2018年05月05日

【マダム・イン・ニューヨーク】My Cinema File 1916

マダム・イン・ニューヨーク.jpg

原題: English Vinglish
2012年 インド
監督: ガウリ・シンデー
出演: 
シュリデヴィ・カプール:シャシ
アディル・フセイン:サティシュ
アミターブ・バッチャン:航空機の乗客
メディ・ネブー:ローラン
プリヤ・アーナンド:ラーダ
スラバー・デーシュパーンデー:サティシュの母
ナビカー・コーティヤー:サブナ
シバンシュ・コーティヤー:サガル
スジャーター・クマール:マヌ
ニールー・ソーディー:ミーラ

<Movie Walker解説>
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英語が苦手でコンプレックスを抱いていたインド人主婦が、ニューヨークを訪れ、英会話学校に通い始めたことをきっかけに、1人の女性としての誇りを取り戻してゆく姿を描く。出演は「JUDAAI(ジュダーイ) 欲望の代償」のシュリデヴィ、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』のアディル・フセイン。
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主人公はインドの料理上手な主婦シャシ。夫や子供達と不自由のない生活を送っているが、唯一つもどかしく思うのは英語が話せないこと。夫は仕事で英語を使い、娘も学校で英語を使う。趣味のお菓子作りでは評判を取り、売ってお金を稼ぐことはできるものの評価はされない。ある日、夫の代わりに娘の学校に三者面談に行くと、そこでの会話は英語。なんとか先生との会話をこなすも、娘はそんな母親を恥じシャシも気まずく思う。

そんな折、ニューヨークに住む姉から娘の結婚式の手伝いに来てくれと頼まれる。ニューヨーク行きに娘は大はしゃぎするが、シャシは手伝いのために一足先に1人ニューヨークに行くことになる。初めての場所で、しかも英語が喋れないシャシは不安で一杯になる。そんなシャシの不安を夫のサティーシュは分からない。不安なまま、シャシは一人飛行機に乗る。早速CAとの会話が通じない。

何度も練習した入国審査を無事に終えると、無事に姉と合流し、ニューヨークの生活が始まる。結婚式の準備やニューヨーク観光ではそれなりに過ごすものの、ある日、姪と一緒に大学へ行った時に1人街中に出て大変な目に逢う。テイクアウトの店に入るが、店員と言葉は通じず、なんとか注文はしたものの、他の客とぶつかってシャシは逃げ出してしまったのである。ベンチで打ちひしがれるシャシ。たまたま通りかかったバスに「4週間で英語を話せる」という英会話教室の広告を目にし、とっさにその電話番号を覚える。

思い立ったシャシは、手作りお菓子を売って貯めたお金をドルに変え、みんなに内緒で英会話学校に通うことにする。入学した初級クラスには、様々な国から来ている人たちが集まっている。その中には、テイクアウトの店でシャシを慰めてくれたフランス人のコック、ローランもいた。シャシは自己紹介でラドゥという菓子を作って売っている事を話すと、英語の先生から起業家だと誉められる。しかし夫にかかればラドゥ作りなど所詮主婦のお遊びである。

シャシとローランとの会話で、「男が料理をすればアートだが、女が料理すると義務」というセリフが出てくる。インドも日本同様女性の社会進出は遅れているのだろう、女は家庭で家事をしていればいいという雰囲気が随所に出てくる。しかし、子供は現代的に教育もきちんと受け、従って英語もできたりする。シャシの娘も例外ではなく、だから英語のできないシャシをバカにしてしまったりする。「学校で勉強は教えてもらえるけれど、思いやりはどうやったら教えられるか」というシャシのセリフは、とても大事なことを言っている。

シャシがみんなに内緒で英語を習い始めたのは、きっと「今さら英語の勉強なんて」という恥ずかしさがあったのだろう。熱心に通ううちに、シャシも少しずつ英語が話せるようになっていく。ローランとカフェに行き、娘と言い争いをして興奮したシャシは、いつの間にかウェイターに英語ですらすらとオーダーをしている。見ていて実に痛快である。そして授業の最後の日に5分間のスピーチの試験を受けて合格すれば卒業証書をもらえることになるが、なんとその日は結婚式の当日と重なってしまう・・・

