2025年08月02日

【風の中の牝雞】My Cinema File 3041

風の中の牝雞.jpg
 
1948年 日本
監督: 小津安二郎
出演: 
佐野周二:雨宮修一
田中絹代:雨宮時子
三宅邦子:井田秋子
笠智衆:佐竹
村田知栄子:織江
文谷千代子:房子
東野英治郎:彦三
長船フジヨ:あや子
青木放屁:正一
長尾敏之助:医者
岡村文子:女将
清水一郎:古川
坂本武:家主
婦谷よしの:看護

<映画.com>
********************************************************************************************************
「受胎」につぐ久保光三の製作で、「シミキンの結婚選手」の斎藤良輔と小津安二郎の協同脚本を「長屋紳士録」以来の小津安二郎が終戦後第二回作品として監督する。カメラは「長屋紳士録」の厚田雄春が「旅裝」についで担当。主演は「噂の男」「追跡者」につぐ佐野周二と「夜の女たち」につぐ田中絹代で、「富士山頂(1948)」「肖像」の三宅邦子、「手をつなぐ子等(1948)」の笠智衆、「受胎」の村田知英子等が共演し、ほかに殿山泰司に岡村文子、文谷千代子、三井弘次(秀男改名)らが出演する。
********************************************************************************************************
たまに古い映画を観ているが、小津安二郎監督作品はその筆頭に挙げられるもの。終戦から3年後に撮られたものであるが、背景に写る街並みとともに興味深く観る事ができる。

東京の下町の一角にある家に警官が戸籍調査にやってくるところから物語は始まる。警官は間借り人の雨宮時子に家族構成を確認する。時子は一人息子の浩と一緒に住んでおり、そして戦争から帰還してこない夫・修一を待っている。そこは一軒家で、時子は2階を間借りしている。階段を下りれば大家の部屋で玄関は共通。まだ社会全体が戦争の傷跡を生々しく残し、貧しいままであることを感じさせるシーンである。

この日、時子は浩を連れて親友の秋子のアパートへ行く。そこで秋子に手持ちの着物を金に換えてもらうように頼む。時子はミシンの内職の仕事をしているが、2人の会話から物価高で内職だけでは生活が苦しいのだとわかる。しかし、これが売りに出せる最後の着物だという。秋子はさっそく闇商売をしている隣人・織江のもとに預かった着物を持ち込むが、織江は「時子は綺麗だから、その気になれば楽に稼げるのに」と言って秋子を不愉快にさせる。

時子が帰宅すると、一緒に行った浩が高熱を出してぐったりしている。家主の彦三・つね夫妻に勧めてもらった近所の病院に連れていくと、医師は大腸カタルだという。秋子のアパートからの帰り道に食べさせたあんこ玉が原因だと思われる。幸いにして翌朝になって浩の容態は持ち直すが、看護婦から入院費の支払いを求められ、蓄えのない時子は暗澹たる気持ちになる。当時の病院としては一般的だったのか、病室は畳に布団敷きである。

翌日、秋子が時子のもとを訪ねてくる。時子が織江に「仕事」を紹介してもらった事を織江本人から聞いてきたのである。秋子は、なぜ親友である自分に最初に相談しなかったのかと時子を非難する。それに対し、時子は秋子の暮らしぶりも大変なことを知っていたので甘えられなかったと答えることしかできない。そう言われると秋子にも返す言葉がない。2人の違いは、秋子には夫がいて稼ぎがあるというところである。やがて全快した浩は退院する。

数週間後、秋子と荒川土手に遊びに出かけた時子と浩が帰宅すると、修一が帰ってきている。久しぶりに再会を喜びあう夫婦だったが、その夜、近況の話の中で、時子は浩が大腸カタルで入院したことを話す。費用をどう工面したかとさらに問う修一に、時子は答えられず泣き出す。修一の帰還を知って再び訪ねてきた秋子は、浩の入院のことは修一には言わないほうがいいと忠告するが、隠し立てのできない時子は既に何もかも修一に打ち明けてしまっていた後だった。

