2009年04月27日

明日への遺言

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2008年 日本
監督:  小泉堯史
出演:  藤田まこと/富司純子/ロバート・レッサー/フレッド・マックィーン/リチャード・ニール/西村雅彦/蒼井優/田中好子

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1945年、東條英機元首相らA級戦犯が東京裁判で裁かれる中、横浜地方裁判所では、戦争犯罪行為の命令者であるB級戦犯、及び実行者のC級戦犯の裁判が行われていた。
東海軍司令官だった岡田資中将と部下19名は空襲の際、パラシュートで降下した搭乗員を捕虜として扱わず、正式な手続きを踏まずに処刑したことで殺人の罪に問われていた。
フェザーストン主任弁護士の弁護のもと、岡田は、すべての責任は自分にある事を主張した…
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戦後の戦犯を巡る裁判としては、いわゆる「東京裁判」が有名であるが、こちらは戦争遂行のリーダーたちであるA級戦犯を扱ったもの。
それ以外の下のクラスに対してはB、C級戦犯としてもっと細々とした事件が裁かれた。

戦争犯罪といっても難しい。
そもそも戦争自体、「汝殺す事なかれ」というキリスト教の十戒に背くものである。
本件でテーマとなったのは、空襲にやってきて撃墜された米軍パイロットを捕虜として扱わず、正式な手続きを踏まずに処刑した、という事が罪になるかという事である。
米軍は無差別爆撃によって大勢の無力な市民を虐殺している。
例え正式な手続きを踏んでいなくともそれが罪になるのであれば、米軍の虐殺行為はどうなるのか?
それこそナチス同様「人道に対する罪」にあたるはずである。

そんな矛盾をはらんだ戦犯裁判。
要は戦勝国による敗戦国に対する懲らしめである。
公平性などそもそもないのが戦犯裁判なのである。

ドラマはパイロットたちを処刑した東海軍の軍人たちに対する裁判として描かれる。
司令官は岡田資中将。
処刑の事実は認めた上で、一般市民を無差別に爆撃行為自体が国際法に定めた違法なもので、したがって略式手続きで処罰したのは正当である、と中将は真っ向から反論する。
裁判自体を「法戦」と名付け、部下の罪を一人で被るべく自らの持論を主張する姿が描かれる。
不安に慄く部下を励まし法廷に立つ姿はまさに日本軍人のあるべき姿とでも言うべきものである。

注目すべきは弁護人のフェザーストン博士である。
同じアメリカ人でありながら、無差別爆撃の違法性を真っ向から主張する。
もともと公平性などない戦犯裁判でありながら、弁護人だけは公平な立場で弁護に回っており、そこだけが唯一救われるところである。
そして裁判長や中将を訴追した米軍検事でさえも、岡田の姿勢に心動かされていく・・・

戦争とは何か。
裁判とはどうあるべきか。
人としてのあり方は。
いろいろな視点から深く考えさせられる映画である。


評価:★★★☆☆
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2009年04月12日

シルク

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原題: SILK
2007年 カナダ=イタリア=日本
監督・脚本 : フランソワ・ジラール
音楽 : 坂本龍一
出演 : マイケル・ピット/キーラ・ナイトレイ/役所広司/アルフレッド・モリーナ/中谷美紀/國村隼/芦名星/本郷奏多

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19世紀フランス。
戦地から故郷に戻った青年、エルヴェは、製糸業を営むヴァルダヴューから、蚕卵を入手するためアフリカ行きを依頼される。
危険な旅を経て、蚕卵を持ち帰ると、それで得た富で美しい女性、エレーヌと結婚。
自らも製糸工場を経営し、結婚生活は順風万帆であった。
しかし、アフリカの蚕が病気にやられ、新婚のエルヴェに再び買い付けの依頼が。
しかも、行く先はアフリカより遥かに遠い日本だった…
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まだ日本が本当の意味でFar Eastであった時代。
遥かフランスより蚕卵を求めて日本に旅立ったエルヴェ。
フランスで養蚕業を営むヴァルダヴューから、病気で蚕の全滅の危機に瀕し、健康な蚕卵を手に入れるよう要請されたのである。
スエズ運河もない時代、それは帰路を約束された旅ではない。
だが、そんな危険な旅はストーリーでは重要ではないらしく、カットカットで短縮されている。

かわりに描かれるのは不思議の国日本でエルヴェが出会った一人の日本女性。
常に一歩男性より身を引いた振る舞いが西洋人には珍しいのであろうか。
ともかく、美しい妻を持ちながら異国の女性に心を奪われるエルヴェ。
初めは村を救うための決死の旅が、ついには異国の美女に会うための旅となる。
しかし彼女とは言葉も通じぬ中で、会話すらない。
逆に「おもてなし」の女性と濃厚な一夜を過ごす。

