2025年12月05日

【バスターズ】My Cinema File 3095

バスターズ.jpg

原題: A.C.A.B.: All Cops Are Bastards
2012年 イタリア・フランス
監督: ステファノ・ソッリマ
出演: 
ピエルフランチェスコ・ファビーノ:コブラ
フィリッポ・ニグロ:ネグロ
マルコ・ジャリーニ:マジンガ
アンドレア・サルトレッティ:カルレット
ドメニコ・ディエーレ:アドリアーノ

<映画.com>
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『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』の監督に抜擢されたイタリアの俊英ステファノ・ソッリマがメガホンをとり、モスクワ国際映画祭で国際批評家連盟賞ほか3冠に輝いたポリスアクション。デモや暴動といった危険な現場の最前線で活躍するイタリア国家警察機動隊の警官たち。仲間思いの凄腕隊員コブラは、市民に対する過剰防衛で裁判にかけられることに。また、リーダーのマジンガは極右組織に出入りする息子に頭を抱え、熱血漢のネグロは職務に夢中になりすぎて妻に家を追い出されるなど、それぞれ問題を抱えていた。新人隊員のアドリアノはそんな個性的な先輩たちに戸惑いながらも、徐々に彼らの一員として成長していく。そんなある日、暴動でマジンガが重症を負い、隊員たちは自ら犯人探しに乗り出すが……。出演は『天使と悪魔』のピエルフランチェスコ・ファビーノ、「おとなの事情」のマルコ・ジャリーニ。「のむコレ2018」(18年11月3日〜、東京・シネマート新宿、大阪・シネマート心斎橋)上映作品。
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対象となるのはイタリア国家警察機動隊。機動隊と言えば、我が国でもデモや暴動の際に数で警備鎮圧するというイメージがあるが、イタリアでも同様。その機動隊のとある面々が主人公となる。

冒頭から荒れ狂う群衆と向かい合う機動隊の面々。盾を持ち、警棒を構える。さすがに先進国であり銃器は所持しない。そして両者はぶつかり合う。機動隊も警棒で群衆の1人1人を殴打する。倒れた相手を引きずって連行する。なかなか過激である。やり過ぎ感も漂うが、その場の空気というものもある。群衆から向けられる怒りのエネルギーと対峙すればそれもいたし方ないのかもしれない。

物語は個々のメンバーについても描いていく。リーダーのマジンガは反抗期の息子に手を焼いている。メンバーのネグロは妻との関係が険悪で、家を閉め出されてしまう。さらに娘にも会わせてもらえない。やむなく同僚宅に転がり込む。新入りのアドリアーノには厳しい試練を与えているようで、それはいじめのようにしか見えない。車の席に座らせなかったり、車に閉じ込めて催涙弾を入れたりする。それが後半では思わぬ形になって現れる。

敵対する群衆も単なるフーリガンの時もあれば過激派のような時もある。移民排斥を唱えるグループは過激派なのかもしれない。ある時、警備に当たっていた機動隊メンバーは、群衆と衝突するが、その際、刃物をもった男が混乱に乗じてマジンガを刺す。ただ、刺したのは足であり、殺意まではなかったのかもしれない。しかし、刺されたのは事実であり、メンバーは犯人捜しに乗り出す。仲間の敵討ちということなのだろう。

観ていて思わず手に力が入ってしまう。機動隊と群衆と互いの憎悪が伝わってくる。日本では最近はこんなに激しい衝突は見られないように思うが、群衆側も投石などで応じるが、大きさのある石なので直撃すれば危険だろう。なぜここまで激しい行動に出るのか。憎しみの連鎖が広がり、衝突の激しさが増す。フーリガンは今でもこんなに暴れているのだろうか。そして合間合間に描かれる隊員たちのプライベート。

隊員のコブラは、過剰防衛で訴えられてしまう。その様子だけ聞いていると、なんら弁護の余地はないように思えるが、群衆心理のなせる業だったかもしれないし、少数で迎える機動隊員たちの心理を考えれば行き過ぎもあり得ると思う。単純には判断できないかもしれない。ただ、この映画をもって何を訴えたかったのか、判然としかねるところがあった。ただ単にとある機動隊員たちの姿を描いただけなのか。

そしてアドリアーノはついに行動に出る。それは正義の行動なのか、裏切りなのか。何となく観る事にした映画であるが、漫然と観て終わってしまった映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2025年10月24日

【K.O.】My Cinema File 3078

K.O..jpg

原題: K.O.
2025年 フランス
監督: アントワーヌ・ブロシエ
出演: 
シリル・ガーヌ:バスティアン
アリス・ベライディ:ケンザ
フエド・ナッバ
マローム・パカン:レオ
イブライマ・ケイタ
アン・アズレイ
サミュエル・ジュイ
バージル・ブラムリー
マローン・エットーリ
ナフィ・ソウアレ
マエバ・エル・アルーシ

<シネマトゥデイ>
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元格闘家がある少年の失踪事件に関わる犯罪組織に立ち向かうアクションサスペンス。行方不明になった少年の捜索を依頼された男が、その行方を追ううちに犯罪組織と戦うことになる。監督は『プレデターズ エヴォリューション』などのアントワーヌ・ブロシエ。シリル・ガーヌ、『ル・クラスィク 〜失われたトロフィー〜』などのアリス・ベライディ、ブロシエ監督作『家なき子 希望の歌声』などのマローム・パキャンのほか、フエド・ナッバ、イブライマ・ケイタらが出演する。
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冒頭、総合格闘技の試合から物語は始まる。主人公のバスティアンはこの試合で相手選手をマットに叩きつけて勝利する。しかし、相手のエンゾはそのまま動かなくなり、その場で蘇生が試みられるが、そのまま亡くなってしまう。エンゾの家族から激しい避難を浴びたバスティアンは、以来毎晩夢を見てうなされるようになる。そのまま総合格闘技から引退し、日雇いの肉体労働をして慎ましく生活している。エンゾの妻・エマと息子のレオは、試合中の不幸とはいえ、家族を失ったことでバスティアンを激しく憎んでいる。

そんなある日、エマがバスティアンを訪ねてくる。それはレオが何かのトラブルに巻き込まれたようで、レオを捜して助けて欲しいと言う。どうやらレオは薬物売買に手を染めており、その関係で何かの事件に巻き込まれたようである。警察も末端の売人の事となれば動かない。困り果てたエマが、バスティアンを頼ってきたわけで、それを償いとしろというのも虫のいい話。しかし、バスティアンはこの頼みを聞いてフォカイアという町に向かう。

一方その頃、フォカイアではアンダルーという麻薬の売人のリーダーが失踪し、側近達が首を切られて死んでいるのが発見される。ケンザ警部は、それがずっと追い続けているマンシュール兄弟の仕業だと睨む。そこへ顔馴染みのレオから2人きりで会いたいと連絡が入る。殺人現場を目撃してしまい、バレたので殺されるとのこと。しかし、待ち合わせの場所にケンザが出向くと、警官達が駆けつけたためレオは逃走してしまう。

そんなことを露とも知らないバスティアンは、レオが身を寄せているというレオの従兄弟のユーゴの家へやってくる。そこに2人の姿は無く、室内は荒らされたまま。するとバスティアンは突然銃を突きつけられる。銃を突きつけたのはケンザ。バスティアンが事情を説明するとケンザは銃を下ろすが、警察の仕事だから帰れと素っ気ない。室内には血痕があり、同じマンションの住人に話を聞くと、ユーゴは何者かに襲われ病院に入院したとのこと。ケンザは病院に行き、バスティアンは強引についていく。

試合中に対戦相手を殺してしまった事から罪悪感を抱き、リングを離れて目標を失った生活を送る主人公。それが突然、亡くなった対戦相手の家族のトラブルに巻き込まれる。単純に考えて主人公がそこまでする義務はないと思うのだが、繊細な神経の持ち主なのだろう、贖罪意識からか主人公のバスティアンはトラブルに巻き込まれた相手の息子レオを探しに行く。そこで知り合った刑事ケンザとともにレオの行方を探していく。影で蠢くのはマンシュール兄弟。刑事ケンザは、マンシュール兄弟とは兄を殺された因縁がある。

主演のシリル・ガーヌは、総合格闘技UFCの選手だという事で、冒頭の試合シーンも迫力がある。そういう選手が主人公となると、内容も格闘色が強くなる。元女性格闘家のジーナ・カラーノも俳優に転向し、『エージェント・マロリー』(My Cinema File 1180)『ブライド・ウエポン』(My Cinema File 1799)などのアクション映画で活躍しているが、この映画のシリル・ガーヌもそんなアクション俳優の道を辿るのだろうかという思いを抱く。ここでは女性刑事のケンザと組んでレオを探していく。

見どころはやはり主人公バスティアンの格闘アクションになるのだろう。ケンザも男勝りの刑事であるが、それらしい絡みもあってストーリーは進む。さすがの格闘家も銃弾には勝てない。そこは巧みに殴り合いの展開になり、見せ場が作られていく。敵対するマンシュール兄弟も残虐で、相手を焼き殺したり、家族にまで危害を加えて、およそ人間的な慈悲を感じさせない。そんな相手と対峙していく。やはり格闘家だけあってゴツイ肉体美も見どころの一つと言える。銃撃戦よりも迫力ある肉弾戦。

アクション映画を観てすっきりしたい時にはいいかもしれない。今後、シリル・ガーヌはアクション俳優となっていくのか。そんな期待も含めて楽しめる一作である・・・


評価:★★☆☆☆








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2025年10月04日

【悪童日記】My Cinema File 3071

悪童日記.jpg

原題: A nagy fuzet
2013年 ドイツ・ハンガリー
監督: ヤーノシュ・サース
出演: 
アンドラーシュ・ジェーマント:双子
ラースロー・ジェーマント:双子
ピロシュカ・モルナール:祖母
ウルリッヒ・トムセン:将校
ウルリッヒ・マテス:父
ギョングベール・ボグナル:母
オルソルヤ・トス:口蓋裂の娘
ザビン・タンブレア:将校のボーイフレンド
ペーター・アンドライ:牧師

<映画.com>
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第2次世界大戦下、小さな町へ疎開した双子の兄弟が、時に残酷な手段をもってしても生き抜いていく姿を描き、世界に衝撃を与えたアゴタ・クリストフの同名ベストセラーを、クリストフの母国ハンガリーで映画化。第2次世界大戦末期。双子の兄弟が、祖母が暮らす農園へ疎開してくる。彼らは村人たちから魔女と呼ばれる意地悪な祖母に重労働を強いられながらも、あらゆる方法で肉体的・精神的鍛錬を積み重ねる。大人たちの残虐性を目の当たりにした2人は、独自の信念に従って過酷な毎日をたくましく生きぬいていくが……。これがデビュー作となるアンドラーシュ&ラースロー・ジェーマントが主人公の双子を鮮烈に演じ、「タクシデルミア ある剥製師の遺言」のピロシュカ・モルナール、「ある愛の風景」のウルリッヒ・トムセンらベテラン勢が脇を固めた。
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主人公はとある双子。時に1944年8月、父は軍属であり戦況の悪化からだろう、双子は目立つから引き離したほうがいいと言うが、母親はこれに反対する。代わりに実家に預けることになる。父親は双子の息子たちにこれからの試練を予想し日記をつけるようにと言い渡す。そして母親は双子を連れて列車で実家を訪れる。ところがそれは20年ぶりの帰宅であり、その間交流もなかったようで、歓迎ムードは欠片もない。双子を預けた母親は逃げるように帰っていく。

初めて会う祖母は魔女と揶揄される人物であり、2人に対して容赦はない。双子をメス犬の子供と呼ぶほどである。父からは日記を、母からは勉強を続けるようにと言われた2人だが、祖母は「働かざる者食うべからず」を徹底し、双子に容赦なく仕事を言いつける。初日は家に入れてもらえず2人は外で寝る。翌日、2人は薪割りと水汲みを行う。日記には「真実を書くこと」という決まりをつけて続ける事にする。