現代と違い、当時の社会は遥に貞操観念が強く、修一は妻の行為に激しいショックを受ける。再会の喜びどころではなくなる。状況を考えれば、女1人で生きていくのは困難な時代であり、仕方がないではないかと思うも、当時の人たちはどんな気持ちでこの映画を観ていたのだろうかと思ってしまう。現代に生きる自分であれば、仕方ない事と水に流すし、「苦労をかけた」という一言でも加えるだろう。だが、それは現代の感覚によるものなのかもしれない。

映画は苦悩する修一の姿を追う。なんと修一は、時子からことの詳細について聞き出すと、自ら月島にあるその宿へ出向き、部屋に女を呼ぶ。女になぜこんな仕事をしているのかと問う修一に、女は母と兄が戦争で死に、老いた父と学生の弟を自分が養っているということを語る。聞いた修一は女に金だけ渡して外へ出る。この時代、そういう女が多かったのだろうと思う。夫が戦争から帰還せず、その生死すら不明な中、唯一の心の支えが一人息子である時子にとって他に選択肢はなかったと言える。

要所要所で街中の風景が映し出される。まだ瓦礫がいたるところに残っていたり、バラックのような住まいがあったり、道路は当然ながら舗装されていない。そんな昭和の原風景がそこかしこに観られるのも古い映画のいいところである。職探しで修一が訪ねた旧友を演じるのは、若き日の笠智衆。『男はつらいよ』(My Cinema File 2783)の御前様であるが、若々しい姿はそれとわからない。声でわかったが、若き日の姿に新鮮味を感じる。ストーリーとは別にそんなところも古い映画の魅力と言える。

終戦から3年しか経っていない世の中で、映画を撮るのも大変だっただろう。そんな「終戦直後」の世の中をいろいろと想像させられる映画である・・・


評価:★★☆☆☆








posted by HH at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 小津安二郎監督作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

【東京物語】My Cinema File 1282

東京物語.jpg

1953年 日本
監督: 小津安二郎
出演: 
笠智衆:平山周吉
東山千栄子:とみ
原節子:紀子
杉村春子:金子志げ
山村聰:平山幸一
三宅邦子:文子
香川京子:京子
東野英治郎:沼田三平

<YAHOO! 映画解説>
********************************************************************************************************
日本映画を代表する傑作の1本。巨匠・小津安二郎監督が、戦後変わりつつある家族の関係をテーマに人間の生と死までをも見つめた深淵なドラマ。故郷の尾道から20年ぶりに東京へ出てきた老夫婦。成人した子どもたちの家を訪ねるが、みなそれぞれの生活に精一杯だった。唯一、戦死した次男の未亡人だけが皮肉にも優しい心遣いを示すのだった……。家でひとり侘しくたたずむ笠智衆を捉えたショットは映画史上に残る名ラスト・シーンのひとつ。
********************************************************************************************************

小津安二郎監督の映画は随分観ているが、最高傑作という評価を得ているこの作品を観ていなかったのは、手落ちであった。
リメイク版である 「東京家族」を観たこともあって、原点を訪ねたと言える。

尾道に暮らす周吉とその妻のとみが、東京に暮らす子供たちの家を久方振りに訪ねるべく、上京してくる。はじめは開業医をしている長男の幸一の家。孫二人は、久しぶりに祖父母にあっても素っ気ない。そして東京案内をしようとしていた矢先、幸一は往診を依頼され、外出は取りやめとなる。

美容院を経営する長女の志げも、毎日仕事が忙しくて両親をかまってやれない。
代わりに仕事を休んで東京案内をしたのは、戦死した次男の妻の紀子であった。それだけではだめだろうと、幸一と志げはお金を出し合い、両親に熱海旅行をプレゼントする。だが、夜中まで騒ぐ若者客たちに、年寄り夫婦は安眠を妨げられ、居心地悪く早々に引き揚げてくる。だが、予定を切り上げて帰って来られても志げの家も都合があり、両親は泊まるところがなくなってしまう・・・

