2025年10月28日

【ふたりの女王 メアリーとエリザベス】My Cinema File 3080

ふたりの女王 メアリーとエリザベス.jpg

原題: Mary Queen of Scots
2018年 イギリス
監督: ジョージー・ルーク
出演: 
シアーシャ・ローナン:メアリー・スチュアート / スコットランド女王
マーゴット・ロビー:エリザベスI世 / イングランド女王
ジャック・ロウデン:ヘンリー・スチュアート / ダーンリー卿
ジョー・アルウィン:ロバート・ダドリー / レスター伯
ジェンマ・チャン:ベス・オブ・ハードウィック
マーティン・コムストン:ジェームズ・ヘップバーン / ボスウェル伯
イスマエル・クルス・コルドバ:デビッド・リッチオ
ブレンダン・コイル:マチュー・スチュアート
イアン・ハート:メイトランド卿
エイドリアン・レスター:ランドルフ卿
ジェームズ・マッカードル:ジェームズ/スチュアート / マリ伯
デヴィッド・テナント:ジョン・ノックス
ガイ・ピアース:ウィリアム・セシル / バーリー男爵

<映画.com>
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『レディ・バード』のシアーシャ・ローナン、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーが16世紀の英国を生きた2人の女王を演じた歴史ドラマ。16歳でフランス王妃となりながら、フランス王フランソワ2世崩御により18歳で未亡人となったメアリーは、故郷のスコットランドに帰国。再び王位の座に就くが、当時のスコットランドではプロテスタント教徒の勢力が増しており、彼らは女性君主は神の意に反すると、女王メアリーの存在を快く思っていなかった。メアリーは家臣の陰謀や内乱などによって何度も王座を追われそうになり、厳しい運命に翻弄されていく。一方、イングランドを統治するエリザベスは、自分と違い美しく、結婚もして子どもを産んだメアリーに、複雑な思いを抱いていた。王位継承権をめぐりライバルもであるメアリーとエリザベスは、複雑な感情を抱きながらも互いに魅了されていき、男性社会の中で孤軍奮闘する女性として激動の時代を駆け抜けていく。ケイト・ブランシェット主演の『エリザベス』を手がけたプロデューサー陣が、エリザベスと同時代に生きたメアリーに着目して製作。メアリー役をローナン、エリザベス役をロビーがそれぞれ演じる。監督は、ロンドンの演劇界で活躍する女性演出家で、映画監督はこれがデビュー作となるジョージー・ルーク。
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映画の冒頭、映画の背景となる16世紀後半の英国の情勢が字幕で紹介される。これがないと映画の内容はよくわからない。主人公となるメアリーはスコットランド女王でカトリック教徒、幼い頃フランスへ送られ将来のフランス国王と結婚するも、夫の死により18歳でスコットランドに帰国する。スコットランドではプロテスタントがカトリックと戦っているが、プロテスタントが支配的で、メアリーの異母兄ジェームズ・ステュアート/マリ伯が権力の座にある。一方、エリザベスはイングランド女王でプロテスタントであり、イングランド女王になる権利があるというメアリーに脅威を感じている。

そのスコットランド女王のメアリーは、神に祈りを捧げたあと断頭台に挑む。時に1587年のイングランド。一体何があったのか。興味をそそられるイントロである。そして物語は1561年に遡る。スコットランド女王メアリーは夫の死を受けフランスからスコットランドへ帰ってくる。小舟で海岸に着いた一行を漁師たちが不思議そうに眺める。女王の帰還といっても小所帯である。城に到着すると、メアリーはマリ伯から歓迎される。

一方、イングランドでは28歳になるエリザベス女王は、メアリー帰国の報を受け敵意を感じる。エリザベスの側近ウィリアム・セシル/バーリー男爵は、エリザベスに結婚問題を話すが、エリザベスは結婚はしないと考えている。スコットランドの宮廷ではメアリーの秘書のリッチオが歌でメアリーを喜ばせ、メアリーはエリザベスに友好の手紙を書く。エリザベスとは対照的にメアリーは結婚はするが、愛のない政略結婚はしないと宣言する。