こうして祖母との厳しい生活が始まる。勉強は辞書と聖書を使って新しい言葉や綴りを覚え、毎日日記をつける。やがて、ドイツ軍の将校がやってきて離れを宿泊所にする。祖母の家の近くの森の向こうは別の国で、鉄条網を越えると撃たれてしまう。そんな森の中で二人は薪拾いをし、祖母と街に出て野菜を売る。油断した隙に野菜を盗まれる。犯人は女の子だが、まんまと逃げられる。不手際があると祖母からは容赦なく打擲される。

生き抜くために2人は訓練を始める。まずは身体を鍛える事。2人はそれぞれ順番に罵りながら交互に殴り合う。そんな2人を見つめる離れの将校。2人は夜に天井から祖母の部屋を覗く。祖母は密かに宝石を隠している事を知る。街で2人から野菜を盗んだ女の子は実は隣に母親と住んでいるとわかる。その母親が病気だと知ると、今度は3人で酒場で稼ぎ、空襲警報が鳴って大人たちが避難して誰も居なくなると酒場で盗みをする。

隣に居座る将校は、男色趣味があるのか、双子を特別な目で見ている。ある時は勝手に部屋に入ってきて寝ている双子に触れる。ある日、2人が雪の中で薪を探していると、死にかけのドイツ兵を見つける。4日間何も食べていないと空腹をうったえ、2人に食べ物を要求する。次の日、2人が食べ物を持っていくと、兵士は既に息絶えている。2人は兵士が持っていた銃と手榴弾を持ち帰りベンチの下に埋めて隠す。

戦時下、両親と離れ祖母の家に預けられた双子の物語。祖母とは言え、2人には冷たい。容赦なく仕事を押し付けるし、食べ物も最低限の感じである。死んだ兵士のようになりたくないと、2人は飢餓に耐える訓練をする。水だけで少なくとも4日間は耐えようとするが、そんな双子の目の前で祖母はいつもは決して食べない鳥の丸焼きを頬張る意地悪さ。それでも2人いるという強みだろう、2人は協力して祖母に対抗していくようになる。

2人はたくましくなっていく。母から送られてきた暖かい服と手紙を祖母から取り返す。時に残酷な行為も行うが、人から受けた恩を忘れるわけではない。迫害されるユダヤ人。世話になったユダヤ人を罵倒した女の家のストーブに手榴弾を仕込む。裏であるまじき行為に手を染めていた司祭を脅して金をもらう。過酷な環境では強くならないと生きていけないかのようであるし、実際そうなのだろう。

やがて村にソ連軍がやってくる。ドイツ軍の圧政下、ソ連軍は解放軍だと思ったのだろう隣の女の子は彼らを歓迎して手を振り、戦車に乗せてもらう。なんとなく危うさを感じていたが、案の定の結果になる。ドイツとソ連という双璧たる蛮軍の間に位置する小国の悲劇を感じる。少年時代にこういう経験をした双子は、いったいどんな大人になるのだろうかと考えた。祖母とも父とも母とも別れることになる。そんな双子の行く末を想像してみた映画である・・・


評価:★★☆☆☆







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2025年08月29日

【友だちのうちはどこ?】My Cinema File 3055

友だちのうちはどこ?.jpg

原題: Where Is the Friend's House?
1987年 イラン
監督: アッバス・キアロスタミ
出演: 
ババク・アハマッドプール:アハマッド
アハマッド・アハマッドプール:モハマッド・レダ・ネマツァデ
ホダバフシュ・デファイ:先生
イラン・オリタ:母さん
ラフィア・ディファイ:おじいさん

