2009年04月02日

ベンジャミン・バトン

ベンジャミン・バトン.jpg

原題: The Curious Case of Benjamin Button
2008年 アメリカ
監督: デビッド・フィンチャー
出演: ブラッド・ピット /ケイト・ブランシェット /ティルダ・スウィントン

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1918年のニューオーリンズ。
80歳の姿で生まれた赤ん坊はある施設の階段に置き去りにされていた。
黒人女性のクイニーはその赤ん坊を拾い、ベンジャミンと名付け、自身が働く老人施設でベンジャミンを育てる。
ベンジャミンは成長するにつれ若返っていった。
1930年の感謝祭でベンジャミンは少女デイジーと出会い、ふたりは心を通わせた・・・
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人間として生まれた以上、いやおよそ生きとし生けるものすべてが老いと死からは逃れられない。
古の昔より不老不死はどの時代、どの地域でも人々の追い求めるものであった。
そんな「不老」を「生まれた時には年寄りでどんどん若くなって行くとしたら」と『華麗なるギャツビー』の作者のF・スコット・フィッツジェラルドは考えたのだろう。
これはそんな奇想天外なストーリーである。

生まれた時には80歳の老人。
そして大きくなるにつれて少しずつ若くなって行く。
いつの間にやら『今の肉体年齢』=『80歳−実年齢』という公式を頭に思い浮かべながら見ている。
5歳のベンジャミンはそうすると『80−5=75』であるから肉体は75歳なわけである。
確かによぼよぼの爺さんだ。
10歳の時は70歳。
画面では少しずつ若くなって行く。
CGを使いまくったらしいが映像技術は確かにすごい。

物語は病床の老婦人の頼みで娘である女性が一冊の日記を読み始めるところから始る。
その日記の主はベンジャミン・バトン。
日記を読むという形でベンジャミン・バトンの数奇な運命を一緒に辿って行く事になる。

期待の割にはどうにも今一歩という感じである。
ベンジャミン・バトンの人生は確かにある種の悲劇である。
生まれてすぐにその醜さから捨てられ、拾われた先が老人ホーム。
よちよち歩きの頃からよぼよぼの老人たちと「違和感なく」暮らす。
静かな老人ホームでそうして子供時代をベンジャミンは過ごす。

中身は子供なのに外見はお爺さん、というギャップ
同世代の子供たちと同じように近所を駆け回って遊べないというのも辛い事だ。
なにせ世の中に興味津々で無茶のきく17歳の時にその肉体は63歳なわけである。
そしてその後はただ淡々とベンジャミンの人生を追いかけていく事になる。

確かにいろいろなエピソードが盛り込まれているのであるが、どうもそれらは次々にめくられる人生の一ページという印象だ。
一ページ一ページは確かに面白いが、どうにも直接伝わってくるインパクトとでもいうべきものに欠けている。
文字通り日記を読んでいる通りに展開していくのである。
日記は記録だ。
記録映画のように進んでいくところが今ひとつインパクトに欠けたものの正体かもしれない。

最愛の人と一緒になるが、自分はどんどん若くなっていき、相手はどんどんと年をとる。
そこに感じたであろうはずのベンジャミンの苦悩は「日記を通して」はあまり伝わってこない。
病床の老婦人とベンジャミンの関係もストーリーが進むにつれて明らかになって行くが、期待したほどの盛り上がりにはかけてしまった。
観終わってみればベンジャミンの変貌だけが特徴のような映画である印象だ。
せっかくのブラピとケイト・ウィンスレットの熱演であるが、なんだかちょっと残念な映画である。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 23:10 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年03月31日

ブレイブワン

ブレイブワン.jpg

原題: The Brave One
2007年 アメリカ=オーストラリア
監督:  ニール・ジョーダン
出演:  ジョディ・フォスター/テレンス・ハワード/ナビーン・アンドリュース/ニッキー・カット/メアリー・スティーン・バージェン

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ニューヨークでラジオのパーソナリティを務めるエリカ・ベインは、婚約者のデイビッドと公園を散歩中、暴漢に襲われた。
病院で意識を取り戻した彼女はデイビッドが死んだことを告げられ、悲しみに打ちひしがれる。
自らの心にも傷を負い、満足に外出することもできなくなってしまった。
そこでエリカが手にしたのは一挺の拳銃。
そしてある日、偶然立ち寄ったコンビニで、強盗にその弾丸を発射するのだった……
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世の中は理不尽である。
正しく生きていれば常に幸せが訪れるというわけではない。
「なぜ」という疑問と共に突然の災難に襲われる事は珍しい事ではない。
そんな悲劇がエリカ・ベインに襲い掛かる。

