2025年03月15日

【ブレイブ・ロード 名もなき英雄】My Cinema File 2983

ブレイブ・ロード 名もなき英雄.jpg

原題: Ayla: The Daughter of War
2017年 トルコ
監督: カン・ウルカイ
出演: 
イスマエル・ハシオグル:スレイマン
キム・ソル:アイラ
セティン・テキンドル:スレイマン(老人)
アリ・アタイ:アリ
ムラート・ユルドゥルム:中尉
タネル・ビルセル:大尉
ダムラ・ソンメズ:ヌーラン

<シネマトゥデイ>
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朝鮮戦争に参戦した兵士と少女の実話を映画化し、アカデミー賞外国語映画賞のトルコ代表に選ばれたドラマ。戦場で出会ったトルコ軍軍曹と戦災孤児の少女との交流と別れ、およそ60年を経て起こる出来事を描き出す。監督をジャン・ウルカイが務め、イスマエル・ハシオグル、キム・ソル、イ・ギョンジン、セティン・テキンドルらが出演。
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物語は1950年の朝鮮半島で始まる。とある韓国の農村で、両親と共に暮らしていた少女ソラは父から手製の三輪車をもらい喜んでいる。ところが、突如その村に爆弾が落ち、北朝鮮軍兵士が戦車とともに姿を現す。無情にもソラの両親を含む村人たちは次々射殺され、ソラの三輪車も戦車に引き潰される・・・

その頃、朝鮮半島から遠く離れたトルコのイスケンデルンで、トルコ軍の軍人であるスレイマンとアリは自転車で兵営に向かう。途中の店で、マリリン・モンローの映画のポスターを手に入れて喜ぶアリ。兵営に向かう彼らをヌーランが見送る。互いに好意を寄せ合っているのがわかる。トルコ陸軍の歩兵師団本部に呼ばれたスレイマン軍曹は、間もなくトルコ軍が朝鮮半島に派遣されると告げられる。そしてスレイマンはその候補に指名される。

スレイマンは車両整備の後方要員であるが、アリたちとともに朝鮮半島に派遣される。愛するヌーランにしばしの別れを告げ、戦地から手紙や写真を送ると約束するスレイマン。ラジオのニュースは、4,500名のトルコ軍部隊の朝鮮派兵を告げている。そして1950年10月、トルコ軍部隊は釜山に上陸し、韓国市民の歓迎を受ける。その後トルコ軍はまず韓国のテグに集結し、米軍に続いて進軍する。行く手からは難民の集団が着の身着のままですれ違っていく。

勝利を確信し、気楽なムードが漂うトルコ軍の将兵たち。しかし、戦争というものは実戦となるとまるで違う。そう言えば第一次世界大戦でも「クリスマスまでには終わるだろう」と従軍する若者たちの会話が何かの映画で描かれていた。そんな楽観的なムードも突然の空襲を受けて消し飛ぶ。そんな前線の様子を知らないトルコ国内では、朝鮮戦争が早期に終結する見込みとの報道が流れ、ヌーランらはその知らせに安堵する。

夜道を車両で第9軍団司令部へ向かうスレイマンたちを敵が攻撃する。車両は爆破されるも、アリが敵を倒して一同は救われるが、戦場の現実を思い知らされる。月明りの中、森の中を進むスレイマンたちは無数の避難民の遺体を発見する。何かの物音を聞いたスレイマンが辺りを調べると泣きじゃくる幼い少女を見つける。それは冒頭で戦火に見舞われた村の少女ソラ。スレイマンたちは少女を保護して第9軍団司令部に到着する。

保護したものの、軍隊内では預かってもらえない。少女は一言もしゃべらない。やむなくスレイマンたちは少女をアイラと名付ける。戦場は中国の人民解放軍兵士が参戦して新たな局面を迎える。トルコ軍部隊は韓国軍と共に移動するが、スレイマンはアイラを連れて行く。預かってくれるところもなく、アイラもスレイマンから離れない。途中で中国軍部隊と交戦し、スレイマンたちもピンチを迎えるが、何とか反撃して難を逃れる。戦争は激しさを増していく・・・

