2009年03月29日

4分間のピアニスト

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原題: Vier Minuten
2006年 ドイツ
監督・脚本 : クリス・クラウス
出演: ハンナー・ヘルツシュプルング/モニカ・ブライブトロイ/スヴェン・ピッピッヒ/リッキー・ミューラー/ヤスミン・タバタバイ

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刑務所で受刑者たちにピアノを教えるクリューガーは、ある日、稀に見る才能の持ち主ジェニーに出会う。
反抗的で暴力的なジェニーは、幼い頃から神童と騒がれた天才少女だったが、今では刑務所内随一の問題児となっていた。
嫉妬心と憎悪を露にする看守や受刑者仲間の卑劣な妨害にもめげず、クリューガーはジェニーの才能に葬り去ったはずの自らの夢を託し、コンテスト出場を目指して厳しいレッスンを続ける・・・
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女子刑務所でピアノを教える事となったクリューガー。
レッスンを受けに来るのはピアノとは無縁であったであろう受刑者とかちょっと危なそうな看守であったり。
そんな中で一際反抗的だがきらりと光るものを感じさせる少女ジェニーと出会う。

たぶん父親との関係がうまくいかず、それゆえにまともな生活環境(であったであろう)からドロップアウトしてしまったジェニー。
そんな中でもかつて弾き鳴らしていたピアノに対する未練と疼く才能が、頑固で厳しいクリューガーのレッスンを受け入れさせる。

ストーリーはクリューガーとジェニーの交流だ。
刑務所という限られた空間。
コンサート出場という目標。
同房の囚人たちとの軋轢。
様々な事件がおこる中でコンサートの日時は迫る。

一方で年老いたクリューガーもまた秘めた過去を持つ。
強烈な青年時代は第2次大戦の最中。
ピアノを弾きつつ看護婦として従軍する日々。
衝撃の事件。
過去と現在を対比しつつ、クリューガーとジェニーとを対比する。

紆余曲折して向えたコンサート。
タイトルにある4分間の演奏は圧巻だ。
ドイツらしい映画である。


評価:★★☆☆☆
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2009年03月28日

サッドヴァケイション

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2007年 日本
監督・原作・脚本 : 青山真治
出演:  浅野忠信/石田えり/宮崎あおい/板谷由夏/中村嘉葎雄/オダギリジョー

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北九州市、若戸大橋のたもとにある小さな運送会社。
社長の間宮は、かつてバスジャック事件の被害にあった梢のほか、様々な理由から行き場のない人たちを住み込みで雇っていた。
ある日、妻、千代子がかつて捨てた男との間に出来た息子の健次が会社に現れた。
千代子は健次と、妹分で知的障害者のゆりを家に住まわせ、間宮はそれを快く受け入れた。
一見、楽しげに働くフリをしながら、健次は母への復讐を狙っていた・・・
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気のせいかもしれないが、最近は日本の映画の数が増えている気がする。
それも観てみたい、と思わせられるようなものだ。
この映画もそんな一本だ。

物語はいきなり怪しげに始る。
どうやら密入国の手引きをしているらしい二人の若者。
その中にいた行き場のない中国人の少年を引き取って暮らし始める健次。

不思議な雰囲気をもった映画だ。
最初は何の映画だかさっぱりわからなかった。
次々に現れる登場人物たち。
脈絡なく展開されるストーリー。
しかし、やがてそれが健次を主人公とした物語へと収束されていく。

めちゃくちゃ濃い九州弁(博多弁なのだろうか)で全編展開される。
都会の洗練された雰囲気などかけらもない。
九州男児そのままの健次。
博多の人間は男も女もこってりとした血液が流れているのではないだろうかと思わせられる。

そして健次よりも時として強烈な光を放つ母千代子。
突然姿を見せた健次をためらいなく受け入れる。
徹底的に受け入れる。
現実を徹底的に受け入れるその姿勢は凄みがある。
九州男児健次の存在自体すら飲み込んでしまうオーラを輝き放つ。
いったいこの映画、主人公はどっちなんだろう。

健次を演じるのは浅野忠信。
映画で観るのは「母べえ」についで二作目だ。
どちらも朴訥とした青年役だが、これがこの人の性格なのかたまたまの役柄なのか。
石田えりの存在感も見逃せない一作である。