インド映画といえばひたすら「歌と踊り」というイメージがあるが、この映画は従来のインド映画のイメージを一新。「普通の」映画になっている。コメディタッチで気軽に観られる映画でもある。シャシが英語を学んでいくにつれ、生き生きとしていくシャシの姿は実に晴れ晴れとしている。そして結婚式。シャシが密かに英語のレッスンをしていたことを知っている姪のラーダは、シャシにスピーチの指名をする。ラストのシャシのスピーチは実に感動的である。

主演のシュリデヴィ・カプールは、インドでは大女優なのだそうであるが、残念ながらすでにお亡くなりになっているのだという。美しい女優さんだけに惜しまれるところであるが、この映画が遺作なのだろうか。そういう意味でも後々にまで記憶に残るインド映画である・・・


評価:★★★☆☆






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2017年12月18日

【タイムループ】My Cinema File 1839

タイム・ループ 7回殺された男.jpg

原題: Inkarnacija
2016年 セルビア
監督: フィリプ・コバチェビッチ
出演: 
ストヤン・ジョルジェビッチ: 男
デルコ・ステパノフ: ドクター

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街中のベンチで男が目覚めるところから物語は始まる。男に記憶はなく、混乱状態にある。そこへ突如現れた白い仮面の男たち。囲まれた瞬間、男は仮面の男たちに射殺される。そしてまた、冒頭と同じシーン。前回射殺された記憶の残っている男は、今度はともかくその場を離れる。するとまた白い仮面の男たちが現れ追ってくる。逃げる男。しかし、逃亡空しくまたしても男は射殺される。

そしてまた冒頭のシーンに戻る。3回目となる男は、目覚めたあと街をさまよう。相変わらず記憶は戻らないものの、その脳裏に家族が殺され、残った少年に誰かが銃を突き付けている場面が過る。そしてまた仮面の男たちから逃げるも、こんどは途中で頭を打ち、病院に搬送される。自分の顔を確認する男。所持品は携帯電話とマッチ。そしてそこにも白い仮面の男たちが現れ、病院のスタッフともども射殺される・・・

『タイムループ』というタイトルにある通り、街中のベンチで男は毎回目覚め、そして
白い仮面の男たちに射殺される。観ている者からすると、その繰り返しは謎に満ちている。記憶をなくした男の正体は?なぜ追われて殺されるのか、白い仮面の男たちの正体は、そしてそもそもであるが、なぜ同じシーンが繰り返されるのか?これらの問いに、「なるほど!」という答えを用意できていたのなら、これはかなりの傑作映画になっていたことであろう。

射殺されてタイムループを繰り返すたびに、学習効果もあって男は毎回違う行動を取る。4回目では、見覚えのある建物に逃げ込み、自分の記憶を消したという医者と出会う。ベンチの下に括りつけられていた石を持ち歩くが、それは通りの石畳の敷石であり、そこに隠されていた「541」と書かれたメモを発見する。そしてまた男は白い仮面の男たちに射殺される。

タイムループモノはいろいろと映画も創られていると思うが、度重なる失敗から学び改善していくという意味では、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』と似通っている。ここでは男は謎の白い仮面たちに何回も射殺され、その経験を基に次第に生き残る時間が長くなり、そして失われた記憶の謎に迫まっていく。

そしてついに真相らしきものに行き当たるのであるが、白い仮面の男たちは最後まで謎のままであり、そして最大の謎である「なぜタイムループするのか」という疑問はスルーされてしまう。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』では、その理由が説明されていたのと大きな違いである。これが何よりの不満点。

日本では珍しいセルビア映画。それが日本で観られるということは、本国やヨーロッパでは高い評価でもされたのかもしれないが、正直言ってそんなに面白いというほどでもない。謎はある程度解明してくれないと、共感することができなくなってしまう。最後まで謎めいていたのは意図的なのかそれともアイデアが思いつかなかったのか。最初は面白そうだと思っていたが、最後までそれが持たなかったのが残念と言える映画である・・・