基本的なストーリーは、 「東京家族」と同じ(といってもこちらが元祖ではあるが)。
家族構成(昔は兄弟が多かった)と時代背景によって微妙に設定が変わっている。
幸一が両親を東京案内に連れていこうとする時、「昼はデパートの食堂で食べるか」との会話が出てくる。この時代、デパートの食堂にはステイタスがあったのであろう。

志げの経営する美容院は自宅兼用であるが、この時代は美容院の入り口で靴を脱いでいる。
そして居間は美容院から丸見えで、家の者はお客さんの後ろを通って居間に入る。
一人暮らしの紀子はアパート住まいで、トイレと台所は共用。
両親の訪問に際し、紀子は隣の家にお酒ととっくりとお猪口を借りに行く。
夏場ではあるが、昭和28年のこの時代、扇風機はまだなく、みんな団扇を手放さない。

東京で子供たちは暮らしに余裕がなく、両親はそれでも満足して帰路につく。
21時東京発で、会話から到着は翌日の13時。
「名古屋あたりで夜が明ける」とのセリフもある。
今ならハワイへ行けてしまう時間であるが、まだまだ日本は広く、東京も遠かったのである。

子供たちも自分達の生活優先で、そんな状況を二人の親もよくわかっていて、「仕方ない」と理解する。この時代に、「仕方ない」と言ってもらえた世代の人たちも、今は自分達が親の時代。今は逆に自分たちが、「仕方ない」と言っているのだろうと思う。そういう意味で、 「東京家族」は、この映画の幸一たちが親になった映画なのかもしれないと思う。

そして義理の娘ながら、両親にひたすら尽くす紀子。
こういうお嫁さんが理想的なのは確かであり、そこにはみんなの願望もあるだろう。
「東京家族」では、次男は頼りないけど思いやりのある男であったが、こちらの原点では「戦死」。「まだどこかにいるような気がする」と言う老母に、現実的な老父は「もう8年も経っているから(ダメだろう)」と諭す。これも時代だろう。ただ次男の嫁の存在が、どちらも観る者の心を癒してくれるのは同じである。

親というものは、いつの時代も変わらず、そして子供たちの言い訳も同様。
普段、心苦しい思いをしている者ほど、この映画には心打たれるかもしれない。
紀子の姿に理想を見るものの、誰もが幸一や志げの立場で言い訳をしているのかもしれない。
これまで観なかったのが残念な、心に残る映画である・・・


評価:★★★★☆




   


posted by HH at 21:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小津安二郎監督作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月04日

【風の中の牝鶏】My Cinema File 737

風の中の牝鶏.jpg


1948年 日本
監督: 小津安二郎
出演: 
佐野周二:雨宮修一
田中絹代:時子
村田知英子:井田秋子
笠智衆:佐竹和一郎
坂本武:酒井彦三
高松栄子:つね

<STORY>********************************************************************************************************
間借り生活の時子は、小さい浩をかかえ、まだ復員してこぬ夫修一の帰りを待ちわびていた。時子は頼りにしている友達秋子を時折訪ねては一枚、二枚の着物を託し、それを同じアパートの織江に買ってもらうのだった。今日も時子は秋子を訪れた。織江はそうした時に「時子さん、きれいだからその気になりゃ、こんなことしなくってもいいのに−−」というのだ。その日家に帰った時子は、突然の浩の発熱におどろきうろたえて近所の病院へはしった。浩は急性大腸カタルであった。何本も注射が打たれ、そしてようようのことで命だけはとりとめることが出来たが、次に時子の上にふりかかって来たものは病院の支払いであった・・・
********************************************************************************************************

1948年制作の小津監督作品。
これまでの家族に目を向けた作品からちょっと嗜好が変わり、夫婦関係へと視線を移した作品。時代背景ならでは、のところがある。

冒頭、巡査が各家庭を回っている。
住んでいる人物を確認するのであるが、なかなか威張った態度なのは戦前の名残りなのだろう。大家が問われるまま、主人公の時子は間借りしていると答える。
「間借り」という言葉も今は死語になりつつある。