結婚式を間近に控え慌しい中にも幸せな日々。
ラジオのパーソナリティとしての仕事も充実している。
婚約者と何気なく出かけた犬の散歩。
そして突然暴漢たちに襲われる。

意識を失って病院に運び込まれる。
救急医療スタッフらが血まみれの衣服を剥ぎ取る最中、無意識の中で婚約者にベッドで服を脱がされる夢を見るエリカ。
夢と現実の対比が物悲しい。

退院してもショックで外出もままならない日々。
ようやく外出できるようになって一丁の銃を買い求める。
偶然居合わせたコンビニで店員を射殺した強盗をその銃で射殺してしまう。
それからエリカの銃が社会の悪者に向けられる。
この映画は復讐の映画である。

この映画は復讐の映画ではあるが、よくあるような勧善懲悪ものではない。
主人公が天に代わって悪を成敗するというものでもない。
目線は常にエリカという暴力には抵抗力のない弱者のものだ。
そして弱者には頼りであるはずの警察もあまりにも事件が多すぎるのか、個々の事件にはどこかよそよそしく機械的で無機質な対応しかしてくれない。
結局は他人事なのかという絶望感に打ちのめされる。

違法な復讐には常に賛否両論が対立する。
エリカの番組にもそうした視聴者の声が届く。
だがそれらはすべて無責任な第三者の声でしかない。
いずれの声もどこか上っ面を撫でるだけで妙案などないのだ。

正義はどんな手段であっても正義として正しいのか。
悪法もまた法なりなのか。
エリカに親身になるマーサー刑事。
同情を寄せつつも連続して起こる正義の殺人犯が彼女なのか。
法を守る立場としてどう対応すべきか。
善悪の対決と葛藤。
ラストは決して後味の悪いものではない・・・


評価:★★☆☆☆
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2009年03月30日

夜の女たち

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1948年 日本
監督: 溝口健二
出演: 田中絹代/高杉早苗/角田富江/宮本民平/藤井貢

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敗戦後の大阪の街は、未帰還の夫を待つ大和田和子に冷たかった。
今日も、幼児結核のわが子に牛乳を飲ませるため着物を売りに行くと、店のおかみは「金が欲しいおまんのやったら」とめかけをすすめるのだ。
看護のかいもなく子供は死んだ。
折も折、夫の戦死が戦友平田によって伝えられた。
和子は平田の社長栗山の秘書となり、大和田家を出てアパートに住んだ。
和子の実妹君島夏子は北鮮から引揚げてダンサーをしながら姉を探していたが、偶然心斎橋で出会い姉妹は手を取り合って喜んだ・・・
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1948年といえば戦後わずか3年。
当時の様子は画面を通して伝わってくる。
そういう歴史の記録として古い映画というのは貴重だ。

冒頭で看板が写される。
「警告 日没後此の附近で徘徊する女性は闇の女と認め検挙する場合がありますから善良な婦女は御注意願ひます 西成警察署」
実際、当時はこんな看板が建っていたのだろう。
なんとも風情がある、といえば言いすぎであろうか。

映画は戦後の混乱期、必死に生きる女たちのストーリーである。
出征した夫を待つ和子。
幼児結核の我が子を抱えて義母、義兄家族と暮らす様は苦労が伺える。
やがて夫の戦死がわかり子供も亡くなると家にも居辛くなる。
余計な食い扶持だからである。
社長秘書の働き口を見つけるが結局は妾なのである。

大陸から引き上げてきた妹はダンサーとして暮らしている。
ダンサーといっても客と一緒に踊るもので、ステージで踊るわけではなくちょっとギャップがある。
結局は男に媚を売って生きる商売。

社会全体が戦後の貧しさの中で飢えを抱えている。
その中にあっては善意は目立たず生き馬の目を抜く有り様だけが際立つ。
男も女も人の事より自分の事。
生き抜くためには他人に手を貸すゆとりなどない。

そんな世間の厳しい風とその中にあっても助けの手を差し出す動き。
最後は売春婦から足を洗おうと必死になる主人公の姿を通して、当時の社会へ訴えかけた強いメッセージが感じられる。
フィクションではあるが、立派な歴史映画である。