評価:★★☆☆☆





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2017年12月15日

【バグダッド カフェ ニュー ディレクターズ カット版】My Cinema File 1837

バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版.jpg

原題: Out of Rosenheim、英題:Bagdad Café
1987年 西ドイツ
監督: パーシー・アドロン
出演: 
マリアンネ・ゼーゲブレヒト:ヤスミン
CCH・パウンダー:ブレンダ
ジャック・パランス:ルーディ
クリスティーネ・カウフマン:デビー
モニカ・カローン:フィリス

<シネマトゥデイ>
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アメリカ西部の砂漠のモーテルに集まる個性的な人々と、ドイツから来た旅行者の交流を描き、世界中に熱狂的なファンを生み出した傑作がニュー・ディレクターズ・カット版として復活。美しい映像とともに鮮烈な印象を残す主題歌「コーリング・ユー」はアカデミー賞最優秀主題歌賞にノミネートされ、多くの人々を魅了した。製作から20年、パーシー・アドロン監督自らが再編集、色と構図(トリミング)を新たに調整し直し、現代によみがえらせた不朽の名作をスクリーンで堪能したい。
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以前観たのであるが、内容を思い出せないという映画は結構あったりする。そういう映画は得てして「つまらなかった映画」である場合が大半なのであるが、中には名作の誉れの高いものもある。この映画はその代表とも言えるもの。以前からもう一度観たい映画のリストに入っていたのだが、今回鑑賞に至るもの。

砂漠に止めた車の中で、中年の夫婦が何やら争っている。腹を立てた妻は車を降りると大きなトランクを持って歩きだす。同じく腹を立てた夫は車で走り去る。照り付ける太陽の下、妻ヤスミンは砂漠の中の一本道をあてもなく歩き始める。『バグダッド・カフェ』と言えば、何といってもけだるいムードの主題歌「Calling You」であるが、歩くヤスミンのバックにそれが流れる。何とも言えない印象的なシーンである。

やがてヤスミンは、「バグダッド・カフェ」と看板を掲げたさびれたカフェに辿りつく。夫は途中引き返してヤスミンを探しに来たが、ヤスミンはこれを隠れてやり過ごしている。よほど腹を立てたのであろう。「バグダッド・カフェ」はガソリンスタンドとモーテルをも兼ねているが、働かない夫に妻ブレンダは口うるさい。やがて夫は出て行ってしまう。そんなところにやってきて「泊まりたい」と告げるヤスミンをブレンダは不審気に眺める。おそらく泊りに来る人などほとんどいないのであろう。

しかしそのモーテルは無人ではなく、ハリウッドで看板を描いていた男などが住んでいる。実はブレンダはケンカの際、誤って夫のカバンを持ってきてしまっている。男物の衣服の詰まったカバンを見つけたブレンダは保安官を呼ぶ始末。一方のヤスミンは、掃除をしていない部屋を見回すと、部屋の中に留まらず看板まで掃除したり、挙句にカフェを手伝い始める。さらに夫のカバンに入っていた手品セットを披露するなどして行くうちに、やがて訪れる長距離トラックのドライバーたちが集まり始め、寂れた「バグダッド・カフェ」にも次第に活気がでてくる……

こうして「バグダッド・カフェ」を舞台にしたドラマが展開されて行く。ピアノの練習をしていた息子は、それまでうるさがられていただけであったのに、ヤスミンはそれを褒めてくれる。ドライバーたちはヤスミン目当てに休憩に寄るようになる。看板を描いていた男はヤスミンをモデルにして絵を描き始める。気難しかったブレンダもやがて笑顔が日常的になって行く。ヤスミンは、美人でもなんでもない太ったおばさんなのに、である。

この映画の何がいいのかと問われると、正直わからない。ではつまらないかと言うとそうではない。ヤスミンを中心にして活気を取り戻して行く様子は見ていてしみじみとした味わいを残す。あえて言うならこの味わいこそがこの映画の魅力なのかもしれない。専門家や通の見方はまた違うのかもしれないが、そんなものわからない素人としては、観たまま感じたままがすべてである。そしてそんな深い味わいに、ジェヴェッタ・スティールの歌う「Calling You」が絶妙にブレンドされる。