朝鮮戦争にトルコ軍が参戦していたという事実はこの映画で初めて知った。なんでも国連軍としての参戦だったようである。タイトルからして勇ましい戦争映画かと思っていたが、物語は意外な方向へと動いていく。主人公のスレイマンは偶然戦争孤児を保護し、アイラと名付けてそのまま手元に置く。整備兵という立場だからできたのかもしれないが、やがてアイラに愛情が移り、手離せなくなる。映画は、勇ましいとごろか兵士と戦争孤児との物語になっていく。

この映画はフィクションではなく実話だという。フィクションであるなら「実際の戦場でこんなこと」と思ったかもしれない。されど、実話というのが何にも勝る説得力を持つ。アイラに情が移ったスレイマンは、アイラにトルコ語を教え、言葉を覚えたアイラはスレイマンをパパと呼ぶ。東京での休暇にもアイラを連れていくスレイマン。いずれ別れの時がくるとわかっていても、募る思いは打ち消せない。そしてその時がやってくる・・・

友人のアリのためにアイラを使ってマリリン・モンローのサインを手に入れたりとほのぼのとしたエピソードを交えて進んでいく。やがて朝鮮戦争が終わり、スレイマンの思いは叶わず別れの時がやってくる。帰国してもアイラの事が忘れられないスレイマン。そして60年の歳月が流れ、奇跡の瞬間が訪れる。エンドロールでは2人の実際の再会シーンが流れる。異国の地で出会った子供に対してここまで強い思いを抱いていたスレイマン。まったく映画のタイトルと内容があっていないが、2人の物語は心温まるものである。

トルコが朝鮮戦争に軍を派遣していたという事実も初めて知ったが、こんな物語もあったと知って、戦争の悲劇は様々な物語を生むものだと改めて思う。トルコと日本の間にも『海難1890』(My Cinema File 2162)という史実があったが、トルコ人は情に篤い人たちなのかもしれない、と改めて思わされた映画である・・・


評価:★★★☆☆









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2025年03月06日

【ピザ!】My Cinema File 2978

ピザ!.jpeg

原題: Kaakkaa Muttai
2014年 インド
監督: M・マニカンダン
出演: 
J・ヴィグネシュ:兄
V・ラメシュ:弟
アイシュワリヤー・ラジェシュ:母
ダヌシュ:ピザ屋オーナー

<映画.com>
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インドのスラム街を舞台に、1枚のピザをめぐって少年たちが巻き起こす騒動を描いたハートフルコメディ。貧困や差別といった社会問題を盛り込みながら、幼い兄弟の日常を生き生きと映し出す。南インドの都市チェンナイにあるスラム街で、母や祖母と暮らす幼い兄弟。父親は勾留中で、兄弟は線路沿いに落ちている石炭を拾って家計を助けている。ある日、スラム街の近くにピザ店がオープンする。生まれて初めてピザを見た兄弟は食べてみたいと熱望するが、その値段は彼らが1カ月働いてようやく手に入る金額だった。懸命に働いてお金を貯めた兄弟は、意気揚々とピザ店へ向かうが……。
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インドのスラム街に住む兄弟の物語。小さな部屋に祖母、母と小学生くらいの兄弟2人の4人が暮らしている。身を寄せ合って寝ている姿は、プライバシーなどまったくない。夜中におねしょをして目覚めた次男。あわてて床に流れた尿をふき取ると、それを隠してまた寝る。一家の父親は理由はわからないが、逮捕されて収監されており、母親はお金を工面しては弁護士に渡して何とか釈放してもらえないかと願っている。しかし、保釈金が足りずに状況は改善されない。

そんな家庭の事情をよく理解していない兄弟は、友達と空き地で遊び、貧しいながらも楽しく日々を送っている。スラム街近くの空き地では、友達がクリケットで遊んでいるが、兄弟はそれに見向きもせず、木に登る。そしてカラスの巣から卵を盗んで食べる。3個のうち、1個は巣に残す知恵も供えている。また兄弟は、線路に行って石炭を拾ってお金にする。石炭車が通るたびに、振動で落ちる石炭を拾い集めるのである。売ったお金は母親に渡し、生活費の足しにしてもらう。

