2018年03月27日

【マギー】My Cinema File 1895

マギー.jpg

原題: Maggie
2015年 アメリカ
監督: ヘンリー・ホブソン
出演: 
アーノルド・シュワルツェネッガー:ウェイド・ボーゲル
アビゲイル・ブレスリン:マギー・ボーゲル
ジョエリー・リチャードソン:キャロライン・ボーゲル
ダグラス・M・グリフィン:レイ
J・D・エヴァーモア:ホルト

<映画.com>
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アーノルド・シュワルツェネッガーが製作・主演した初のゾンビ映画。感染するとゾンビ化するウイルスが蔓延する近未来のアメリカ。ウイルスに感染したウェイドの娘・マギーは、当局によって特別病棟に収容されてしまった。ウェイドは娘のマギーを捜し出し、家族の元へと連れて帰るが、ウイルスがもたらすマギーの変化は徐々に進行していった。徐々にゾンビへと変化し、苦しむマギーを前にただ見守ることしかできないウェイドだったが、その決断の時は確実に迫っていた。ウェイド役をシュワルツェネッガーが、娘のマギー役を「リトル・ミス・サンシャイン」「ゾンビランド」のアビゲイル・ブレスリンが演じる。監督はTVシリーズ「ウォーキング・デッド」などを手がけ、本作が長編初監督となるヘンリー・ホブソン。
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 政治から復帰後のアーノルド・シュワルツェネッガーの作品は、見逃しているはずはなかったのだが、この作品に気付いて実は驚いた。存在自体を把握していなかったからである。ただ、何となくその理由は推測できたし、実際観てみれば予想通りであった。「面白くない」のである。

 アメリカ、ミズーリ州西部。世界では伝染病が蔓延し、パニック状態に陥っている。その「腐歩病ウイルス」に対しては、いまだ有効なワクチンの開発はできず、政府は感染した農作物を焼却し感染者を隔離する以外の手立ては打てていない。感染者は人を襲い、噛まれた者は、徐々にウィルスに蝕まれ、やがて次の人を襲うようになる。いわゆるゾンビであるが、ゾンビが死んだ人間とすると、この映画では「感染者」は一応生きているようであり、「死んだ人間が歩き回って人を襲う」という冷静に考えればありえない存在からは一応筋が通っている。

 感染者は、初めこそは理性を保っているが、やがて食欲が失せ、嗅覚が鋭くなっていく。「人間の臭い」がわかるようになると理性を失う一歩手前で、そして変転(ターン)≠迎える。こうした症状を十分に説明してくれるので、ストーリーの理解に役立つ。そしてそのストーリー。16歳の娘マーガレット・ヴォーゲル(通称・マギー)は、外出禁止令の出ているカンザスシティに遊びに行き、感染者に左腕を噛まれて感染してしまう。父への手紙がモノ悲しい。

 当然、知らせを聞いた父ウェイドは病院に駆け付ける。溢れかえる感染者。ようやく娘・マギーを見つけると知人のヴァーン医師の口利きで退院させる。家に引き取るも、実はウェイドの家には娘のマギーの他に、後妻のキャロラインと長男・ボビーと娘・モリーがいる。「危険」とあって、ウェイドはボビーとモリーをおばのところへ預ける。マギーは2人と別れを惜しむが、それが今生の別れとなるのは明らか。キャロラインの心境は複雑だと思うが、それでも一緒に残ったのは大きな愛情だと思う。

 家に戻ったものの、何をするということもない。感染初期は、何の変化もない。ただ、食欲がないと語るマギーに、微妙な空気が流れる。ウェイドは農場に出て作物を調べ、感染した畑を焼き払う。庭のブランコに乗っていたマギーは、左指を骨折するが、感染の影響なのか、指の先が取れかかり異常な様子。思い余ったマギーは、なんと包丁を使ってこれを切断してしまう。それでもこれも感染の影響か大した出血はなく済んでしまう。

 森へ行ったウェイドは、家族ぐるみで親しくしていたアンダーソン家の父・ネイサンとその娘・ジュリアに会うが、ともに感染して末期の症状を呈しており、もはや別人。やむなくウェイドは斧で殴り殺し、警察を呼ぶ。感染者を隔離せずに家に匿っていたのは、アンダーソン家の妻・ボニー。いずれ我が身のウェイド。アリーに誘われ友人たちと会ったマギーも、ボーイフレンドが感染したことを知る。感染者も症状が進めば隔離され、ひどい扱いを受けると聞き、ボーイフレンドはその前に頭を撃ち抜くと語る・・・

