2013年04月07日

ラビット・ホール

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原題: Rabbit Hole
2010年 アメリカ
製作: ニコール・キッドマン
監督: ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演: 
ニコール・キッドマン:ベッカ・コーベット
アーロン・エッカート:ハウイー・コーベット
ダイアン・ウィースト:ナット
タミー・ブランチャード:イジー
マイルズ・テラー:ジェイソン
サンドラ・オー:ギャビー

<Movie Walker 解説>********************************************************************************************************
幼い息子を亡くした夫婦の喪失と再生を、静謐なタッチで見つめたヒューマン・ドラマ。
製作と主演を兼ねたニコール・キッドマンは、ピューリッツァー賞に輝いた同名戯曲に感動し、自らの製作会社で映画化を実現させた。
アカデミー賞主演女優賞候補にもなった彼女の繊細な演技と、温かさと深い余韻を誘う結末も印象的な感動作。
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郊外の閑静な住宅街に暮らすベッカ。
庭いじりをしている時、隣人の夕食の誘いを断る横顔はどこか悲しげ。
夫のハウイーも、夜中に暗い部屋で一人子供の動画を見ている。
何も説明がなくても、それで夫婦の子供が死んだ事がわかる。
このあたりの演出は、映画ならではだ。

悲しみに包まれているベッカとハウイーのコーベット夫妻。
日本にはない子供を失った親の会に参加するも、ベッカの方はどうも馴染めず、やがて辞めてしまう。
哀しみの癒し方は人それぞれ。
残念ながらベッカのそれとハウイーのそれは違う。
悲しみは同じはずなのに、やがて二人の間にすれ違いが生じ始める。

ハウイーは協調型。
子供を失った親の会にも積極的に参加し、亡き息子の思い出を大切にしながらベッカとともに再出発しようとしている。
しかし、ベッカは一人自分の哀しみの世界に籠る事を良しとしている。

ベッカとハウイーの気持ちはそれぞれよく理解できる。
自分だったらどっちだろうと考えかけてやめる。
実際子供のいる身としては、そんな事考えたくもない。
刺々しい対応を取るのはベッカ。
ハウイーも、ベッカの母親も妹も、ベッカを理解し癒そうとするが、頑ななベッカの心はほぐれない。

周囲もそんなベッカにイライラがつのっていく。
きっと、実際に離婚してしまう夫婦ってこういう経過を辿るのではないだろうかと思ってしまう。
そんな心理描写に妙に感心してしまう。

レベッカの前に現れた一人の高校生。
彼が密かに作っていた漫画のタイトルが「ラビット・ホール」。
死んだ父親の科学者を探して、ラビット・ホールと呼ばれるパラレルワールドへのトンネルをくぐる少年の話だ。
この世界とは全く同じ世界がどこかにあるというパラレル・ワールド理論。
何かを暗示しているかのよう。

レベッカがやはり息子(レベッカの兄)を失った母親に聞く。
子供を失った悲しみはなくなるのか、と。
母親は答える。
「なくならない、でも小さくなる。
気がつくとポケットの小石のようにそこにある。
そして時にそれを感じる」
死んだ者を忘れてしまうのは、何だか悪い気がするが、いつまでも打ちひしがれているのもどうかと言うところ。
人はそうして悲しみと付き合っていくのかもしれない。

やがてレベッカに変化の兆しが現れる。
それは観る者を幸福感で満たしてくれる。
良かったな、と素直に思える。
こういう映画も良いものだと素直に思う・・・


評価:★★★☆☆
   
   


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2013年03月30日

パーフェクト・センス

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原題: Perfect Sense
2011年 イギリス
監督: デヴィッド・マッケンジー
出演: 
ユアン・マクレガー :(マイケル)
エヴァ・グリーン :(スーザン)
ユエン・ブレムナー :(ジェームズ)
スティーヴン・ディレイン :(スティーブン)
コニー・ニールセン :(ジェニー)

<YAHOO!映画>********************************************************************************************************
人間に備わる五感を奪う謎の感染症がまん延し、人類存亡の危機に陥った世界を舞台に、危機的な状況下で巡り合った男女の恋の行方を描く恋愛ドラマ。
主演は『ムーラン・ルージュ』などイギリスきっての実力派俳優ユアン・マクレガー、彼と恋に落ちる科学者に『007/カジノ・ロワイヤル』のエヴァ・グリーンがふんする。
監督は、『猟人日記』でもユアンを主演に迎えたデヴィッド・マッケンジー。
世界を舞台にした壮大なストーリーと、愛の意味を問う人間ドラマを融合させた斬新な映像世界が異彩を放つ・・・
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冒頭、静かなナレーションで映画が始る。
抽象的な言葉のナレーションと映画の雰囲気に、どこか既視感を覚える。
こんな雰囲気の映画を観た事があるという感覚である。
そしてそれが「ツリー・オブ・ライフ」であると気がつく・・・