そのスラム街には柵で囲われた公園があり、金持ちの子供がラジコンで遊んでいる。柵の中にはスラムの子供は入れない。それでも子供同士、柵越しに仲良くなる。着ている服からして貧富の差は明らかである。そんなある日、いつもの空き地が立ち入り禁止になり、カラスの木も斬り倒される。建設工事が始まり、やがてピザ屋がオープンする。人気俳優シンブが開店セレモニーに招かれてやって来て、ピザを食べる。兄弟はその美味しそうな映像を見て、どうしてもピザが食べたいと思う。

しかし、ピザの値段は1枚300ルピー。それはスラム街の住人にとっては1ヶ月分の給料に相当する。お金の価値がわからない兄弟だが、コンテナ一台分の石炭と言われて絶望的な気持ちになる。さらにピザの配達員と話した兄弟は、住所はどこかと聞かれて答えられない。祖母に聞いても同様。どうやらスラム街には「住所」がない。それだとたとえお金があっても配達してもらえない。インドの貧困レベルは日本とは比べ物にならない。

それでも兄弟はどうしてもピザが食べたい。大人の分別であれば諦めもつくのかもしれないが、子供ゆえか兄弟はお金を貯めることにする。線路で石炭を拾うがとても足りない。そこで友達になった大人(通称ニンジン)から石炭置場を教えてもらう。線路脇に落ちているのを拾うよりもはるかに効率的。2人はせっせと石炭を集めて換金所へ持っていく。しかし、落ちているものならともかく、石炭置場のものには所有権があり、2人の行動は窃盗である。やがてニンジンが窃盗で辞めさせられてしまう。

そう言えば、以前『スタンリーのお弁当箱』(My Cinema File 1314)というインド映画を観たが、歌も踊りも登場せず、庶民の暮らしがベースになっているという点でこの映画は共通するものがある。大国ではあるが、貧富の差は激しい。ストーリーはピザを食べようとする兄弟の奮闘記であるが、背景に描かれるスラム街の生活も興味深いものがある。見かねた祖母がピザのチラシを参考にそれらしきものを作ってくれる。生き生きと材料を買いに行き、ワクワクしながらそれを食べる兄弟。一口食べてがっかりする。微笑ましい一方、切ない思いに駆られる。

そして兄弟はなんとか300ルピーを集める。奇跡に近いが、2人の執念は見事である。しかし、意気揚々とピザ屋へ向かった2人は、なんと守衛に追い返されてしまう。汚い身なりをした子供ゆえの行動であるが、貧困層の現実なのであうか。それでもあきらめきれない兄弟は、ならばとキレイな服を買う為に再びお金を貯めることにする。あの手この手で創意工夫を重ねる2人の姿はひたすら好ましいものがある。それにしても、2人の前には次々に難問が立ちふさがる。金持ちの子が着る服を買おうと、シティセンターにバスに乗って行くが、そこでも身なりで追い返されてしまう。貧困層の子は入口にも立てないのである。

そんな深刻な状況であるのに、映画はどこか明るい。それはたぶん2人の兄弟が貧乏に苦しむことなく(生まれた時からそれが当たり前の環境なので)、生きているからだろう。金持ちの子供に対しても卑屈になる事はない。逆に金持ちであるがゆえに(不衛生だから)買ってもらえない路面で売っているお菓子と、服を交換するしたたかさが兄弟にはある。そしてせっかく貯めた300ルピーなのに、祖母の葬儀代に困る母親に迷わず差し出す優しさが兄弟にはある。紆余曲折を経て兄弟はとうとう念願のピザを食べる。その感想が実に面白い。

昔の歌にあったが、ボロは着てても心は錦。貧しくとも明るい兄弟の姿に心が和む。『スタンリーのお弁当箱』(My Cinema File 1314)もそうであったが、たくましく生きるインドの子供たちの姿がまぶしく見える一作である・・・


評価:★★☆☆☆








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2025年01月02日

【ベルリン 天使の詩】My Cinema File 2951

ベルリン 天使の詩.jpg
原題: Der Himmel uber Berlin
1987年 西ドイツ・アメリカ
監督: ビム・ベンダース
出演: 
ブルーノ・ガンツ:天使ダニエル
ソルベーグ・ドマルタン:マリオン
オットー・ザンダー:天使カシエル
クルト・ボウワ:老詩人ホメロス
ピーター・フォーク:ピーター・フォーク

<映画.com>
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「パリ、テキサス」のビム・ベンダース監督が10年ぶりに祖国ドイツでメガホンをとり、1987年・第40回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した傑作ファンタジー。壁崩壊前のベルリンを舞台に、人間に恋してしまった天使の運命を、美しく詩的な映像でつづる。人間たちの心の声を聞き、彼らの苦悩に寄り添う天使ダミエルは、サーカスの空中ブランコで舞う女性マリオンに出会う。ダミエルは孤独を抱える彼女に強くひかれ、天界から人間界に降りることを決意する。ブルーノ・ガンツが主演を務め、テレビドラマ「刑事コロンボ」のピーター・フォークが本人役で出演。脚本には後にノーベル文学賞を受賞する作家ペーター・ハントケが参加した。1993年には続編「時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!」が製作された。
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塔の上から天使ダミエルがベルリンの街を見下ろしている。まだ東西を壁に分断されていた時代である。背中から立派な羽を生やしているが、見かけは中年男。天使というイメージからは程遠い。上から眺めるだけではなく、人間に寄り添ってその心の声に耳を傾ける。ダミエルは街のあちこちを散策しながら、その日にあった出来事を親友のカシエルと情報交換するのを日課としている。よく見れば同じような天使たちがあちこちにいる。

画面はモノクロ。最初に観た当時は気づかなかったが、いま改めて見るとモノクロ画面が東西統一前のドイツの暗い雰囲気にマッチしているように思う。とある図書館に入って行ったダミアン。そこは天使たちのたまり場なのか、同じ服装の天使たちがあちこちにいる。人間に寄り添って手元を眺めたりしているのもいれば、天使同士が集まっているのもある(その様子は暇を持て余してウダウダしているようにしか見えない)。そしてダミアンは、とあるサーカスのテントを訪れる。

そこでは美しい女性が、空中ブランコの練習をしている。その女性の名前はマリオン。ダミアンがマリオンに見入っていると、サーカスの団長が現れ、破産したことを伝える。その日の夜のショーが最後になり解散すると告げる。危険な練習をしてきたにもかかわらずの結果に、むなしさにかられるマリオンにダミエルは惹かれていく。そしてダミアンが見守る中、マリオンは最後の演技を成功させてショーを終える。

ひとりライブハウスへと向かうマリオン。ダミアンも彼女に寄り添ってついて行く。もしも本当に天使がいて、こんな風に付きまとっていたら怖いものがある。人々で混雑するライブハウスで無心に踊るマリオン。ダミアンはそっとその手に触れる。その夜、彼女の夢の中に天使の姿をしたダミエルが現われ、彼女は孤独な思いから解放される。

ベルリンの街のコーヒースタンドで、ダミエルは俳優のピーター・フォークに出会う。何やら撮影でベルリンを訪れているようで、その姿を見た人々は、「コロンボだ」と囁き合う。当時、ピーター・フォークと言えば「刑事コロンボ」であり(今でもそうだ)、なぜか本人役で登場する。ピーター・フォークはまるでダミエルが見えるかのように話しかける。さらに天使では経験できない人間としての喜びを話して聞かせ、人間の世界へ来ることをすすめる。そして握手を求めて手を差し出す。もちろん、ピーター・フォークにダミエルの姿は見えていない。

翌日、ダミエルはカシエルに人間になる決意を告げる。天使として永遠に生きることも可能だろうに。マリオンに恋したダミエルは人間として目を覚ます。すると画面はカラーになる。どうやら天使には世界はモノクロに見えていたようである。目を覚ました時に頭に落ちてきた鎧で怪我をするが、手についた血の赤い色でさえダミエルには新鮮である。

人間に恋した天使が人間になる。何となく助けた王子に恋をして人間になった人魚姫のようである。人魚姫と違って自力で人間になったダミエルは言葉も普通に話せる。そしてさっそくマリオンを見つけに行く。人間になったのはいいが、言葉を話せないというハンディを背負わされた人魚姫と違ってダミエルにハンディはない。あるとすればその最大のハンディは、容姿が冴えない中年男だという事だろう。

