できない。
子供たちはうまくヴァルマーの裏をかき、みんなで隠れて食べる。
怒ったヴァルマーは、生徒を叱りつけ、スタンリーには「弁当を持ってこないなら学校に来るな」と言ってしまう。

何とも酷い教師である。
そしてスタンリーは学校に来なくなる。
スタンリーは歌も踊りも得意であるが、実は家庭環境はかわいそうな状態にある。
そんなスタンリーと友だちと、ヴァルマー以外のスタンリーを温かく見守る教師たちとの交流が描かれていく。

『のんちゃんのり弁』とは違って弁当が食べたくなるということはなかったが、ちょっと心が温かくなる映画である・・・


評価:★★☆☆☆



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2014年09月28日

テネシーわが最愛の地

テネシーわが最愛の地.png

原題: That Evening Sun
2009年 アメリカ
監督: スコット・ティームズ
出演: 
ハル・ホルブルック:アブナー
レイ・マッキノン:ロンゾ
ミア・ワシコウスカ:パメラ
キャリー・プレストン:ルディ
ウォルトン・ゴギンズ:ポール

<WOWOW解説>
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老人ホームを脱走して自分の農場に帰って来た老男性だが、農場は息子によって別の家族に貸し出されていて……。
ベテラン男優H・ホルブルックが主人公役を熱演したドラマ。
主人公の老男性は農場の離れに住むようになるが、農場を借りる若い家族との間で微妙な関係が続き……。
『グラン・トリノ』を思い切り渋くしたような、米国でなら本当にありそうな物語を通じ、世代間の価値観の対立を見る者に考えさせる1本。
「イントゥ・ザ・ワイルド」のベテラン男優ホルブルックが主人公である老男性を存在感たっぷりに演じるほか、『アリス・イン・ワンダーランド』のM・ワシコウスカ、TV「グッド・ワイフ」のC・プレストンら、多彩な個性派たちが脇を固める。
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主人公は80歳になる老人。
老人が主人公となると、『ドライビング・ミス・デイジー』や『黄昏』などが思い浮かぶ。
いずれも静かな映画だが、そうなるのもやむを得ないだろう。

主人公のアブナーは老人ホームに入居していたが、思い立ってそこを抜け出し、我が家に戻ってくる。
ところが、我が家には見知らぬ他人が住んでいる。
実は弁護士をしている息子が、父に黙って家を貸し出していたのである。
アブナーと賃借人であるロンゾは、言い争いとなるも埒があかない。
やむなく、アブナーは敷地内にある小屋に居座ることになる。

さて、こういう場合はどうなるのだろうかと考えてみるも、弁護士の息子が代理人として貸したのであれば、ロンゾ一家の言い分の方に分があるように思う。
責められるべきは親父に黙って貸した息子なのだろう。
ただ、「もう帰ってこない」と判断したのだろうが、それもわからなくもないな、などとストーリーとは関係ないことを考えてみたりする。

アブナーは妻を亡くし、寄る年並みで農作業もしんどくなり、さらに一人暮らしで転んで大怪我をした経緯もあり、老人ホームに入ったらしい。
ところが老人ホームに馴染めず帰ってきてしまったというわけである。
帰ってはきたものの、我が家には住めない。
アブナーは事あるごとに、ロンゾと対立する。

ロンゾはロンゾで辛い事情を抱えていて、再起を図っている。
アブナーの息子は父を説得しようと試みるが、アブナーは老人ホームに戻る事を拒否。
老人は頑固である。
だが、その言い分もよくわかる。
便利だが、それだけの老人ホームとたくさんの思い出の詰まった我が家では、追い先短い身としては比べるべくもないだろう。

息子も忙しい合間を縫って父の下へやってくる。
老人ホームへ入れようとするのも、不便な田舎で一人暮らしをさせることを案じてのことゆえ、それはそれで優しさである。
不測の事態があっても、老人ホームなら心配も少ない。
良い息子である。

互いに相通じぬ思い。
ただ、アブナーの気持ちもわからなくもないが、やはり現実的には何もない田舎で一人暮らしも難しいだろう。
どこで折り合うかは、観ていても難しい。