「ご主人はまだ帰らないのかね」と巡査が問う。
言わずもがなだが、ここでは復員という意味であるが、これも当時ではここかしこで聞かれた問いなのだろう。いまだ帰らぬ夫を待つ時子は、一人息子のひろしと共に暮らしている。

針仕事を請け負っているが、当然それでは生活も苦しい。
友人を訪ね、着物を売ってもらって糊口をしのぐ。
それでさえ、もう最後の着物である。
買い取った知人は、「きれいなんだから、いくらでも稼げるよ」と甘い囁きを寄せる。
現代と違って貞操観念の強い当時、苦しくてもそんな囁きには乗らない時子。

しかし、ひろしが急病で入院する。かろうじて一命を取り留めるが、安堵したのも束の間、今度は入院費用の支払いがのしかかる・・・
もうあてもなく、ついに時子は一度だけ体を売る。
幸運なことに夫修一は復員したが、その事実を知ると修一はそれが許せない。
時子にあたり、もやもやを抱えたまま自分も女を買ってみたりする。

現代であれば、お金がなければあちこちから何かと借りる手段は豊富だ。
こうした貧困から体を売るケースは稀なのだろう。
その代わり、現代では遊ぶ金欲しさに若い女性もホイホイ体を売る。
その手段も援交やアダルトビデオや風俗など様々である。
はたしてそれは進歩なのかどうかはわからない。

そんなに悩む事なのか、とついつい夫には苦言を呈したくなる。
今の我々の感覚とはだいぶ違う気がする。
時代によって価値観は変わる。
それがいいのか悪いのかはよくわからない。

夫も妻も苦しい時代を生き抜いた。
そんな時代を背景にしたストーリーは、いろいろと考えさせてくれる。
その後この夫婦がどんな暮らしを送ったのか、ちょっと知りたい気持ちにさせられた一作である・・・


評価:★★☆☆☆
   





posted by HH at 23:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小津安二郎監督作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

【長屋紳士録】My Cinema File 726

長屋紳士録.png

1947年 日本
監督: 小津安二郎
出演: 
飯田蝶子:おたね
青木放屁:幸平
河村黎吉:為吉
笠智衆:田代
坂本武:喜八

<STORY>********************************************************************************************************
ある日占見登竜堂先生は一見戦災孤児のような少年幸平を拾ってきた。しかし自分で育てる力のない登竜堂はそれをおたねに押しつけた。おたねは内心甚だ迷惑に思ったが、別にどこへ行かすあてもないので仕方なく一夜だけ泊めてやる。翌日追い出そうとしたが、近所の家々のどこも幸平を引き取るところはなく、やむなく父親を探して返しに行く事にするが・・・
********************************************************************************************************

戦後最初の小津映画である。
物語は占い師(笠智衆)が一人の子供を拾ってくるところから始る。
浅草で父親とはぐれたのだという。
同居する為吉は頑として泊める事を拒絶。
やむなく向かいのおたね(飯田蝶子)のところに連れていく。

この子供の芸名がなんと「青木放屁」。
以前にも「出来ごころ」をはじめとする戦前シリーズで「突貫小僧」という芸名で出演していた子役俳優がいたが、今度は「放屁」ときた。
どちらにしてもふざけた芸名だと思うのだが、そうした事が当時は何の抵抗もなかったのであろう。

おたねは寝小便もするこの少年を嫌って追い出そうとする。
しかし、父親を探して行った茅ヶ崎では、置き去りにしようとしてもできず、ずるずると一緒に暮らす。その間、冷たく接する。
ある朝、寝小便をした少年はおたねに怒られるのを恐れて逃げてしまう。
いなくなってみると、始めておたねは少年を愛おしく思う自分に気がつく・・・

戦後2年。
道路も荒れており、あちこちに荒廃の影が漂う。
動物園ではキリンの看板に「ヂラス」とカタカナ英語が併記されている。
少年と動物園を訪れ、写真館で写真を取り、服も買ってやる。
少年と二人でずっと暮らしていく事を夢見始めた矢先、少年の父が迎えにやってくる・・・