なぜ、天使を冴えない中年男にしたのかはわからないが、なかなか面白い試みだと思う。天使といっても魔法が使えるわけでもない。ただ人間に寄り添って観察するだけではさぞかし退屈だろうと思う。人間になろうとしたのはダミエルだけではなく、意外な登場人物も元天使だとされる(やっぱり冴えない中年男である)。実際の天使はどんな姿なのだろうと、ふと想像させられた。

地上に堕ちたなら堕天使なのかというとそうでもない。中年男の姿をした天使の人間への転生。考えてみれば意外性にあふれたストーリーである。何かを訴えかけてくるようなストーリーが何とも言えない味わいの映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2024年12月20日

【インビジブル・ゲスト 悪魔の証明】My Cinema File 2944

インビジブル・ゲスト 悪魔の証明.jpg

原題: Contratiempo
2016年 スペイン
監督: オリオル・パウロ
出演: 
マリオ・カサス:ドリア
アナ・ワヘネル:グッドマン
ホセ・コロナド:トマス・ガリード
バルバラ・レニー:ローラ
フランセスク・オレーリャ:レイバ弁護士

<映画.com>
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密室殺人の容疑者とその弁護人が「悪魔の証明」(=存在しない事実の証明)を成し遂げて無罪を勝ち取ろうとする姿を描いたスペイン製サスペンス。殺人容疑で起訴された実業家ドリアのもとに、敏腕弁護人グッドマンが訪ねてくる。彼らは3時間後に開始される裁判までに反証の準備をしなければならず、事件の再検証を進めていく。ドリアは不倫相手ローラとの密会中に、事故でダニエルという青年を死なせてしまっていた。死体を湖に沈めて隠蔽を図ったものの、ダニエルの父親はドリアを疑ってつきまとうように。その後、ドリアとローラは山奥のホテルに誘い出され、密室でローラが殺害されたのだった。ドリアが圧倒的に不利な状況にも関わらず、グッドマンはドリアを無罪にできると言うが……。「スガラムルディの魔女」のマリオ・カサスが主演。『ロスト・ボディ』のオリオル・パウロが監督・脚本を手掛けた。シネマート新宿、シネマート心斎橋で開催の「シネ・エスパニョーラ2017」上映作品。
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スペイン北部、ビエルへの峡谷にあるホテルで写真家のローラが殺害される。異変に気付いたホテルの従業員から通報を受け、警察が部屋に突入した時、室内にいたのはローラの不倫相手のドリア。当然の流れでドリアは容疑者としてその場で逮捕される。ローラは、室内にあった調度品で頭部を殴打されており、凶器にはドリアの指紋がついている。死体の周囲には10万ユーロの札束が散らばっており、ドアには鍵とドアチェーンがかけられ、窓も内側からは開かない仕組みになっている。完全な密室でありドリアの容疑は確実である。

しかし、ドリアは容疑を否認する。そもそもであるが、ドリアとローラは10万ユーロの脅迫を受け、犯人から指定されたその部屋に来たという経緯があった。部屋に入ってからこれが罠だと気付き、帰ろうとした時にドリアは何者かに殴られて気を失う。そして目覚めた時には、ローラが殺されており、その直後に警察が突入してきたという訳である。現場の状況証拠は、圧倒的にドリアを犯人とするのに十分であり、ドリアの主張はあまりにも弱いものに見える。

ドリアは欧州の最優秀起業家にも選ばれた青年実業家で、妻と幼い娘がいる。ローラの方も写真家として成功しており、銀行マンの夫がいる。事件発覚後、ドリアの妻は幼い子供を連れてドリアの下を離れ、トップの不祥事でビジネスの面でもピンチを迎える。ドリアの顧問弁護士は、敏腕弁護士のグッドマンにドリアの弁護を依頼する。グッドマンは、自分のキャリアの集大成として、この難しい裁判の弁護を引き受ける。そのグッドマンが、突然ドリアのマンションを訪ねてくる。

グッドマンは、検察が新たな証人を用意したので、今夜ドリアが法廷に呼ばれるという情報を掴んでいた。審議が始まるまでの3時間で話を詰めないと、ドリアが緊急逮捕される可能性もあるという。ドリアは「真実は全て話した」と言い張るが、グッドマンは、隠している事があるとドリアに詰め寄る。グッドマンは何かの根拠があるのか、ビエルヘで行方不明となっているダニエルという青年の新聞記事を突きつける。ドリアは観念し、事実を話し始める。

こうして物語は時間を遡る。それは事件の3ヶ月前。ドリアは出張だと偽り、ビエルへの別荘でローラと会う。しかし、ドリアは妻を欺くことに疲れ、帰りの車中でローラに別れ話を切り出す。その時、飛び出してきた鹿を避けようとして、対向車と事故を起こす。幸い2人は無事だったが、対向車の運転していた若い男は、頭から血を流して死んでいた。ドリアはすぐに通報しようとするが、ローラがそれを止める。「通報したら全てを失う」と言われ、ドリアも逃げることにする。この時、正しい行動を取っていれば大きな悲劇にはならなかっただろう。

しかし、そこへ後続車が来て2人は顔を見られてしまう。そうすると若者の遺体を処分するしかなくなる。遺体の処分はドリアが引き受け、ローラは動かなくなった車のそばでレッカー車を待つ。そこへ近くに住むトマスという男性が通りかかり、元整備士だからと車の修理を引き受けてくれる。不運というのは重なるものであり、この出会いがのちにローラの運命を左右する。トマス夫妻は親切にローラをもてなす。しかし、ローラは夫婦の息子が事故で死んだ若者だと知って愕然とする・・・

密室殺人の容疑者にされた男が必死に無実を晴らそうとする中で、隠されていた真実が浮かび上がっていくストーリー。誰が、なぜ、何の目的で、見えない相手の罠にはまって男はもがく。濡れ衣を着せられたドリアだが、実はドリアには、人に言えない秘密がある。弁護士に語る形で明らかになっていく真実。最後まで予測不能なストーリー展開。あちこちにばらまかれた伏線がきちんと回収されていく。馴染みのないスペイン映画でもあり、出演陣は見慣れない俳優さんたち。それでも見入ってしまったのは、やはりストーリーの妙であろう。

悪いことはできない。そんな教訓を得られる映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2024年11月16日

【コリーニ事件】My Cinema File 2934

コリーニ事件.jpg

原題: Der Fall Collini
2019年 ドイツ
監督: マルコ・クロイツパイントナー
出演: 
エリアス・ムバレク:カスパー・ライネン
アレクサンドラ・マリア・ララ:ヨハナ・マイヤー
ハイナー・ラウターバッハ:リヒャルト・マッティンガー
マンフレート・ツァパトカ:ハンス・マイヤー
ヤニス・ニーヴーナー:若い頃のハンス・マイヤー
ライナー・ボック:ライマース
カトリン・シュトリーベック:裁判長
ピヤ・シュトゥッツェンシュタイン:ニーナ
フランコ・ネロ:ファブリツィオ・コリーニ

<映画.com>
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ドイツの現役弁護士作家フェルディナント・フォン・シーラッハの世界的ベストセラー小説を映画化した社会派サスペンス。新米弁護士カスパー・ライネンは、ある殺人事件の国選弁護人を担当することに。それは、ドイツで30年以上にわたり模範的市民として働いてきた67歳のイタリア人コリーニが、ベルリンのホテルで経済界の大物実業家を殺害した事件で、被害者はライネンの少年時代の恩人だった。調査を続ける中で、ライネンは自身の過去やドイツ史上最大の司法スキャンダル、そして驚くべき真実と向き合うことになる。主人公ライネンを「ピエロがお前を嘲笑う」のエリアス・ムバレク、被告人コリーニを「続・荒野の用心棒」の名優フランコ・ネロが演じる。監督は「クラバート 闇の魔法学校」のマルコ・クロイツパイントナー。
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物語は2001年のベルリンのとある高級ホテルで始まる。最上階スイートに入ってきた初老の男は、宿泊客の男に銃を向ける。初老の男は返り血を浴びたままフロントに降りてきて、その場は騒然とする。殺されたのは実業家のジャン・B・マイヤー、そして逮捕された容疑者は1934年生まれのイタリア人、ファブリツァーニ・コリーニであった。

