2016年10月20日

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ.jpg

原題: Fifty Shades of Grey
2015年 アメリカ
監督: サム・テイラー=ジョンソン
出演: 
ダコタ・ジョンソン: アナ・スティール
ジェイミー・ドーナン: クリスチャン・グレイ
ジェニファー・イーリー: カーラ・メイ・ウィルクス
エロイーズ・マンフォード: ケイト・キャヴァナー
ヴィクター・ラスク: ホセ・ロドリゲス

<シネマトゥデイ>
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主婦が趣味で執筆しインターネットにアップした小説が評判を呼び、全世界でベストセラーとなった官能小説を映画化。巨大企業の若き起業家である男前のCEOと、恋愛未経験の女子大生の倒錯した恋愛模様が展開する。メガホンを取るのは、『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』の女性監督サム・テイラー=ジョンソン。CEOにファッションモデル出身で『マリー・アントワネット』などのジェイミー・ドーナン、ヒロインには『ニード・フォー・スピード』などのダコタ・ジョンソンがふんする。
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 主人公のアナスタシア・スティールはワシントン州立大学バンクーバー校で英文学を専攻する平凡な女子大学生。卒業試験を目前に控えたある日、熱を出したルームメイトに代わり、学生新聞の記者としてシアトルにある大企業グレイ・エンタープライズ・ホールディングスの創始者でありCEOのクリスチャン・グレイにインタビューすることになる。若く魅力的なクリスチャンにアナは心惹かれる。

 ある日、アナのアルバイト先にクリスチャンが突然現れる。話の中でアナは、学生新聞用にケイトがクリスチャンの写真を撮りたがっていることを話す。クリスチャンは快諾し、二人は後日また会うことになる。撮影終了後クリスチャンはアナを誘い、カフェへと向かう。そしてアナの元に、クリスチャンからアナの好きなトーマス・ハーディの作品である『ダーバヴィル家のテス』の初版本が届く。あまりに高価なものが届き、アナは困惑する。

 その晩、バーで飲んでいたアナは酔ってクリスチャンに電話をする。アナが酔っていると察知したクリスチャンは、バーに現れると泥酔したアナを自分が泊まっているホテルへ連れて帰る。何事もなく一夜を過ごした二人であるが、これを機に二人の距離は縮まる。そしていよいよ一戦を越えようとする時、クリスチャンからアナにある提案がなされる。

 若くして成功したクリスチャンの姿は、男なら誰もが羨むものである。アナもすぐに彼に心惹かれる。アナを迎えにきたクリスチャンは、屋上に止めたヘリにアナを誘うと、自らコクピットに座ると夜の街の上空を自らが住むシアトルへと向かう。スケールの違うことと言ったらない。これで落ちない女などいないだろう。実に羨ましい。

 されど何事も夢のようにはいかない。クリスチャンには実は特殊な性癖があって、それは平たく言えばSM。なんとクリスチャンはアナに「奴隷契約」を持ちかける。しかも愛はないとの但し書き付である。それ以外は贅沢三昧できるのであるが、女性の立場としてはどうなのであろう。ここからストーリーは目眩く性の世界へと入っていく。お子様には見せられない映像の世界。

 かつてトム・クルーズ主演の「アイズ・ワイド・シャット」という映画があったが、この映画もそれと同様。官能映画と言えば官能映画であるが、そこはさすがハリウッド。アダルトビデオとは遥かにかけ離れた美しき芸術性が漂う。二人の大胆な絡みも、見ていて美しい。クリスチャンの提案に、アナは驚きつつも断るでもなく真剣に検討する。どんな「プレイ」を可とするかの契約条項をビジネスが如く打ち合わせする姿は、なんとも言えない。

 それにしてもクリスチャンも堂々としたもので、「愛はない」と初めからはっきり宣言。なのにアナは離れるでもなく、契約するか否か最後まで検討し続ける。「プレイ」については好みもあるので何とも言えないが、揺れ動くアナの心境が観る者にも伝わってきて、ストーリーに引き込まれてしまった。難を言えば、クリスチャン役のジェイミー・ドーナンがもう少し2枚目だったらと思わなくもない。まぁこれも好みかもしれないが、イマイチ感情移入しにくいところであった。