ラストでは上野公園にたくさんの子供たちがいるシーンが登場する。
戦争孤児であろうか。登場人物たちは、当初少年の面倒を見るのを嫌がるが、その背景にはたくさんの戦争孤児の姿があるのかもしれない。一概に現代の感覚で無慈悲な人たちだと思うのは当たらないかもしれない。

一貫して家族の姿を描いてきている小津監督であるが、血はつながっていなくともこれもそんな家族の物語と言える。最後のおたねの心情にちょっと同情をさせられてしまう一作である・・・


評価:★★☆☆☆



     



     
posted by HH at 22:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小津安二郎監督作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

【父ありき】My Cinema File 725

父ありき.jpg
     
1942年 日本
監督: 小津安二郎
出演: 
笠智衆:堀川周平
佐野周二:良平
津田晴彦:良平の少年時代
佐分利信:黒川保太郎
坂本武:平田真琴
水戸光子:平田ふみ
大塚正義:平田清一
日守新一:内田実

<STORY>********************************************************************************************************
中学教諭の堀川周平は、妻の亡き後、男手一つで息子の良平を育ててきた。つましいながらも幸せな生活を送っていたが、突如、トラブルに見舞われる。修学旅行の引率で箱根の芦ノ湖を訪れていた時、ボートが転覆して生徒の命が失われてしまったのだ。責任を取って辞職した周平は、生まれ故郷の信州に退く。豊かな自然の中での新しい生活。幼い良平にとって、父親と連れ立って釣りに出掛ける事が一番の楽しみになった。しかし、親子一緒の楽しい日々はそう長くは続かない。良平を上の学校に行かせるためには安定した収入が不可欠だ。周平は息子を中学の寄宿舎に預けると、商社マンになるために上京した・・・
********************************************************************************************************

制作年は1942年の小津監督作品。
1942年といえばすでに戦争は始っている。
この作品の完成は4月。
まだミッドウェーでの敗戦前で、日本も元気が良かった頃である。
そんな時代背景はこの映画には出てこないが、そんな事を考えながら観る。

堀川周平は息子と二人暮らしの中学教師。
修学旅行で教え子が芦ノ湖で禁止されていたボート遊びをしていて、死んでしまう。
教師という責任に耐えられなくなった周平は、職を辞して故郷に戻る。
しかし息子の教育費用を稼ぐ必要もあり、単身東京へと出ていく。
親子離れ離れの生活が始る。

時は流れ、息子も大学を卒業し、秋田で教師となる。
父とは時折温泉を訪れるという生活。
しかし父との暮らしを願って、東京へ出て共に暮らしたいと父に告げる。
父は教師という職業の大切さを説き、翻意させる。
朴訥と語る父の姿に、昔の父親の威厳を感じる。

昔の教え子たちに誘われてクラス会に出席する周平。
ビールはなく、すべて日本酒というのも時代だろう。
教え子たちに「結婚している者は?」と周平が尋ねると、全員の手が上がる。
今の時代だとどうだろう。

適齢期になった息子に対し、周平は昔の同僚の娘との縁談を勧める。
息子の返事は、「お父さんにお任せします」。
これも時代なのであろうか。
親が決めた結婚というのもどうなのであろう。
恋愛結婚至上主義の現代であるが、若さゆえに「愛こそすべて」と信じて失敗する。
いろいろと経験した親が、自分の経験を踏まえて選んだ相手というのも、実は良いのかもしれないとふと思う。

兵役検査で合格する息子に目を細める周平。
母に報告しなさいと告げ、息子はきちんと上着を着て仏前に向かう。
本来あるべき親子の関係がそこにあるように思える。
今は70年前と比べて本当に幸せな時代なのだろうか。

ラストで息子は父の決めた結婚相手とともに秋田へと向かう。
その先にある未来はというと、戦局は厳しくなり息子自身の身の上もわからない。
少なくとも彼が向かう未来よりは、今の方がマシだとは言えそうな気がするが、果たしてどうだろう。

映画の世界と言ってしまえばそれまでであるが、こういう親子関係があるべき姿なのかもしれないと思う一作である・・・


評価:★★☆☆☆







     
posted by HH at 21:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小津安二郎監督作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする