2018年06月16日

【アデライン、100年目の恋】My Cinema File 1935

アデライン、100年目の恋.jpg

原題: The Age of Adaline
2016年 アメリカ
監督: リー・トランド・クリーガー
出演: 
ブレイク・ライブリー:アデライン・ボウマン
ミキール・ハースマン:エリス・ジョーンズ
キャシー・ベイカー:キャシー・ジョーンズ
ハリソン・フォード:ウィリアム
エレン・バースティン:フレミング
アマンダ・クルー:キキ・ジョーンズ

<シネマトゥデイ>
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若く美しい29歳のまま100年以上生き続けた孤独な女性が、真実の愛を見いだすまでを描くラブストーリー。主演はテレビドラマ「ゴシップガール」シリーズなどのブレイク・ライヴリー、共演にはハリソン・フォード、『ブラックブック』などのミキール・ハースマンらが名を連ねる。メガホンを取るのは、『セレステ∞ジェシー』などのリー・トランド・クリーガー。グッチをはじめ、さまざまな時代のデザインのドレスがスクリーンを華やかに彩る。
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不老不死は人類の永遠の願いかもしれない。もしも、ずっと若いままでいられたらどんなに人生は楽しいだろうと思うが、実はそうではないかもしれない。この映画は、29歳のまま歳を取らなくなってしまった女性の物語。

主人公のアデライン・ボウマンは、1908年1月1日生まれ。21歳で結婚し、一女フレミングを授かる。しかし、アデラインが29歳の時に夫が事故死。その冬、アデラインも自動車事故で川底へ転落。低体温症で一度は心停止となるが、偶然の落雷により奇跡的に命を取りとめる。しかし、それが原因でアデラインは歳をとらなくなる。

歳をとらないことは様々な不都合が生じる。45歳の時、警官に職務質問を受けるが、身分証明書の年齢と実際の見てくれがあっていないことから、怪訝に思われてしまう。さらにFBIに捕まりそうになり、やむなくアデラインは、別の身分証明を取って身を隠すことにする。映画の冒頭では“ジェニー・ラーソン”と名乗り、闇の偽造屋から“スーザン・フライシャー”名義のパスポートを購入するところが描かれる。

娘の安全を守るためにもアデラインは、10年ごとに名前と住居を変える生活を続けている。職場も変えなければならず、楽ではないだろう。基本的な資産は、ゼロックスの株式に投資して築いたようであるが、名義変更をうまくやらないとせっかくの資産も使えない(アメリカでは共有名義の口座が簡単に作れるようであるが、日本だと大変だろう・・・)。

こうして現在の“ジェニー・ラーソン”は、サンフランシスコの中央資料館で働いているが、とある年越しパーティーでエリス・ジョーンズと名乗る青年に声をかけられる。しかし、アデラインはつれなくタクシーに乗り込んでしまう。歳を取らないということは、仮に結婚した場合、相手との年齢差が開くことになる。さらに娘もいつの間にか自分より歳を取ってしまう。アデラインには、それゆえに愛し合いながら分かれたことがあり、エリスにも冷たくせざるをえないのであった。

アデラインのそうした姿を追っていくと、歳を取らないということは、実は普通の幸せが手に入りにくくなるということでもあるかもしれないと思えてくる。愛し合って結婚して、互いに納得し合っていたとしても、相手は年老いていく。70歳になった相手と腕を組んで歩いても、夫婦とは見られないし、夫婦だと言えば「お金目当て」かと勘繰られるかもしれない。年老いた夫ならまだしも、年老いた子供の介護となると辛いかもしれない。

エリスの熱意に根負けしたジェニーは、エリスと付き合うようになる。そしてエリスと一緒に彼の実家を訪れた際、紹介されたエリスの父親ウィリアムを見て互いに息を飲む。ウイリアムこそは、かつて結婚寸前までいった恋人なのであった。結婚指輪まで用意していたウィリアムの下をアデラインは黙って去っていた。ウィリアムは結婚40年を迎える妻がいるが、心の隅にはまだアデラインがいる。恋人について、「女は上書き保存、男は名前をつけて保存」とたとえられるが、男はいつまでも昔の恋人を忘れないものである。これもまた悲劇の一つであろう。

結局、自分ひとりであれば不老不死も不幸の下と言えるのかもしれない。ともに歳を取って行くことこそが幸せなのかもしれない。ラストで自分の髪に白髪を発見したアデラインが幸せそうな表情を見せるが、これこそが幸せなのかもしれないと思えてくる。
そんなことをしみじみと感じさせてくれる映画である・・・


評価:★★★☆☆







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2018年05月20日

【ナミヤ雑貨店の奇蹟】My Cinema File 1924

ナミヤ雑貨店の奇蹟.jpg

2017年 日本
監督: 廣木隆一
出演: 
山田涼介:敦也
西田敏行:浪矢雄治
村上虹郎:小林翔太
寛一郎:幸平
成海璃子:皆月暁子
門脇麦:セリ
林遣都:松岡克郎
鈴木梨央:セリ(少女時代)
山下リオ:映子
手塚とおる:刈谷
PANTA:皆月良和
萩原聖人:浪矢貴之
小林薫:松岡健夫
吉行和子:田村秀代
尾野真千子:田村晴美

<シネマトゥデイ>
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人気作家・東野圭吾の小説を、『やわらかい生活』などの廣木隆一監督が映画化。現在と過去が手紙でつながる不思議な雑貨店を舞台に、養護施設育ちの若者と、町の人の悩み相談を聞く店主の時を超えた交流を描く。32年前から届く悩み相談の手紙に触れるうちに、人を思いやる気持ちを抱く主人公を『暗殺教室』シリーズやテレビドラマ「カインとアベル」などの山田涼介、雑貨店店主を数多くの作品で独特の存在感を見せてきたベテラン西田敏行が演じる。
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東野圭吾原作の同名小説を映画化したものであるが、原作が感動的であったので躊躇なく観ることにした映画。

映画は、1969年から始まる。とある商店街にある『ナミヤ雑貨店』には悩み相談があって、小学生からの相談に対する回答が張りだされている。「テストで100点取りたい」という悩みに対しては、「自分自身に関するテストならば、全問正解できる」なんて答えが貼りだされている。それを読む子どもたち。そんな他愛のない悩みに対し、ちょっと深刻な悩みについては個別対応となる。すなわち、相談ごとを書いた手紙を夜中にシャッターの郵便受けに投げ込んでおくと、翌日には店の脇にある牛乳箱に回答が入っているのである。

時は変わって2012年。
ある若者3人が必死に逃げている。3人はある家に押し込みに入ったあとであり、車で逃亡しようとしたもののエンジンがかからない。やむなく、下調べの時に潜伏先として目星をつけていた廃屋に3人は逃げ込む。表にはかろうじて『ナミヤ雑貨店』と読める看板がかかっている。息をひそめる3人だが、突然シャッターの郵便受けに郵便物が入ってくる。外を見に行くも人影はない。それは「魚屋ミュージシャン」と称する人物からの手紙であったが、日付はジョン・レノンが死んだ1980年12月8日の翌日のもの。

手紙の主は、1980年に22歳の若者である克郎。祖母の葬儀で東京から帰省した克郎は、ミュージシャンになりたいという夢を見て大学を中退していた。思いとは裏腹に一向に芽が出る気配はなく、焦りと不安とがないまぜになっている様子が見て取れる。誰にも打ち明けられぬ思いを手紙に綴る。既に『ナミヤ雑貨店』は空き家になっていたが、返事を期待しているわけではないその気持ちはよくわかる。しかし、翌日、『ナミヤ雑貨店』の牛乳箱に回答の手紙があるのを見つけ、克郎は驚く。

返事の手紙は、3人の若者のうちの幸平が書いたもの。不思議なことに、1980年に投函された手紙が2012年の3人の元に届く。そして2012年の3人の返事は1980年の克郎に届く。それは悩める克郎の音楽活動を支え、ある事件を経て2012年現在、巷で名曲としてヒットしている女性歌手・セリの曲へとつながる。心に優しく響くエピソードを交えて映画は進む。エピソードをつなぐのは養護施設・丸光園。3人はそこで育っており、登場人物たちはみなこの施設に関係している。

なぜこんな不思議な出来事が生じたのか。それはその夜が『ナミヤ雑貨店』の店主であった雄治の三十三回忌の命日であったことが原因のようである。未来と過去がつながる奇蹟。東野圭吾と言えばミステリーモノが中心であるが、時折こうした心に響くドラマが交じる。『手紙』なんかの系統に分類できるドラマである。

心を打つ各々のエピソード。手紙に綴られる悩みは様々。丸光園を中心として様々なドラマが描かれる。過去と未来がつながり、接点のなかったはずの登場人物たちがつながっていく。それは巡り巡って3人の押し込みの原因にもなり、ストーリーの妙を味わわされる。人の数だけドラマがあり、人の世は至る所で結びついている。原作も良かったが、映画も映画なりの良さがある。まさに「一粒で二度おいしい」と言える。

さすが東野圭吾と納得の映画である・・・


評価:★★★☆☆






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2018年04月17日

【カイロの紫のバラ】My Cinema File 1905

カイロの紫のバラ.jpg

原題: THE PURPLE ROSE OF CAIRO
1985年 アメリカ
監督: ウディ・アレン
出演: 
ミア・ファロー:セシリア
ジェフ・ダニエルズ:トム・バクスター / ギル・シェパード
ダニー・アイエロ:モンク
ダイアン・ウィースト:エマ
バン・ジョンソン:ラリー
ゾーイ・コールドウェル:伯爵夫人
エドワード・ハーマン:ヘンリー

<allcinema ONLINE>
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古き良き30年代、熱心に映画館に通いつめるウェイトレスに、ある日スクリーンの中から映画の主人公が語りかけてきた。銀幕を飛び出し、現実世界へ降り立ったその主人公は、ウェイトレスを連れて劇場を後にする。大慌ての興行者たちをよそに、2人の仲は進展していく。そして、主人公を演じた本物のスターが現れた事によって事態はますます混乱を極めていく……。W・アレンが出演なしに脚本・監督したファンタスティックなラブ・ロマンス。
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時折、かつて観て印象に残っている映画を観直しているが、この映画もそんな印象に深く残っている映画である。
時は1930年代のニュージャージー。主人公のセシリアは、姉と共にウェイトレスしているが、勤務時間中にも姉と映画の話をしていて、その働きぶりは傍目にも熱心とは言い難い。店のオーナーにもたびたび注意されているのもやむを得ない。

そんなセシリアは、帰宅途中で夫のモンクと会う。不況で失職中のモンクは、同じ無職仲間と賭け事に興じていて、今日もセシリアからわずかばかりのお金を無心する。時代なのだろう、夫は妻に対して横柄に振舞う。一緒に映画にでも連れて行ってくれというセシリアに対し、夫のモンクはギャンブル優先である。そんな楽しみの少ない生活を送るセシリアの唯一の楽しみが映画で、映画館に通っては同じ映画を何度も観ているのであった。

ある日、「カイロの紫のバラ」という映画の上映が始まる。仕事を終えたセシリアは映画館に行き、飽かずに映画を観ていると、突然、映画の中の登場人物トムがスクリーンから抜け出し、セシリアの席にやって来る。驚く観客と映画の中の登場人物たちをしり目に、トムはセシリアを映画館の外へと連れ出す。トムが言うには、何度も観に来ているのを見て、セシリアに恋をしたのだと。

アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ラスト・アクションヒーロー』は、少年がスクリーンの中に入って映画の主人公とともに活躍する物語であったが、この映画は映画の登場人物がスクリーンから出てきてしまうというもの(もっとも、セシリアも途中でトムにスクリーンの中に連れていかれて素敵な夜を過ごす)。似たような発想だが、こういう荒唐無稽なストーリーも面白い。

スクリーンから飛び出して来たトムだが、さすがに現実離れしている。キスをすれば映画では次第に暗くなるのに、現実はそうではないことにトムは不思議がる。レストランで食事をすれば、トムの使う紙幣は映画用のであるため使えない。しかし、そんな浮世離れしたトムと過ごす時間にセシリアは夢見心地となる。一方、トムが映画を抜け出したことを知った映画関係者は大騒ぎとなる。各地の映画館で上映している「カイロの紫のバラ」では、やはりトムがセリフを忘れたりして混乱が広がる。

トムを演じた俳優ギルは、自分のスキャンダルになることを案じ、ニュージャージーの映画館へ赴く。そして偶然、セシリアと出会う。「本物」と出会ったセシリアは、日頃の思いをギルに伝える。俳優としてのあり方に悩むギルは、大ファンの声に大いに勇気づけられ、ギルもまたセシリアに惹かれていく。こうして奇妙な三角関係が出来上がる・・・

荒唐無稽なストーリーだが、観ていて引き込まれていく。映画の登場人物とこんな風に交流できたら面白いだろう。そして日々の生活では、不況を理由に働かない夫をウエイトレスをしながら懸命に支えるセシリアがいじらしい。ささやかな趣味は映画館で映画を観ること。そんなささやかな趣味にさえ、夫は付き合おうとしない。現代であればとっくに離婚だろう。そんなセシリアの前に、スクリーンの中から憧れているしかなかった人物が飛び出てくるのである。セシリアの喜ぶ様に素直に嬉しくなる。

そして焦る映画関係者たちの「尽力」で、トムは泣く泣くセシリアと別れスクリーンに戻っていく。そのあとすぐに「カイロの紫のバラ」の看板が外される。たぶん、再び「脱走」を案じた関係者が上映中止に動いたのであろう。夢の終わったあと、再び映画館で席に着くセシリア。スクリーンでは次の新しい映画の上映が始まっている。映画を観るセシリアの表情が何とも言えない。

これはやっぱりいい映画だと思う。実は監督はウッディ・アレンなのであるが、ウッディ・アレン監督作品としては、ベスト1だと個人的には思う。同じ映画好きとして、映画好きの登場する映画には、やっぱり好印象を持ってしまう。
心にしみじみと染み入る映画である・・・


評価:★★★☆☆






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2018年01月26日

【ぼくは明日、昨日のきみとデートする】My Cinema File 1866

ぼくは明日、昨日のきみとデートする.jpg

2016年 日本
監督: 三木孝浩
出演: 
福士蒼汰:南山高寿
小松菜奈:福寿愛美
山田裕貴:林
清原果耶:福寿愛美(中学時代)
東出昌大:上山正一
大鷹明良:南山 たかもり
宮崎美子:南山 えいこ

<シネマトゥデイ>
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「学園とセカイと楽園(がくえん)」「君にさよならを言わない」などで知られる七月隆文の小説を基にした青春ラブロマンス。一目ぼれした女性と恋人同士になった美大生が、彼女の抱えている思いも寄らぬ秘密と向き合う姿を追い掛ける。メガホンを取るのは、『ホットロード』『アオハライド』などの三木孝浩。『ストロボ・エッジ』などの福士蒼汰、『近キョリ恋愛』などの小松菜奈が、主人公のカップルを好演する。爽やかで切ない物語や、舞台となる京都の美しい風景も見もの。
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 SF・ファンタジー系の映画は、時としてあり得ない前提のドラマだったりすることがあるが、個人的にはどんなにあり得なくてもしっかり説明されていれば、その世界に入っていけるので構わないと思う。それがなされていないと、『ニューヨーク冬物語』のように、不完全燃焼に終わってしまう。その点、このファンタジードラマは、「2人の間に流れる時間の方向が逆」というあり得ない前提なのであるが、きちんと説明されているがゆえにその世界にしっかりと浸れた。これが大事だと個人的には思う。

 主人公は、美大生の南山高寿。ある日、通学電車の中で1人の女の子に一目惚れする。ナンパなんて20年の人生の中でしたこともなかった高寿だが、生じた気持ちは抑えがたく、電車を降りて追いかけると思い切って声をかける。相手の名は福寿愛美。高寿と同じ20歳であった。気持ちを打ち明ける高寿に対し、愛美は涙を流す。戸惑いながらも高寿は、何とか話をするとまた会う約束をして別れる。

 愛美は携帯を持っておらず、また会う約束をしたと言っても会う術がない。失意のまま次の日、高寿が動物園で写生をしていると、なんとそこに愛美が現れる。そして高寿の描いている絵を「張り出される絵だ」と語る。不思議に感じる高寿だが、愛美との時間は楽しく過ぎる。それから2人は付き合うことになり、毎日デートを重ねる。誰が見ても、出来過ぎる展開。しかし、折に触れ愛美はデートの中で何度も涙を流す。そして、ついに愛美は高寿に信じ難い話をする。

 その話というのは、愛美は実はこの次元の人間ではなく、彼女の世界では時間の流れが反対なのだという。5年ごとに30日間だけこの世界にくることができて、最初の出会いは、愛美が5歳の時に35歳の高寿に助けられたことだという。そして逆に35歳の時に5歳の高寿を助けるのだという。20歳の現在、ちょうどお互いに20歳であるが、愛美は(この世界では)1日ごとに過去に戻っていくのであると。

 何だか頭が混乱してくる。つまり、2人が出会った初日は高寿にとっての初日であり、愛美にとっては30日目の最終日ということになる。だから高寿が愛美を見初めて声を掛けた時、愛美にとっては20歳の高寿と会うそれが最後の日であり、だから涙ぐんでしまったのである。そして高寿にとって最後の日は、愛美にとって5年ぶりに高寿に会う再会の初日。だから感無量の高寿に対し、愛美の表情は緊張感に包まれている。あり得ない想定でも、それが前提としてきちんと説明されていれば、その世界に浸れる。

 前提条件をあれこれ細かくつつく事に意味はない。そういうものだと思って観るのが一番。そうしてその世界に浸ってみると、実に切ない物語になっている。それにしても、いろいろと考えるものだと思ってしまう。別々の時間が流れているというアイディアは、ちょっと無理があるが面白い。まさに、「昨日の君とデートする」なわけである。これが30日間という限定された期間であることもミソだろう。毎日会っても飽きない限界くらいの期間である。

 自分だったらどうするだろうといつものように考えてみる。株を買うかもしれない。最初の日に目を付けた株の株価を相手に伝え、「相手の最終日=自分の初日」に自分に伝えてもらうのである。安くなっている株があればその時買っておけば最終日には大儲けである・・・そんなくだらない想像をしてしまう自分は、ピュアな若者の純愛の世界を汚してしまう。
 そんな自分にとって、主演の福士蒼汰と小松菜奈は、若々しくて眩しくて、改めていいなぁと思ってしまった映画である・・・


評価:★★★☆☆





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2017年11月11日

【美女と野獣】My Cinema File 1821

美女と野獣.jpg

原題: Beauty and the Beast
2017年 アメリカ
監督: ビル・コンドン
出演: 
エマ・ワトソン:ベル
ダン・スティーブンス:野獣
ケビン・クライン:モーリス
ルーク・エバンス:ガストン
ジョシュ・ギャッド:ル・フウ
ユアン・マクレガー:ルミエール
イアン・マッケラン:コグスワース
エマ・トンプソン:ポット夫人
ネイサン・マック:チップ
オードラ・マクドナルド:マダム・ド・ガルドローブ
ググ・バサ=ロー:プリュメット
スタンリー・トゥッチ:カデンツァ