 いわゆる「ゾンビ」映画であるが、ゾンビ映画も数々の亜流が創られていて、その内容も様々。この映画もそんな亜流でありながら、「次から次へと襲い来るゾンビの群れを叩きのめしながら逃げる」という王道パターンはほとんど出てこない。ちょっと変わったゾンビ映画である。しかし考えてみれば複雑である。不治の病なら自分で覚悟を決めて静かにその時を待てばよい。しかし、ゾンビとなるとそうはいかない。つまり、意識を失ったら家族だろうと襲ってしまうし、襲われた方はそれでゾンビになってしまう。本人からしたらたまったものではない。

 アーノルド・シュワルツェネッガーもここではお得意のアクションは封印。静かに娘と最後のひと時を過ごす父親として登場する。いくらわが娘でもその姿はあまりにも無防備。いくら無敵のシュワちゃんでも、寝ているところを噛まれたら終わりだろうと思うのだが、娘を愛するあまりそんな警戒心もわかないようである。自分だったらどうするだろう。そんなことをふと想像してみたのである。

 ストーリーとしては、やっぱりあまり面白くない。ただ、いろいろと我が身に置き換えて考えさせられるところは大であった。アーノルド・シュワルツェネッガーがなぜ自ら製作に携わって映画化しようとしたのか、その理由が何となくわかる。「つまらない」と評するのは、ちょっと抵抗がある。ゾンビ映画というよりも、人間ドラマに分類したい映画である・・・


評価:★★☆☆☆





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2018年01月17日

【そこのみにて光り輝く】My Cinema File 1861

そこのみにて光輝く.jpg
 
2014年 日本
監督: 呉美保
出演: 
綾野剛:佐藤達夫
池脇千鶴:大城千夏
菅田将暉:大城拓児
高橋和也:中島
火野正平:松本
伊佐山ひろ子:大城かずこ
田村泰二郎:大城泰治

<映画.com>********************************************************************************************************
芥川賞候補に幾度も名を連ねながら受賞がかなわず、41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志の唯一の長編小説を、綾野剛の主演で映画化。「オカンの嫁入り」の呉美保監督がメガホンをとり、愛を捨てた男と愛を諦めた女の出会いを描く。仕事を辞めブラブラと過ごしていた佐藤達夫は、粗暴だが人懐こい青年・大城拓児とパチンコ屋で知り合う。ついて来るよう案内された先には、取り残されたように存在する一軒のバラックで、寝たきりの父、その世話に追われる母、水商売で一家を支える千夏がいた。世間からさげすまれたその場所で、ひとり光輝く千夏に達夫はひかれていく。しかしそんな時、事件が起こり……。********************************************************************************************************

 主人公は、かつて鉱山で働いていた佐藤達夫。作業中の事故で同僚を失い、責任を感じて仕事を辞め、今は無職。独身をいいことにパチンコ屋に通い、飲み歩くなど自堕落的な日々を送っている。妹からは手紙で両親の墓について相談がくるも、答える素振りはない。パチンコ屋に通っているのは、みんなこんな人物なのではないかと思えてしまう。

 そんなある日、いつものようにパチンコ屋に行くと、そばに座っていた大城拓児からタバコの火を貸してもらえないかと頼まれる。拓児も似たような若者だが、どこか人懐っこく、達夫に気さくに話しかけるとメシに誘う。達夫を連れて行った先は拓児の自宅。そこはボロボロのバラック小屋で、普通なら赤の他人を招くのは少々憚られそうなところ。

 さらに家には寝たきりの父がいて、介護に疲れ切った母がいて、風俗で働く姉の千夏がいる。そういう家に他人を連れて行くのは、もともとそういう事を気にしない性格なのであろう。拓児の家庭は非常に貧しく、千夏は地元の有力者である中島の愛人であり、夜は体を売って一家の生計を立てている。拓児自身、傷害罪で仮出所の身であり、寝たきりの父親は性欲だけは異様に強く、母はその「処理」をさせられている。

 やがて達夫は、千夏に惹かれていくようになる。千夏もそんな達夫の気持ちを受け入れ、水産物の加工工場で働き始める。しかし、千夏を手放したくない中島は、拓児の身元引受人であることをいいことに、千夏を車に乗せて連れ去る・・・
 全体的に社会の底辺ムードが漂っている。そんな掃きだめのようなところで池脇千鶴が疲れ切ったヒロインを演じる。汚れ役といっても良く、これまでの清純派イメージから大きく脱却している。