実はメアリーはカトリックであり、プロテスタントの牧師ジョン・ノックスと対立し、これを解雇する。その対応にマリ伯は不満を感じ、ノックスもメアリーは危険だとプロテスタント信者を前に演説する。このあたりからきな臭さが匂い始める。イングランドではエリザベスと側近がメアリーの政略結婚を考えるが、エリザベスは自分の愛人であるロバート・ダドリー/レスター伯爵にメアリーとの結婚を持ち掛ける。うまくいけばメアリーをコントロールできると考えての事である。その意を受け、ロバートはエリザベスの肖像画を持ってスコットランドを訪れる・・・

ふたりの女王としてここで登場するメアリーとエリザベスとは、ともにヘンリー8世の娘(ただし母親は違う)。物語を理解するにはある程度歴史を知っておく必要がある。まだスコットランドとイングランドが別の王国であり、姉妹ながら母親は別で(おそらく一緒に育っていないから)姉妹としての愛情も薄い。そんな2人の物語。当時の時代考証がどこまでなされているのかはわからないが、時代的には男尊女卑の時代であり、女王といっても周囲の男たちは隙あらばという雰囲気を醸し出している。

実際はどうだったのかはわからない。シアーシャ・ローナンを見ているとメアリーは良い女王に見えてしまい、またイングランド女王は狡猾に描かれるので悪役に見えてしまう。しかし、メアリーはイングランド王位に対して意欲を見せており、そうなればエリザベスとしては面白くないだろうし、防衛的な気持ちにもなるだろう。最終的にエリザベスはメアリーを処刑する。映画では描かれていないが、結局、エリザベスには子供がなく、メアリーの子供がイングランド王位を継承して現在に至るというのも皮肉に思えてしまう。

メアリーとエリザベスとの対立は、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(My Cinema File 179)でも描かれていたが、こちらはエリザベスが主役であり、メアリーは王位を脅かす危険な存在であった。「立場が変われば見方も変わる」ではないが、シアーシャ・ローナンのメアリーは事実をゆがませているかもしれない。エリザベスはスコットランドで反乱を起こし、メアリーを脅かす。最後は反メアリー感情の強いスコットランドにいられず、1567年7月に退位し、翌年1568年、メアリーはイングランドのエリザベスに助けを求めてイングランドに亡命する。

メアリーはしばしば親しみをこめて「クイーン・オブ・スコッツ」と呼ばれているという。それが原題になっているが、それがどういう経緯なのか、映画を観ていては(シアーシャ・ローナンを観ていては)わからない。王位を巡るドロドロとしたものがあったのだろう。イギリスの長い王位の伝統については、いろいろとドラマになる物語があり、観ていて面白い。父王の時代には『ブーリン家の姉妹』(My Cinema File 549)があった。こうしたイギリス王家にまつわる映画はこれからも観ていきたいと思わされる映画である・・・


評価:★★☆☆☆











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2025年05月06日

【グラディエーターII 英雄を呼ぶ声】My Cinema File 3007

グラディエーターII 英雄を呼ぶ声.jpg

原題: Gladiator II
2024年 アメリカ
監督: リドリー・スコット
出演: 
ポール・メスカル:ルシアス
ペドロ・パスカル:アカシウス
ジョセフ・クイン:ゲタ帝
フレッド・ヘッキンジャー:カラカラ帝
リオル・ラズ
デレク・ジャコビ
コニー・ニールセン:ルッシラ
デンゼル・ワシントン:マクリヌス

<シネマトゥデイ>
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古代ローマを舞台に、復讐(ふくしゅう)に燃える剣闘士の闘いを描いた『グラディエーター』の続編。ローマ帝国の圧政によって自由を奪われた男が剣闘士となり、闘技場での闘いに身を投じる。監督は前作に続き『ブレードランナー』シリーズなどのリドリー・スコット。『aftersun/アフターサン』などのポール・メスカルが主演を務め、『イコライザー2』などのペドロ・パスカル、前作と同じ役柄で続投するコニー・ニールセン、オスカー俳優デンゼル・ワシントンのほか、ジョセフ・クイン、フレッド・ヘッキンジャーらが共演する。
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前作から24年を経ての続編の登場。前作で主人公のマキシマスは死んでいるので再登場はない。どのような展開になるのかと期待の冒頭。新たな主人公は、ローマから遠く離れたヌミディアに暮らすハンノ。妻・アリサットと穏やかに暮らしている。そこに襲い来るのはマルクス・アカシウス将軍率いるローマ軍。激しい攻防戦となるが、やはりローマ軍の軍勢は頑強で、アリサットは命を落とし、ハンノは捕虜となる。

捕虜となったハンノは奴隷商人のマクリヌスの下に連れて行かれる。マクリヌスは、剣闘士(グラディエーター)の手配をしている。ハンノは自らの命をかけて剣闘士として戦わなければならなくなる。前作とはまた違った展開である。一方、当時のローマを統べるのは残忍なゲタとその弟カラカラの双子の皇帝。ローマの領土を拡張して凱旋したマルクス・アカシウス将軍は両皇帝に謁見する。そして両皇帝から、つぎはペルシア、インドを共に領土に加えよとの命を受ける。それに対し、アカシウスは嫌悪の表情を浮かべる。

自宅に戻ったアカシウスを迎えたのは、前作にも登場した前アウレリウス皇帝の娘であるルッシラ。アカシウスはルッシラと再婚していたようである。妻と食事する将軍アカシウスは、「あの兄弟には、もう従えない」とこぼす。遠征で制圧したヌミディアの話をし、涙にくれた人々の事を苦しそうに語る。その上にさらなる遠征を指示されたアカシウス将軍にはもう皇帝に対する忠誠心はない。そんな夫をルッシラは心からの同情でいたわる。

奴隷として扱われるハンノたちは、さっそく戦いの場に引き出される。最初は凶悪な大型の猿のような動物。鎖で繋がれ動きもままならない中、仲間の奴隷が襲われて命を落とす。ハンノは鎖をうまく利用し、猿の腕にかみつくなどの行動を見せ、なんとかこれに勝って生き残る。観客席にいたマクリヌスはハンノを気に入って連れ帰る。マクリヌス自身も元奴隷からのし上がったという過去があり、勝ち続ければ自由の身となるという餌をぶら下げ、自らは剣闘士のスポンサーとして莫大な富と影響力を得ながらハンノの力を利用して皇帝たちへ取り入ろうと目論む。

そうしたハンノの物語と並行してルッシラらによる反皇帝の動きも並行して描かれる。ローマの腐敗を憂い、ローマをあるべき姿に戻そうと元老院の心ある議員たちと結託し、アカシウスとともに反乱を計画する。古代ローマを舞台とした物語は前作同様の趣がある。コロッセオで次々と催される闘技会。人間同士だけではなくハンノら5人のグラディーターはサイに乗った男と対戦する。サイが果たして馬のように操れるものなのかは知らないが、強力な角による一突きは人間を串刺しにして跳ね飛ばす。

前作の回顧シーンも折に触れて挟まれるが、復習で観ておいたので記憶も新しい。実は前作の主役マキシマスとルッシラが恋人同士であったのがここでわかる。前作でのルッシラのマキシマスに対する態度も納得がいく。そしてルッシラの息子ルシアスの成長した姿が明らかになる。ストーリーを追って行くと何となくわかってくるが、なるほどなストーリー展開である。コロッセオの中に水が張られた中での海戦を模した戦いは、落ちればサメの餌食というもの。さすがにそれは、と思うも観ている分には楽しい。

前作は復讐の物語であったが、今回は悪政に対する戦い。剣闘士の戦いをはさみながら、皇帝とその取り巻きに挑んでいく。コロッセオの地下には、密かにマキシマスの名前と剣と防具が祀られている。それを身につけたハンノが最後の戦いに向けてコロッセオに向かう。前作に負けず劣らず迫力のあるシーンと熱いストーリー。史実では両皇帝は暗殺されるが、映画はそれをフィクションに仕立て上げている。史実よりも映画の方がふさわしいように思う。正義の心に胸は熱くなる。前作に負けず劣らず、心が熱くなる映画である・・・


評価:★★★★☆









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2025年05月05日

【グラディエーター】My Cinema File 3006

グラディエーター.jpg

原題: Gladiator
2000年 アメリカ
監督: リドリー・スコット
出演: 
ラッセル・クロウ:マキシマス・デシマス・メレディウス
ホアキン・フェニックス:ルキウス・アウレリウス・コモドゥス
コニー・ニールセン:ルシッラ
オリヴァー・リード:アントニウス・プロキシモ
デレク・ジャコビ:グラックス議員
ジャイモン・フンスー:ジュバ
リチャード・ハリス:マルクス・アウレリウス