描かれているのは不思議の国日本の異国風情。
まさに西洋人の思い描く東洋の神秘。
それだけを描きたいがための映画。
だが、日本人からすると神秘でも何でもない。
西洋人のイメージ先行だけが走っている。
せっかく登場したキーラ・ナイトレイも単なる端役で終わっている。

喜望峰を回ってインド洋を渡り、遥か極東の、鎖国の開けやらぬ幕末の日本にまで旅をするほどの価値がまったく伝わってこない。
やがて押し寄せる大変化の時代の波。
静かに幕を閉じるストーリーも棒読みされた文章のようである。
たぶん西洋人的に素直に観れば、感じるところがあるのかもしれない。
個人的にそう観れなかったところが残念である・・・


評価:★☆☆☆☆
posted by HH at 22:02 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年04月02日

ベンジャミン・バトン

ベンジャミン・バトン.jpg

原題: The Curious Case of Benjamin Button
2008年 アメリカ
監督: デビッド・フィンチャー
出演: ブラッド・ピット /ケイト・ブランシェット /ティルダ・スウィントン

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1918年のニューオーリンズ。
80歳の姿で生まれた赤ん坊はある施設の階段に置き去りにされていた。
黒人女性のクイニーはその赤ん坊を拾い、ベンジャミンと名付け、自身が働く老人施設でベンジャミンを育てる。
ベンジャミンは成長するにつれ若返っていった。
1930年の感謝祭でベンジャミンは少女デイジーと出会い、ふたりは心を通わせた・・・
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人間として生まれた以上、いやおよそ生きとし生けるものすべてが老いと死からは逃れられない。
古の昔より不老不死はどの時代、どの地域でも人々の追い求めるものであった。
そんな「不老」を「生まれた時には年寄りでどんどん若くなって行くとしたら」と『華麗なるギャツビー』の作者のF・スコット・フィッツジェラルドは考えたのだろう。
これはそんな奇想天外なストーリーである。

生まれた時には80歳の老人。
そして大きくなるにつれて少しずつ若くなって行く。
いつの間にやら『今の肉体年齢』=『80歳−実年齢』という公式を頭に思い浮かべながら見ている。
5歳のベンジャミンはそうすると『80−5=75』であるから肉体は75歳なわけである。
確かによぼよぼの爺さんだ。
10歳の時は70歳。
画面では少しずつ若くなって行く。
CGを使いまくったらしいが映像技術は確かにすごい。

物語は病床の老婦人の頼みで娘である女性が一冊の日記を読み始めるところから始る。
その日記の主はベンジャミン・バトン。
日記を読むという形でベンジャミン・バトンの数奇な運命を一緒に辿って行く事になる。

期待の割にはどうにも今一歩という感じである。
ベンジャミン・バトンの人生は確かにある種の悲劇である。
生まれてすぐにその醜さから捨てられ、拾われた先が老人ホーム。
よちよち歩きの頃からよぼよぼの老人たちと「違和感なく」暮らす。
静かな老人ホームでそうして子供時代をベンジャミンは過ごす。

中身は子供なのに外見はお爺さん、というギャップ
同世代の子供たちと同じように近所を駆け回って遊べないというのも辛い事だ。
なにせ世の中に興味津々で無茶のきく17歳の時にその肉体は63歳なわけである。
そしてその後はただ淡々とベンジャミンの人生を追いかけていく事になる。

確かにいろいろなエピソードが盛り込まれているのであるが、どうもそれらは次々にめくられる人生の一ページという印象だ。
一ページ一ページは確かに面白いが、どうにも直接伝わってくるインパクトとでもいうべきものに欠けている。
文字通り日記を読んでいる通りに展開していくのである。
日記は記録だ。
記録映画のように進んでいくところが今ひとつインパクトに欠けたものの正体かもしれない。

最愛の人と一緒になるが、自分はどんどん若くなっていき、相手はどんどんと年をとる。
そこに感じたであろうはずのベンジャミンの苦悩は「日記を通して」はあまり伝わってこない。
病床の老婦人とベンジャミンの関係もストーリーが進むにつれて明らかになって行くが、期待したほどの盛り上がりにはかけてしまった。
観終わってみればベンジャミンの変貌だけが特徴のような映画である印象だ。
せっかくのブラピとケイト・ウィンスレットの熱演であるが、なんだかちょっと残念な映画である。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 23:10 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年03月31日

ブレイブワン

ブレイブワン.jpg

原題: The Brave One
2007年 アメリカ=オーストラリア
監督:  ニール・ジョーダン
出演:  ジョディ・フォスター/テレンス・ハワード/ナビーン・アンドリュース/ニッキー・カット/メアリー・スティーン・バージェン