<MOVIE WALKER PRESS解説>
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友だちのノートを間違って家に持ち帰ってしまった少年が、ノートを返すため友だちの家を探し歩く姿を描いた、子供についての映画。脚本、編集、監督はアッバス・キアロスタミ。一九八七年のテヘラン映画祭で最優秀監督賞などを授賞し、彼の名はイラン国内で不動のものとなり、八九年のロカルノ国際映画祭で五つの賞を総なめにし、イラン映画の水準の高さを世界に示した。撮影はファルハッド・サバ。素人しか起用しないことで知られるキアロスタミは、この作品でもカスピ海に近い小さな村の子供たちを使っている。主人公の少年にはババク・アハマッドプール、隣の席の少年には、その弟のアハマッド・アハマッドプールが扮している。キネマ旬報ベストテン第八位。
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イラン北部の村コケルの小学校で物語は始まる。モハマッド=レダ・ネマツァデは宿題をノートにやらずに他の紙に書き、先生に怒られる。これが3回目とあり、注意の口調も厳しい。挙句に今度ノートに書いてこなければ退学だと言われてしまう。先生の剣幕にモハマッドは泣き出す。隣の席のアハマッドはその様子を見守るしかない。それにしてもモハマッド役の子役の泣きぶりは見事で、本当に泣かされているのかと思うほどである。

家に帰ったアハマッドはさっそく宿題をしようと鞄からノートを取り出す。しかし、よく似たノートが2冊出てくる。どういう経緯かわからないが、1冊はモハマッドのものであることに気づく。明日そのノートに宿題をやって出さないとモハマッドは退学になってしまう。慌てたアハマッドは隣村ポシュテに住むモハマッドにノートを返しに行くと母親に言うが、母親は「宿題を終えてからにしなさい」と言う。事情を説明しても母親は耳を貸さない。挙句に明日返せば良いとまで言う。さらにパンを買いに行けと用事を言いつける。

諦めずに何度か説明しようとするが、母親の答えは同じ。自分の子供だし、忙しくてももう少し耳を傾けてあげてもいいのではないかと思えてならない。迷った末、アハマッドは母親が目を離している隙にノートを手に家を抜け出し、ポシュテ村へ走り出す。なかなか友達思いで責任感も強い。しかし、ポシュテ村に着いたものの、アハマッドにはモハマッドの家が分からない。そこで出会う人に聞いてみるが、モハマッドの家を知る者はいない。

そんな中で、アリなら知っているかもしれないと聞き、アリの家に着いてみると近所の人からたった今コケルへ出かけたと言われ、アハマッドは今来た道を引き返しコケルに戻る。しかし、アリは見つからず、逆に祖父にタバコを買ってこいと言いつけられてしまう。実は祖父はタバコを持っているが、子供には厳しい躾が必要と考え、あえて言いつけているのである。時間が惜しいアハマッドは何とか後にしてもらおうとするが、祖父もまた譲らない。そこにネマツァデと名乗る鉄扉職人の話が聞こえてくる。

モハマッドの父親だと思ったアハマッドは、その鉄扉職人に話し掛けるが、職人はアハマッドの話を聞いてくれず、ロバに乗ってポシュテへ帰って行く。チャンスを逃してはならじと後を追うアハマッド。ひたすら走る。この走力はなかなかのものである。ようやく職人の家まで追いかけていくが、そこにいた子はモハマッドではない。どうやら同じ苗字の家があちこちにあるようである。モハマッドの家を聞いたが知らないと言われ、手がかりになりそうな羊のいるネマツァデの家の場所を聞いてそこへ向かう・・・

ストーリーは単純。1冊のノートを返すために友だちの家を探すアハマッドを追って行くもの。アハマッドは8歳。大人のような判断力を備えているわけではない。周りの大人たちもそれが国民性なのかどうかはわからないが、子供のアハマッドを軽視する。誰もアハマッドの話を真剣に聞いてくれない。最後に親切な老人が地理に不慣れなアハマッドを案内してくれるが、老人ゆえにスローペースであり、日は暮れていく。それでも友達のために諦めないアハマッドの姿が心に温かい風をもたらす。

舞台となる村は貧しく素朴。子供たちは学校の勉強もさることながら、家の手伝いもさせられる。そもそもであるが、先生もなぜ宿題をノートにやらないとダメだと言うのかよくわからない。貧しい環境であれば、ノートを買えないという家庭もありそうなものである。大人の誰も話を聞いてくれない中で、孤軍奮闘する子供が哀れに思えるし、その中でも友達のために諦めずに家を探すアハマッドに逞しさを感じる。きっといい大人になるに違いない。『ブータン 山の教室』(My Cinema File 3002)もそうであったが、ボロは着てても心に錦という感じがする。