コリーニの国選弁護人として選ばれたのは、弁護士になったばかりのトルコ人青年、カスパー・ライネン。実は被告人のコリーニは警察の事情聴取にも一切黙秘を通し、おそらくそんな状況で国選弁護人が選任されたのだろうと推察される。事件の概要を知ったライネンは、殺されたジャン・B・マイヤーが、著名なマイヤー機械工業の社長ハンス・マイヤーだと知って驚く。マイヤーは、ライネンにとって幼少時からの恩人であったのである。

裁判所でマイヤーの孫のヨハナと再会したライネンは、彼女から祖父を殺した人物の弁護など辞めるように言われて悩む。被害者は恩人であり、かつその孫とも家族ぐるみの付き合いがあったとなれば、憎むべき犯人の弁護を引き受けるのかは難しい。職業としての弁護士の難しさである。しかし、かつて師事を受けた弁護士マッティンガーから助言を受けて弁護を引き受ける。

審理が始まるも、コリーニが殺害の動機を全く語ろうとしないため、ライネンも困り果てる。マッティンガーがコリーニを謀殺罪で起訴して終身刑にしようと考えているとわかり、ライネンは情状酌量に持ち込めば減刑できると訴えるも、コリーニは沈黙を保つ。打つ手のないライネンは、マイヤーが幼少時に放蕩な父親に見放された自分を救ってくれたと、コリーニに身の上話を打ち明ける。

するとコリーニは初めて口を開き、生きているなら実の父親に会えと促す。それでも事件の核心については黙秘したまま。そんな中、ライネンは犯行に使用されたのが市場では出回ることのないワルサーP38であったことに注目する。その銃に見覚えのあったライネンは、マイヤーの書斎でワルサーP38を見つける。さらにライネンは、手がかりを求めてコリーニの生まれ故郷であるイタリアのモンテカティーニに向かう。

一方、コリーニの助言でフランクフルトで古書店を営む実父のベルンハルトと再会したマイヤーは、連邦文書館から取り寄せたマイヤーに関する大量の調査報告書の速読を父に依頼する。こうして被告人であるコリーニの黙秘にも関わらず、ライネンはモンテカティーニで聞き込みをし、そしてコリーニをよく知る老人を見つけ、そこで思いもかけない過去の事実を知る・・・

若者であればともかく、年老いた男が殺人を犯すというのはあまりある事ではない。人間、年を取れば執着も減っていくものである。にも関わらず、コリーニは成功者であり、周囲からも慕われている人物を白昼堂々射殺する。殺害に使われたのは、昔の銃。一体、何が動機なのか。しかも、被告は黙秘を貫き、自らの罪を軽くする力になってくれる弁護士にも話をしようとしない。それはまるで極刑でも構わないというスタンスにも見える。

それでもおざなりな弁護に終始することなく、ライネンはできる限りの調査をし、そしてついに過去におけるコリーニとマイヤーの関係を探り当てる。それは1944年6月19日に起こった出来事。なかなか面白いストーリー展開で、個人的にフレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』を思い出してしまった。あれも主人公が追い求めていたのは、読者が当然想定する理由ではなく、まったく別の意外な理由からであった。

弁護士という職業は、悪人を弁護するという微妙な立場である。裁きの公平性を確保するための大事な役割であるが、時として理不尽な批判を浴びる。ここでも主人公のライネンは、恩人を殺した憎むべき男の弁護をする。しかも、恩人の孫であり、かつて付き合ってもいたヨハナから理不尽な批判を浴びる。「祖父がいなかったら、あなたは今頃ケバブ店の店員よ」と。そんな中で、自らの職務をライネンは全力で全うする。

そして明らかになった真実は実に複雑である。なぜ、犯人のコリーニは頑なに沈黙を守っていたのか。その予想外の殺害動機。想定外のストーリー展開は虚を突かれた感があり、意外に面白かった映画である。このあたりはドイツならではの歴史事情があるだろう。最後にコリーニが選んだ選択。そこに至らざるを得なかった事情。きちんと作られたストーリーの良さも相まって、味わい深い映画である・・・


評価:★★★☆☆








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