ユアン・マクレガー演じる主人公のマイケルはレストランのシェフ。
戦場のような厨房で腕をふるう一方で、ベッドを共にした女性を「人がいると眠れない」という理由で夜中に追い出す一面を持つ。
しかし、それには理由がある・・・

マイケルの働くレストランのそばに住むスーザンは、感染症学者。
その頃各地で報告されている奇妙な症状を調べている。
ある患者は突然悲しみに襲われたあと、臭覚を失っていた。
原因がわからぬまま、やがてその症状は全世界に広がる。

ご近所ゆえに偶然知り合うマイケルとスーザン。
惹かれあう二人。
親密になっていく二人ではあるが、今度は人々は突然飢餓感に襲われた挙句、味覚を失ってしまう。
レストランも廃業かと思いきや、やがて味覚喪失になれた人々はレストランに戻ってくる。

初めは臭覚。
そして次に味覚。
やがてそれが聴覚になりと人間の五感が順に失われていく。
人類はそれになす術もない。

突然人々が視覚を失ってしまう世界を描いた「ブラインドネス」という映画があった。
目が見えないという事に比べたら、臭覚や味覚は影響が少ない。
なかなか面白い前提の映画だと思う。

そうした一方、映画はそんな人々を傍観するような感覚を持つ。
あがいても仕方がないではないかと語っているようである。
五感を失う前には必ず激しい感情が起きる。
最初は哀しみ。
そして飢餓。
次に怒りの感情に襲われたあと、人々は聴覚を失う。
最後に人々はとてつもない幸福感に包まれる。
その感情の次にくるものは・・・

この映画は果たして何の映画だろう。
恋愛映画と言う事もできる。
事実、映画の主要なストーリーは、マイケルとスーザンという二人の美男美女の恋愛である。
しかし、そういう感覚は起こらない。
映画の世界が行き着くところは、人類の滅亡にほかならないからである。

なんとも不思議な感覚の映画。
やっぱり「ツリー・オブ・ライフ」と同じタイプの映画だとつくづくと思う。
エンターテイメントとしては今一であるが、何かを感じるにはいいかもしれない映画である・・・


評価:★☆☆☆☆


    
posted by HH at 15:19 | 東京 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2013年03月20日

灼熱の魂

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原題: Incendies
2010年 カナダ
監督: ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演: 
ルブナ・アザバル:ナワル・マルワン
メリッサ・デゾルモー=プーラン:ジャンヌ(ジャナーン)・マルワン
マクシム・ゴーデット:シモン(サルワン)・マルワン
レミ・ジラール:公証人ジャン・ルベル
アブデル・ガフール・エラージズ:アブ・タレク

<STORY>********************************************************************************************************
ケベック州に住む双子の姉弟ジャンヌとシモンは、亡くなった母親ナワルからの遺言を受け、未だ見ぬ彼らの父親と兄の存在を知る。
そして遺言によりジャンヌは父親への手紙を、シモンは兄への手紙を託され、二人は中東の母親の故郷へ初めて足を踏み入れる・・・
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なるべく予備知識もなく映画を観るようにしているが、こういう作品に出合うとそうする事の良さをつくづく実感する。
なかなかインパクトのある映画である。

物語は2つのストーリーが織り交ぜられて奏でられていく。
双子の姉弟ジャンヌとシモンが、亡くなった母親からそれまで語られなかった父と兄とに対する遺言を託される。
そして父と兄を探し始める姉弟のストーリーが一つ。
そして若き日の母ナワルのストーリーがもう一つ。

舞台は中東だと言うことだが、具体的にどこかはわからない。
キリスト教徒とイスラム教徒が対立する村。
イスラム教徒の難民の子を身籠ったキリスト教徒のナワル。
二人で駆け落ちする寸前、彼らは見つかり男は殺される。
祖母の指示で密かに出産したナワルは、子供は孤児院へ入れられ、自身は町の大学へと入れられる。
しかし、内戦による混乱が安息の日々を破壊する。