原作には続編もあるようだし、そのあたり映画でも期待したいと思う作品である・・・


評価:★★☆☆☆



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2016年09月20日

歩いても歩いても

歩いても歩いても.jpg

2008年 日本
監督: 是枝裕和
出演: 
阿部寛 - 横山良多
夏川結衣 - 横山ゆかり(良多の妻)
YOU - 片岡ちなみ(良多の姉)
高橋和也 - 片岡信夫(義兄 ちなみの夫)
田中祥平 - 横山あつし(ゆかりの連れ子である良多の息子)
樹木希林 - 横山とし子(良多の母)
原田芳雄 - 横山恭平(良多の父)
野本ほたる - 片岡さつき(ちなみと信夫の娘)
林凌雅 - 片岡睦(ちなみと信夫の息子)
寺島進 - 小松健太郎(松寿司店長)
加藤治子 - 西沢ふさ(横山家の隣人)

<シネマトゥデイ>
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『誰も知らない』『花よりもなほ』の是枝裕和が、家族の情景を鋭くとらえ、しんみりと描いたホームドラマ。15年前に死んだ兄と比較されて育ち、実家に居心地の悪さを抱いている男を阿部寛がユーモアと悲哀を込めて演じる。そのほか、夏川結衣、樹木希林、原田芳雄などが家族にふんし、家族の何でもない会話や日常を絶妙な間合いで表現する。
ストーリー:夏のある日、横山良多(阿部寛)は妻のゆかり(夏川結衣)と息子のあつし(田中祥平)とともに実家に帰省した。この日は、15年前に他界した兄の命日。しかし、失業していることを口に出せない良多にとって、両親(原田芳雄、樹木希林)との再会は苦痛でしかなかった。
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 ある夏の日、横山良多は、再婚したばかりの妻ゆかりとゆかりの連れ子のあつしとともに電車で実家に向かう。実家では既に姉夫婦が二人の子供を連れて来ている。母は息子の良多の結婚相手が子連れの再婚であることが気に入らない。開業医を引退した父は、日課である散歩に出かけていく。医者に誇りを持っている父は、息子の良多が医者にならなかったことで、二人の関係はギクシャクしている。さらに良多は失業中であり、それについては家族にかん口令を敷いている。

 良多が実家へ帰ったこの日は、横山家の長男、純平の命日。純平は父の跡を継いで医者になったが、海で溺れた少年を助けようとして命を落としたのであった。特にナレーションがあるわけでもなく、一族の会話から、その状況が浮かび上がってくる。連れ子のあつしは、良多を嫌っているわけではなさそうであるが、良多を父とは呼ばず「りょうちゃん」と呼ぶ。
母のゆかりは、せめて実家ではそう呼ばないようにと諭す。

 姉のちなみ夫妻は、実家で両親と同居することを計画している。しかし、母とし子は、良多が戻って来にくくなるという配慮から、これに対しては乗り気ではない。墓参りから戻ると、かつて純平が海で溺れたところを助けた青年が、線香をあげに来ている。青年が帰ると、父は悪態をつき、良多はそれに反発する。母とし子の態度にゆかりは良多に不満をもらし、さらにとし子はとげのある言葉をゆかりに投げかける。

 父は子供が生まれた時、人並みに喜び、そして自分自身が誇りを持っている医師という職業に息子たちをつかせようと思ったのであろう。されど次男の良多にはそれが負担であり、いつしか反発へと繋がったのだと想像できる。そして意思表現が不器用な父の態度がそれに輪をかける。良多が意地でも失業しているという事実を隠そうとするところにもそれが表れている。

 母とし子は、青年が焼香にくることに居心地の悪さを感じているのは承知しているが、一年に一度その居心地の悪さを感じさせるために、「来年も来てくれ」と青年に声をかける。直接恨み言を言えない陰湿な思いが伺える。さらに良多には子供を作るのかと聞きつつ、別れる前提で作らないほうがいいという。そしてそれをさり気ない形でゆかりにも言う。こういうことが嫁姑の争いにつながるものであるが、恐ろしいくらいさり気なく描かれる。

 何気ない家族の一日であるが、行間にそれぞれの思惑が入り混じる。対立する父と子、母の息子たちへの思い、娘の母への思いが、決してきれいな形ではなく、むき出しに描かれる。ほんわかファミリードラマにしなかったところが、現実感溢れている。そんな「作り物」感のないリアリティが、ある種心地よい。実際の家族は、外見上親しそうでもどこもそれぞれが様々な思惑を抱えているものである。

 特に母親のとし子は、己の感情に正直である。息子の嫁には子連れの再婚女など嫌であり、長男の事故死の原因となった青年にはただ恨みの感情しかない。暖かいファミリードラマではなく、あえてリアリティのある家族ドラマにしたところが、この映画の妙である。地味ながら、唸らせられる映画である・・・
 
評価:★★☆☆☆




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2016年09月19日

母と暮せば

母と暮せば.jpg

2015年 日本
監督: 山田洋次
出演: 
吉永小百合:福原伸子
二宮和也:福原浩二
黒木華:佐多町子
加藤健一:上海のおじさん
浅野忠信:黒田
広岡由里子:富江
本田望結:民子
小林稔侍:復員局の職員

<シネマトゥデイ>
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「父と暮せば」などの戯曲で有名な井上ひさしの遺志を名匠山田洋次監督が受け継ぎ、原爆で亡くなった家族が亡霊となって舞い戻る姿を描く人間ドラマ。原爆で壊滅的な被害を受けた長崎を舞台に、この世とあの世の人間が織り成す不思議な物語を映し出す。母親を名女優吉永小百合が演じ、息子を『プラチナデータ』などの二宮和也が好演。ほのぼのとした中にも戦争の爪痕を感じる展開に涙腺が緩む。
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 1945年8月9日、その日いつものように大学へと向かう浩二。しかし、授業中飛来したB-29が投下した原爆で、浩二は一瞬にして命を奪われる。
 それから3年。夫と2人の息子もなくした伸子は、1人で暮らしている。時折訪ねてくるのは、浩二の許嫁であった町子。遺品すら残っていない浩二の死をなかなか受け入れきれない伸子だったが、3年目の命日のこの日、とうとう町子に諦めたと語る。そしてその夜、伸子の元に浩二が現れる。

 どうやら伸子が浩二の死を受け入れたことで、浩二が出てこられた様子。母子は3年ぶりの再会に生きている人たちの近況を語る。町子は卒業し、小学校の先生になっていた。町子は死んだ浩二に操を立て、「一生結婚はしない」と伸子に語る。浩二と町子。2人の生前の様子が描かれる。そしてある日、浩二のレコードを借りて教職員間でレコード鑑賞をした折、ある男の教師が涙した話を町子がする。それは、出征前、もう二度と聞くことはないと覚悟して聞いたメンデルスゾーンだったという。

 死んだ息子が現れ、信子の幸せそうな様子に心が温かくなるが、その一方で戦争の影響が色濃く残る周囲の人たちの様子に心が痛む。まだ物資も乏しく生活は貧しい。傘を持っておらず、そのため雨の日は登校を嫌がる子を担任の町子は家まで迎えに行く。先生と一つ傘で通学するその子は、サイズの合わない父親の履き古した靴を履いている。港で大漁となると、近所に声がかかり、主婦たちは鍋を持って港へ向かう。闇屋を営む上海のおじさんは、警察の目をかいくぐって貴重品の生活物資を伸子に届ける。

 町子が満員列車に乗って、担任の子を連れて復員局を尋ねる。父親の消息を尋ねる子供に対し、復員局の職員は気持ちを押し殺し、丁寧に戦死の事実を告げる。その事実を記す書面を押さえる職員の左腕は失われている。さりげなく描かれる当時は当たり前だったであろう日常シーンに、心に深く染み入るものがある。父親の消息を尋ねた女の子は、病弱な祖父と二人暮らしだという。映画では描かれていないが、その後の苦労もうかがわれる。

 死んでしまった者とはもう二度と会えないし、話すこともできない。だが、出来るものならもう一度会いたいし、話したいのは人の常。そうした願望が、映画の中で叶うのを見るのは心地よい。されど、生きていれば苦難困難苦悩はついてくる。浩二も最愛の町子と結婚することはもうできず、ただ相手の幸せを願って他の男と結ばれるのを見ているしかない。死んだ人と会えるというと、明るいイメージがあるものの、そうした切なさも伝わってくる。

 単に死者が現れるというオカルトちっくな物語ではなく、周囲の人たちを含めた、戦後の人々の困難が心を打つ。浩二は綺麗な姿で現れたが、ビルマで戦死した兄は、悲惨な姿で母の元へ帰ってくる。それもまた背景にある目を背けたくなる事実である。そんな背景に対し、吉永小百合と二宮和也のほのぼのとした親子の姿が、雰囲気を和らげる。もはやアイドルというより立派な俳優と言いたい二宮和也に好感が持てる。

山田洋次らしい、そして日本ならではの雰囲気の映画である・・・


評価:★★☆☆☆





posted by HH at 22:39 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2016年09月16日

太秦ライムライト

太秦ライムライト.jpg

2014年 日本
監督: 落合賢
出演: 
福本清三: 香美山清一
山本千尋: 伊賀さつき
萬田久子: 田村美鶴
松方弘樹: 尾上清十郎
本田博太郎: 長沼兼一
小林稔侍: 先代 尾上清十郎

<シネマトゥデイ>
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時代劇という日本が誇るジャンルを支える人々にスポットを当てたドラマ。斬られ役の名手として活躍してきた老いた俳優と、彼と出会った女優が育む絆を見つめていく。メガホンを取るのは、『タイガーマスク』などの落合賢。斬られ役の名人として知られる『ラスト サムライ』などの福本清三が、自身を投影したかのような老俳優を熱演。その脇を、本田博太郎、小林稔侍、松方弘樹ら実力派が固める。チャールズ・チャップリンの名作『ライムライト』を基にした物語にも注目。
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タイトルにもある通り、舞台は京都太秦。主人公の香美山清一は、いわゆる大部屋役者。今日も時代劇「江戸桜風雲録」の収録が行われており、香美山は主演の尾上清十郎扮する主役に斬られて撮影が終了する。しかし、その場で番組の打ち切りが発表され、尾上清十郎は香美山の労をねぎらい、「また斬らせてくれ」と言い残して去っていく。

斬られ役専門で長年やってきた香美山であるが、時代劇自体の数が減り出番は減る。それでも日々の稽古を怠らない香美山の前に、ある日新人女優のさつきが稽古をつけてくれと申し出てくる。相手が若い女性でもあり、斬られ役の将来性とを考えたのであろう、その申し出を断る香美山。しかし、諦めないさつきに、とうとう共に稽古を始める。女性ながらに殺陣ができるさつきは、新たに始まった新しいスタイルの時代劇でチャンスを掴み、スターへの階段を上ることになる。

一方香美山は、仲間を庇って若手監督と対立し、映画から干されてしまう。古くからの撮影所の課長の助力で、映画パークのチャンバラショーに出演し、糊口をしのぐ香美山。だが、長年の疲労が蓄積し、肘が思うように動かせなくなる。そんな状況下、ついに香美山は引退を決意する・・・

主人公を演じるのは、実際に長年斬られ役を務めてきたという福本清三。はっきり言って初めての俳優さんだが、『ラスト サムライ』に出演していたというし、50年以上のキャリアで「5万回斬られた男」と言われているようだし、実は気がつかなかっただけで、何度も観ているのかもしれない。そしてそんな福本の端役人生と同じようなドラマで、まさに適役と言える。

華やかなりし、主役の影にはそれを支える端役がいる。ドラマの主人公香美山も、スポットライトの当たらない世界にいるが、それでも日々の稽古は欠かさない。誰も見ていないし、本番でも注目を浴びるのは主役の動きであって、端役のそれではない。それでも欠かさず稽古を続ける。実際の福本清三もそうらしく、えび反りになって斬られる「斬られ方」を研究して編み出しているとのことである。そして、そういう目立たぬところにスポットライトを当てているのがこの映画の良いところである。

タイトルは、チャップリンの名画『ライムライト』から取られているようである。『ライムライト』も年をとった男が、若いダンサーを助け、自らはスポットライトの当たらないところに消えていく話であった。「年をとると生きるのが習慣になって死にたくなくなる」と言って、ダンサーを励ますのが印象的だったが、この映画の香美山もそれと同じような生き方をしている。

若い頃、共演した先代の尾上清十郎からその「斬られっぷり」を評価され、愛用の木刀をもらった香美山。それからその木刀を大事にし続け、日々の稽古で使い続ける。日の当たらないところで、黙々と稽古する姿は、「人知らずともうらまず」を地で行くと言える。そうした姿に、いつしか心が揺さぶられる。福本清三自身の生き様が現れされたようで、心に残る一作である・・・


評価:★★★☆☆





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2016年09月13日

あなたを抱きしめる日まで

あなたを抱きしめる日まで.jpg

原題: Philomena
2013年 イギリス・アメリカ・フランス
監督: スティーヴン・フリアーズ
出演: 
ジュディ・デンチ:フィロミナ・リー
スティーヴ・クーガン:マーティン・シックススミス
ソフィ・ケネディ・クラーク:若き日のフィロミナ
メア・ウィニンガム:メアリー
バーバラ・ジェフォード:シスター・ヒルデガード
ルース・マッケイブ:マザー・バーバラ

<シネマトゥデイ>
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10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話を、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ監督が名女優ジュディ・デンチを主演に迎えて映画化。ジャーナリストのマーティン・シックススミスによる「The Lost Child of Philomena Lee」を基に、50年前に生き別れた息子との再会を願う母親フィロミナの姿を描く。彼女の息子捜しを手伝うマーティン役には、本作のプロデューサーと共同脚本も務める『マリー・アントワネット』などのスティーヴ・クーガンがふんする。
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主人公のフィロミナは、老齢の女性。ある日、手にした一枚の古びた子供の写真を見ている時、娘に問われるがままに語る。自分には50年前に産んだ男の子がいると。娘は偶然知り合ったジャーナリストのマーティンに事の次第を話し、生き別れた息子を探してくれるように依頼する。はじめは断ったマーティンだが、依頼を受けることにする。

フィロミナは十代の頃、知り合った男と恋に落ち、妊娠してしまう。当時の社会ゆえ、未婚の母など世間体も悪買ったのであろう、フィロミナは修道院に預けられる。そこで男の子を出産し、アンソニーと名付ける。しばらく子供とともに暮らしていたが、ある日、アンソニーはいずこからか来た夫妻に養子として連れていかれてしまう。その後、フィロミナは修道院を出て結婚するが、修道院にアンソニーの行方を問い合わせても、回答は得られないでいた。

マーティンとともに再度修道院を訪れるフィロミナ。しかし、修道院側は「資料は火災で焼失した」と主張する。そしてなぜか消失を免れた養子の承諾書だけがフィロミナに提示される。手がかりがない中、当時の養子がアメリカに行ったことを密かに教えられ、二人はアメリカへと渡る。調査は困難を極めるが、ついにアンソニーの行方を突き止めることに成功する・・・

何気なく観ていた映画だが、エンディングで実話だったとわかりちょっと驚く。時代と言えば時代であったのであろう、許されざる妊娠をし、たぶん世間体もあってだと思うが、修道院に入れられたフィロミナ。さらに驚くのは、愛の宗教と言われ、汝の隣人を愛せと教え、罪を許す宗教であるはずのキリスト教なのに、未婚の母に対しては冷たい。さらに後日、息子に会いたいと尋ねるフィロミナに対しても頑なに情報提供を拒む。フィロミナの視点で映画を観ていると、腹立たしい限りなのであるが、何か事情があるのだろうかと思ってみたりする。

もしもここでキリスト教の博愛精神を発揮し、生き別れた子供を探す母親のためにせめてアンソニーの行方を教えていたら、と思わずにはいられない(もちろんそうしたらこの映画が生まれることはなかっただろう)。そして物語は意外な結末へと向かう。フィクションであれば、わざとらしいと思えるが、なにせそこは実話の持つ力。この結末は予想できるものではなく、深い味わいがある。

物語に感情移入し、フィロミナの立場になって想像してみると、ついつい胸が熱くなってしまう。女性の場合は特におなかを痛めて生んでいるだけに、尚更であろう。けっしてハッピーエンドとは言えないものの、これはこれで良かったと思えるし、だからこそ映画化もされたのであろう。心に響く映画である・・・


評価:★★☆☆☆





posted by HH at 21:28 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