<シネマトゥデイ>
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『ブレードランナー』 『エイリアン』『ブラック・レイン』などで独特の映像美を追求しつづけてきたリドリー・スコット監督がSFXだけでは表現ができない、重量 感のあるローマ帝国を見事に甦らせた。主演のラッセル・クロウは、グラディエーターを演じる為に20キロ近くの減量 に成功。骨太のヒーローを演じきる。
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続編が公開されるとあって、復習を兼ねて2度目の鑑賞にいたる。物語の舞台は西暦180年の帝政ローマ時代中期。将軍マキシマス・デシマス・メレディウスはゲルマニア遠征に挑む。皇帝マルクス・アウレリウスも同行し、その皇帝が見守る中、苦戦を強いられながらも敵将を討ち取り見事勝利を収める。皇帝に褒美を聞かれたマキシマスは、休暇を要求する。長く妻子と離れて暮らし、何よりも帰宅を望んだのである。

一方、皇帝アウレリウスは、自分の元にマキシマスを呼び寄せると、なんと自分の跡を継いで次期皇帝になってほしいと告げる。突然の申し出にマキシマスは驚く。しかし、皇帝には皇太子コモドゥスがいる。コモドゥスは野心家であり、自分が当然次期皇帝の座につくものと思い込んでいる。有能さで選ぶならマキシマスであるかもしれないが、実子を無視するということには波乱がつきまとう。

そして実際、アウレリウスからその意志を聞いたコモドゥスはその決定に怒り、父であるアウレリウスを暗殺する。突如呼び出されたマキシマスは皇帝の逝去を知らされる。そして、その場で後継者として皇帝に即位すると宣言するコモドゥスに忠誠を求められる。しかし、マキシマスは、明らかに皇帝を暗殺したとわかるコモドゥスに忠誠を誓うことはできず、その場を辞去する。コモドゥスはそれを反意と見なし、マキシマスとその妻子の処刑を命じる。

マキシマスはさすがに優秀な軍人であり、処刑寸前にこれを逃れて逃亡する。しかし、故郷の妻子までは間に合わず、妻子を処刑されてしまう。1人生き残ったマキシマスは、絶望と長距離移動の疲労から倒れてしまい、そのまま奴隷商人に捕らえられてしまう。マキシマスは、奴隷として奴隷商人プロキシモに売られる。当時の奴隷は、労働奴隷もあったのだろうが、プロキシモが手掛けるのは剣闘士=グラディエーターである。

元軍人のマキシマスは、必然的に剣闘士として頭角を現し、プロキシモに目を掛けられるようになる。その頃、皇帝コモドゥスは民衆に娯楽を与えて心を掴む一方で元老院を無視した専制政治を展開する。民衆の支持があれば元老院も怖くはない。そしてコモドゥスはローマのコロシアムに名うての剣闘士を集めて戦わせ、民衆の支持を篤くしていく。戦績を積み重ねて名をあげれば奴隷の身分から解放され、コモドゥスに謁見できるとプロキシモから聞いたマキシマスの中にはコモドゥスへの復讐心が燃え滾っていく・・・

理不尽に家族を殺されたマキシマスの復讐の物語。今は観光名所になっているコロシアムを舞台に様々な敵と殺し合いを行う。現代の感覚からするととんでもない事であるが、大衆は娯楽としてこれを楽しむ。そんな殺し合いを勝ち抜いたマキシマスは、ついに勝者としてコモドゥスと謁見する。処刑したはずのマキシマスが生きて目の前にいる事に驚いたコモデゥスだが、処刑しようにも勝者として民衆の支持を受けるマキシマスを処刑できない。皇帝と言えども民衆の圧倒的な支持の前に処刑を断念せざるを得ないというのも面白い。

一方、、元老院のグラックス議員らコモドゥスの独裁を好ましく思わない反皇帝派がいる。その中にはアウレリウス帝の娘ルッシラもいて、マキシマスを助けようとする。皇帝に逆らうのは命がけであるが、反コモドゥスの立場で利害は一致。さらにルッシラはどうやらマキシマスに好意を寄せている。これまでにも古代ローマを舞台とした物語は、『ベン・ハー』(My Cinema File 1810)『センチュリオン』(My Cinema File 983)『テルマエ・ロマエ』(My Cinema File 1022)『第九軍団のワシ』(My Cinema File 1209)などがあったが、ローマ国内を舞台にした『ベン・ハー』(My Cinema File 1810)『テルマエ・ロマエ』(My Cinema File 1022)はどことなく雰囲気が好きである。

主役のラッセル・クロウはどこまでも渋く、奴隷仲間にも支持される人望の持ち主。一方、嫌われ者のコモドゥスを演じるのは、ホアキン・フェニックス。最近の『ジョーカー』(My Cinema File 2207)のイメージとはまた違い、憎々しくも父親から皇帝の座を譲ってもらえなかった悲しみを秘めた皇帝を演じるが、その姿は確実にこの物語のもう1人の主役である。復讐に生きる人生は必ずしも明るいものではないが、古代ローマの時代にこんなこともあったかもしれないと思わされるストーリーは、古代ローマへの郷愁とあいまって重厚感にあふれる。20数年前に観た時にも胸に響くものがあったが、それは衰えず。続編はどんなものになるのか、楽しみに思う一作である・・・


評価:★★★★☆








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2024年12月28日

【ウーマン・キング 無敵の女戦士たち】My Cinema File 2947

ウーマン・キング.jpg

原題: The Woman King
2022年 カナダ・アメリカ
監督: ジーナ・プリンス=バイスウッド
出演: 
ビオラ・デイビス:ナニスカ
トゥソ・ムベドゥ:ナウィ
ラシャーナ・リンチ:イゾギ
シーラ・アティム:アメンザ
ヒーロー・ファインズ・ティフィン:サント・フェレイラ
ジョン・ボイエガ:キング・ゲゾー
ジミー・オドゥコヤ:オバ・アデ

<映画.com>
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19世紀アフリカを舞台に、女性のみで構成された最強の戦士部隊の戦いを、史実に着想を得て描いた歴史アクション。
1823年。西アフリカのダメホ王国は、奴隷貿易を背景とする民族間抗争に脅かされていた。優れた戦闘技術とすさまじい闘志で王国を守る女戦士部隊アゴジェを率いる将軍ナニスカは、敵対するオヨ王国との戦いに備え、新兵を集めて訓練を開始。その中には、アゴジェに憧れる少女ナウィの姿があった。
『フェンス』のビオラ・デイビスがカリスマ性あふれる将軍ナニスカを熱演するほか、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のラシャーナ・リンチ、『スター・ウォーズ』シリーズのジョン・ボイエガが共演。『オールド・ガード』のジーナ・プリンス=バイスウッドが監督、「シティ・オブ・エンジェル」のダナ・スティーブンスが脚本、俳優マリア・ベロが原案・製作を担当。
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なんとなくタイトルからして勝手に『ワンダーウーマン』(My Cinema File 1838)のようなイメージを抱いていたが、まったく違うものであった。物語の舞台は1823年の西アフリカ、ダホメ王国。架空の国かと思ったら、実在の国であると言う。しかも、統治するのはゲゾ王であり、どうやら史実を基にした物語のようである。

冒頭、マヒ族の村を女の軍団が襲う。それはダホメ王国の女戦士軍団アゴジ。率いるのはナニスカ。急襲が功を奏したのか、村人を倒し、捕らえられていた者たちを解放する。どうやら奴隷として売られるところだったようである。村へ凱旋したアゴジ。村人たちは敬意を評して(下を向いて直接見ない)これを迎える。一方、滅ぼされた村へやってきたのは、アバ・オデ将軍率いる一行。将軍はダホメ討伐を決意する。

その頃、ダホメ王国の住人であるナウィが家に帰ると、両親がナウィをとある男に紹介する。それは結婚相手。男はかなり年上であるが、裕福な身であり、ナウィを紹介されると居丈高にしっかり働けと命じる。これに反抗的な態度を取ると、男はその場でナウィを殴る。両親の前でも気にしない態度に、男尊女卑の考え方が根付いている事が窺える。そして気が強いのかナウィは殴り返す。怒った男は婚約を破棄して帰ってしまう。父親も激怒し、ナウィを王宮に連れて行くと、王に献上してしまう。

