2011年04月11日

私の中のあなた

わたしの中のあなた.jpg

原題: My Sister's Keeper
2009年 アメリカ
監督: ニック・カサヴェテス
出演: アビゲイル・ブレスリン/ソフィア・ヴァジリーヴァ/キャメロン・ディアス/ヘザー・ウォールクィスト/ジェイソン・パトリック/アレック・ボールドウィン

<STORY>********************************************************************************************************
11歳の少女アナは、白血病の姉に臓器を提供するドナーとして、遺伝子操作によってこの世に生まれた。
母サラは愛する家族のためなら当然と信じ、アナはこれまで何度も姉の治療のために犠牲を強いられてきた。
そんなある日、「もうケイトのために手術を受けるのは嫌。私の体は、自分で守りたい」と、アナは突然、両親を相手に訴訟を起こす。
しかし、その決断にはある隠された理由があった…
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白血病の少女を取り巻く家族の物語というと、何だかお涙ちょうだいモノに思えてしまうが、この映画は一ひねりも二ひねりもしてあって、安易なドラマに陥っていないところが評価できる。
「冒頭から姉のドナーとして私は生まれた」などと衝撃的な告白があって、掴みとしてはうまいと思う。

主人公は11歳の少女アナ。
姉のケイトは白血病で、治療の成果も今一つ。
治療に必要な臍帯血、輸血、骨髄移植には適合性が要求される。
肉親であっても完ぺきではなく、100%完璧なドナーは遺伝子操作で新たな子供を作るという方法があるとの医師の勧めで、両親が産んだのがアナである。

これもまたちょっと衝撃的な話だ。
そういえば、ユアン・マクレガーの主演した「アイランド」という映画は、金持ちたちが将来の疾病に備えて、初めから同じ遺伝子を持つ自分の分身を作っておくという内容の近未来ドラマだったが、発想は似ている。
そして生まれてからアナは何度も移植で辛い思いをしてきている。

そんなアナが、訴訟勝率91%の弁護士を訪ね、もう姉のドナーになるのは嫌だから移植を拒絶できるようにしてほしいと訴える。
両親を相手に子供が訴訟を起こすというのも、訴訟社会アメリカらしい。
しかし、考えてみればこれも道理。
いくら親だからといって、子供に臍帯血、輸血、骨髄移植といった事を強いるのは許されるのだろうか。

子供には十分な判断能力がないとされ、日本でも未成年者の行為には法律でも制約が加えられている。
だからといって、移植などの体を傷つける行為を親が代わって承認できるものなのだろうか。
最後にアナに要求されたのは腎臓移植。
それまでは痛みは伴っても体の中で再生産できるものだった。
しかし臓器はそうはいかない。
難しいテーマを投げかけてくれる映画である。

ケイトは治療で髪の毛がすべて抜け落ちている。
おしゃれに興味を持つ年頃なのに、それはかなり可哀そうな状態。
父、母、アナ、そして弟の目を通してケイトを取り巻く家族の様子が描かれていく。
家族それぞれの思いは至極もっとも。
それぞれ形は違えども、家族に対する思いは共通している。
そんな思いが、観ていてじんわりとさせられるところだろう。

母親として登場するのはキャメロン・ディアス。
これまでとは打って変わって我が子の治療に執念を燃やす母親として登場。
だんだんと歳を取るにつれて役柄も変化するもの。
これから母親役も少しずつ増えていくのかもしれない。

ケイトの決断と兄弟愛には心動かされるものがある。
いろいろな事を考えさせられる映画である・・・


評価:★★★☆☆
     

    
  
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2011年04月01日

紀ノ川

紀ノ川.jpg

1966年 日本
監督: 中村登
原作: 有吉佐和子
出演: 司葉子/岩下志麻/有川由紀/東山千栄子/田村高廣/丹波哲郎

<STORY>********************************************************************************************************
明治32年、22歳の春を迎えた紀本花は紀州有功村六十谷の旧家真谷家に嫁いだ。
夫敬策は24歳の若さで村長の要職にあった。
婚儀は盛大なものだったが、花を好いていた敬策の弟浩策はうかぬ顔だった。
翌年の春、ようやく真谷家の家風に慣れた花は妊った。
そして花は、実家の祖母豊乃に教えられて慈尊院へ自分の乳房形を献上し、安産を祈った・・・
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有吉佐和子の小説を映画化した1966年の作品。
舞台は和歌山県。
タイトルにある通り紀の川が流れるほとりの村で、明治・大正・昭和と3つの時代を生きた主人公花の物語である。

冒頭、古式ゆかしき花嫁姿の女性が家族に見守られ、船に乗り込む。
船は静かに川を下り、花は婚家に嫁ぐ。
相手は旧家真谷家の長男敬策。
24歳ながらにして既に村長を務めている。
弟の浩策は不機嫌な様子。

広大な自宅での披露宴。
宴もたけなわの最中、中座した新婚夫婦はそのまま奥の部屋へ案内され、女中たちが「お休みなさいませ」と言って下がっていく。
昔はこんな感じだったのだろうか、とふと思い出す。
そう言えば、規模こそ全然違うが、子供の頃祖父の家で見た叔母の結婚式もこんな感じだった。

昔は一族の財産はすべて長男が総取り。
次男以下は肩身の狭い居候か、婿養子に行くしかない。
しかし真谷家は財産もあり、分家する事になる。
弟の浩策が不機嫌なのは、花が好きだからだと敬策に言われ、戸惑う花・・・

原作は読んでいないのだが、これはかなりの長編だと思う。
この結婚式から明治・大正・昭和と時間の流れを追ってストーリーは流れていく。
それはまるで川の流れのように・・・
花にはやがて長男と長女文緒が生まれる。
そして文緒にはさらに長女華が生まれる。

主人公花の一代記と言える映画であるが、なぜだか落ち着かない。
その理由はと言えば簡単で、物語の展開が早過ぎるのである。
たぶん長い小説を無理に映画の枠の中に収めようとしたのであろう、その無理が早い展開に落ち着かなさを生み出してしまっているのである。
一つ一つのエピソードをもっと盛り上げて欲しかった気がする。
例えば弟浩策が密かに花に心惹かれるエピソードも、もっと何かあっても良かったような気がするのである。

花を演じるのは司葉子。
文緒は岩下志麻。
敬策は田村正和のお兄さん田村高廣だし、弟の浩策は丹波哲郎。
みんな年配の姿しか知らないから、この映画では若々しくて新鮮である。
特に岩下志麻などは、『極道の妻たち』で「なめたらいかんぜよ」のセリフが強烈だったが、この頃からすでにあのイメージを漂わせている。
気の強い男勝りの文緒は若いながらも極妻なのである。

166分の長い映画であるが、早送りを観ているような感じで、どうも落ち着かない映画だった。
ゆったりと流れる紀ノ川とはちょっと違ったようである。
原作はひょっとしたらもう少し味わい深いのかもしれない。
いつか読んでみようかと思う・・・


評価:★★☆☆☆
    

   
   
posted by HH at 23:50 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2011年03月30日

ラブリーボーン

ラブリーボーン.jpg

原題: The Lovely Bones
2009年 アメリカ・イギリス・ ニュージーランド
監督: ピーター・ジャクソン
出演: シアーシャ・ローナン/マーク・ウォールバーグ/レイチェル・ワイズ/スーザン・サランドン/スタンリー・トゥッチ/マイケル・インペリオリ

<STORY>********************************************************************************************************
スージー・サーモンは、14歳のときに近所に住む男にトウモロコシ畑で襲われ、殺されてしまった。
父は犯人捜しに明け暮れ、母は愛娘を守れなかった罪悪感に苦み、家を飛び出してしまった。
スージーは天国にたどり着く。
そこは何でも願いがかなう素敵な場所で、地上にいる家族や友達を見守れる。
スージーは、自分の死でバラバラになってしまった家族のことを心配しながら、やり残したことを叶えたいと願うのだった…。
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「私はスージー・サーモン、1973年12月6日14歳で殺されたの・・・」という何やら衝撃的なイントロで映画は始る。
14歳の女の子と言えば微妙な年齢だ。
もう子供とは言いにくいし、大人にもなりきれていない。
男の子に誘われる友達を尻目に、密かにあこがれる男の子に対する切ない恋心も隠したままだ。

冒頭から殺されるとわかっているから、いつその時が来るのだろうと観てしまう。
憧れの男の子から土曜日のデートに誘われ、夢見るままに帰る帰り道、トウモロコシ畑で“その時”はやってくる。
そして殺されたあと、スージーはこの世とあの世の狭間で、愛するパパとママ、おばあちゃんと妹の家族を見守っていく事になる。

死者と生きている者の物語というと、デミ・ムーアの「ゴースト」やブルース・ウィリスの「シックス・センス」などが浮かぶ。
しかし、この映画は「ゴースト」のようにロマンティックではなく、「シックス・センス」のようにオカルトチックでもない。
ちょっとしたスリルはあるのだが、ハッピーエンドとも言い難い、不思議な映画だ。

スージーができる事といったら、家族や友人たちを見守るだけ。
彼女が見守る中で、家族はスージーを失った痛手に苦しみ、犯人を捜し、そうしながらも日々の暮らしを続けていく。
妹は少しずつ成長し、そしてスージーが経験できなかったファーストキスをいつのまにか経験する。
それを見守るスージーの複雑な心境が画面を通して伝わってくる。

主演のスージーを演じるシアーシャ・ローナンであるが、これが実に可愛い。
実はキーラ・ナイトレイ主演の「つぐない」に13歳で出演していたようなのであるが、まったく記憶にない。
「つぐない」でアカデミー賞にノミネートされたらしいから、容姿だけではなく実力もあるのだろう。
これからちょっと注目したい女優さんだ。

ストーリーは観る者にとってはハッピーエンドと言い難い。
意外性があるエンディングと言えばそう言えるのであるが、やっぱりこの手のストーリーとなると、ハッピーエンドを期待したいところだから、個人的にはどうだろうかと思う。
ちょっと心に重いモノが残ってしまった気がする・・・


評価:★★☆☆☆
 


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posted by HH at 23:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2011年03月21日

ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜

ヴィヨンの妻.jpg

2009年 日本
監督: 根岸吉太郎
原作: 太宰治
出演: 松たか子/浅野忠信/室井滋/伊武雅刀/妻夫木聡/堤真一/広末涼子

<STORY>********************************************************************************************************
戦後の東京で、才能がありながら放蕩三昧を続ける小説家・大谷を健気に支えて暮らす妻の佐知。
貧しさを忍びつつ幼い息子を育てていたが、これまでに夫が踏み倒した酒代を肩代わりするため椿屋という飲み屋で働き始める。
佐知は水を得た魚のように生き生きと店の中を飛び回り、若く美しい彼女を目当てに通う客で椿屋は繁盛する。
そんな妻の姿を目にした大谷は、いつか自分は寝取られ男になるだろうと呟くのだった・・・
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太宰治については、実は読んだ事がない。
暗いイメージが付きまとう太宰治に対する「食わず嫌い」が原因である。
それでも「斜陽」や「人間失格」、「走れメロス」などの代表作は知っている。
しかしこの映画の原作となる「ヴィヨンの妻」については、タイトルすら知らなかった事を告白したい。

主人公は小説家大谷の妻佐知。
夫である大谷は、才能があるとはいうものの、家庭を顧みない男で、妻の佐知は熱のある子供を病院に連れていくお金にも困るほどの貧乏暮らしを強いられている。
なのに本人は飲み歩く日々。
ある夜、夫が通う小料理屋の夫婦が大谷を泥棒と呼びながら家に押し掛けてくる。

何も知らない佐知の対応は実に見事。
夫が逃げた後、小料理屋の夫婦を家に上げ、丁寧に事情を聞き詫びを入れる。
そして盗んだお金を返した後も夫が踏み倒した飲み代を返すために、自ら小料理屋で働き始める始末。
店は若い佐知が入った事で、たちまち客が溢れ繁盛する。

店には夫と関係のあるらしい女たちが出入りするも、佐知は物静かに対応する。
幼子を抱え、忙しい店内で客に愛想を振りまき、大谷に稼いだお金を持っていかれても平然と過ごす。
まさに妻の鏡のような良妻。
今時どこをどう探してもこんな奥さんはいない。
物語の中とはいえ、果てしない憧れ感に襲われる・・・