映画も観るタイミングによって感じ方もいろいろなのかもしれない。若い頃観て何も感じなかった映画であっても、今観たらまた違う感じが得られるのかもしれない。そうだとしたら、この映画はその典型である。昔観て何も感じなかった「名画」と評判の高い映画をこれだから観ずにはいられない。折に触れ観ていきたいと改めて思う。
そんな気持ちにさせてくれる映画である・・・


評価:★★☆☆☆






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2017年12月02日

【カニバル】My Cinema File 1831

カニバル.jpg

原題: Caníbal
2013年 スペイン・ルーマニア・ロシア・フランス
監督: マヌエル・マルティン・クエンカ
出演: 
アントニオ・デ・ラ・トーレ:カルロス
オリンピア・メリンテ:ニーナ/アレクサンドラ
アルフォンサ・ロッソ: アウロラ

<シネマトゥデイ>
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スペインの映画賞の最高峰であるゴヤ賞で、作品賞や監督賞など8部門にノミネートされた衝撃のロマンス。美しい女性たちを殺しては、その肉を食してきた殺人鬼の男が、ある女性に心を奪われたのを機に、その運命が大きく変わりだす。メガホンを取るのは、短編やドキュメンタリーでも活躍してきたマヌエル・マルティン・クエンカ。『アイム・ソー・エキサイテッド!』などのアントニオ・デ・ラ・トレが、仕立て屋と殺人鬼という二つの顔を持つ主人公を熱演。純愛と背徳が拮抗する物語に加え、美しい映像も見どころ。
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主人公のカルロスは、グラナダの旧市街で仕立て屋を営んでいる。カルロスには連続殺人鬼としての側面も持っていて、冒頭でカップルに目をつけるとその車の跡を追い事故を起こさせて女性のみを連れ去る。行先は山中にある人気のない山小屋で、そこに女性を運ぶと解体し、なんとその肉を自宅の冷蔵庫に持ち帰ってストックしている。そしてどうやらディナーでそれを優雅に食している。

そんなカルロスが住むアパートに、ルーマニアからきた美しいアレクサンドラと女性が暮らし始める。ある日、アレクサンドラが何やら口論の末、カルロスに助けを求めてくる。カルロスはアレクサンドラを車に乗せると、例の山小屋へと連れて行く。そしてアレクサンドラは「行方不明」となる・・・

物語はこれで終わらず、行方不明となったアレクサンドラを訪ねて双子の姉ニーナが訪ねてくる。ニーナはアレクサンドラが行方不明になったのは、両親の金を盗んで逃げたためと信じており、カルロスはそんなニーナを何かと手助けするようになる。そしてしまいにはアレクサンドラが持ち逃げしたという両親のお金を立て替えることまでする。殺人鬼もとうとうニーナに惹かれていった様子。そしてカルロスはニーナを山小屋に連れていく。

美しい女性を次々に殺害するという点では、『パフューム』を思い出した。『パフューム』は、匂いを求めて女性を殺害したが、ここで登場するカルロスは肉を食すため。人肉がうまいのかどうかはわからないが、冷蔵庫にみっちりと詰まった肉は本物ならグロテスクでしかないだろう。

カニバリズムを扱った映画であるが、グロテスクなシーンは皆無であり、内容の割にはスマートな映画である。しかしその反面、本当は世にも恐ろしい物語なのにそれが無味無臭になってしまっている感がある。連続殺人鬼モノとしては、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』なんてのもあったが、やはりある程度の「不快さ」はあってもいいと思う。どうしても迫力不足を感じるところではある。

創り手にはいろいろな思い、考えがあると思うが、作品の受け手の受け取り方もまた十人十色。個人的には、この映画の無味無臭さがインパクトの弱さにしか感じられなかったというのが正直なところ。「この後どうなるのだろう」と想像させるラストは良かったかもしれないが、それ以外はイマイチだったとしたい映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2017年11月30日

【トラッシュ!−この街が輝く日まで−】My Cinema File 1830

トラッシュ!−この街が輝く日まで−.jpg

原題: Trash
2014年 イギリス/ブラジル
監督: スティーヴン・ダルドリー
出演: 
リックソン・テベス:ラファエル
エデュアルド・ルイス:ガルド
ガブリエル・ウェインスタイン:ラット
マーティン・シーン:ジュリアード神父
ルーニー・マーラ:オリヴィア
バグネル・モーラ:ジョゼ・アンジェロ
セルトン・メロ:フェデリコ