物語はある出来事を通して、最後は少し心が通じ合ったようになる。
そんな親子の姿にちょっと安堵する。
自分はどう老いていくのだろうか。
静かにそんな事を思ってみた映画である。


評価:★★☆☆☆



    
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2014年09月27日

偽りの人生

偽りの人生.jpg

原題: Todos tenemos un plan
2012年 アルゼンチン・スペイン・ドイツ
監督: アナ・ピーターバーグ
出演: 
ヴィゴ・モーテンセン:アグスティン/ペドロ
ソレダー・ビヤミル:クラウディア
ダニエル・ファネゴ:アドリアン
ハビエル・ゴンディーノ:ルーベン
ソフィア・ガラ・カスティリオーネ:ロサ

<Yahoo!映画解説>
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『イースタン・プロミス』などで知られる演技派俳優ヴィゴ・モーテンセンが主演と初プロデュースを務めたサスペンスドラマ。
一卵性双生児の兄を殺した後、彼に成り済まし、人生の再スタートを図る男の運命を描く。
幼い頃にアルゼンチンで生活していたこともあるヴィゴが、全てスペイン語のセリフで挑み、誰もがうらやむ暮らしを営む医師と、闇社会に関わる双子の兄の二役を演じる。
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アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで結婚8年目の妻クラウディアと暮らす医師アグスティン。
恵まれた生活ではあるものの、子供はできず、クラウディアは養子をもらう話を進めていた。
しかし、なぜか現状に息苦しさを抱えたアグスティンは、養子の話を断り、クラウディアとの関係も悪化してしまう。

そんなある日、長らく音信不通だった一卵性双生児の兄ペドロが突然訪ねてくる。
ペドロは末期癌に蝕まれており、病苦から自分を殺すようアグスティンに懇願する。
突然の申し出に困惑するアグスティンであったが、ふとしたきっかけでペドロを殺害してしまう。
そして自分が死んだことにして、うりふたつの容姿のペドロになりすまし、少年時代を過ごした生まれ故郷ティグレに帰る。

ここで彼は新たな人生をスタートさせるつもりだったのだろうが、ペドロはある犯罪に関わっており、ペドロと間違えられたアグスティン自身も意図せぬ事態に巻き込まれていく。
買い物に行った店では親の敵と殴られ、踏み込んできた警察に逮捕され、拷問に近い尋問を受ける。
そんな折、クラウディアが面会にやってきて正体がバレてしまうが、それでもペドロになり済ますアグスティン。
そんなアグスティンの下に、主犯のアドリアンがやってくる・・・

人にはまったく違う人間になって人生をやり直したいと思うと思う事がある。
この映画の主人公アグスティンもそんな男。
傍から見れば恵まれた生活であっても、関係はない。
そんな時、自分と瓜二つの兄弟がやってきて、しかも末期癌で助からない状態。
そこで入れ替わってしまおうと考えたのがこの映画の主人公。

そんな気持ちはわからなくもない。
ただ、誰もが多かれ少なかれそんな思いを抱いているわけだし、という事は入れ替わった先の人生にも結局不満はあるのである。
たとえ末期癌で辛かったとしても、幸せな人生を歩んでいたら、自らを殺して欲しいなどと言って来る事はないだろう。

アグスティンが帰った故郷は湿地帯なのだろう。
主な移動手段はどうやらボートらしい。
貧しい地域であり、したがって良からぬ事も起きている。
やっぱり貧困は犯罪の温床なのである。
そして犯罪というものは、そんな環境であればその気がなくても巻き込まれざるを得ないものである。

主演のウィゴ・モーテンセンは、クローネンバーグ作品に出ていたりして良く知っているが、この映画はスペイン語映画。
ちょっと驚いてしまったが、あえて挑戦したようである。
ここでは独特の味わいを出している。

特にこれといった盛り上がりのない映画であるが、忘れられかけたスペインの田舎での出来事が静かに語られていく。
ラストは、「やっぱり人生っていうものは、そんなにうまくできていない」という事を確認させてくれるものになっている。
双生児の運命としては、まさにそんなものなのかもしれない。
諸行無常の雰囲気を感じさせる映画である。


評価:★★☆☆☆


posted by HH at 21:53 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