<シネマトゥデイ>
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ディズニーが製作した大ヒットアニメ『美女と野獣』を実写化した、ファンタジーロマンス。美しい心を持った女性ベルと野獣の恋の行方を見つめる。メガホンを取るのは、『ドリームガールズ』や『トワイライト』シリーズなどのビル・コンドン。『コロニア』などのエマ・ワトソン、『クリミナル・ミッション』などのダン・スティーヴンス、『ドラキュラZERO』などのルーク・エヴァンスらが顔をそろえる。幻想的なビジュアルに期待が高まる。
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つい最近、『美女と野獣』を観たばかりで、「もうリメイク?」と訝しんだが、『美女と野獣』が、フランス・ドイツ製作であることを考えると、単に「被った」というものなのかもしれないと思う。まぁ見比べてみるのも悪くはない。

ところはフランス。傲慢な王子が魔女によって魔法をかけられ、自らは醜い野獣に姿を変えられた上に家来たちも家具等に姿を変えられる。魔女は王子に対し、「薔薇の花びらが全て落ちるまでに、愛し愛されることを学ばなければ、呪いは永遠に解けない」と告げ城を後にし、人々から王子たちの記憶を消し去ってしまう。大前提となるストーリーは同じである。醜い野獣を愛する女性などいるのかという絶望的な条件が課されているのである。

一方、城の近くにある村では、主人公の女性ベルが父モーリスと共に暮らしている。ベルは読書好きで、女が本を読むことについて偏見を持つ周囲の目を気にすることなく、本を借りては読みふける日々。そんなベルに想いを寄せるのは、戦争で手柄を立てた男ガストン。「男は筋肉」と言わんばかりのガストンは、簡単に落ちる村の女には目もくれずベルにアタックする。まぁ、エマ・ワトソンならだれでもそうするだろう。

そんなある日、父のモーリスはオルゴールを売りにパリに出かけるが、森の中で道に迷ってしまう。狼に追われ、モーリスは森の中を逃げ回り、6月にもかかわらず雪に覆われた城に辿り着く。出迎えたのは喋るティーカップ。驚き城を飛び出すが、その時薔薇に目が留まる。ベルから土産に頼まれていたことを思い出し、モーリスは一輪の薔薇を手折ったところを城の主である野獣に見つかり、捕らえられてしまう。

父の愛馬フィリップだけが戻って来たのを見たベルは、父の身を案じてフィリップに跨る。連れていかれるがまま城に辿り着いたベルは、そこで牢獄に捕らえられている父に会うが、野獣に見つかってしまう。ベルは自らが身代わりになることで父を開放してもらい、代わりに牢獄に入る。こうして野獣とベルが出会う。ストーリーはもうお馴染みである。

燭台や時計や家具、食器などに姿を変えられた家臣たちは、何とかベルと野獣をくっつけて呪いを解いてもらおうと画策する。しかし心を動かすのはやはり本人でないといけない。そんなベルの気持ちが変わるきっかけになったのが、城にある蔵書。読み切れそうもない本の山に驚喜するベル。そしてシェークスピアのセリフを理解し、さり気ないユーモアを見せる野獣の教養がベルの心に変化をもたらす。

この物語は、美しいベルが見てくれではなく中身で人を理解し愛するというところにあると思う。見てくれではなく、中身で選んでほしいと思うのは、すべての男性(女性もそうだろう)に共通した思いだろう。「見てくれ男ガストン」の存在(これが『ドラキュラZERO』イケメン、ルーク・エヴァンスだから尚更)が、それを見事に引き立たせる。そして自らを犠牲にして人のために行動するサクリファイスの精神が相俟ってこの物語がに深みをもたらし、それが多くの人に愛される所以だと思う。

同じ映画でも、ヨーロッパ版とはまったく異なる印象。それは主役がエマ・ワトソンというだけではなく、ストーリーのアレンジも含めてである。ハリウッド版の完勝と個人的には思う。エマ・ワトソンはやっぱり美人なのだが、ファンであってもなくても、心から堪能できる映画である・・・


評価:★★★☆☆





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