ナワルは女性ゆえに暴力には無力。
一人子供を探しに行く途中、乗せてもらったイスラム教徒のバスはキリスト教徒の襲撃を受け、ナワルの目の前で子供でさえ殺されてしまうが、ナワルは茫然と見ている事しかできない。
キリスト教系の指導者に復讐を誓ったナワルは、復讐を果たすもそのまま刑務所へと収監される。
そこで拷問人アブ・タレクによる暴行の日々を過ごし、やがて妊娠する。

一体この物語はどこへ行くのだろうと、思いながら観て行くのだが、その過程で何ともやり切れぬ思いにさせてくれるのが、今さらながら殺し合いの愚かさだ。
キリスト教徒とイスラム教徒が、互いに宗教だけを理由に殺し合いをする。

主人公のナワルは、宗教に拘りがない。
だから、ムスリムの難民の男を愛し子供を身ごもる。
そんなナワルを“恥”とし殺そうとする兄弟。
そして時を経ても、娘のジャンヌに対して、「ナワルの娘なら歓迎しない」と冷たくする村の人々。

ナワルは通りかかったバスがムスリムのものだとわかると、乗せてもらうためにムスリムに扮する。
十字架のペンダントを外し、スカーフを被るのである。
キリスト教徒とムスリムの違いなんてこんな程度だと象徴するかのようなシーンである。
やがてそのバスはキリスト教徒のグループに止められ、乗っていた乗客は銃撃された挙句、最後はガソリンを撒かれる。

キリスト教徒の身分を明かして助かったナワルは、せめて乗り合わせた子供だけでも助けようとするが、無残にも子供は射殺されてしまう。
神の愛はどこへやら。
こんな行動が神の御心に沿ったものであろうはずがない。
キリスト教徒もムスリムも、都合の良い時だけ神の名を利用しているに過ぎないと感じる。

暴力は憎しみを呼び、憎しみは連鎖する。
キリスト教徒グループへの怒りはナワルに復讐を決意させ、その行動は次の憎しみを呼び、それはナワル自身へと向けられる。
人権など欠片もない刑務所でナワルに向けられた憎しみは、物語の核となる悲劇へとつながる。

インパクトのある真実に、観ている方も衝撃を受ける。
最後にナワルが残した息子と子供たちの父親に宛てた手紙。
そこには我が子に対する深い愛情が綴られる。
母から息子への愛情は普通の事であるが、ナワルの人生を辿った後では普通以上のものがある。
それは憎しみの連鎖を断ち切るものでもある。

手紙を読んだ男が、その後どんな人生を送ったのか。
想像してみるのも面白い・・・


評価:★★★☆☆


    



    
   
posted by HH at 22:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2013年03月18日

ビフォア・ザ・レイン

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原題: Before the Rain/ Pred dozhdot
1994年 マケドニア/フランス/イギリス
監督: ミルチョ・マンチェフスキ
出演: 
グレゴワール・コラン(キリル)
ラビナ・ミテフスカ(ザミラ)
カトリン・カートリッジ(アン)
ラデ・シェルベッジア(アレキサンダー・キルコフ)
ジェイ・ヴィラーズ(ニック)

<STORY>********************************************************************************************************
「第1部 言葉」(Part 1. Words)
修道院で沈黙の修行に励む若い修道僧キリルの元に、アルバニア人の少女ザミラが逃げ込んでくる。
「第2部 顔」(Part 2. Faces)
ロンドンの雑誌社に勤めるアンは夫ニックとの関係がうまくいかず、マケドニア出身の写真家アレキサンダーに魅かれていた。
「第3部 写真」(Part 3. Pictures)
帰国したアレキサンダーだが、故郷の村ではマケドニア人とアルバニア人が対立し、一触即発の状態になっていた。
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ちょっと古いヨーロッパ映画。
物語は3部作となっている。
第1部は「言葉」というタイトルで、修道院で沈黙の修行に励むキリルとキリルの元に逃げ込んできたアルバニア人の少女の物語。

少女は殺人を犯したという事で、殺した相手のマケドニア人グループが追いかけてくる。
キリルは成り行きで少女を匿うが、殺気立つマケドニア人が修道院のまわりを固めている。
そして少女の存在は司教の知るところとなる。

第2部では景色が一転してロンドン市街となる。
雑誌社に勤めるアンは、マケドニア出身の写真家アレキサンダーと不倫関係にある。
一緒に故郷のマケドニアに行こうと誘われるが、すぐに行けるわけもなく、また夫との関係もあって、その日はロンドンに残る。
そして事件が起こる。