<シネマトゥデイ>
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ゴミ山に暮らす3人の貧しい少年が、ある財布を拾ったことから絶望の街に奇跡を呼び起こしていくドラマ。監督は『リトル・ダンサー』『愛を読むひと』などのスティーヴン・ダルドリー、脚本を『ラブ・アクチュアリー』などロマコメの名手リチャード・カーティスが手掛ける。過酷な環境でたくましく生きる少年たちには、オーディションで選び出された無名の少年たちを起用し、名優マーティン・シーン、『ドラゴン・タトゥーの女』などのルーニー・マーラが脇を固める。
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以前、『シティ・オブ・ゴッド』や『シティ・オブ・メン』という映画を観て知ったブラジルの貧民街の事情。平和な我が国からは想像もつかなくて衝撃を受けたが、それ以来ブラジルを舞台にした映画に興味を持っているが、これはそんなブラジルの貧民街を舞台にした映画。

冒頭、アパートの自室で何やら秘密めいた鍵とメモを財布に入れる男。警官隊が到着すると男の部屋へと殺到する。いち早く気付いた男は逃げ出すが、追い詰められて逮捕される(そこで酷い暴行を加えられる)。しかしその直前、大事に持っていた財布を放り投げると、財布はゴミ収集車に落下しそのままいずこへと運び去られていく・・・

そんなゴミ収集車が到着するのは、いずこかにある広大なゴミの山。個人的にかつて訪れたことがあるフィリピンのスモーキーマウンテンを思い出す。ここも映画のセットというより、実際にあるのだろう。ゴミ収集車が次々とゴミを吐き出すと、近隣に住む住人たちが集まってきてゴミを漁る。これで生活をしているのだろうが、やっぱりすごい光景である。主人公の3人の少年ラファエル、ガルド、ラットもそんなゴミを漁る人々の一員。そしてラファエルは、男が捨てた財布を拾う。

実は、男は腐敗政治家の右腕であったが、ボスを裏切って裏帳簿とともに大金を盗み出していた。冒頭のメモと鍵はその隠し場所の文字通りカギとなるもの。腐敗政治家はその捜索を警察にやらせている。ここでは警察も正義の味方ではない。捕まった男も拷問の上、殺害されている。警官のフェデリコは陣頭指揮を取り、ゴミの山に集う人々に報酬を提示して財布を探させる。警察を信用しないラファエルは、わずかな報酬には目もくれず、何やら秘密めいた財布の謎を探ろうとする。

そんなゴミの山の村には、白人の牧師ジュリアードとアシスタントのオリヴィアがいる。オリヴィアは子供たちにボランティアで英語を教えている。この牧師とオリヴィアを演じるのが名優マーティン・シーンとルーニー・マーラ。なんでこの2人が出ているんだろうと思うが、他の俳優陣はすべて知らない俳優たちばかりなので、個人的にはインパクトが大きい。そんな神父とオリヴィアを巻き込んで、少年たちは財布に秘められた謎を探っていく。

それにしても社会の貧困・腐敗というものは、実に恐ろしい。ゴミを漁って生活する人々の姿はそれだけでも現代日本の我々にとっては衝撃的であるが、警察も簡単に不正になびき、人殺しも簡単にやってのける。悪徳警官フェデリコもラファエルを捕らえ、財布のありかを吐かせようと平気でいたぶり、あまつさえ殺害を指示する有様。少年たちも当然警察を信用しないし、大人に脅されるのは日常である中で、なんとか立ち回っている。ストーリーとは別に、そうした社会の様子が観ていて重くのしかかる。

そんな中で、ラファエルたちは財布に秘められた謎を一つ一つ解いていく。それはある意味推理モノ的な面白さもある。刑務所に住むじいさんに会うためオリヴィアに頼むなんて子供らしからぬ芸当を見せたりする。最後は明るいラストが待っていて、実に爽快である。そこに至る軽妙な展開と重い社会背景などが相まって、期待通りの満足感を得られた映画である・・・


評価:★★☆☆☆





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