評価:★★☆☆☆
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2009年03月29日

4分間のピアニスト

4分間のピアニスト.jpg

原題: Vier Minuten
2006年 ドイツ
監督・脚本 : クリス・クラウス
出演: ハンナー・ヘルツシュプルング/モニカ・ブライブトロイ/スヴェン・ピッピッヒ/リッキー・ミューラー/ヤスミン・タバタバイ

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刑務所で受刑者たちにピアノを教えるクリューガーは、ある日、稀に見る才能の持ち主ジェニーに出会う。
反抗的で暴力的なジェニーは、幼い頃から神童と騒がれた天才少女だったが、今では刑務所内随一の問題児となっていた。
嫉妬心と憎悪を露にする看守や受刑者仲間の卑劣な妨害にもめげず、クリューガーはジェニーの才能に葬り去ったはずの自らの夢を託し、コンテスト出場を目指して厳しいレッスンを続ける・・・
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女子刑務所でピアノを教える事となったクリューガー。
レッスンを受けに来るのはピアノとは無縁であったであろう受刑者とかちょっと危なそうな看守であったり。
そんな中で一際反抗的だがきらりと光るものを感じさせる少女ジェニーと出会う。

たぶん父親との関係がうまくいかず、それゆえにまともな生活環境(であったであろう)からドロップアウトしてしまったジェニー。
そんな中でもかつて弾き鳴らしていたピアノに対する未練と疼く才能が、頑固で厳しいクリューガーのレッスンを受け入れさせる。

ストーリーはクリューガーとジェニーの交流だ。
刑務所という限られた空間。
コンサート出場という目標。
同房の囚人たちとの軋轢。
様々な事件がおこる中でコンサートの日時は迫る。

一方で年老いたクリューガーもまた秘めた過去を持つ。
強烈な青年時代は第2次大戦の最中。
ピアノを弾きつつ看護婦として従軍する日々。
衝撃の事件。
過去と現在を対比しつつ、クリューガーとジェニーとを対比する。

紆余曲折して向えたコンサート。
タイトルにある4分間の演奏は圧巻だ。
ドイツらしい映画である。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 11:19 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ

2009年03月28日

サッドヴァケイション

サッドヴァケイション.jpg

2007年 日本
監督・原作・脚本 : 青山真治
出演:  浅野忠信/石田えり/宮崎あおい/板谷由夏/中村嘉葎雄/オダギリジョー

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北九州市、若戸大橋のたもとにある小さな運送会社。
社長の間宮は、かつてバスジャック事件の被害にあった梢のほか、様々な理由から行き場のない人たちを住み込みで雇っていた。
ある日、妻、千代子がかつて捨てた男との間に出来た息子の健次が会社に現れた。
千代子は健次と、妹分で知的障害者のゆりを家に住まわせ、間宮はそれを快く受け入れた。
一見、楽しげに働くフリをしながら、健次は母への復讐を狙っていた・・・
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気のせいかもしれないが、最近は日本の映画の数が増えている気がする。
それも観てみたい、と思わせられるようなものだ。
この映画もそんな一本だ。

物語はいきなり怪しげに始る。
どうやら密入国の手引きをしているらしい二人の若者。
その中にいた行き場のない中国人の少年を引き取って暮らし始める健次。

不思議な雰囲気をもった映画だ。
最初は何の映画だかさっぱりわからなかった。
次々に現れる登場人物たち。
脈絡なく展開されるストーリー。
しかし、やがてそれが健次を主人公とした物語へと収束されていく。

めちゃくちゃ濃い九州弁(博多弁なのだろうか)で全編展開される。
都会の洗練された雰囲気などかけらもない。
九州男児そのままの健次。
博多の人間は男も女もこってりとした血液が流れているのではないだろうかと思わせられる。

そして健次よりも時として強烈な光を放つ母千代子。
突然姿を見せた健次をためらいなく受け入れる。
徹底的に受け入れる。
現実を徹底的に受け入れるその姿勢は凄みがある。
九州男児健次の存在自体すら飲み込んでしまうオーラを輝き放つ。
いったいこの映画、主人公はどっちなんだろう。

健次を演じるのは浅野忠信。
映画で観るのは「母べえ」についで二作目だ。
どちらも朴訥とした青年役だが、これがこの人の性格なのかたまたまの役柄なのか。
石田えりの存在感も見逃せない一作である。


評価:★★☆☆☆
posted by HH at 11:18 | 東京 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