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ニューヨークでラジオのパーソナリティを務めるエリカ・ベインは、婚約者のデイビッドと公園を散歩中、暴漢に襲われた。
病院で意識を取り戻した彼女はデイビッドが死んだことを告げられ、悲しみに打ちひしがれる。
自らの心にも傷を負い、満足に外出することもできなくなってしまった。
そこでエリカが手にしたのは一挺の拳銃。
そしてある日、偶然立ち寄ったコンビニで、強盗にその弾丸を発射するのだった……
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世の中は理不尽である。
正しく生きていれば常に幸せが訪れるというわけではない。
「なぜ」という疑問と共に突然の災難に襲われる事は珍しい事ではない。
そんな悲劇がエリカ・ベインに襲い掛かる。

結婚式を間近に控え慌しい中にも幸せな日々。
ラジオのパーソナリティとしての仕事も充実している。
婚約者と何気なく出かけた犬の散歩。
そして突然暴漢たちに襲われる。

意識を失って病院に運び込まれる。
救急医療スタッフらが血まみれの衣服を剥ぎ取る最中、無意識の中で婚約者にベッドで服を脱がされる夢を見るエリカ。
夢と現実の対比が物悲しい。

退院してもショックで外出もままならない日々。
ようやく外出できるようになって一丁の銃を買い求める。
偶然居合わせたコンビニで店員を射殺した強盗をその銃で射殺してしまう。
それからエリカの銃が社会の悪者に向けられる。
この映画は復讐の映画である。

この映画は復讐の映画ではあるが、よくあるような勧善懲悪ものではない。
主人公が天に代わって悪を成敗するというものでもない。
目線は常にエリカという暴力には抵抗力のない弱者のものだ。
そして弱者には頼りであるはずの警察もあまりにも事件が多すぎるのか、個々の事件にはどこかよそよそしく機械的で無機質な対応しかしてくれない。
結局は他人事なのかという絶望感に打ちのめされる。

違法な復讐には常に賛否両論が対立する。
エリカの番組にもそうした視聴者の声が届く。
だがそれらはすべて無責任な第三者の声でしかない。
いずれの声もどこか上っ面を撫でるだけで妙案などないのだ。

正義はどんな手段であっても正義として正しいのか。
悪法もまた法なりなのか。
エリカに親身になるマーサー刑事。
同情を寄せつつも連続して起こる正義の殺人犯が彼女なのか。
法を守る立場としてどう対応すべきか。
善悪の対決と葛藤。
ラストは決して後味の悪いものではない・・・


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 23:22 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年03月30日

夜の女たち

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1948年 日本
監督: 溝口健二
出演: 田中絹代/高杉早苗/角田富江/宮本民平/藤井貢

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敗戦後の大阪の街は、未帰還の夫を待つ大和田和子に冷たかった。
今日も、幼児結核のわが子に牛乳を飲ませるため着物を売りに行くと、店のおかみは「金が欲しいおまんのやったら」とめかけをすすめるのだ。
看護のかいもなく子供は死んだ。
折も折、夫の戦死が戦友平田によって伝えられた。
和子は平田の社長栗山の秘書となり、大和田家を出てアパートに住んだ。
和子の実妹君島夏子は北鮮から引揚げてダンサーをしながら姉を探していたが、偶然心斎橋で出会い姉妹は手を取り合って喜んだ・・・
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1948年といえば戦後わずか3年。
当時の様子は画面を通して伝わってくる。
そういう歴史の記録として古い映画というのは貴重だ。

冒頭で看板が写される。
「警告 日没後此の附近で徘徊する女性は闇の女と認め検挙する場合がありますから善良な婦女は御注意願ひます 西成警察署」
実際、当時はこんな看板が建っていたのだろう。
なんとも風情がある、といえば言いすぎであろうか。

映画は戦後の混乱期、必死に生きる女たちのストーリーである。
出征した夫を待つ和子。
幼児結核の我が子を抱えて義母、義兄家族と暮らす様は苦労が伺える。
やがて夫の戦死がわかり子供も亡くなると家にも居辛くなる。
余計な食い扶持だからである。
社長秘書の働き口を見つけるが結局は妾なのである。

大陸から引き上げてきた妹はダンサーとして暮らしている。
ダンサーといっても客と一緒に踊るもので、ステージで踊るわけではなくちょっとギャップがある。
結局は男に媚を売って生きる商売。

社会全体が戦後の貧しさの中で飢えを抱えている。
その中にあっては善意は目立たず生き馬の目を抜く有り様だけが際立つ。
男も女も人の事より自分の事。
生き抜くためには他人に手を貸すゆとりなどない。

そんな世間の厳しい風とその中にあっても助けの手を差し出す動き。
最後は売春婦から足を洗おうと必死になる主人公の姿を通して、当時の社会へ訴えかけた強いメッセージが感じられる。
フィクションではあるが、立派な歴史映画である。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 23:59 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