献上されたナウィは、アゴジのメンバーに加えられる。訓練を経て正式な戦士になると、結婚はできず子も産めず生涯を戦士として過ごす事になる。ナニスカの右腕を務めるアメンザが新メンバーに向かって告げる。覚悟のない者は去れと。中には冒頭で襲撃された村から連行されてきた女たちもいる。その者たちはその場を去っていくが、中には残る者もいる。こうして訓練の日々が始まる。ナウィを指導する教官はイゾギ。ルールその一は、「イゾギに逆らうな」であった。

ある日、ゲゾ王の下にオヨ帝国のアバ・オデ将軍が使者としてやってくる。アバ将軍は貢物としてアゴジ戦士40名を要求する。断れば戦争である。この様子を見ていたナニスカは動揺する。ナニスカはかつて捕虜にされアバ将軍にレイプされた過去があり、この苦い思い出が脳裏を過ぎる。戦士を差し出せと言うのも屈辱である。時間稼ぎのために20名と交渉し、ナニスカはその20名を選ぶ。その頃、奴隷貿易のためポルトガル人の船団が港に入港する・・・

奴隷貿易とは、白人が一方的にアフリカの黒人を捕らえていたようなイメージがあるが、ここでは黒人が黒人を捕らえて奴隷として売っている様子が描かれる。女戦士と言ってもどの程度だったのかはわからない。体力的には男の方が上であるし、ワンダーウーマンならまだしも、人間であれば限界はある。王宮には大奥のような男子禁制エリアがあって、宦官以外の男は入れないというのも興味深い。出てくる宦官はどうもおかまチックである。

物語はナニスカと少女ナウィを中心に描かれる。アゴジ戦士として初めて会った2人だが、実は意外な関係がある事が判明する。否応なく戦いに巻き込まれていくアゴジ。ナウィの成長は戦いによって促される。女戦士というと、おそらく白人ならビジュアルが求められると思うが、黒人だとそこはあまり求められないのか。スーパーヒーローがいるわけでもなく、戦いもかろうじて勝利するという感じ。アクションが売り物という者でもない。

歴史的な史実だったという事が言いたかったのかどうかはわからないが、何が売りだったのかと問われると苦しいようにも思う。ストーリー、出演者、アクションのいずれも中途半端感がある。Amazon primeでは高評価だっただけに期待していたのだが、少々肩透かしを食ったというのが正直な感想。今一歩感が否めなかった映画である・・・


評価:★★☆☆☆








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2024年04月13日

【ピータールー マンチェスターの悲劇】My Cinema File 2841

ピータールー マンチェスターの悲劇.jpeg

原題: Peterloo
2018年 イギリス
監督: マイク・リー
出演: 
ロリー・キニア:ヘンリー・ハント
マキシン・ピーク:ネリー
デヴィッド・ムースト:ジョセフ
ピアース・クイグリー:ジョシュア
ティム・マッキナリー:摂政王太子
ニール・ベル:サミュエル・バムフォード
フィリップ・ジャクソン:ジョン・ナイト
レオ・ビル:ジョン・ティアス

<映画.com>
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「秘密と嘘」「ヴェラ・ドレイク」などで知られるイギリスの名匠マイク・リーが、19世紀初頭のイギリスで起きた事件「ピータールーの虐殺」を映画化。1819年、ナポレオン戦争後で困窮のさなかにあるマンチェスター。深刻化する貧困問題の改善を訴え、政治的改革を求める民衆6万人がセント・ピーターズ・フィールド広場に集まった。鎮圧のため派遣された政府の騎馬隊は、非武装の群衆の中へ突入していく。多くの死傷者を出し、イギリスの民主主義において大きな転機となったこの事件の全貌を、リー監督が自ら執筆した脚本をもとにリアルに描き出す。出演は『007 スペクター』のロリー・キニア、『博士と彼女のセオリー』のマキシン・ピーク。
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冒頭、爆音と銃声が飛び交うのはウォータールーの戦場。ラッパ手の若い兵士ジョゼフは、呆然自失となりながらも任務を遂行する。やがて終戦となり、故郷であるマンチェスターを目指して帰郷する。このウォータールーの戦いにおいて、ウェリントン公爵が指揮を執ったイギリス率いる連合軍はナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍に勝利する。歴史的戦いに勝利したウェリントン公爵に、議会より大金が授与される。後の民衆の苦境と対比すると実に意味深いシーンである。

ウェリントン公爵の補佐であるビング将軍は、内務大臣に功績を認められ、北部の司令官として任命される。その北部では、マンチェスターをはじめ、ランカシャー周辺の町で民衆の抗議活動が活発化している。ジョゼフは何とか故郷マンチェスターへ辿り着くが、安堵からか母親の腕の中で泣き崩れる。ジョゼフの兄弟姉妹、父親の大半は紡績工場で働き、母親は手作りのパイを売って生計を立てており、いずれも生活は楽ではない。

戦争は終わったものの、パンに課せられる税金と不作による価格高騰により民衆の生活は逼迫する。さらに、海外からの輸入制限政策もこれに拍車をかける。生活苦からの軽微な犯罪に対しても、裁判は貴族を優遇し、多くの庶民に対しては過酷な刑を宣言される。民衆の不満は爆発し、抗議運動へと繋がる。抗議運動と言っても平和的なものであり、武器を取るまでには至らない。

穀物法の撤廃に関して、庶民院へ嘆願書を提出したいという申し入れも治安判事により拒否される。そうした動きに運動家のナイトは、国民の選挙権拡充を訴える。また、別の集会では、過激派の運動家たちによる演説が行われ、国王と家族全員を投獄すべきだという過激な意見も飛び出す。マンチェスターの治安判事たちは、こうした事態を危惧し、内務大臣に手紙で危機的な状況だと知らせる。

民衆の運動については、元となっているものが生活苦であり、理解できるもの。しかし、裕福な貴族たちには他人事でしかない。そんな時、時の権力者である摂政王太子の乗る馬車にジャガイモが投げつけられる。事態を重くみた内務大臣は貴族院に報告し、貴族院は人身保護法を即時一時停止してしまう。これを受け、マンチェスターの運動家たちの間では議論が交わされ、聖ピーターズ広場で行われる集会でヘンリー・ハントに演説をしてもらうことを提案する。

ヘンリー・ハントとは、地主であり紳士でありながらも民主主義のために戦う演説家。要請を受けたハントはマンチェスターへとやって来る。ところが手紙を押さえてこの事実を知った内務大臣はビングに対し、軍の強化を要請する。巷では過激派運動家による集会が野外で開かれるようにもなっていて、民衆に武装と王族は処刑を主張する。自由か死かとの呼びかけは過激であり、治安部隊によって逮捕、投獄されるという事態が生じる。

緊張が高まる中、ヘンリー・ハントも現地に到着し、集会の日が近づいていく。映画は、集会が民衆を弾圧した血の集会になっていく様子を丁寧に描く。民衆側は平和裏に行う事を企図し、ヘンリー・ハントも自警のために少数の者に武装をさせたいという提案を断固として拒否する。内務省からも「集会を邪魔してはならない、ハントに演説をさせなければならない、群衆が暴動を起こした時以外で介入をしてはならない」との指示が出されるが人々の間の不信感は止められない。

そして集会が始まる。民衆は平和的な集会と信じ、女性や子供などを含め家族で参加する。ウォータールーの戦いを生き延びたジョゼフも家族とともに参加する。ヘンリー・ハントなど実在の人物に加え、なぜジョゼフのような架空の人物を参加させたのか。それは軍の発砲により混乱に陥った広場の様子が、冒頭のウォータールーの戦場とほぼ同じだからである。なぜ非武装の市民に対し、武力を行使したのか。それはさまざまな要因が重なった結果なのであろう。

他国の不幸な歴史ではあるが、なぜこのような事件が起こってしまったのか。ウォータールーから生還したジョゼフだが、働きたくても仕事がなく、食料などの生活必需品が値上がりして苦しむ市民生活が描かれ、歴史的事件の背景がわかってよけいに事件に対する理解が深まる。家族を亡くして葬儀に臨む市民に対し、摂政王太子は部下の労をねぎらう。実に無情な対比ではあるが、それが歴史の真実なのであろう。フィクションの部分も多くあるのだろうが、どんな事件だったのかというアウトラインはわかる。映画の効能と言える一作である・・・


評価:★★☆☆☆








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