評価:★★☆☆☆
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2009年03月23日

サイドカーに犬

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2007年 日本
監督: 根岸吉太郎
出演:  竹内結子/古田新太/松本花奈/ミムラ/鈴木砂羽/トミーズ雅/温水洋一/樹木希林/椎名桔平

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不動産会社に勤める薫は、ある朝ふいに1週間の有給休暇をとった。
馴染みの釣堀で釣り糸をたらしながら、ふと、父が会社を辞め、母が家を出て行った数日後のことを思い出した。
ヨーコさんという女性が家に来るようになった。
たばこをスパスパ吸い、自転車を乗り回し、夕食には、「エサ」と言って麦チョコを食べさせる、破天荒な人だった。
しかし、子供と対等に向き合って話をしてくれるヨーコさんを薫は好きになっていく…
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原作は芥川賞の候補にもなったという長嶋有という作家の小説。
タイトルは主人公の少女が回想シーンで犬がすましてサイドカーに乗っているのを見て、その凛々しさに私もああなりたいと思ったところから来ている。

映画は20年前の少女時代に父の愛人であった女性との交流を思い出すという内容である。
父の愛人を演じるのが竹内結子。
どちらかというと清楚な感じの役柄が多いが、ここではタバコをスパスパと吸い、男にも物怖じしない破天荒な女性として登場する。

30歳の薫が回想する20年前。
20年と言う歳月は長いようでいてそんなに昔ではない。
街の様子も「ALWAYS 三丁目の夕日」ほどの時代考証は必要ない。
しかし、車だったりコカ・コーラの缶だったりという細かいディーテールに「考えているな」と思わせられるところがある。

ドラマとは直接の関係はないが、舞台とされているのが東京都国立市。
今は取り壊されてしまった国立駅やそこから延びる大学通りもさりげなく移っている。
国立といえば「山口百恵が住んでいる街」なのであるが、竹内結子が「百恵ちゃんの家を見に行こう」というシーンがある。
国立に行けば一度は見学に行くものであるが、どうも作者はそこらへんが詳しいようである。
そして「三浦友和にギターを教えた男」忌野清志郎の歌が挿入歌というのも国立つながりと言えそうだ。

ドラマの見所はそれまで母親によって決められていた世界を10歳の少女が破っていくところだ。
たぶん普段はあまり食べられなかった麦チョコをヨーコさんはなんのためらいもなく何袋も買い物籠に放り込む(しかも国立の紀伊国屋スーパーでだ)。
それをカレーのお皿に入れて出されたりする。
お母さんなら目を向いてしまう事を10歳の薫は理解している。
コーラなんかも飲んではいけないと言われていたのだろうし、他人の家の庭に黙って入り込んだりする事も、だ。
自転車の乗り方も教えてくれて、次第に自分の世界が広がっていく薫。

そんな薫だが愛人がどういう存在なのかわかるはずもなく、いつもあっけらかんとしていたヨーコさんが突然涙ぐんだ理由もわかるはずもない。
家出していた母親が突然帰って来てヨーコさんと取っ組み合いの喧嘩をする理由も然りだ。
突然誘われてついて行った伊豆。
何でヨーコさんはそこに行こうと言ったのかも子供にはわからない。

30歳になった薫が社会の現実と向き合う中で、ふと思い出すヨーコさん。
大人になった薫が20年たってもヨーコさんを思い出すのは、きっと今度は同じ大人の女としてヨーコさんと話をしたてみたいと思ったからなのかもしれない。
芥川賞候補となったのもなんだか頷ける気がする。

竹内結子は破天荒な役柄でもやっぱり竹内結子であり、ファンとしても楽しめる一作である・・・


評価:★★☆☆☆
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2009年03月02日

赤線地帯

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1956年 日本
監督: 溝口健二
出演: 若尾文子/三益愛子/町田博子/京マチ子/木暮実千代

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特飲店「夢の里」には一人息子修一のために働くゆめ子、汚職で入獄した父の保釈金のために身を落したやすみ、失業の夫をもつ通い娼婦のハナエ、元黒人兵のオンリーだったミッキーなどがいた。
国会には売春禁止法案が上提されていた。
「夢の里」の主人田谷は、法案が通れば娼婦は監獄へ入れられるといって彼女等を失望させた・・・
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我が国では1958年の売春防止法制定までは半ば公認で売春が行われていた。
それが行われていた地域がいわゆる赤線地帯と称されていたが、映画は吉原=浅草を舞台とした赤線地帯で働く女たちの悲喜交々のドラマである。

世の中では正論として売春防止法の制定が叫ばれ、国会では法案が審議されている。
(映画は1956年製作であり、この時点ではまだ法案が成立していない)
しかし、まだまだ戦後の爪痕が残る日本でそれ以外に生活の手段を持たない女たちがいる。
理想と現実のギャップが存在するのである。
それは国会に提出された法案が4回も流れている事からも伺える。

舞台はそんな赤線地帯にある一軒のカフェーである。
カフェーとは今では死語と化したが、当時の風俗店である。
女たちは外で客引きをし、それぞれの部屋へ連れ込んで「接待」する。
そんな当時のカフェーの様子を窺い知るには貴重な映画だ。
その昔、「純喫茶」という看板をよく見かけたが、それはこうした風俗営業の「特殊喫茶」に対して、コーヒーだけを提供するという意味だとも始めて知った。

まだまだ貧しく職住が未分離の様子も興味深い。
女たちが客を接待する部屋はまた自分たちが生活する部屋でもある。
田舎を訪ねたゆめ子が立ち寄ったそば屋。
客は茶の間に上がってコタツに入ってうどんをすする・・・

生活のために働く女たちも子供を抱えていたりする。
稼ぎのために必死になって客に媚を売り、客引きに精を出す。
カフェーの主人は「売春防止法が成立したらお前たちはどうやって暮らしていくのだ、俺たちは政府に代わって社会事業をしているんだ」と女たちに向って言う。
女たちも頭ではそれに反発しつつ、現実の生活を前にその言葉を否定できない・・・

結局、売春防止法は成立するのであるが、現在でもソープランド他各種形態で現実的に売春は存在している。
「この商売は300年続いているんだ、という事は必要な商売なんだよ」という女将のセリフが重みを持って響く。

古い映画には古い映画の良さをいつも感じる。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 23:06 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年02月15日

臨死

臨死.jpg

原題: THE INVISIBLE
2007年 アメリカ
監督: デビッド・S.ゴイヤー
出演: ジャスティン・チャットウィン/マルガリータ・レヴィエヴァ/マルシア・ゲイ・ハーデン/クリス・マークエット/アレックス・オルグラン

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不良グループに目を付けられた高校生ニックは暴行を受け、森に置き去りにされる。
瀕死の重傷を負ったニックが目覚めるといつもと何か様子が違っていた。
母親が自分の写真を見て泣いている。
友人に助けを求めて話かけても彼の前を素通りしていく…
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大ヒット映画「ゴースト〜ニューヨークの幻」は強盗に殺された男が霊魂となって愛する女性を守る話であった。
この映画もそれと似ていなくもない。
ただ違いは邦題にある通り「臨死」で本人は死んでいないという点だ。

高校生のニックは優等生。
しかし不良グループとのいざこざで痛めつけられ瀕死の重傷を負う。
ニックが死んだと勘違いした不良グループのボス、アニーはニックを森に隠してしまう。
気がついたニックは学校へ行くものの、誰も彼もがニックを無視する。
そしてニックは自分が死につつあるという事実に気がつく・・・

平行して不良グループのアニーの事が語られる。
弟の食事の支度すらしようとしない継母。
父親も家庭には無関心。
亡き母を偲びながらやり切れぬ思いを社会に対してぶつけていく。

「ゴースト」では守るべき人は恋人であったが、ここでは自分自身(の体)。
霊魂という存在はどこにでも行けるが、生きている人間にコンタクトがとれない。
そのもどかしさがポイントとなってくる。
果たしてどうやって自分自身を助けるのか。

ある意味透明人間の面白さにも通じるが、自分の見ていないところで他人がどうしているのかは結構気になるところ。
ニックも自分のいないところ(霊魂なので気がつかない)での母親の行動、クラスメートの言動、そしてアニーの家庭環境などを覗き見てそれまで気がつかなかった事に気がついていくのである。
そうした心の成長も裏のストーリーとしてはある。

あまり大して期待もせずに観た映画であったが、意外と楽しめた一作である。


評価:★★☆☆☆

posted by HH at 11:21 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