いろいろと政治的には問題含みのイランであるが、映画的にはシンプルで素朴な映画が多いなと思わせてくれる一作である・・・


評価:★★☆☆☆








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2025年08月27日

【凍った湖】My Cinema File 3054

凍った湖.jpg
原題: der tote am teich
2015年 オーストリア
監督: ニコラウス・ライトナー
出演: 
マリア・ホフスタッター:グレーテ・オレール
ジョセフ・ヘイダー:アホーナー
ミリアム・フッセネッガー:リサ・ネメス

<Amazon prime>
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引退した警察官が凍った湖で死体を発見。親族が容疑にかけられる一方で彼自身も事件を調べることに。
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たまたま目について観てみようと思ったのは、オーストリア製のテレビ映画。ふだん観る機会など皆無なオーストリア製というところが興味深い。物語は引退した元警察官のアホーナーが森に設置した監視カメラを見回るところから始まる。その目的は鹿の観察のようである。すると、とある場所でカメラがなくなっている事に気づく。周囲を見回したアホーナーは、凍りついた湖に人が倒れているのを発見する。近寄ってみれば、どうやら殺害されたらしいと判明する。当然の事ながら、すぐに警察に通報する。

通報を受けて現場に駆けつけることになったのは、刑事のグレーテ。出がけに上司から新人のリサを連れて行くように言い渡される。刑事ドラマではよくあるパターンである。現場は所轄署から随分遠いようで、現場は田舎の寒村。グレーテはさっそくアホーナーに話を聞く。アホーナーも元刑事らしく、先回りして必要な手配をしてくれる。グレーテとしては不慣れな現地での捜査ゆえに助かるだろう。そして死因はカーリングストーンでの撲殺と判明する。日頃からカーリングが行われているというのも興味深い。

被害者は地元の人間ではなく、グレーテとリサはアホーナーの案内で被害者が宿泊していた家の家主や最後に会っていたらしい市長にまで聞き込みに回る。行く先々で刑事を迎える人々の顔には警戒心しか浮かんでいない。保守的な村のようである。聞き込みに回ったパブでは、マスターに前科があるため警戒心と嫌悪感が色濃く出ている。関係者数名に話を聞きたいので住所を教えろと言うグレーテに対し、みんな1時間後に来るという回答には苦笑する。一通り聞き込みをしたグレーテは一旦署に戻り、再度リサとともに現地に向かう。

ここでグレーテは村にしばらく滞在することになるという覚悟からなのだろう、飼い猫を車に乗せていく。それに対しリサはネコアレルギーであることを訴えるが、グレーテはどこ吹く風。ならばと窓を開けると寒いからと言って閉めさせる。おかげでリサは車を降りた時にはくしゃみなどの症状が出ている。上司だからと好き放題。このあたりは人物紹介的な要素があるのだろうが、グレーテはかなりクセが強そうである。そして実は被害者が市長の妻に言い寄っていたのをアホーナーが目撃しており、グレーテは市長をいきなり逮捕する。手続き的にいいんだろうかと思うが、オーストリアの事ゆえよくわからない。

元刑事として捜査に積極的に協力するアホーナーには、3年前に妻と娘を轢き逃げで失うという過去がある。アホーナーの話から村で唯一のパブを経営しているオーナーの指紋が遺体から検出されて彼も逮捕される。こうした動きに村人たちのアホーナーに対する視線は冷たくなっていく。やがて明らかになる真実。明らかになってみればそこにあったのは、相続がらみの問題というどこにでもありそうなもの。何か特別な推理があるというわけでもなく、強いて言えばグレーテというちょっと変わったオバサンデカがずかずかと動き回るところであろうか。

個人的には新米刑事のリサがいたく美形で観ているだけでも満足できたことであろうか。オーストリアの素朴な田舎を舞台とした物語。たまにはこういう映画もいいと思わされる一作である・・・


評価:★★☆☆☆







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