 出てくる人物もみんな底辺の人物。地元の有力者である中島も妻子ある身ながら千夏と付き合っている。そして弟の拓児に対しても横暴で、千夏としたあとに、「お前のねぇちゃんの臭いだ」と言って指を差し出すような人物である。ネクタイをした社会人などとは無縁のような雰囲気が何とも言えない。人間の垢だけが固まって溜まっているような社会なのである。

 そんな中で、初めこそ自堕落な生活をしていた達夫が、千夏と知り合い、少しずつ立ち直っていく。久しぶりに見た火野正平が、山の現場で働く上司として登場し、達夫に復帰を進める。ようやくその気になった達夫だが、悲しい事件が起きてしまう。それもこれもやっぱり底辺の社会ゆえだからかもしれない。

 観ているうちにこちらの方も暗くよどんでくるのだが、仕事復帰を決め千夏と人生をやり始めようとする達夫の姿に救われる気もする。ラストで朝日を浴びた達夫と千夏の姿が、暗くよどんだ周りに朝日が差すようであった。観終われば、タイトルの意味がしみじみと伝わってくる映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2018年01月15日

【ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声】My Cinema File 1860

ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声.jpg

原題: Boychoir
2014年 アメリカ
監督: フランソワ・ジラール
出演: 
ダスティン・ホフマン:カーベル
ギャレット・ウエアリング:ステット
キャシー・ベイツ:校長
デブラ・ウィンガー:ミス・スティール
ジョシュ・ルーカス:ジェラルド
ケビン・マクヘイル:ウーリー
エディ・イザード:ドレイク

<シネマトゥデイ>
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名門少年合唱団に入団した問題児が、厳格なベテラン指導者の導きにより歌う喜びを見いだし、成長していく人間ドラマ。監督は、『レッド・バイオリン』などのフランソワ・ジラール。天性の美声を持つ少年役には、本作が初の長編映画出演となるギャレット・ウェアリング、その才能を開花させる合唱団団長を名優ダスティン・ホフマンが熱演。さらにオスカー女優キャシー・ベイツ、エミー賞受賞経験のあるエディ・イザードら実力派が脇を固める。
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 男は女と違い声変わりというものがある。思春期になると、それまでかわいらしかった高い声が野太い声に代わるのである。それは成長の証であり何ら不自由があるものではないが、歌ということに関しては大きな支障がでる。それが邦題となっているボーイ・ソプラノで、高い声が出なくなればもうソプラノはできなくなる。この映画は、そんな少年独特の合唱を題材とした映画である。

 主人公の少年ステットは、学校では問題行動を繰り返す問題児。その原因はシングルマザーの家庭にあるようで、母親は働いてはいるものの、ボーイフレンドは頻繁に代わり素行もよろしくない。同級生にからかわれるのも問題行動の原因となっている。そんなステットだが、歌は上手く、その才能を伸ばそうと教師のスティールはわざわざ国立少年合唱団を学校に招く。しかし、肝心のステットは、入団テストを受けずに帰ってしまう。

 しかし、帰宅した彼を待っていたのは、母親が交通事故で死んだという知らせ。孤児となったステットの身の振り方について、スティールは一計を案じ、寄宿舎のある国立少年合唱団付属学校に入れることを考える。実はステットには、父親としてジェラルドがいるのだが、もともとステットの母親とは遊びで付き合っており、別に妻子がいる。とてもではないが、隠し子のステットと暮らすことは出来ない。しかし、金は持っていたためこの案に同意する。

 こうしてスティールの思い描いた通りステットは、少年合唱団に入るのだが、指揮者を務め、合唱の総責任者アントン・カーヴェルは、礼儀を知らないステットを認めない。さらに父親が小切手でステットを入学させるが、だからといってカーヴェルが認めるわけではない。そんなステットを唯一認めるのは音楽教師のウーリー。また、ステットが折々にその才能を見せたことで、仲間たちとの対立も生じる。そうした中でステットの成長が描かれていく。

 見ていて思うのは恵まれない環境のステットを温かく見守るの教師の存在。最初は、その才能を見出し合唱団に送り込んだスティールであり、カーヴェルが無視する中、彼を励まし折に触れて庇う合唱団のウーリー。こうした存在がなければ、ステットは犯罪者になっていただろう。特に強調はされていなかったが、こうした役割こそが教師が果たすべきものだろう。

 カーヴェルの指導は厳しいが、ステットも次第に真面目に努力していく。その成果は、やがて校長も誉めるまでに至る。何事でもそうであるが、こうした成長は見ていて心地よい。成長と和解。そして音楽が人の心を溶かしていく。それは父親ジェラルドやカーヴェルも例外ではない。その様子は観ているこちらも胸が熱くなる。正直言ってあまり期待していない映画だった(ダスティン・ホフマンが出ているから観てみるかという程度だった)が、見事に裏切られた感じである。

 合唱団の歌声と心温まるストーリーとが小さな感動をもたらしてくれた映画である・・・


評価:★★★☆☆






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2018年01月10日

【海よりもまだ深く】My Cinema File 1857

海よりもまだ深く.jpg

2016年 日本
監督: 是枝裕和
出演: 
阿部寛:良多
真木よう子:白石響子
小林聡美:中島千奈津
リリー・フランキー:山辺康一郎
池松壮亮:町田健斗
吉澤太陽:白石真悟
橋爪功:仁井田満
樹木希林:篠田淑子

<シネマトゥデイ>
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『海街diary』などの是枝裕和監督が、『奇跡』以来の阿部寛と樹木希林とのタッグで、なかなか大人になれない男の姿を描く感動のホームドラマ。小説家になる夢を諦め切れないまま探偵事務所で働く男が、たまたま実家に集まった母、元妻、息子と台風の一夜を過ごすさまを映す。阿部と樹木のほか真木よう子や小林聡美、リリー・フランキーらが共演。思っていた未来とは少し違う現実を生きる家族の姿が印象的につづられる。
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 スケールにおいて他を圧倒するハリウッドの超大作には比べるべくもないし、人間の深部をえぐるような韓国映画にはタジタジとなりがちな我が国の映画であるが、それでも「日本映画ならでは」の作品に出合うとちょっと嬉しくなる。この映画はまさにそんな典型とも言える邦画である。

 主人公の良多は一応小説家。とは言え、文学賞を受賞したのはもう15年も前であり、以後筆も進まずにいる。生活のために現在は興信所で探偵として働いている。しかし、ギャンブル好きで金にだらしなく、そんな夫に妻響子は愛想を尽かし、息子の真悟を連れて家を出ている。真面目に働けばまだしも、ギャンブルをやるから金がない。金がないと養育費を払えず、そうすると息子にも合わせてもらえなくなる。困った良多が頼るのは、清瀬市の団地に住む母。

 良多の母は、半年前に夫を亡くし、現在は一人暮らし。良多の姉千奈津も顔を見せているが、話題に上るのは、やはりお金にルーズだった亡父と良多のこと。そして母を訪ねてきた良多は、調子のよい事を言いながら密かに家の中で金目のものを物色する。しかしそんな良多の行動を、母親は熟知している。それでも思うところがあったのか、良多にはなけなしの金を母に小遣いとして渡す優しさがある。

 そんな金欠の良多ゆえ、仕事でもこずかい稼ぎに余念がない。夫から妻の不倫について調査を受けたケースでは、不倫の証拠を妻に突きつけそれを買わせる。高校生すらゆすりの対象にしてこずかいを巻き上げる。それもこれも息子の養育費と、野球を始めた息子にグローブを買ってやりたいとの親心。そして別れた妻響子にはいまだ未練があり、時々尾行しては、新しい恋人と一緒にいる事を遠巻きに眺めている・・・

 なにかこれといったストーリーがあるわけではなく、物語は淡々と進んでいく。良多は確かに褒められた人間ではないし、身内にこういう人間がいたら大変だろうし、迷惑も蒙るだろう。夫もダメ人間だった母は、今でも団地住まい。家を買って引っ越したという知人の話も羨ましく聞いているだけ。頼りの息子も夫に似てしまっている。人生をほぼ諦めつつ、それでもやっぱり息子はかわいい。そんな母を樹木希林が実に味わい深く演じる。

 息子にグローブを買ってやりたかったが、グローブは既に響子の新しい恋人が買ってしまっているのを良多は忸怩たる思いで見つめる。ならばと、スパイクを買ってやろうとするが、金はない。未練の残る妻は年収1,000万円の男と親しくし、良多にはそれをこそこそと見ているしかない。響子に会うと「やったのか?」と虚しく問うだけ。そんな良多を中心にドラマは回る。

 主演の阿部寛もシリアスな役柄からコメディまで幅広く、この映画のダメ男も実に様になっている。ダメ男でも人並みに息子に愛情を持ち、母親に愛情を持ち、別れた妻に未練を持つ。そしてそれらはいずれも不器用な形をしている。「何が」というわけではないが、各人の思いが入り乱れ、それは良いものも悪いものも温かいものも冷たいものも含まれている。それらがブレンドされて絶妙な味わいを醸し出す。これぞ邦画ならではの味わいだと言える。

 そんな邦画ならではの味わいが心地良い映画である・・・


評価:★★★☆☆





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2017年12月27日

【地上より永遠に】My Cinema File 1845

地上より永遠に.jpg

原題: From Here to Eternity
2016年 アメリカ
監督: フレッド・ジンネマン
出演: 
バート・ランカスター:ウォーデン曹長
モンゴメリー・クリフト:プルーイット
デボラ・カー:カレン
フランク・シナトラ:マジオ
ドナ・リード:ロリーン
フィリップ・オーバー:ホームズ中隊長
アーネスト・ボーグナイン:ファツォー
ジャック・ウォーデン:バックリー伍長

<映画.com>
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米国軍隊内部をリアルに描いたジェームズ・ジョーンズの小説(51年)を映画化した1953年作品で、「情炎の女サロメ」のバディ・アドラーが製作に当たり「真昼の決闘」のフレッド・ジンネマンが監督した。脚色はダニエル・タラダッシュ、撮影はバーネット・ガフィ、音楽は「情炎の女サロメ」のモリス・W・ストロフの担当。主演は「愛しのシバよ帰れ」のバートランカスター、「終着駅」のモンゴメリー・クリフト、「クオ・ヴァディス」のデボラ・カー、「ネバダ決死隊」のドナ・リード、「錨を上げて」のフランク・シナトラで、フィリップ・オーバー、アーネスト・ボーグナイン、ミッキー・ショウネシー、ハリー・ベラバー、ジョン・デニスらが助演する。
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昔の名画に興味を持ったのは、映画が好きになれば当然の成り行きだったと思う。かつて若い頃にこの映画を観た記憶があるが、もうすっかり忘れてしまっている。そこでもう一度、観てみることにした次第。

時に1941年夏のハワイ、オアフ島のスコフィールド米軍基地。この兵営G中隊にラッパ手のプルーイットが転属してくる。迎えたのは、ボクシングが好きで自分のチームの強化を図る中隊長ホームズ。中隊長は早速、かつてボクサーだったプルーイットに声をかけ、自分のチームに参加するように命じる。参加すれば、昇進もついてくる。

ところがプルーイットはこれを拒絶する。かつて試合中に親友を失明させ、それを苦にしてボクシングをやめたのである。しかし、中隊長ホームズはこれを良しとしない。間に立つのは、曹長ウォーデン。プルーイットを説得しようとするが、頑ななプルーイットに効果はない。これによって中隊長から目をつけられたプルーイットは、分隊長のガロヴィッチらにひどいシゴキを受け始める。

そんなプルーイットに声をかけたのは同僚兵士のアンジェロ・マジオ。だが彼も営倉係長ジェームズ"ファツォー"ジャドソンと酒場で揉めたことから目をつけられる。中隊長ホームズには美人の妻カレンがいるが、カレンはホームズを嫌い、隊の男たちと浮名を流している。そんなカレンにウォーデンは言い寄る。一方、プルーイットはたまたま連れて行かれた酒場で、そこで働くロリーンと知り合う・・・

1941年のハワイといえば、何と言っても12月8日(現地時間では7日)の真珠湾奇襲。しかし、基地内にはそんな時代背景による緊張感などなく、穏やかな空気が漂う。そんな中で、曹長ウォーデン、プルーイットを中心としたドラマが展開される。中隊長ホームズが権力を握る中隊にあっては、ボクシングチームのメンバーを中心に誰もがホームズの機嫌を伺う。そんな中にあって、プルーイットはそれに逆らい、ウォーデンはあろうことかその妻カレンを口説く。誰もいないビーチで二人っきりの海水浴はモノクロの画面がちょっと残念である。

観終わって、名画の感想はと聞かれるとちょっと答えに窮する。モノクロの昔の名画でも『素晴らしき哉、人生!』などは今観ても心打たれるものがある。「さすが名画」と唸らされるものがあるが、この映画からはそれが感じられない。かつて観たはずなのに内容を忘れてしまっていたのもそれが原因だと思う。映画は時代とともに生きるところがあるので、公開当時の印象はまた違ったのかもしれないと思ってもみる。

当たりハズレは最新の映画でもあること。名画と評判が高ければそれなりのレベルは保証されているとは思うが、それでも「普通」になることもあるだろう。それはそれで、また今度は違う名画にチャレンジしてみたいと思うのである。今回はそんな感想を持った一作である・・・


評価:★★☆☆☆





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