第3部ではマケドニアに戻ったアレキサンダーの物語。
16年振りの故郷だが、いつのまにかマケドニア人とアルバニア人の対立が激しくなっている。
かつて恋したアルバニア人の女性を訪ねるが、敵意に満ちた歓迎を受ける。
そんな中で、従兄弟がアルバニア人の少女に殺されてしまう。

無関係に思えた3つの物語も第3部で一つになる。
しかしながら不思議な事がある。
見間違いでなければ、第2部でアンが見ていた写真は第1部のラストのもの。
そして第2部でアンを故郷マケドニアに誘ったアレキサンダーが、一人先に故郷に帰る事から第3部は第2部の続き。
さらに第3部の最後の事件は第1部へと続く。
つまり時間が循環している。
何の説明もなく、単なる勘違いなのかよくわからない。

映画の背景には旧ユーゴスラビア崩壊に伴う混乱の余波がある様子。
ただボスニアの内戦と、マケドニア国内のマケドニア人とアルバニア人の対立などはどう関係しているのかよくわからない。
それは仕方ない事であるが、知っていればより深くこの映画を理解できるのかもしれない。

この映画を観ようと思ったのは、たぶんWOWOWの宣伝文句に惹かれたからだと思うが、もうだいぶ前の事なので忘れてしまった。
淡々とした映画とも言えるし、エンターテイメントとしては今一つ。
雨が降る前という意味のタイトルのこの映画。
雨が降ったあとどうなったのだろうと、ちょっとだけ興味を引かれた・・・


評価:★★☆☆☆





    
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2013年03月13日

スーパー・チューズデー 正義を売った日

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原題: The Ides of March
2011年 アメリカ
監督: ジョージ・クルーニー
製作総指揮:レオナルド・ディカプリオ
出演: 
ジョージ・クルーニー(マイク・モリス知事)
ライアン・ゴズリング(スティーヴン・マイヤーズ)
フィリップ・シーモア・ホフマン(ポール・ザラ)
ポール・ジアマッティ(トム・ダフィー)
マリサ・トメイ(アイダ・ホロウィッチ)
ジェフリー・ライト(トンプソン上院議員)
エヴァン・レイチェル・ウッド (モリー・スターンズ)

<びあ映画生活>********************************************************************************************************
ジョージ・クルーニーが、監督・出演・制作と意欲的に携わり完成させたポリティカル・サスペンス。
大統領を目指す州知事の姿を通して、現代社会における政治と権力の構図、そしてあらゆる欲望入り混じる人間模様を描き出す。
ライアン・ゴズリングやフィリップ・シーモア・ホフマンなど演技派が頭脳戦でしのぎを削る様が最大の見所だ。
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主人公はモリス州知事の広報官を務めるスティーブン。
キャンペーンマネージャーのポールとともに、大統領を目指す州知事を支えている。
そして、モリス州知事はライバルのプルマン議員をわずかにリードしていた。
両候補が雌雄を決するオハイオ州予備選を前に激務をこなすスティーヴンの元へ、プルマン陣営の選挙参謀トムから密会の打診がある。

一方、スティーヴンは選挙スタッフの女性モリーに誘われ親密な関係になる。
しかし、やがてモリーの携帯にモリス州知事から電話がかかってきた事から、州知事の隠された秘密を知ることになる。
そして、事件が起こる・・・

大統領選という事で、邦題は「スーパーチューズテー」としたようであるが、そんな邦題に見事に期待して観てしまった。
しかしそんな期待とは裏腹に、「普通の」ドラマであった。
もっとも原題は「カエサルが暗殺された日」の事であるらしいが、観終わって考えるとなんとなく意味がわかる程度だから似たり寄ったりかもしれない。

注目はやつぱりキャストである。
ジョージ・クルーニーは「オーシャンズ」シリーズのリーダー役そのままで、やっぱりこういう役柄がイメージとしてはしっくりくる感じ。
ライアン・ゴズリングは「ステイ」の不思議な患者の印象が強いが、なんとなく気を引かれる。
フィリップ・シーモア・ホフマンはただでさえ個性たっぷり。
そんなキャストたちが、それぞれ腹に一物を抱えた男たちとして登場する。

選挙と言えば、候補者は白い歯を輝かせたスマイルで聴衆に手を振るのだが、裏ではこんな事が起こっているんだろうなと自然と思えてくる。
洋の東西を問わず、選挙戦というものは似たようなものなのだろうか。
キツネとタヌキの化かし合いが好きな向きには、ピッタリのドラマである・・・


評価:★★☆☆☆


    
   
    
posted by HH at 23:33 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