大谷自身はそうしただらしなさはあるものの、一方でその思考の世界の奥深さは計り知れない感じがする。
そうして行きつくところは自殺願望。
まるで太宰治本人のようである。
実際、心中に失敗し、自殺ほう助未遂で取り調べを受けるところは、太宰本人とまさに被る部分である。

主人公の佐知を演じるのは松たか子。
健気な奥様が胸に沁み入る。
夫の大谷には浅野忠信。
この人のキャラなのだろうか、「母べえ」「サッドヴァケイション」のように、不器用な男がよく合っている。

その他にも堤真一や広末涼子、妻夫木聡などが出ていたりして、実はキャスティングがすごいのである。
伊武雅刀と室井滋の夫婦も実に味がある。
戦後まもなくの時代背景をバックとして、実際にはいないのだろうが妻の鏡のような女性の生きる姿に心を動かされてしまう。

食わず嫌いはやっぱり良くないかもしれない、と思わせられる映画である。


評価:★★☆☆☆

    
 
 
posted by HH at 11:45 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2011年03月13日

ベルサイユの子

ベルサイユの子.jpg

原題: VERSAILLES
2008年 フランス
監督: ピエール・ショレール
出演: ギョーム・ドパルデュー/マックス・ベセット・ド・マルグレーヴ/ジュディット・シュムラ/オーレ・アッティカ/パトリック・デカン

<STORY>********************************************************************************************************
幼い息子エンゾを連れた若い母親のニーナは凍てつくパリの街をさまよう路上生活者。
ある晩、寒さをしのぐために収容されたのはベルサイユ宮殿近くの施設だった。
翌日、パリへ戻ろうとする2人は森の中で道に迷い、森で暮らす男ダミアンに出会う。
ニーナはダミアンに道徳心があることを感じ取り、一夜を共にした後、エンゾを残し姿を消す。
その日からエンゾはダミアンと2人で生きて行くことになるのだった・・・
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幼い息子エンゾを連れた若き母親ニーナ。
家はなく、寒さをしのぐ場所を探しては息子と抱き合って寝る。
詳しいプロフィールはないものの、失業中である事は明らかであり、エンゾの父親ともとうの昔に別れている事は言われなくてもわかる。
パリは日本で言えば北海道くらいの緯度であり、ホームレスにとっては厳しいところだろうと簡単に想像がつく。
こうした人たちは多いのだろうかとふと思ってしまう。

それでもそんなニーナ親子を見つけて施設に入れてくれる組織がある。
ベルサイユにあるその施設に滞在すればいいのに、と傍から見ていて思うのだが、ニーナ親子はパリへ戻ろうとする。
パリで就職する当てを新聞で見つけたためである。
ところが森で迷い、偶然森で暮らすホームレス男ダミアンと知り合う。

ベルサイユ宮殿の周りに広がる森に、こうしたホームレスが実際に多く住んでいるのかどうかはわからないが、器用に生活している。
あろうことか、ニーナは息子をこの男の元に置いて姿を消す。
女一人でパリで職を見つけて生活基盤を築くには子供が邪魔になると考えたのだろう。
それでもあとで迎えに来るのだったら、一言頼んでも良さそうなのにとまたまた傍観者として思ってしまう。

かくして突然子供を押し付けられたダミアンとエンゾとの生活が始る。
日本でもホームレスは多く見かけるが、さすがに子連れはいない。
親にも自覚があるのか、サポートがあるのかはわからないが、やがて一時とはいえ、働き始めたダミアンの姿を見れば、子育てという本能がそうさせるのかもしれない。

映画自体はどうっていう事のないストーリーなのであるが、路上生活者(森林生活者?)の姿を見ているといろいろと考えさせられる事は多い。
たぶん、映画製作の意図もそんなところにあったのかもしれない。
真面目に働けば、少なくとも衣食住は最低限確保できるとは思うが、そうしたくはないものが何なのかよくはわからない。
結局は個人の価値観なのだろうが、共感するのは難しい。
ともあれそうした諸々の事を考えてみるきっかけとなる映画である・・・


評価:★★☆☆☆


     
posted by HH at 11:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